鳴り始めた目覚まし時計を止めて体を起き上がらせる。睡眠を邪魔した時計が示す時刻は8時。今日は土曜日で、いつもならもっと寝ている。
なぜこの時間に目が覚めたのかと言うと、誠に不本意ながら今日は牛込と出かける日なのだ。てっきり放課後の時間を使うと思っていたのに、まさかの休日を丸一日使うという暴挙。
貴重な休日が無くなるのだから、これは満足できるぐらいの
「……何時集合だっけ」
携帯のメッセージアプリを見る。1番上にある牛込との連絡履歴を確認すると、集合時間と集合場所が書かれており、最後にはすっぽかすなと念を押されている。いくら面倒なこととはいえ約束を違えることは
「時間は……8時半か。……場所はそう遠くないし着替えて出りゃ間に合うな」
なぜ時計を8時にセットしたのだろうか。昨日の俺は何を考えていたのやら。……いや、わかるけどな。ギリギリまで寝ようってことだろ。せめて飯を食う時間ぐらい考慮しておくべきだったな。
そんなことを心の中でぼやきつつ着替えを済ませて家を出る。牛込家があるマンションはすぐ隣なのだが、あの真面目な性格だからか、俺みたいに時間ギリギリに家を出るなんてことはしないらしい。おかげで家を出て早々に遭遇なんてことはなく、合流したのは狙い通り集合場所だった。
〜〜〜〜〜
「……遅い」
集合時間より早く着いた私は、一人で彼を待っているんだけど、萩坂くんは5分前になっても姿を見せない。捻くれてるけど約束をすっぽかすようなことはしないって本人が言ってたから、来るはずなんだけど……。
彼をただ待つのも退屈になってきたから、手鏡使っておかしな所がないか確認する。と言ってもメイクしてるわけでもないし、おしゃれしてるわけでもない。服装が乱れてないかとか、髪が跳ねてないかを見るだけ。
「うん。どこもおかしくないね」
「おかしな独り言はしてるけどな」
「ひゃっ!?」
「……声かけただけだろ」
「耳元で言わないでよ!」
「これも弱いのな」
私の弱点を新たに見つけたからか、萩近くんは楽しそうにニヤついてる。時間を確認すると8時半ピッタリ。彼の状態を見てみると、少し髪が跳ねていることから寝起きなことがわかる。どうやら時間ギリギリまで寝てたみたいだね。
「髪跳ねてるよ」
「デフォルトだ」
「直してあげるから、ほらそこのベンチ座って」
「別にいい。気にしてないから」
「一緒にいる私が気にするの!」
「なんで牛込が気にするんだよ……」
「い・い・か・ら! そこに座りなさい!」
「朝から煩いなぁ」
萩近くんは文句を言いながら大人しくベンチに座ってくれた。いつもの彼ならのらりくらりと躱すんだけど…、まだ寝ぼけてるみたい。時々妹のりみにしてあげるみたいに彼の髪を直してあげる。クセが強い髪だったけど、なんとか直すことができた。
「直ったよ」
「ありがとう」
「う、うん」
「……なんで言い淀んでんだよ」
「だって君が正直なのって珍しいし」
「俺だって礼は言うからな? ……なんで俺牛込に辱められてるんだ?」
「今さら!? しかも辱めてないからね!?」
今になって彼の意識が完全に覚醒したみたいで、一生の恥と言わんばかりに項垂れ始めた。彼のその態度は不服なんだけど、でもこれでこそ萩近くんだなって思う自分もいる。
「あ? もしかしてお前すっぴんか?」
「え? うん、そうだけど……、それがどうかしたの?」
「馬鹿め」
「むっ、罵倒される謂れはないんだけど?」
「どうせ俺相手にメイクしてもなって思ったんだろうが、考えが甘い」
「当たってるけど、どういうこと?」
そんなことも分からないのか、って顔してる萩近くんを一発ビンタしたいところだけど、とりあえず彼の意見を聞いてから決めるとしようかな。彼はなんだかんだで気にかけてくれて、こういう事を言ってくるわけだし。
「仮に俺と牛込が付き合ってるならそれでもいいさ。天地がひっくり返ってもありえない事だが」
「いつも一言余計だよね」
「それはいいんだよ。ともかく、俺と牛込は付き合ってなんかいない」
「うん」
「俺は他の男が言い寄ってきても守る気なんかない」
「そこは嘘でも守ってほしいな」
「ない。んで、メイクってのは下手くそじゃない限り、素顔より可愛くなるものだろ?」
「まぁそうだね」
「メイクしてたら、初対面の奴とかはメイクした状態しか知らないことになるわけだ。つまり、
「う、うん……」
「なんで照れてんだよ」
「君のせいだよ! ばーかばーか!」
不意打ちで"可愛い"とか"スタイルいい"とか言われたら照れるに決まってるじゃん。冗談で言ってるわけじゃないのも分かるから、余計に恥ずかしいよ。なんで朝からこんなことになってるんだろ……。
それに、メイクしてない理由は
「納得いかないが……ともかく、これからの年齢でメイクしてない女性の方が珍しいのも事実だ。一種の嗜みとも言える。特定の日だけメイクしてたら周りに疑われるだろうが、普段からしとけばなんともないだろ?」
「普段からメイクって……」
「軽くでいいんだよ軽くで。ナチュラルメイクってやつがあるんだろ?」
「あ、なるほどね。……ところで、君って他の男のよりそういうの詳しくない?」
「他の男子と喋ったことあるのか?」
「……ないけど」
「なら比較対象いねぇじゃねぇか。ま、俺の知り合いで詳しい女子がいてな。受け売りだ」
「なるほどね〜」
メイクに詳しい他の女の子……、いったい誰なんだろ。私の知ってる子……ってわけでもないか。萩近くんのクラスの子かもしれないし。
「で? 今日はどこに連れ回されるんだ?」
「言い方酷くない?」
「お前の我儘に付き合ってるんだ。間違ってはないだろ。こちとら放課後に連れてかれると思ってたのに、貴重な休日を潰されてるんだからな。ちゃんと俺を楽しませてくれよ?」
「それは……ごめん。ちゃんと考えてきてるけど、もし楽しめなかったら?」
「そうだな……。今後一切俺に関わるな。連絡先も消せ」
「!? ……なん……で……」
「何度も言ってるだろ? 仲良くなりたいわけじゃない。はっきり言って俺からしたら迷惑だ。だから俺が今日楽しめなかったら連絡先を消して、接触もしてくるな」
「………わかった」
正直に言うと、萩近くんの連絡先を消したくない。仲良くなりたいし、仲良くなり過ぎたくない。彼とは程よい距離感での友達になりたい。そして、何よりも彼のことをちゃんと知りたい。お父さんたちの誤解を完全に解けるようにしたいから。
だから、これから始まるのは
「絶対に満足させてみせるから」
「なんか無駄にやる気出てね? あと今の発言は年中発情期の奴からしたら誘ってるようにしか聞こえないから気をつけろ」
「へ? ……ぁ……いや、あの……そ、そういう意味じゃないんだよ?」
「分かってるから。……で、無駄に燃えがってるのはなんで?」
「……えっとね、私負けず嫌いなんだ」
争いごと自体が好きってわけじゃない。みんなで楽しめるならそれが1番だから。でも、勝負事になっちゃうことはどうしてもある。スポーツとかもそうだし、学校行事とでもそう。元からそういうものは仕方ないって割り切ってる。そして、やるなら勝ちたい。そっちの方が嬉しいし、今回みたいに負けられないものもあるから。
「負けず嫌い、ね。らしいっちゃらしいか」
「そう?」
「だって牛込って自己中だし」
「君には言われたくないかな〜」
「言うようになったな。……まぁでも今回は諦めろ」
「諦めないよ。始まってすらいないんだから」
「……そうかよ。ただ、言っとくが俺は勝負事に興味ないから。気分じゃない時は勝負すら始めねぇから」
「え……」
なにそれ……、それってどう考えても私の方が分が悪いじゃん。たぶんだけど、萩近くんってやる気に満ちてる人を見ると反対にやる気を無くす人だよね。捻くれてるし。……つまり、今の私は彼を冷めさせちゃってる。
「それはズルい!」
「なんでだよ!?」
「だって私の勝ち目が薄いもん! フェアじゃないよ!」
「俺の気持ち次第で変わる勝負だぞ!? 元々フェアなんかじゃねぇだろ! そもそも勝負ですらねぇからな!」
「むぅー! いいもん! いっぱい連れ回して無理矢理にでも楽しかったって言わせるから!」
「タノシカッタナー」
「もう!」
どこまでも不真面目な態度を取る彼のお腹を軽く殴ったけど、力を入れてたみたいで硬かった。高笑いする彼の頬を抓ってから腕を引っ張って、
「そろそろ腕放してくれね? 彼女でもない奴に腕つかまれてるの嫌なんだけど」
「あ……ご、ごめん! ……萩近くんって彼女いるの?」
「は? なんだ急に」
「だって今、彼女じゃない人に腕を掴まれたくないって」
「牛込に教える必要あるのか?」
「そうだけど……そういうのって気になるじゃん?」
「こういう奴が野次馬って呼ばれるんだろうな」
「うっ」
どうやら萩近くんは野次馬のことが嫌いみたいで、今までで1番嫌そうな顔をしてた。野次馬が嫌いっていうのもわかるんだけどね。関係ないのにいろいろと揶揄してくるから。その人達と一緒にされたくないけど、彼からしたら私も一緒みたいだね。でも、女の子って恋話好きなんだもん。
「ま、彼女なんぞできたことないけどな」
「え、ないの?」
「なんだその意外そうな反応は」
「だって彼女いそうな感じだったもん。いろいろと教えてくれるし」
「どんなだよ……。ともかく彼女はできたことないし、作ろうと思ったこともない。これで満足か?」
「……なんか微妙」
「野次馬め」
電車に乗り込んでドアの近くに立つ。二駅隣だから座る必要もないんだよね。それに外眺めるの好きだし。彼は壁にもたれかかりながら外を見てて、私達の間に会話はなかった。なんか気まずいかもって思った時だった。電車が大きくカーブして、態勢が崩れちゃった。バランスが崩れて転けそうになったんだけど、萩近くんが私を支えてくれた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありが……とう?」
「どうした? 何か無くしたか?」
「ち、ちかい……」
「なんて? ……本当に大丈夫か?」
「ふぁい」
転けそうになった私を支えてくれているということは、当然彼との距離が近くなるわけで、すぐ目の前に彼の顔があった。
こんな至近距離になるのは、
気づいた時には目的の駅に着いていて、急いで彼の手を引いて電車を降りた。改札口を通るまで彼の手を握っているという意識もなく、また顔が熱くなっちゃった。別に恋してるわけじゃない。それは明確に分かってる。あの時のを思い出しちゃったからこうなってるだけ。
(あーもう!こんなの忘れなきゃ!)
「すぐそこのショッピングモールだからね! 早く行くよ!」
「そんな急ぐ必要あるか!?」
「いいから行くの!」
熱くなった顔を冷ますために駆け足気味で移動したのも仕方ないよね。
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