同じ景色を見られたら   作:粗茶Returnees

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8話

 

 牛込と遊んでから3週間。あれ以降一度も会うことがなければ、連絡を取ることもない。やっと俺が求めていた元の生活に戻れていた。自分だけで完結する狭い世界。それが俺の世界で、これが俺が生きるべき世界だ。

 馬鹿なクラスメイト達を眺めて過ごす学校生活で、空いている時間のほとんどをバイトに費やし、余った時間を学校の課題や資格の勉強に費やす。4月の入学早々にバイトを始めることができ、生活も安定するようになった。

 牛込と遊ぶという思わぬ出費もあったが、そこまで影響は出ていない。5月も働き時であるゴールデンウィークをバイトで埋めた。下旬になった今も変わらない生活を送っている。あと1ヶ月もすればあいつ(・・・)の誕生日だから。バイトで貯めたお金をそこに使う。

 今日も学校が終わってバイトをしているのだが、もうすぐ休憩に入る。いつも休憩ついでに飯を食べるのだが、今日はどうやらいつもとパターンが違うらしい。というのも──

 

 

「萩近くん休憩行っていいよー」

 

「わかりました」

 

「それと萩近くんにお客さんが来てるから、会ってあげてね」

 

「はい? ……ちなみにどんな人ですか?」

 

「黒髪で眼鏡かけた女の子だよ。制服はたぶん花咲川のかな」

 

「……それ休憩になります?」

 

「じゃあ今日は10分多めでいいよ〜。タイムカードはいつも通りにしといていいから。その代わりちゃんと話を聞いてあげてね。それが条件」

 

「はぁー。わかりましたよ」

 

「……ごめんね。余計なお節介だろうけど、わざわざ来てくれたあの子も無下にできないし」

 

「気にしないでください。自分で蒔いた種ですから」

 

 

 タイムカードを押して休憩に入り、上の服だけ着替えたら店内に出る。分かりやすいとこで待っていたのは、予想通り牛込の友人だった。名前は知らないが。

 

 

「呼び出してごめんなさい。それと自己紹介はしてなかったわよね。鰐部七菜よ」

 

「……そういやそんな名前だったな。牛込が言ってた気がする。萩近玲音だ。立ち話してたら休憩にならないし、適当に席につくか」

 

「ええ。そうしましょうか」

 

 

 席を取って荷物を置いたが、鰐部もここで夕食を済ませるらしく、今から注文するようだ。俺は既に用意してあるから、荷物番を兼ねて席で待つこととなった。ある程度話の展開を予想できるが、はっきり言って面倒だ。そもそもあの利口そうな鰐部がこうやって来たことに驚いている。

 

 

「お待たせ」

 

「そんな待ってないぞ。……先に食べるか」

 

「そうね。冷めてしまわないうちにいただこうかしら」

 

 

 第一印象は「利口な女子」あるいは「真面目」と言ったところだが、少し話してみたらそこに「上品」という言葉が追加された。正直言って、こういう場所に来るのが意外だ。……いや、もしかしたら普段来ていなくて、前回は牛込と一緒だったから、今回は俺に用があるから来ているだけなのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えながら食事を済ませ、鰐部が食べ終わるのを待つ。俺は食べるペースが早い方らしく、牛込と遊んだ時も先に食べ終わった。鰐部も食べ終わり、口周りを拭いて一息ついてから今日の本題に入った。ちなみに、食べてる間は一切会話はなかった。

 

 

「分かってるとは思うけど、今日はゆりのことでここに来たわ」

 

「それは予想通りだが、尚更分からないな。来る必要がどこにある? 利口な鰐部なら分かっているだろう。俺と牛込は決定的に違う。相容れない存在で関わるべきじゃないってことが」

 

「……それは私もそう思っているわ。あなたがゆりと関わろうとしていないし、ゆりもお礼兼お詫びが終わった。もう関わる必要が無いもの」

 

「ならなんでだよ」

 

「ゆりが泣いたのよ」

 

「…………は?」

 

「だからゆりが泣いたの。本人が気落ちしていたことは、3週間前から分かってた。本人が気丈に振る舞うし、話してくれるのを待っていたのだけど、抱え込むだけ抱えて、話してくれないから強引に聞き出したわ。それでやっと分かったけど、その時に泣いたの」

 

 

 ますます意味がわからない。俺たちの関係なんて薄っぺらいもののはずだ。俺は迷子になっていた牛込に道案内した。そのお礼とその後のことのお詫びを兼ねて1日遊んだ。それで完結のはずだ。お互い別に好きになってるわけじゃない。歩み寄りたいと思っているわけじゃない。そうだというのになぜ牛込が泣く。

 

 

「分からないの?」

 

「わかってたらまず牛込が泣くってことにはなってない」

 

「……それもそうね。話を聞いただけだし、当事者じゃないけれど、それでもあなたがやったことは褒められたことじゃないって言えるわ」

 

「自覚してる。関わりたくない人間と繋がりを絶つためなら、あれぐらいのことはやって当然だろう。それに、結局牛込は俺の連絡先を消してないしな(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

☆☆☆

 

 

「俺の連絡先を消せ」

 

「……ぇ」

 

 

 彼が言っていることが分からなかった。だって楽しんでくれたら彼は連絡先を残してくれるって約束だったから。そして彼はさっき楽しめたって言ってくれたから。

 私が固まっているからかな、萩近くんが自分で連絡先を消すために私に近づいてきた。私は全然理解が追いついていないけど、でも連絡先を消したくなくて後退した。彼のペースと同じように下がっているから追いつかれない。

 

──そう思ってた

 

 でも、実際には下がる限界があって、マンションの壁に後ろ向きで当たってしまった。つまり、もうこれ以上彼から逃げることができない。横に逃げようとしたけど、それより先に彼の手が伸びてきて私の逃亡が事前に阻止された。所謂壁ドンって構図になってる。この状況じゃなかったら、萩近くんが相手でもドキってしたかもしれない。でも、今の私にはそんな余裕がなくて、ただ怖かった。

 

 

「約束を破るなよ」

 

「約束って……だって楽しんでくれたら連絡先は消さないって……!」

 

満足したら(・・・・・)、だろ? 牛込が俺を満足させるって言ったんだ。もしそうできたら連絡先は残す。それが決めてたことだろ?」

 

「そんなの……」

 

「自分の失言でこうなったんだよ。お前が下手に『満足させる』なんて言ったからだ。俺の主観だけで決められることだぞ? 初めからこうするに決まってんだろ」

 

……いや……そんなのやだよ

 

「約束は約束だ。消せ」

 

 

 たしかに私はそう言った。そのことは覚えてる。覚えてしまっているから、彼が言っていることがおかしくないって分かる。身勝手な人だし、関わろうとしないってことは前々からそうだった。強引に連絡先を交換して今日にこぎ着けたんだ。彼からしたらもう今日で終わらせたいんだろうね。

 私はポケットを抑えて、携帯電話が取られないように抵抗した。彼はなんだかんだで優しいところがあって、力技には出てこない。こうやって抵抗してると、彼も携帯電話を奪うことは諦めたみたい。目を伏せて深いため息をついてた。

 

 

こういうのは死ぬほど嫌いだが……

 

「え……?」

 

 

 彼との距離がさらに縮まって、彼の頭が私の横に置かれた。クラスメイトの会話を聞いて、人間には力が抜けちゃう弱点があるって知った。その話がだんだんエッチな方に言ったから必死に聞かないようにしてたんだけど、その話から考えてみるに、どうやら私は耳が弱点らしい。そしてそれに思い当たる節があった。彼に公園のベンチで押し倒された時、私は耳を攻められて力が抜けていったから。

 それを彼も分かっているんだろうね。私の耳元でくすぐったい声で囁き始めるんだもん。

 

 

「なぁゆり(・・)

 

「──っ!」

 

「まさか約束、破らないよな?」

 

「やめ……」

 

「答えてくれよ」

 

「やぁ……んっ……んんっ」

 

 

 萩坂くんのその口調も、どうやら私にとって効果的みたい。思考が弱まっちゃって、彼の問いかけに答えられなくなってしまった。そしたら彼に耳を舐められて、変な声が出ちゃいそうになるのを必死に堪えた。それでもポケットを抑えてる手だけは出せる力を出して守った。きっと萩坂くんなら手をどかせられたと思う。だけど彼はそんなことしなくて、膝から崩れそうになった私を支えてくれた。

 

 

はぁはぁ……あ……」

 

「……やり過ぎたか。まぁいいや。とりあえず牛込」

 

「……ん……な、に……?」

 

「自覚できてるんだろうけど、弱点はしっかり守れ。ヤるのが目的の男はよく耳元で囁くから、簡単に連れてかれるぞ」

 

「……う、ん……」

 

「それと連絡先も消さなくていい」

 

「……ぇ?」

 

「俺の方でブロックするから」

 

「っ!!」

 

 

 足に力が入るようになるまで支えてくれたけど、彼からの宣告はとても辛いことだった。去っていく彼を追いかけることもできず、その場に立っていることしかできなかった自分を情けなく思った。止めたいのに止められず、声をかけることすらできない。

 もしかしたらメッセージを送ったら反応してくれるかも、なんて甘い希望を抱いたけど、結局萩近くんが電話に出ることもなく、メッセージアプリで既読がつくこともなかった。

 

 

「なんで……なんでぇ……」

 

 

 その日枕を濡らしたのも仕方ないことだと思う。

 

 

☆☆☆

 

 

『ゆりともう一度だけ向き合ってほしい。私たちはバンドを組むことにしたから、ライブをする時に見に来て』

 

「ライブ、ね。ガールズバンドでやれるとこなんてあそこ(・・・)しかないが、まずあそこでライブできるかだよな。……いや、見に行く必要もないか」

 

 

 あのライブハウスのオーナーとは顔見知りではあるが、顔を合わせるのも憚られる。あの頃のようにはいかないんだよ。俺が音楽に関わる場所に行くなんて、虫のいい話だからな。

 バイト終わりの帰り道に内心で自分に悪態をつきまくった。ろくに真っ直ぐに生きられない自分に。

 

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