人生で一番幸せな瞬間とはいつなのだろうか。それをはっきりと言える人は、はたしているのだろうか。もしかしたらいるのかもしれないが、俺には無理な話だ。俺が断言できる瞬間なんてただの一度も来ない。それは、俺にとって幸せとは、順列をつけられないものだからだ。
そもそも俺は幸せだと思える瞬間なんて滅多に無い。短い人生を振り返ってみても、
「玲音さんがスーツ着てると違和感満載ですね」
「言ってくれるじゃねーか雄弥。写真で見させてもらったけど、お前も大概だぞ」
「まだ様になってたと思いますよ? リサがそう言ってくれましたし」
「二言目には惚気けるって話本当だったのか……。何でもいいけどよ」
俺が身に纏った衣装を見せるや否や、雄弥が辛口評価を下してくる。こいつは嘘をつかない性格をしてるし、俺も鏡を見たときにあんまり合わないなと思ったわけだけども。それはそれとして、当日に本人にズバッと言ってくるのはどうなんだろうな。
「時間にはまだ余裕があるか」
「椅子に座っててください。飲み物入れますから」
有無を言わさず素早く飲み物を用意し始める雄弥。その姿に初めて会った時とのギャップを感じ、雄弥も変わったのだなと実感する。俺はそこまで交流がなかったし、長く寝てたこともあって今になってそれを感じている。感情なんて一切なく、空虚な人間だった雄弥が、こうして自ら動くってのは大きな変化なんだろう。人を変えるのは困難だし、こいつの周りの人間はだいぶ根気強く接したってことか
「どうかしました?」
「いや……、お前の周りは強い人が多かったんだなって」
「あーまぁ……、でも玲音さんが思う程じゃないと思いますよ。俺が言うのも何ですけど、強い人が多かったんじゃなくて、絆が強かったのかなって」
「絆、か」
飲み物が入ったカップを両手に持ちながらサラっと言ってくる。差し出されたカップを受け取りつつ、雄弥を観察する。虚ろな印象は消え去り、淡白さが目立つ。それが本来の性格なんだろうが、子供とかできたらまた変わるんだろうな。頭のネジが弛みそうだ。
「失礼なこと考えてます?」
「妥当なことを予測してるだけだ」
「……そうなると……、玲音さん。ブーメラン発言って言葉をご存知ですか?」
「煽ってくるな〜。暇つぶしに買ってやろうか?」
「お互いパートナーに怒られますし、今日みたいな日にすることじゃないでしょ」
「だな」
暇つぶしとして雄弥とドンパチしてみたかったが、それは今日じゃなくていい。それに、こいつ相手に勝った試しがないんだよな。どう足掻いても痛み分けに持っていくのが精一杯。
「……美味いな」
「それはどうも」
「お前、料理本でも出せば?」
「そこまでじゃないですから」
売れる気はするんだが、こいつの知名度が補正値として働くか。内容が大事だし、雄弥がそこまでじゃないと言うなら、本当に大した内容にはならないんだろう。
そうこうしているうちに入場の時間になる。結婚式なんて今まで出席したことなかったし、どういうものかさっぱり分からなかった。だから、ゆりと二人でプランナーと打合せした時には、驚きの連続だった。
日本式は未だに知らないけど、西洋式だと結婚式と披露宴って別なんだな。家族とか身内を中心に来てもらって、教会で指輪交換とか誓いの言葉とかやるのがこの前の結婚式。今日やる披露宴は友人とか仕事先の人を呼んで、改めて結婚の報告をするんだとか。ケーキ入刀とか、ゲストの余興とか、親への手紙とか、そういうのは全部披露宴なんだとか。
「たしか雄弥たちは一日に纏めてやったんだっけ?」
「そうですね。大きめな場所を借りて、結婚式をやったらすぐ近くの会場に移動、そこでそのまま披露宴をしました」
「そんなやり方もあるんだな」
「珍しい方かと」
だろうなー。そんなことできるのって、本当に限られてる気がする。超人気バンドで海外ツアーやら全国ツアーやらして、テレビにも出演してるから多少の無理を通せるんだろう。実際に、こいつらの後に予約が殺到してるらしいし。その辺も狙って許可が降り立ってとこか。
「それじゃあ俺は来客側に戻るので」
「悪いな、話しに付き合ってもらって」
「いえ。なかなか有意義でしたよ。……改めまして玲音さん。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう」
丁寧にお辞儀をした雄弥は、堂々とした足取りでこの場を後にする。雄弥が気遅れる場があるのかは知らないが、あそこまで堂々とされるとあいつが主役じゃないかと思ってしまう。
「レオくん」
「ゆり、準備は終わったようだな」
「うん。待たせちゃったよね?」
「時間には間に合ってるし、女性の支度は長いものだって相場が決まってる。いくらでも待てるさ」
「ふふっ、相変わらず捻くれた言い方」
「なら素直に言ってやろうか? ゆりのためならいくらでも待てるって」
「っ! もう! 揶揄ってるでしょ!」
結婚式の時に着ていたウェディングドレス。それに身を包んだゆりと合流する。化粧をしているようなんだが、素がいいから余計に美人さが際立つ。結婚式のリハーサルや結婚式本番でも見た姿だというのに、どうやら慣れることは無理らしい。
「れ、レオくん?」
その姿に目を奪われる。思考も消え去って、頭の中にはゆりを絶賛する言葉しか出てこない。
理性が働いているのか、それとも絶句しているだけなのか。俺はそれすら判断できない。無言でゆりの腕を引いて寄せる。戸惑いの色を浮かべる赤い瞳が、俺にはそれが魔性の眼差しに見える。
それに引き寄せられていき──
「んっ……」
ゆりと唇を重ねた。ずっとこうしていたい。ずっとゆりを間近に感じていたい。そんな我儘な感情が心を支配する。
ゆりに頭をポンポンと優しく叩かれ、それでハッとして俺はゆりから少し離れた。謝ろうとしたが、それよりも先に俺の口にゆりの人差し指が当てられる。ゆりの表情は穏やかで、器の大きさというか包容力の大きさを感じさせられる。
「時間がないから、ね?」
「……そうだな。ごめん、ゆり。魅了されてた」
「ん"っ……! 調子狂うってば!」
口を尖らせるゆりに謝りながら、手を引く。今回の披露宴で司会をしてくれてるのは、バイトでやたらと世話になった青葉先輩。この人はこの人で式を上げたらいいのに、まだしてないらしい。元彼女さんこと嫁さんがプロデュースしたいらしく、その要求が高いのだとか。いろんな意味で。
司会者に呼ばれて、俺とゆりは会場の袖から入っていく。招待した人たちが来てくれていて、大勢の拍手に包まれる。俺の方は家庭がいろいろとアレだから、身内が結花と結花の祖母しかいない。牛込家は揃っているし、両祖父母もいる。それ以外だと、グリグリのメンバーやオーナー。ポピパメンバーもいるし、雄弥を始めとしたAugenblickメンバー。バイト仲間に、大学時代に仲良くなった外国の友人たち。イギリスやドイツ、スイスの友人など、本当によく来てくれたなと思った。
というか呼ぶ前に『式の日程立ててるだろ? いつだ? 教えろ』って連絡が来た時はビビった。それよりも意外だったのは、パスパレメンバーか。彩が誘ったらしい。彩を呼ぶか悩んでたんだが、花音経由で知られて彩に怒られた。祝いたいのにって。強い女性だよ、彩。
本当に大勢の人たちが来てくれてる。だいたい70人くらいかな。俺は結構閉鎖的な人間だし、ゆりの人望だろう。
「いっ……! 抓るなよ」
「レオくん。レオくんが思ってる以上に、レオくんはいろんな人に親しみを持たれてるんだからね?」
ジト目で言われた。考えを読まれていたし、俺の考えが凄い不服だったらしい。まぁ、実際そうなんだろう。自分の夫が卑屈な人間とか誰だって嫌か。
「それでは始めましょう。祝電は両家から。ご友人方は後の立食パーティ時にどうぞ」
先輩が真面目に司会をしてくれていることに内心驚いていると、先輩から笑顔でもの凄い圧をかけられた。最近人に考えを読まれることが増えたような気がするんだが、なんでだろうな。
「ゆり、玲音くん。結婚おめでとう。玲音くんと初めて会った日のことを、今でも鮮明に覚えているよ。第一印象は……うん、本当に申し訳ないことに最悪だったのだが──」
ごめんなさいねぇ!! 俺がそう受け取られるように立ち回ってましたからねぇ!!
居た堪れない気持ちでいっぱいなんだが、ゆりも、牛込家の人たちも思い出話の一つと捉えているのか、コロコロ笑ってる。他の人も苦笑だったり、外国友人は笑いを堪えるのがキツそうな顔してたりするんだが、祖母が思いため息をついてる。本当にごめんなさい。あと結花。耳打ちで何か言ってるようだけど、それ絶対に碌でもないことだよね。
「ゆりの気持ち、玲音くんの本当の姿を見て、私たちは勘違いしていたことに気づいた。ぶっきらぼうで、素直じゃないことが多いけど、それでも玲音くんは、ゆりのことを真剣に見てくれていた。時に大怪我をしてまで、ゆりのことを助けてくれた。いつからだったのか。それは自分でも分からないが、ゆりのことは玲音くんにしか任せられない。そう思うようになっていたよ。本当におめでとう。これからも、二人で力を合わせて歩んでいってくれ。そして、時には帰ってきてゆっくり休んでくれ。私たちは、たとえ離れようとも家族なのだから」
親父さんの言葉を、俺は黙って真剣に聞き届けた。一言一句聞き逃さないように。謝りきれないことだってあった。感謝しきれないことだってある。だから、その全てを含め、ゆりを幸せにしようと改めて心に誓った。ゆりを幸せにして、そこに俺自身もいて、一緒に噛み締めていくのだと。
涙をぽろっと零すゆりの手を握る。客席からは見えない。手の甲に重ねた俺の手の指は、上からゆりの指と絡まる。言葉にはせず、ただ行動で寄り添うんだ。
牛込家の方の話が終わると、今度は俺の家の代表として祖母が席を立つ。母親は死んでるし、クソ親父は刑務所の中。俺の本当の祖父母ももう他界してる。だから、義理の妹である結花の祖母が、代わりに代表を務めてくれる。
いったい何を話されるのやら。半分ほど怖いのだが、祖母は先輩に何かを渡していた。それを大切に受け取った先輩は、司会席から移動。それに合わせてスタッフたちも数人動く。
俺達の真後ろにあったらしいスクリーンが下ろされていき、プロジェクターが起動されてそこに画面が浮かび上がる。今は準備中のようで、画面いっぱいが真っ青。
「お二方、今のうちに椅子の向きをお変えください」
「わかりました」
状況が飲み込めないが、そう言われたのならそうするしかない。椅子を横に向けてゆりと向かい合うように座り直し、あとは可能な限り体を斜めにして画面を見上げる。もう映像が始まるようで、カウントダウンが始まっている。
──3
──2
──1
『母さんちゃんと撮れてる? ……え、もう始まってる? マジで!? カットカット! やり直し! え、させてくれないの!? まじかー。こんなスタートなのかー。あ〜〜、こういうとこあるんだよねーあたし』
「……母……さん……?」
「え?」
俺の呟きにゆりが反応したが、俺はそれに反応できない。画面に映し出されてる母さんの姿に意識が釘付けにされているから。
結花と同じ赤い髪色。毛先に近づくにつれて赤くなっていくところまで一緒だし、顔もよく似てる。結花は完全に母さん似だってこと。……性格も母さんに近いし……父さんの遺伝子はどこへやら。
『恥ずかしい始まり方だけど、まぁいいや! 改めまして藤森
あまりものテンションの高さに笑いが溢れる。これだけテンション高くても、それに圧されることはない。こっちまで上げられる。自然とそうさせるのが、母さんの魅力だな。
『二人が結婚するとき用に、一本ずつ撮っておこうかなって思って、母さんつまりお婆ちゃんに協力してもらってるんだよ。お婆ちゃんってば気難しそうに見えるけど、こういうの好きだったりするんだよね〜。あ、ヤバイ。目の前でこめかみピクピクしてる。っとまぁそれは置いといて。どっちのを先に撮るか悩んだんだよね〜。だってほら、レオってば捻くれてるとこあるじゃん? 結婚相手が見つかるか不安でさ〜。その点結花はあたしに似てるし? いい男ゲットできると確信してるんだ。あ、変な男が寄らないようにちゃんとレオが見守っててよ?』
母さんや。いろいろツッコミたいことがマシンガンの如く飛び出してきてるぞ。
『あれ? そうなるとレオと結花が結婚した方がいいのかな? ……んー、まぁその辺は二人の自由だよね! お母さん的には背徳感あるけど、背中を押してあげるからね!』
近親相姦だぞ!? 血は繋がってないけど世間体的にアウトだわ! 結花を本気で好きになってたら気にしてなかっただろうけども。
『で、えーっと、悩んだ結果ね。レオの分から先に撮ることにしたんだ。レオの方がお兄ちゃんだし、捻くれてるだけでレオは誠実なところがあって、優しくて、大切な人を優先できる男の子だからね。ちゃんと見てくれる子と巡り会えるって信じてる』
自然とゆりの方に向いてしまう。ゆりも同タイミングでこっちを見てきてて、二人で思わずクスッと笑ってしまう。ゆりは照れ臭そうにしてたけど。
『まずは謝らないとだね。……二人が大人になる前に、二人の前からいなくなってしまうことを許してください。あたしが二人に残せたことは、たぶん全然ないんだと思う。一緒にいられた時間だってすっごく少ない。それでも、やっぱりあたしは二人のお母さんでいたいから。ずっとずっとそう思っていてほしいから、少しでも残せるものを残したい。そう思って、結婚式用のを撮ることにしたの』
だんだんと真面目な雰囲気になっていく。母さんは本当にそう思って謝ってるんだろうけど、謝らないでほしかったな。
『結婚おめでとう。お嫁さんの方はごめんね。誰になるかなんて分からないから、名前を言ってお祝いしてあげられないや。……玲音。結婚っていうのは、人生において一つの区切りになることだよ。結婚しない人もいるけど、どっちが良いとかの話じゃない。結婚をしたのなら、それは分かりやすい区切りを得たことになる。覚悟はできてるはずだよね。背負うものが増えたってことを』
母さんは名言を言ってるわけじゃない。当たり前のことを、なぁなぁにするなと言外に言ってるんだ。
『男の子だから、俺が守らなきゃーとか、思っちゃうんだろうけど、そんな事はないんだよね。何のために結婚したのか。今一度考えてみて?』
何のためにって、そんなの──
『
一緒に幸せになるために決まってる
『これが一番大切なこと。自分のためだけに結婚してるんじゃない。相手のためだけに結婚してるんじゃない。お互いのために結婚してるってこと。それが大切なの。だから、辛いことも苦しいことも、楽しいことも嬉しいことも、全部を一緒に分かち合うの。それが家族だから! 喧嘩しちゃうこともあるだろうね。一緒にいるのを疎んじゃうかもしれない。だけど、そういう時こそ初心に帰るんだよ。誰よりもその人といたいって思ったのは、他でもない自分自身なんだから。それと、忘れないでね。祝福してくれる人たちのことを。本気で想ってくれる人たちって本当の本当に貴重な存在なんだから。感謝の心を忘れないで』
これまで経験してきたこと。それはこの先でも経験するんだろう。違った形で、違った見え方で。だけど、それを乗り越え続ければ、俺達は絆がより強固になるんだろう。
『柄にもないことを言ったけど、あたしはそれだけ結婚ってことが大切なことだと思ってるから。家族が大切なものだって思ってるから。……信じてもらえるか分からないけどね。家族の時間を全然作れなかったダメダメな母親だし……あはは……。うん、でもね……そんなあたしでも、レオと結花のお母さんでいられて幸せだったんだよ。二人がいてくれたから頑張れたことがいっぱいあったんだよ。だからね……お母さんに幸せをくれてありがとう。あたしと巡り会ってくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。自慢の子どもたち。幸せになってくれることを、心から願っています。改めて結婚おめでとう。藤森結衣花より』
「ダメなわけないだろ。……俺達にとって、最高の母親なんだから」
いつも見せてくれてた笑顔。それを今回も母さんが最後に浮かべて、映像がそこで止まった。EDまで付けたみたいで、母さんの最後のシングルが流れながら、俺と結花と母さんの三人の写真が映し出されていく。家にいる何気ない日の写真も、俺と結花が一緒に登下校してる写真も、食事の写真、学校行事や年間行事の写真。最初で最後の三人での家族旅行の写真だってある。
ほんっと、エモい母さんだよ。
そうだよな
──
「う、うぅ……」
「……ったく、なんでゆりが泣くんだよ」
「ご、めん……でも……」
「相変わらずの泣き虫め」
また泣いたゆりを、今度は他の人に見えないように腕の中に包み込む。胸に頭を当てさせ、泣き止むまでそっと抱きしめて。
映像が完全に終わったら、静かな拍手が送られてくる。俺はそれを会釈して受け取り、映像を持ってきてくれた祖母にも頭を下げた。
ゆりが泣きやんだ後は、プログラム通りに進行していった。用意してくれた芸……というか盛大なライブを特等席で鑑賞し、二人でケーキ入刀もした。最後まで終われば、後は自由な立食パーティに。そうなると友人たちがこぞって話をしにくる。俺とゆりは一旦別々になって、それぞれで話をしていた。のだが、腕を掴まれてそっちを向こうとしたら頬に柔らかな感触。一瞬固まってから犯人を見ると、頬を赤らめながらハニカムゆりが。
「大胆になったな」
「びっくりした?」
「まぁな。でも」
「わっ……んっ」
湧き上がっていて煩い周りを放置し、俺を出し抜いたと思っているゆりの腰に手を回す。細く、くびれもあるその腰は力を強めたら折れてしまいそうだ。鮮やかな瞳は揺らいでいたが、柔らかな唇を奪い取ると、その瞳も閉じられて首に腕を回される。俺達はお互いが離さないようにと熱く抱き締めあった。
──あぁ、ゆりと結ばれてよかった
「お兄ちゃんお兄ちゃん。私と既成事実作ってみない? 母さんは賛成してくれてたみたいだし」
「作りません!」
「『ざーんねん!』」
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