時間が経つのも早いような遅いような。体感的には早いんだが、実際にはまだ6月だから遅いような気もする。6月となって毎年意識するのは妹の誕生日だ。今年の誕生日プレゼントとして送る物はもう用意してある。あとはまたお願いして間接的に渡してもらうだけだ。
「なんですかこれは?」
「見ての通りライブのチケットだよ。行くつもりだったんだが都合が悪くなってな。だから玲音にやる。ゆりちゃんと行ってこい」
「なんで相手を指定されてるんですかね」
「え、どうせ最初に話振る相手がゆりちゃんだろ?」
「……はぁ。分かりましたよ」
頭が上がらないってわけでもないが、どうにもペースを持っていかれる。それは相手が先輩だからってだけじゃない。俺は普通にこの人の人柄というか、人格を尊敬してるから。ムードメーカーでありながらも周りを見ていて、誰よりも敏感に場の空気を感じ取るこの人を。
自分が持っていないものを持っている人間を敬うのはよくある話だ。俺はわりと「知ったことか」と無視するのだが、この人はそうならなかった。
初めは絡みが鬱陶しいだけだと感じていたが、それも俺を軟化させるため。他のバイトメンバーが話しやすくなるように雰囲気を壊すためだった。『みんなで楽しめる方がいいだろ!』って少年のように目を輝かせながら言っていたっけな。俺のように濁ることのない目だ。だからこそ尊敬できる。
「ゆりちゃんにもよろしくな〜」
「はいはい」
先輩からチケットを受け取り、それを鞄の中に入れる。ライブの日程はまさかの今日だ。当日に渡されると予定が崩れるし、ゆりの予定も崩れるのだが、そのへんも先輩は折り込み済みだ。俺のシフトを短めに変更されてるし、ゆりが今日特に予定がないのも知っててゆりと行けって言ってきてるのだから。
先輩にお礼を言って店を出る。広く晴れ渡る空を見上げてふと思い出す。雄弥や疾斗といったAugenblickの一部のメンバーとは、個人的な繋がりがある。だが、こいつらのライブを見に行ったことがない。たしか前のライブでメインボーカルが決まったんだっけな。一人加入したと聞いてる。どんなライブをするのか、楽しみにしてもいいんだろうな。
若手としては頂点に立ったあの化物集団のライブとあって、柄にもなく心が踊っている。ま、他にも理由はあるけどな。
「ただいま」
「レオ兄ちゃんおかえり〜。早かったね」
「早めにあげられたからな。ゆりは?」
「部屋にいるよ」
「わかった」
わざわざ玄関に出迎えに来てくれたりみの頭を撫で、まずは自室に戻る。鞄を置いて制服を洗濯機に放り込む。また自室に戻ってチケットを取り出したらゆりがいる部屋に入る。ゆりとりみは二人で一部屋だ。居候の俺が一人部屋ってのも考えものだが、牛込家が気にしてないのだから俺も何も言わない。
部屋のドアをノックすると入室の許可が出る。緊張する、わけでもなく静かにドアを開ける。どうやらさっきまではギターの練習をしていたらしい。俺が帰ってきた時から音は聴こえなかったから、ちょうど休憩してるようだ。タイミングが良くて助かる。
「珍しいね。どうしたの?」
ゆりは付けていたヘッドホンを下げ、それを肩に乗せる。まるでヘッドホンに首を巻かれてるようだな。珍しいのはお互い様で、今日一日家を出る予定がないからか、ゆりは寝間着のままだ。ゆりは基本的に外に出なくても着替えるのだが、今日は外に一切出る気がないらしい。
そんなゆり相手に今日のライブのを言っても、はたして出てくる気になるのだろうか。俺はどっちでもいいのだが、先輩にはゆりと行くように言われてる。もしゆりが来なかったらりみと行こう。
「先輩に今日のライブのチケット渡されてな。よかったらゆりもどうだ?」
「ライブ? 誰の?」
「Augenblickの」
「行く」
「即決だったな。急に渡されたから時間に余裕があるってわけでもないし、今から着替えて準備してくれ」
「うん!」
ちょろかった。超ちょろかった。まさかここまで簡単に誘い出せるとはな。ある意味教え子である雄弥がいるからなのか、それともこのバンド自体の人気なのか。どっちもありそうだな。たしかチケット倍率がエゲツいんだよな。加入した子が女子ってこともあって、さらに人気が高まったんだとか。
ゆりが着替えて準備してる間に、俺も準備する。準備らしい準備でもないけどな。小さめの鞄に財布とチケットを入れるぐらいだ。ペンライトなんて持ってないし。
リビングに行って、これからライブを見に行ってくることをおばさんとりみに話す。二人に羨ましがられたが、こればっかりは俺もお手上げだ。偶然手に入ったんだし、半ば押し付けられてる感じもあった。
あの人は転売とか嫌ってるから、自分がそうならないようにしたかったんだろう。そしてチケットを有効的にも使いたいと。……あ、金を払ってない。次会うときに返さないとな。
「……高いな」
いったい何円するのだろうとチケットを確認したら一万を超えていた。よく見たらプレミアシートだし、もはや二万円だ。あの人なんてもん当ててるんだよ。これは一学生が払う金額じゃない気がするぞ。
「レオくんお待たせ。準備できたよ」
「なら行くか」
俺とゆりが家を出るまでずっとおばさんとりみが羨ましいと言ってきた。それにゆりと苦笑いを浮かべながら外に出る。学校がある平日なら毎朝一緒に家を出ることが多いが、それ以外でゆりと外に出るのは数えられる程度だ。それは当然ゆりも分かっていることで、どこか落ち着かなさそうにしている。
「なんでそわそわしてんだよ」
「なんか、新鮮だな〜って。レオくんと一緒にライブを見るのってこれが初めてだしさ」
「まぁ、そうだな」
「でしょ? それがAugenblickのライブだもん。楽しみだけど落ち着けないよ」
落ち着けないと言いながらも上機嫌になっているゆりの腕を引っ張る。それは、道路に出そうになっていたからで、車も相当スピードを出していたからだ。ゆりは今視野が狭まっているらしい。今ので冷静になったようではあるんだが。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
「レオくん。……このままじゃ駄目?」
「は?」
このままってのは、俺がゆりの腕を掴んでいることの話だろうか。ずっとこれは痛い奴でしかないから当然お断りだ。お断りなのだが、ゆりが言いたいのは別なんだろうな。正確には
「彼氏作ってそうさせてもらえ」
「……ばか」
「はぁ。結局強引にするのな」
「乙女心をレオくんが分かってないからだよ」
男に乙女心など分からん。どこぞの哲学者も言っていたぞ。この世の全ての仕組みを解き明かしても、女心だけは解けないとかなんとか。乙女心と女心はたぶん少し違うんだろうが、その違いも俺には分からん。
だが、ゆりが強情なのは知ってる。俺の手を引き離したかと思いきや、指を絡めるようにして手を繋いだのだから。そして強めに握ってくる。離すなということらしい。
「子どもだな」
「成人してないからね」
返しも上手くなってきたな。なんてどこかズレたことを思いながら俺はゆりに握られている手を動かす。正確には指を。俺の方からもゆりが離れないようにしてやった。
「あはは、レオくんは優しいね」
「我儘な女に捕まったから諦めただけだ」
「やっぱり捻くれてるよ」
「知ってる」
会場に行くには電車を利用する。改札を通るときには当然お互い手を離すのだが、改札を通り終えた途端すぐさまゆりに捕まる。そこまで頑張らなくてもいいだろうに。人だって多いとはいえ逸れる心配もないんだから。
会場の最寄り駅に着き、そこからしばらく歩く。近づくにつれ人も増えていくのだが、入場はもう開始されてるらしい。こっちでもタイミングが良かったのだが、俺はここで少し私用がある。連絡を取ったら、会場の中に入っておけとのことだったので、俺はゆりを連れて入場の列に並ぶ。
「さっき誰に連絡してたの?」
「知り合い」
「それはそうだろうけど……」
「ゆりには関係ないことだ」
「……わかった」
言葉選びを間違えてしまったか。ゆりは少し気を落とした。フォローしたほうがいいんだろうが、生憎と俺はこういうの得意じゃない。謝罪したところでその後の言葉が続かなければそれは形式上の謝罪だけ。薄っぺらいものになる。だからといって、自分に非があると思いながら謝らないのも違う。
「大丈夫だよレオくん。察しはついたから」
「っ!? ……そうか。ごめんな」
「ううん。いいよ」
まさかゆりに察せられるとは思わなかった。もしかしたらゆりの思い違いなのかもしれないが、ゆりの様子を見ればそれが当たっていることが伝わってくる。ここまで来ると、これからゆりに隠し事できなくなる気がするな。対策とるか。
入場してゆりを座席に残らせ、俺はもう一度連絡を取る。電話で指示された場所へ向かうと電話の相手がわかりやすく立っていた。他に人もいないのだからわかりやすいのは当たり前か。
「顔を合わせるのは久しぶりだね」
「そうですね。毎年ありがとうございます」
「なに。君のために力になれることがこれぐらいしかないからね。先の一件で私も動きやすくなったけども」
「先の一件?」
「おや。ニュースは見ておかないといけないぞ? 後で自分で調べるといい。ヒントは"Augenblickのリーダーがまた頑張っちゃった"ってところかな」
「分かりやすいヒントですね。ライブが終わったら調べますよ」
「そうしたまえ。ライブ前でもいいんだが、あまり時間もないしね」
Augenblickのリーダーということは、疾斗のやつがまた何かしたということ。あいつは単純な喧嘩ぐらいでしか相手にしたくない。完全に敵に回したら生きた心地をしなくなるからな。
そんな奴が『頑張った』だ。トンデモナイことはしてるだろうし、ニュースになるのだから尚更だな。この時点である程度候補を絞れるが、後でいいだろう。今はそれよりも優先することがある。ゆりを待たせ過ぎるわけにもいかないし。
「今年も
「たしかに。……君から直接でもできるようになると思うけどね。今年から」
「……どの面下げてって感じが強いですけどね」
今さら何を言うって感じだが、ずっと引っかかっていることなんだ。被害者面しているが、クソッタレに引き離される前から俺は妹から
これも再会すれば話さないといけない。ちゃんと目を見て話さないといけない。拒絶されるだろう。恨まれるだろう。憎まれるだろう。絶縁されても文句は言えない。それほど大切なモノをすでに奪っている。
「……あの子は君を拒絶しないと思うけどね」
「どうでしょうね……。では、俺は席に戻りますので、
「もちろん。ライブを楽しんでいきたまえ。今まで君が間接的にしか関わってこなかったバンドが新たなスタートを切ったんだ」
「あなたがそこまで言うなら俺でも楽しめるんでしょうね。期待してますよ」
その人と別れて誰もいない廊下を歩く。どうやらほぼ全員席についているようで、中に戻ると超満員だ。所々席は空いているが、それも気にならなくほど人が多い。俺は自分の席へと戻り、流れているBGMに耳を傾けながら目を瞑る。海外に行くことは決めた。それなら妹の件も今年でどうにかするしかない。日本を離れる前の期間で。残り一年を既に切っているこの短い時間で。
「レオくん。どうしたの?」
隣に座っているゆりが心配そうな声色で声をかけてきた。目を開けてそっちを見ると、少し眉を下げているゆりが俺の頬へと手を伸ばしてきた。それを拒むことなく受け入れ、ゆりにどういうことかを聞く。
「なんか難しい顔してた。レオくんにとって大切なことで悩んでるってことだよね?」
「……よく見てるんだな」
「そんなことないよ。見えてないことの方が多い」
かぶりを振るゆりに眉をひそめる。俺の様子だけで考えを見抜けるようになってきてるのに、未だに見えてないことの方が多いとはどういう意味なんだろうか。ゆりはいったいどこまで見えるようになれば満足なんだろうか。俺より見えてるくせに。
頬に添えられたゆりの手に自分の手をそっと重ねる。そして柔らかく包み込むように手を握って退けさせる。燃えるような情熱と包み込むような優しさを同時に灯すその赤い瞳が若干揺れる。拒否したわけじゃないから、そのことを伝えるために大丈夫だと言い、手を握ったままステージの方へと視線を向ける。ちょうどライブが始まるから。
登場に合わせてメンバーが紹介されていく。リーダーでギター担当の秋宮疾斗。キーボード担当の毛利
どこまで突き進むのだろうか。間接的にしか関わりのない俺はもう不要かもしれない。
なんにせよ
──楽しそうならそれでいい
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