同じ景色を見られたら   作:粗茶Returnees

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7話

 

 梅雨も終わって気温が日に日に高まり始める。毎年のことなんだけど、暑さも年々少しずつ高まるからあまり好きになれない。夏にできるイベント事は好きなんだけどね。暑いと当然汗をかく。汗をかいたら着ている服が肌に張り付いちゃう。学校行くまでの間にそうなることはないんだけど、休日とかで出掛ける時にはたまにある。

 8月とかになるともっと大変だろうね。ライブハウスに行くまでの間に汗いっぱいかきそう。そうなると男の人の視線が気になるよね。そうならずに済む服を着るようにはしてるけども。制服はそうはいかないから。

 今見てるテレビ番組でも、ちょうど今年の夏の暑さの予想をしていて、女性の芸能人が似たようなことを言ってる。あの人は露出が若干多い気がするから、「あなたが言うの?」ってツッコまれてる。男性はそれは男の性って言うけど、そうじゃない人もいる。隣でつまらなさそうにテレビを見てる彼の視界に入り込むと、ちゃんと反応してくれた。

 

 

「どうした?」

 

「レオくんはそんなことないよね〜」

 

「いきなりなんの話だよ」

 

「やらしい目はしないよねって話」

 

「欲がなくて悪かったな」

 

「そういうことじゃないんだけど……」

 

 

 氷が入ったグラスを口に運ぶレオくんに思わず苦笑する。素直に受け取ってくれたらいいのに、レオくんは私が褒めようとすると曲解する。捻くれてるところは直ってくれないかも。でも、知り合った時からそうだし、それが彼らしさでもある。

 一緒にリビングでテレビを見ながら休憩。レオくんが何の勉強をしてるかは分からないけど、私は大学に向けての受験勉強。今は一緒にソファに座ってる。知り合ってからだいぶ態度が柔らかくなったレオくんが傍にいると、なんだか甘えたくなっちゃう。気分次第じゃそれを許してくれるし、そうじゃない時はそもそも体が触れるほど近くにいさせてくれない。そして今日は前者。甘えさせてくれるみたいで、肩に頭を乗せても何も言わない。

 

 

「今日の予定空けてくれた?」

 

「一日空けといたぞ。ポピパのオーディションを見に行くんだろ?」

 

「うん。今日が最後のチャンスだから。……次のライブでSPACEは閉まるから」

 

「……そうだな」

 

 

 文化祭があったあの日、オーナーは店を畳むことを決意した。それを私たちがどうこう言える立場じゃないのは分かってる。

 元々オーナーがガールズバンドの居場所を作りたくて開いた店。今じゃガールズバンドは増えていて、いろんな店でライブできるようになってる。オーナーはきっと『やりきった』と判断した。

 だから、私たちができるのは、今までお世話になったお礼としてオーナーに最高のライブを参加者全員で届けることだけ。それに参加するために、りみたちは最後のオーディションに今日挑む。

 

 一度りみたちはオーディションに落ちた。香澄ちゃんは歌えなくなっちゃった。自信を無くしてしまった香澄ちゃんに、私はちゃんとアドバイスできたのかな。ヒントぐらいしか出せなかったけど、それが力になってくれたかな。分からなくて不安で、だからレオくんにその時(・・・)を一緒にいてほしい。

 

 

「はぁ。出かけるぞ」

 

「え?」

 

「気が重くなってるんだろ? 朝からそんなんじゃ保たないだろうから、気分転換に出かけよう」

 

「……これってデートのお誘い?」

 

「好きに解釈しろ」

 

「っ!?」

 

 

 え、なんでそんな風に返してくるの。いつもそんなこと言わないくせに。たまにはレオくんをちょっと揶揄おうと思って言ったのに、そんな風に言われたら期待しちゃうじゃん。

 レオくんは立ち上がってリビングから出ていった。出かける準備をしに行ったんだろうね。私は大きく煩く鳴る心音を落ち着かせてから準備しに部屋に行ったけど、それまでに結構時間をかけちゃった。仕方ないよね。だって好きな人が、全く素振りないのに期待しちゃうようなこと言ってくるんだから。

 

 

「ごめん、お待たせ」

 

「そんなに待ってない。なんだ、メイクしたのか」

 

「うん。軽くでもメイクしろって言ったのレオくんだよ?」

 

「そういやそうだったな」

 

 

 家を出て向かう先は今年できたショッピングモール。映画館も入ってる大型のショッピングモールで、もう電車に乗る必要がなくなった。あっちのショッピングモールもある意味思い出の場所かな。

 午前中とはいえ少し暑い。これからもう少し暑くなるんだろうね。アスファルトの地面が熱を吸収しちゃうから、体感温度はさらに高くなっちゃう。本格的な暑さになると体感で40度超えるんだよね。

 

 

「暑いから引っつくなよ」

 

「わかってるよ。夏が過ぎたら外でも引っついていいんだよね?」

 

「そういう話でもなくてだな……」

 

「そういう受け取り方をできるように言ったのは、レオくんだからね?」

 

 

 私がニコニコしながらレオくんにそう言うと、レオくんは表情を歪ませた。私がレオくんの上手を取ったからじゃない。自分の発言がそう取られてもおかしくないものだったことに腹を立ててるんだろうね。

 ショッピングモールの中に入ると、冷房が効いてて涼しかった。冷房も店内を冷やし過ぎない程度に設定されてるし、快適でいいよね。

 

 

「ショッピングモールとだけ聞いてるけど、この後の予定は?」

 

「特に考えてないな。気分転換が目的だから」

 

「じゃあ服見に行こうよ」

 

「また新しいの買うのか?」

 

「いいのがあったらね。ウィンドウショッピングでも楽しいし」

 

「なるほど。俺には分からんな」

 

 

 レオくんはファッションに興味が無いからね。そもそもそれだけの余裕もなかったんだから仕方ないか。今だってお父さんとお母さんに極力お世話にならないように、自分のことは自分で済ませようとしてるんだから。

 2階にエスカレーターで上がって、ちょっと右に歩いたところでさっそく服屋さんがあった。たしかこういう施設って1階とか2階に女性向けのが多いんだよね。女性の方が買い物率が高いから。自分たちを当て嵌めてみても、たしかにそうだなって思う。

 

 

「そういやゆりって夏でもそこまでラフなの着ないよな」

 

「んー、私としては冬よりラフな服なんだけど、夏は夏で気をつけないといけないことあるし」

 

「紫外線か」

 

「うん。それと家でも言った視線ね」

 

「その辺も思考が緩いと思ってたら、結構考えてるんだな」

 

「誰かさんの影響かな?」

 

 

 肩をすくめて違うだろってレオくんは言うけど、実際レオくんに言われたことを気にして変えてることが多い。メイクもそうだし、服装も多少は影響を受けてる。去年のことがあったから今年は尚更って感じ。だけど、やっぱり私だって女の子だから、可愛いのを着たくなる。条件が多いとなかなか見つけられないんだけどね。

 

 

「あ、レオくんが選んでくれる?」

 

「なんでだよ」

 

「いいじゃんいいじゃん。気分転換が目的なんだからさ」

 

「はいはい。選べばいいんだろ」

 

 

 どこかヤケクソ気味、だけどちゃんと考えてくれるのってレオくんらしいよね。服を見て回ってはこれでもないって呟きながら頭を悩ませてる。私としては、「これどう?」みたいなやり取りをしたかったんだけど、そこまで強制するのも何か違う。きっとこの状態がレオくんらしいんだ。それに、好きな人が真面目に自分に似合う服を考えてくれてるのは、見てるだけでも嬉しいもの。

 

 

「ゆり。これは?」

 

「へっ? ……うーん、こういうのも好きだけど、私に着こなせるかな?」

 

「試着してみろよ。着る前から決めても仕方ないし」

 

「それもそうだね」

 

 

 レオくんが選んでくれた服を持って試着室に移動する。レオくんは試着室の前で待っててくれて、私はカーテンを閉めて着替え開始。カーテン越しってなんかドキドキするというか、緊張しちゃうね。少し顔が赤くなってる自分を鏡で見ちゃって、さらに顔が赤くなる。

 

 

「着替えなきゃ」

 

 

 たぶんこの赤くなってる自分をすぐに直すことはできない。だからこのまま着替えることにしよう。レオくんに何か言われそうだけど、着替えてからだったら違う理由で赤くなってるって思われるかもだし。

 今着てる服を脱いで、レオくんが選んでくれた服を着る。暗めの赤っぽい色で、大人びてる感じがする服。鏡で確認してみたけど、やっぱり私には早いというか、着こなせてない気がするんだけどな。

 

 

「レオくん。着替えれた」

 

「ん。……なるほど?」

 

「やっぱり私には無理かなー、なんて……」

 

「そうか?」

 

「へ?」

 

「印象が変わるってだけで、着こなせてないわけじゃないぞ。一気に大人びた感じするし、俺はアリだと思うな。ま、どうするかはゆりが決めたらいいわけだが」

 

 

 あれ……もしかしてこれって私褒められてるのかな。レオくんに今の私を褒められてるのかな。無理だと思った私をレオくんが肯定してくれる。ヤバイ。顔がにやけちゃう。

 

 

「ゆり?」

 

「き、着替える!」

 

 

 急いでカーテンを閉めて試着室の中で蹲る。鏡を見なくたって分かる。ヤバイくらい顔がニヤけちゃってる。でも、ヤバイって思っても今は気持ちを落ち着かせたくない。レオくんに褒めてもらえたことで心が高まっている今の状態をもう少し感じていたい。

 

 

「ほんっと……レオくんはズルいんだから」

 

 

 文句を言ったつもりでも、私の声色は全然そうならなかった。声も明らかに弾んじゃってる。心音もまた煩くなっちゃってる。

 

 

好き……。〜〜〜〜っ!!」

 

 

 もしレオくんに私の気持ちを伝えたら。なんてことを考えて呟いてみたけど、すっごい恥ずかしい。顔も熱くなる。でも、それ以上に胸が苦しい。締め付けられるようにキュッてなる。

 

 私はこの気持ちを伝えちゃいけない。

 

 ──なんで?

 

 だって、私にはその資格がないから。

 

 ──抑えられないのに? 壊れちゃうよ?

 

 大丈夫。きっと大丈夫。レオくんがまだ傍にいてくれるから。

 

 ──春にはいなくなるのに?

 

 ……わたしは……。

 

 

 

 

「いい買い物になったか?」

 

「うん。レオくんが選んでくれたから」

 

「どんな理由なんだか」

 

 

 服が入った買い物袋を手に下げて、反対の手はレオくんの手と重なってる。レオくんもそれなりに有意義な時間だったのかな。今でも手を握るのを許してくれてる。

 

 

「レオくんは、さ……」

 

「ん?」

 

 

 私が声を詰まらせながら話しかけると、レオくんが足を止めて私と向き合ってくれる。最近たまに見るようになった穏やかな目を向けてくれる。

 

 ──怖い

 

 ──遠くに行くのが分かってるけど、それをもっと聞くのが怖い

 

 ──でも、レオくんが見てる景色を私も見たいから

 

 

「レオくんはどこの──」

 

 

 聞こうと思って、勇気を振り絞って言葉を発したのに、私の声はレオくんのスマホの着信音に邪魔された。レオくんが私に断りを入れて電話に出る。バイトの方かなって思ったけど、そうじゃないみたい。レオくんは少し話したらすぐに視線が鋭くなって、電話を切った時には怖いレオくんになってた。

 

 

「ごめんゆり。急用ができた。話は後でもいいか?」

 

「……時間かけたくないんだよね?」

 

「……あぁ」

 

「うん。ならいいよ。けど約束してね? すぐに帰ってくるって。オーディションもレオくんにいてほしいし。……できればSPACEでのラストライブはまたレオくんと出たいし」

 

「最後の以外は当然そうする。最後のは……考えとくよ」

 

「あはは、だよね。……行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 

 どこかへと走り出したレオくんを見送る。全力で走ってるみたいだから、すぐにその背が小さくなって、やがて姿が見えなくなる。

 

 

 

 

 ──これが

 

 

 

 

 

 ──レオくんとの最後の会話だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……ゆり先輩」

 

「ごめんね香澄ちゃん。ちょっと、思い出したら辛くて」

 

「いえ……。話していただいてありがとうございます」

 

 

 ファミレスに移動して話してたんだけど、途中からファミレスからも移動した。バスに乗って10分弱ほどで行けるある場所に来てた。そこのすぐ近くにあるベンチに座って香澄ちゃんに話をしてたんだけど、気づいたら涙が出ちゃってた。気が重くならないように笑うんだけど、あんまり上手く笑えてないかな。

 

 

「……香澄ちゃん。もう少し付き合ってくれる?」

 

「はい。もちろんです」

 

「ありがとう」

 

 

 香澄ちゃんに同行してもらって、あまり来られてなかった場所にどんどん近づいていく。『萩近玲音』って書かれてるネームプレートがある扉を開けて、真っ白な空間に入る。アルコールの匂いが少しするね。

 

 

「っ! この人……あの日の……!」

 

「うん。香澄ちゃんも一度だけ会ってるよね。……寝てる時はほんと無垢な感じなのにさ。起きてる時は捻くれ者なんだよね」

 

 

 点滴と酸素マスクをされてるレオくんは、あの日以降一度も目を覚ましてない。具体的なことは私も教えてもらえてないけど、重篤な状態だったみたい。主に出血が酷すぎて。

 私はレオくんの髪をそっと撫でる。レオくんは身じろぎ一つしない。香澄ちゃんは何も言わずに待ってくれてる。

 

 

「ねぇ。SPACE閉まっちゃったよ? レオくん、約束……破っちゃって。……そろそろ起きてくれないかな。もうすぐ……秋なんだよ? またあの紅葉見に行こうよ……! このままじゃ進路だって……!」

 

 撫でてる手が次第に震え始める。すぐに手を動かせなくなって、枕に手をつく。ギュッと握る枕のシーツ。視界が歪んでいく。

 やっぱり駄目だった。話しかけるだけでも気持ちを抑えられない。もっと言いたいことはある。だけどこれ以上は何も言えない。うまく言葉を発せられないから。

 寝てるレオくんの頬に雫が溢れ落ちる。それは重力に従って頬を伝い、シーツを少し湿らせる。けど、それは一つだけじゃない。雨のようにぽとぽと溢れ落ちては、同じように伝ってシーツを濡らす。

 

 レオくんはまだ起きない。

 

 レオくんが卒業後どうするか聞いてない。だから私もどう進もうか確定させられない。レオくんと同じ場所に行けるのか。それとも別々になるのか。

 

 

 ──ねぇ……私……いつまで……

 

 

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