夏に全力疾走で言われた場所まで走る。下手すりゃぶっ倒れるな。だが、そんなこと気にしていられない。電話の内容が内容だったのだから。
『初めまして。Augenblickのキーボード担当、毛利愁です。
『そりゃこっちのセリフだが、何のようだ。そもそもなんで俺の番号知ってるやがる』
『すみません。いろいろと裏事情がありまして。そして、今起きてることはあなたにお伝えするべきかと思いまして』
『は?』
『
思わずスマホを握る力が強くなる。そう簡単に壊れるものでもないが、画面にヒビとか入ったらわりとショックなんだよな。だから冷静にならないといけない。冷静に全て聞いて行動を決めなくては。
『どこまで知ってやがる』
『あなたと妹さんのことだけです。それ以上は知るべきではありせんので。……妹さんのも知るべきではなかったんでしょうけど』
『そこはもういい。さっさと用件を言え』
『妹さんがあなたの父親の悪企みに協力を強いられています。場所は──』
聞いたことを全て脳内に叩き込む。場所は幸いにも知ってるところだった。荒れてた中学時代に何度か行ったことがある場所だ。不良の抗争に首を突っ込むのに最適だったからな。
ゆりに用ができたことを伝え、すぐに戻ることを約束して俺は一心不乱に走り出した。約束を破る気なんてない。ゆりもさっき何か聞こうとしていたし、オーディションは地味に俺も気になるからな。
──どこまでも堕ちるんだな、クソ親父
〜〜〜〜〜
「はぁ、はぁ、げほっ……あー、マラソンする距離を……走り続けると、げほっ、キッツいな……」
なんとか目的地まで走り切ることができた。いかにも悪事をする時に扱いそうな倉庫だ。テンプレにも程がある。さっき隠すように置かれていたバイクもあったし、疾斗あたりも先行してるのか。というか、今全部終わってそうなんだよな。あの多重面相の化物が本気出してたら。
「……ふぅー。呼吸整えてる時間もねぇな」
走り続けたことで速く脈打つようになった鼓動が煩い。普段ならそれを落ち着かせたいところだが、今はむしろ落ち着ききる前に中に入るべきだろう。悪事に手を染めているのであれば、物騒なことがあっても不思議じゃない。それに、普通に銃声が聞こえてくる。
「これって警察動いてんのか?」
情報があるのなら警察に回すべきだと思うんだがな。あーでも警察が全部信じてくれるかが怪しいか。
そのへんで思考をやめて五感を集中させる。倉庫の扉が開いているから、そこからそっと中を覗き込むと、そこでは超人的な動きをしている馬鹿とそれに翻弄されてるヤクザたちがいた。予想通りっちゃ予想通りだが、そこにいるのはそれだけだ。黒幕がいない。おそらくは安全なところで高みの見物でもしているのだろう。腹立たしい。
──ほんっとに、アイツは……ドン底に叩き落としてやる
意識を切り替えていく。中学時代でも一番酷かった頃に戻る。警察の世話にもなった頃に。そこからさらに意識を底へと落とし込んでいく。良心も感情もいらない。高校で出会った人たちのことも一旦忘れる。彩のこともゆりのことも。記憶を封じ込める。壁で隔てる。
──今必要なのは効率よく潰すための思考だけだ
意識のすり替えを終えたところでもう一度中を確認する。最初は包囲してたんだろうが、すでに円が壊れている。倒れてるヤクザの方が多い。立ってるのは10人もいないな。
俺は足音を立てないように気をつけながら中に入り込み、倒れてるヤクザの手に握られてる銃を確認する。弾はまだあるようだ。使わないけど。素人が使ったら肩壊すだけだからな。鈍器代わりにするだけだ。
「まずは近いやつといこうか」
「っ! なんだおまっ……がっ」
「一人目」
一発で気を失わせられるとも思ってなかったが、結果オーライだな。銃のグリップ部分で顎を振りぬいただけなんだが、脳が揺れて気を失ったか。つまり、残りの奴も脳に衝撃を与えればいい。
だが、不意打ちはもう無理だ。他のヤクザの視線もこっちに向いた。その間に疾斗が二人気絶させたけど。早すぎるわ。だが、これであと6人ってとこか。動きを見てて思ったが、こいつらヤクザの中でも下っ端中の下っ端だな。銃に頼り過ぎだ。素の力が弱い。
「玲音……愁のやつか?」
「そういうこった。あいつ腹黒いな?」
「あとで説教入れるか」
「好きにしろ。……っ! 疾斗」
「分かってる」
「なら
疾斗と会話しながら左側にいるヤクザの懐に忍び込む。横腹を殴打してすぐに頭を掴み、膝蹴りを顔面に入れる。怯んだところでそいつを俺の背中側に回して盾にする。下っ端らしく動揺してる馬鹿が発砲して俺の盾代わりなったそのヤクザが撃たれる。味方同士で潰すなんてアホらしいな。
「死ぬなよ玲音」
「お前もな」
お互いに一人ずつ減らして残り4人。これならなんとかなるだろう。弾を避けられる気はしないが、さっき味方を撃ったときの反応を見るからに仲間意識は強い。そこを利用して盾にしとけばいい。……大人一人担いで走り回るのは無理だし、結局蜂の巣コースになるかもだが。
疾斗を離脱させたのは、別のとこに化物クラスの奴がいるから。気配を察知するなんてバトル漫画チックな方法で分かったわけじゃない。いなかったはずの人間が突然その場に現れるという違和。それを感じただけだ。
そしてもう二度とこれを感じることもないだろう。ここまで自分を落とし込めて感覚を研ぎ澄ませられているのも、親へのヘイトと妹絡みという2条件が整ったからだからな。
「余所見できるほどお前ら強くないだろ」
疾斗がこの場から消えた。そのことに少しの間とはいえ目を奪われた馬鹿たちの隙をつく。右に二人、前方に二人。近いのは右だから、そっちに行って近い方を狙う。今度は銃のグリップをちゃんと握り、発砲しないようにセーフティをつける。銃口を突き刺すように耳の後ろにある骨、乳様突起へと突き出す。人体の急所の一つだ。上手くできたようで、そいつは前方へと倒れ込む。俺はその間に銃を持ち替えてまたグリップで殴る。今度は頚椎。神経が集まってるからな。
「こいつ……!」
「だから遅いんだよ」
すぐ横にいるヤクザが銃を向けるが、この近距離で銃を向けるのは得策ではない。銃は離れてる相手を撃つものだからな。
銃を構えることで晒される急所がある。脇の下も神経が集まる場所だ。そこに銃をを殴りつけて膀胱に蹴りを入れる。そこまでしたところでそいつを盾にする。少し離れたところにいる二人が狙ってきてるから。盾にした奴から銃を奪い取り、俺もそっちへと銃を構える。脅しにもならないけどな。
「ガキ。そこまでにしておけ。この距離でこちらは二人だ。お前が銃を撃たないことも分かっている。死にたくなければ大人しく両手を上げろ」
そう。俺はさっきから一度も発泡しようとしてない。そこを冷静につくだけの落ち着きを取り戻されてしまったらしい。素人の限界ってやつだな。
──だからこそ付け入る隙がある
盾にしてる奴の腕をそいつの背中側で捻っている。それでそいつは身動きが取れなくなっているし、2箇所の急所を強打されているからそもそも抵抗もされない。その腕の拘束を一旦緩めて脇の下から通すように銃を持つ手を突き出す。拘束をまた強めることで俺の腕をも固定する。
これならブレない。衝撃云々はどうでもいい。脱臼しようと嵌めるだけだ。慣れてる。
銃の扱いに慣れてる人からすれば滑稽な光景だろう。馬鹿ならそれすら隙を生むための演出だとも気づかない。そしてそいつらは馬鹿だった。だから俺は落ち着いて狙いを定めてさっき話しかけてきた奴とは違う方を撃った。
響く乾いた銃声。強い反動が生まれる。俺の腕を一直線に衝撃が駆け抜け、肩をも走り抜ける。脱臼はしないですんだが、逆にしんどい。若干ズレてる。
「……は?」
余裕ぶってた表情が消える。撃たれた方は驚愕したまま視線を下げる。そいつの腹に当たったから。服を赤く染める。溢れだす血はそいつが立っている床さえ染めていく。ぐらりと崩れ落ちるそいつを俺は見向きもせず、肩の痛みも耐えながら駆け抜ける。残りは一人なんだから。
「このガキ……!」
「だから遅いってんだよ」
仲間の傷を気にしていたそいつは反応が遅れる。俺はそいつにズレてる方の肩でタックルをかました。正面からじゃない。ズレを直すためには反対から衝撃を与えないといけないからな。
「ぐっ!」
「チッ、完全には治ってないか」
違和感が残っているが、少しの間ならこのままでいいな。完全に治すなら疾斗に協力してもらおう。あいつも慣れてるから。
起き上がろうとしたそいつに俺はすかさず蹴りを入れる。鼻っ柱をへし折るべく全力で蹴ろうとしたが、威力が軽減された。防がれたんじゃない。カウンターを入れられた。
「は……ははっ! 銃だけだと思うなよ!」
「……ダボが」
少しは頭が回るんだな。防ぐんじゃなくて俺にダメージを入れるとは。他の奴と同じ馬鹿だと思っていたが、訂正しておく必要があるな。
足元を見やる。左足に突き刺されてるナイフを。これじゃあ左足でろくに踏ん張ることができない。そして人間は二本の足でバランスを取るもの。片足でも取れるが、今の状況では致命的だ。
出血箇所である足が熱い。痛い。耐えられるものじゃない。
そういう思考が
目の前のこいつを潰せと脳が叫ぶ。こんなとこで止まっていられない。親父を叩きのめすまではと。もう理性と呼べるものはないかもしれない。脳の叫びを心が否定しないのだから。ゴーサインを出している。そして思考する間もなく体は動いている。
笑ってるそいつの顔面に拳を叩きつける。仰け反ったそいつを押し倒すべく軽くジャンプして乗りかかる。肘を肋骨に突き立ててな。
「がっぁぁああ!!」
倒れた音以外にも鈍異音がした。肘越しに嫌な感触が伝わってきた。間違いなくこいつは肋骨が折れたな。俺はそいつの上から退いて、疾斗が向かっていった方向に足を引きずりながら向かう。雑魚相手に時間がかかったし、達成感もあるっちゃあるが、まだ何も終わっちゃいない。
唯一音がする方向に向かう。俺が歩いた跡は血のりでしっかりと残っている。人間ってたしか3分の1を出血すれば死ぬんだっけな。なんて他人事のように考えながら重くなり始めた体を動かす。
だいぶ時間を費やした気がする。音が止んでからもそこそこ経ってたせいで、途中から闇雲に探さないといけなくなったしな。だが、ようやくたどり着けた。
「よぅ、ゴミクズ」
「玲音か! さっさとそこにいる秋宮を潰して儂を助けろ!」
「お前……その血大丈夫か?」
すでに誰かに殴られたか蹴られたかをされた後らしい。妹の姿が見当たらないが、まずは目の前にいるこのクズだ。馬鹿につける薬はなければ、クズにかける慈悲もない。何か喚いているし、疾斗も何か話しかけているようだが、今は認識できない。意識がそこまではっきりしてない。
「なんじゃ、先に儂の拘束を解くのか? それでもいいがはっ!?」
「お前が殺した」
「何すぶべぁっ!」
「お前が奪った」
目の前にいるこの醜い人間を殴る。本気で。拳を握りしめて。
──最初に
──次に
──そして
母さんも。妹も。ばあちゃんも。夢も。人生も。人間関係も。
何もかも引っ掻き回されて奪われて潰されて邪魔されて! 神木のボケまで利用して、ゆりまで巻き込んで!!
「お前は消えてくれ」
眼球を殴りつける。それと同時に部屋に一つの音が響いた。眼球を殴った音じゃない。乾いていて、まるで破裂したかのような音だ。
腹が熱い。熱い箇所から下がだんだん濡れていって気持ち悪い。
見なくたってわかる。片目から血を流しながらも勝ち誇ったように顔を歪めて喜んでるクズが目の前にいて、そいつの手に小さな金属物があり、その先から硝煙が立ち上ってるのだから。
「儂の勝ちだな」
「そう思って死ね」
ヤクザから奪った拳銃で同じように腹を撃ち抜く。表情が正反対に変わったのを見て、内心でほくそ笑んだところで俺の意識は途切れた。
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