11月下旬。バンドメンバーたちに口を割らせることに成功した私は、お兄ちゃんに会うためにお兄ちゃんがいる場所へと足を運んだ。部屋にある花瓶に入ってる花は、定期的に看護師さんが変えるらしいんだけど、お見舞いに来た人がいたら、しばらくその花になるみたい。病院側が用意する花とは違うから、誰かがお兄ちゃんのお見舞いに来てたんだろうね。今お昼だから、たぶん今日じゃない。昨日か一昨日あたりかな。
「お兄ちゃんって結構無茶するんだね。それとも男の子ってたいていそうなのかな?」
ベッドの横にある椅子に座って、お兄ちゃんの寝顔を見ながら話しかける。お兄ちゃんがこうして寝てるのは
お兄ちゃんって呼んでるけど、お兄ちゃんと出会ったのは私が小学校5年生の時。約一年間だけ一緒に過ごしてた。お兄ちゃんのお母さんと三人で。短かったけど、幸せだった。今思い出しても、温かい家庭だったと思う。私を引き取ってくれた今の家も幸せ。大好きなお姉ちゃんができて、構いたくなる弟もできた。新しい家族。
「お兄ちゃん。私今幸せみたい」
寝てるお兄ちゃんの手をギュって握る。ずっと会いたいって思ってて、大好きなお兄ちゃん。こういう形での再会はやっぱり寂しくて哀しくて虚しい。
──私がこうした
──私のせいでお兄ちゃんは……
「っ! お兄ちゃん!?」
お兄ちゃんの手が動いた。握ってる私の手を確かめるように指を動かして。顔を覗きこんだら、ゆっくりとお兄ちゃんの瞼が上がっていく。よく知ってる優しい目。変わらない。お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだ。
「こ、こは……?」
「お兄ちゃん大丈夫!? 私が分かる!?」
お兄ちゃんは焦点が定まってなかったけど、だんだん焦点が合うようになってきた。お兄ちゃんと目が合うと、目だけじゃなくて、顔も動かして私の方を見てくれる。
「……ここ、病院か」
「う、うん。そうだよ。って! まだ寝てなきゃ! 起き上がっちゃ駄目!」
起き上がっちゃったお兄ちゃんを寝かせようとするけど、お兄ちゃんはそれを拒んだ。マスクも外しちゃって「寝すぎた」なんて言っちゃって。
さすがに数カ月寝てただけあってフラついてるけど、お兄ちゃんは寝ようとしなかった。勝手にマスクを外したことでブザーが鳴ってる。すぐに看護師さんが来るんだろうね。
私がオロオロしていると、お兄ちゃんにそっと体を引き寄せられて抱きしめられた。お兄ちゃんにこんなことされるなんて、それこそ小学生ぶり。がっしりしてる体で、でも不思議と柔らかい感じ。たぶん包容力とかそんなやつのせい。
「会うのが遅くなりすぎた。ごめん、
「うう、ん……。また会えて……ほんとに嬉しいよ。私こそ、巻き込んじゃって……ごめんなさい……」
「結花のせいじゃない。俺が勝手に首を突っ込んだだけだ。……それより結花」
「なぁに? お兄ちゃん」
「すっげぇ可愛くなったな」
「! えへへ、ありがとう☆ お兄ちゃんもカッコイイよ!」
大好きなお兄ちゃんの腕の中に包まれてる。やっと会えて、話せて、体温を感じられる。今までは思い出でしか会えなくて、昔の写真でしか見られなくて、ずっと寂しかった。
声を聞きたくて、今みたいにギュってしてほしくて、でもそんなことできなくて。
それがやっと叶った。嬉しいのに泣いちゃって、もっともっと謝らないといけないのに笑っちゃってる。もう無茶苦茶だよ。
「結花も
「えへへ、実はそうなんだ〜。そんなわけでお邪魔しま〜す」
お兄ちゃんの気遣いに感謝して、遠慮なくベッドに入る。横じゃなくてお兄ちゃんの膝の上。お兄ちゃんはいっぱい寝てたから、傷自体はもう完治してるんだよね。ベッドを操作して背もたれを作る。お兄ちゃんがそれにもたれて、私がお兄ちゃんにもたれる。これでお兄ちゃんの腕の中にスポって収まるから幸せ。
「萩近くん無事ですか!? って、結花ちゃん何してるの!?」
「あ、宮井さんお久しぶりです。お兄ちゃんが起きたので甘えさせてもらってます」
「一応初めまして宮井さん。萩近玲音です。結花もお世話になったんですか?」
「これは丁寧にありがとうございます。結花ちゃんは入院されたことはありませんよ。以前知り合いの子が入院されてて、そのお見舞に何度か来ていて、それで知り合ったんですよ」
「そうなんですか」
「ってそうじゃなくてですね! なんでマスク勝手に外してるんですか!」
「邪魔だったので」
お兄ちゃんの返事に宮井さんが頭を抱える。宮井さんって担当する患者さんがいつも大変な人だよね。雄弥とか雄弥とかお兄ちゃんとか。そのうちそういう系の患者さん担当とかになりそう。過労とストレスで倒れないといいね。あ、今度宮井さんとお出かけしようかな。
「目を覚まされたわけですし、これから検査をすることになるんですけど」
「明日でいいですか? 結花とはいろいろと話すことが多いので。あと連絡を入れないといけない相手がいますし」
「仕方ありませんね。先生の方には私から言っておきますので」
「すみません。ありがとうございます」
「特例中の特例ですからね。それと萩近くんが目を覚ましたことは、私の方から連絡を入れておきます。ひとまずはお見舞いに来てくださった方たちに入れますので」
念を押すように言った宮井さんが部屋から出ていく。雄弥の時もそうだったけど、わりと患者側の要求を聞いてくれるよね。この病院の方針なのかな。人気ある病院とも聞いたことあるし。雄弥の影響があるのも否定できないけども。
ドアが閉まったら私は後ろにいるお兄ちゃんの顔を見上げた。お兄ちゃんはドアの方を見ていたけど、私の視線に気づいて目を合わせてくれた。柔らかく微笑んでくれて、髪を梳いてくれる。これも久しぶりで心地いい。自然と目を細めて体をお兄ちゃんに預ける。
でも、お兄ちゃんといろいろと話があるみたい。だから、これも程々にしてお兄ちゃんに話を促した。お兄ちゃんの周りの人には、宮井さんが連絡を入れてくれるから、話をすることに集中できる。
「……何から話したものか」
「いっぱいある?」
「整理できてないからいっぱいかもわかんないな。……やっぱ身内のことからかな」
「……うん」
「それを話すにあたって、先に謝らせてくれ。ごめん結花。俺はお前から
「……ぇ……どう、いう……こと……?」
お母さんを奪ったってどういうことなの? だって私のお母さんは売春婦で、いろいろあって小学生の時に死んじゃって……。お兄ちゃんと出会ったのはその後の話で。だからお兄ちゃんが奪うなんてことはありえなくて……!
「細かいことは俺も把握できてない。けど、分かってることは俺と結花の親は入れ替わってる」
「……。え、待って……分かんない。意味分かんないよ!」
「結花が俺と一緒に過ごした時にいた母さん。あの人が結花の
お兄ちゃんの話を聞いて、お兄ちゃんと一緒にいたあの頃を思い出す。あの頃は既にシングルマザーしてて、だからあんまり話す時間も無くて……。でも、母親の温もりは少しだけ感じられてた。忘れちゃってた感覚だけど、優しくて温かくて満たされる。そんな当たり前で大切な感覚。
正直言ってまだ飲み込めない。納得できないとかじゃなくて、理解が追いつかない。衝撃が強過ぎるから。だってお母さんだと思ってた人が、実はお母さんじゃなくて、本当のお母さんとは一年しか過ごせなかったんだから。しかもその時はそうだと知らなくて……。
混乱してるのが少しだけ落ち着いてきて、それでようやくお兄ちゃんの状態に気がついた。体が震えてて、目も珍しく怯えてる感じ。
「ごめん結花……。本当にごめん……!」
「お兄ちゃん……」
あー、そっか。奪ったってそういうことか。本当の母親と過ごせなかった私への罪悪感が強いんだ。お兄ちゃんは優しいから、きっと自分を責めまくってる。お兄ちゃんが奪ったわけじゃないのに。しかも、それを言ったら私だってお兄ちゃんからお母さんを奪ったようなものなのに。
だから、私はお兄ちゃんと向き合うように体の向きを変えて、お兄ちゃんの両頬に手を添えて目を覗きこんだ。
「私はそれを知っても恨まないよ? 嫌わないし、離れたりなんてしない。お兄ちゃんは私のたった一人のお兄ちゃんで、大切な人なんだから」
「……結花……」
「だから、自分を責めないで。お兄ちゃんが自分を赦せなくても、私が赦すから」
「ははっ……、これだとどっちが上かわかんないな……」
「今じゃ一応私もお姉ちゃんしてるし」
「それについて詳しく」
切り替え早すぎないかな。さっきまでの可愛いモードのお兄ちゃんが一瞬でいなくなったよ。別にどんなお兄ちゃんでも好きなんだけどさ。他にも話があったんだろうけど、ひとまずはそれを置いとくって感じかな。
私はお兄ちゃんの頬から手を離して、どこから話すかを考えた。考えたところで気づいた。
そんなわけで私はあの事件のことを改めて話した。その結果お兄ちゃん以外にも重傷者が出ていたことを。その事件の後に、私は引き取られたんだってことを。そこの長女をお姉ちゃんとして慕って、長男を弟と呼んでいることも。年齢は同じだけどね。三つ子だね。
海外ライブをしたこと、文化祭に行ったこと、羽丘に通うようになったこと、姉弟で旅行もしたし、復活ライブもした。結婚式に出席したし、ハワイにも行った。
「文化祭て……一学期にもしただろうに」
「そうなの? 私はそのへん知らないんだけど。秋にやったやつは羽丘と花女の合同だったよ」
「規模デケェ……。今聞いた話どれもマジで規模デケェな」
「あはは、そうなんだよね〜。……大変だけど、それでもやりがいがあって楽しいよ!」
「結花が楽しめてるならそれでいいけどさ」
頭を撫でてくれるお兄ちゃんに抱きついて甘える。今すっごい幸せだけど、まだまだ足りない。空いた年月を埋めるにはこんな短時間じゃ全く足りない。お兄ちゃんも甘えさせてくれるから、際限なく心からの欲求が溢れちゃう。でも、今は止めなくていい。もう我慢しなくていいんだから。
「そういえば、SPACEについてなんだが……」
「うん。聞いたよ。店畳んじゃったんだよね……」
「それについても謝らないといけなくてさ、SPACEで一回だけライブしちゃった」
「えぇ! ズルいよお兄ちゃん! 約束守れてないことも怒るけど、SPACEでライブできたことがズルい!」
理不尽な怒りだとは我ながら思う。お兄ちゃんだって約束を進んで破るわけがない。そうしないといけなくなっちゃったんだろうね。どういう状況でそうなったのかは全然分かんないけど。
それに、私は私でいろいろと大きなステージでライブさせてもらえちゃってるしね。お兄ちゃんを責められないか。
SPACEでのライブ。お兄ちゃんと私で立とうって言ってたのにね。仕方ないことなのかもしれないけど、やっぱり悔しいかな。きっと雄弥たちに言えばSPACEでライブはできた。けどそれは「お兄ちゃんと」って約束を破るから。だから控えてた。本当のお母さんが立ったっていうあの場所。思い出の場所。
「……お兄ちゃんとライブしたいなー」
「結花は有名人だからなー。小規模とかでならできなくもないのか? 打ち合わせして先輩らも動かせば……」
「ま、そのへんは退院してからね」
「それもそうだな」
今考えたって動けないんだから仕方ないよね。私の方でなんとかできたらいいんだけど、こういう細かいのは私さっぱりだから。今のお父さんに聞けば教えてくれるかな。メンバーに聞いても分かるだろうけどね。
お兄ちゃんからも話をいっぱい聞いた。高校に入ってからのこと。何個かはぐらかされたのもあるけど、私だって話してないこともあるんだからお互い様だね。話さないといけないってわけじゃない。家族にだって隠し事はあるし、私達はきっと話さないでいた方がいい。特に私は。
お兄ちゃんは優しいから、話したらきっと私のことをいっぱい甘やかしてくれる。厳しいとこもあるだろうけど、それでもね。そして私はそんなお兄ちゃんに依存しちゃう。今だって少しずつ依存していっている。我慢も効かない。
「……お兄ちゃん」
「分かってる」
「んっ」
向かい合ってる状態でまたギュって抱きしめてもらう。けど今回はここから少し増えちゃう。お兄ちゃんとはもう離れたくないから。だから私も腕に力を込める。より密着度が増す。
それでも
──あぁ、少しずつ心に
──ずっとお兄ちゃんといたい
「レオくん目が醒めたって! ……何してんの?」
「レオ兄ちゃんと……結花さん?」
「わーお、レオぽんこれは修羅場だね〜。それと結花ちゃんお久〜」
「ライブ以来かな。デベ子も久しぶりーって」
「二人とも話逸れてるわよ。……玲音くん、自分で何とかしなさい」
グリグリメンバーとりみりんが部屋に駆け込んできた。りみりんがお兄ちゃんのことを兄呼びしてるのは後で問いただすとして、グリグリメンバーと仲がいいのってサポートしてたからだよね。
それよりもゆりさんのあの視線の冷たさだよ。一番動揺して入ってきて、この状況を見てああなったってことは、そういうことなんだよね。お兄ちゃんとそういう関係かなって思ったけど、お兄ちゃんを見た感じそうでもなさそう。
それはどうでもいいんだけどね。
だって
──お兄ちゃんは譲らないから
離していた唇をもう一度お兄ちゃんと重ねる。さっきよりも深く、強く。さすがのお兄ちゃんも抵抗しようと肩をタップしてるけど知らない。起きたばかりのお兄ちゃんに力負けしないから私が主導権握ってる。
「ちょっ! 結花ちゃん何してんの! レオくんから離れて!」
「やだ! お兄ちゃんはあげません!」
たとえゆりさんでも駄目。譲れないものだってある。
──もう誰も私から奪わないでよ
この作品は「陽だまりをくれる人」と多少はリンクしてます。(宣伝)
次回が最終回です。
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