とある休日。
松原宅には一人の来訪者がいた。
低い背丈に長い金色の髪の少女。その長い髪をハーフアップにし、白い紐で結われている。服装も白で統一されており、清楚という言葉が一番しっくりくるものだ。
頭にはベレー帽が、顔には度なしの眼鏡がかけられている。
彼女の名前は
「いらっしゃい……千聖さん」
「えぇ、お邪魔するわね、音葉」
玄関の扉が開かれ、出迎えたのはくすんだ水色の髪を揺らす中性的な容姿をした少年、松原音葉だった。
家の中に通された千聖は先に行く音葉の背中を追って、松原宅のリビングに来る。
「いらっしゃい、千聖ちゃん。今日も可愛いね」
「ありがとう花音。準備は出来ているかしら?」
ソファに座っていた花音が、千聖が来た事により立ち上がって彼女の近くに寄った。
千聖の質問に、花音は頷いて彼女のポーチと自身の肩下げ鞄を持った音葉を見る。
今日は千聖の予定が空いていたため、花音が音葉も含めてカフェに行こうと誘ったのだ。
「うん、出来てるよ。ね、音くん」
「ん……大丈夫だよ……いつでもいける」
「そう。それじゃあ早速行きましょうか。一駅隣でもいつ着くかわからないもの」
うぐっ、と花音と音葉が苦い顔をする。この二人、重度の方向音痴である。駅に着くだけでも何十分、何時間かかるかわかったものではない。
千聖はほら行くわよ、と言って音葉の手を掴んでリビングを出た。
「あ、待ってよ〜千聖ちゃーん!」
置いていかれた花音は急に出ていく二人を慌てて着いて行った。
☆☆☆☆
「……?」
三人で出掛けて十数分後、音葉は一人でいた。決して音葉がふらっとして一人になったわけではない。千聖と花音の二人がどこかに行ってしまったのだと彼はそう思った。それしかない。
「二人とも……どこいったんだろ……?」
周りを見渡すが金髪と水色の髪をした少女二人は見えない。そもそも音葉の身長自体一六九センチと男性平均身長より低いため、見渡しても意味を成さない。
精一杯つま先立ちで見ようとするが、人通りが多く、ハイヒールを履いた女性、高身長の男性達と、音葉の視界を遮ってくる。
「えぇ……前見えない……」
一瞬ふえぇ、と言いそうになったが、バンドメンバーから禁止令を出されているため、危うく踏み止まった。
探しに行こうか、そう悩んで動こうとした時に誰かから話しかけられた。
「ねェ、君今暇? 良かったらオレと遊ばない?」
「え?」
音葉の目の前に現れたのは派手な格好して、千聖の綺麗な金色の髪とは一八〇度真逆の下品な金髪をした背丈の高い男性だった。
「君モデルみたいだねェ! 背も女の子の割には高いしさ!」
どうやらこの男性は音葉の事を女の子だと間違えているようだ。ボキャブラリーが貧困な賛美で男性は音葉に近付いてくる。
「え、あ……あの……僕は……お、おと……」
男です。そう言いたいのに音葉の舌はひっついて言葉が上手く紡げない。慣れた人達ならば少しつっかえるが話せる。しかし、初対面で、尚且つこのような人物相手だと彼は何も言えない。
「おと……? いいや、暇してんなら行こうぜ? 退屈させないしさァ」
男性の手が音葉の手首を掴む。音葉は反射的に手を引っ込めようとするが男性の力が強く、音葉自身の力が弱く引っ込めることが出来なかった。
──ね、姉ちゃん……! 千聖さん……! 助けてぇぇ!
音葉は叫びたくても叫べない自分を恨んだ。
連れていかれそうになったその時、
「アンタ、何やってんだ? こんな白昼堂々と」
男性の目の前に、ギグケースを背負った青年が立ち塞がった。その青年は切れ長の翡翠色の眼でギロりと男性を睨む。
「あぁ? んなもんテメーには関係ないだろ?」
「関係ないけど、困ってる人を放ってはおけないから」
「正義の味方ごっこなら他所で……」
「おまわりさーん、こっちですー!」
男性がそう言いかけた時、音葉の後ろからまた声が聴こえてきた。
「おいテメー!? 何を……!」
「なんやぁ? 無理矢理連れて行こうとしてんのお前やろ? あ、本当にお巡りさん呼んでるで?」
スマホを片手に音葉の近くに来たのは黒い髪に赤いメッシュを入れた大学生ほどの青年だった。
音葉は何が何だか解らず、助けに来たのであろう青年二人を交互に見る。
「くそ! 覚えとけよ!」
ありきたりな捨て台詞を残して、下品な金髪をした男性は音葉の手首を離して人混みの中に消えていった。
青年二人はお互いを見て、ハイタッチをした。
「上手くいったなー! いい正義の味方っぷりやったで?」
「アンタの考えたプランどーにかなんなかったの……? 警察なんて呼んでないのに、バレたらどーすんすか」
「うるせー! 上手くいったらいいんじゃー!」
赤メッシュの青年の言葉を聞いて翡翠色の瞳の青年はあっそ、と素っ気なく返す。その青年は音葉の方を向き、心配そうに訪ねてきた。
「大丈夫か? 怪我とかないよな?」
「……あ……は、はい……ない、です……」
「良かった。それじゃ、気を付けてな。……男なら、もう少し堂々と、な?」
「っ……気付いて……」
勘違いしていた男性と違い、この青年達は音葉の事を男だと分かっていたようだ。
「じゃあな。ほら、行きますよ。Afterglowのライブ行くんでしょ」
「あ、ちょっと待ってやぁ!」
「ぁ……ちょっと……!」
助けてくれた二人にお礼を言おうと手を伸ばす音葉だったが、二人はもう既に背を向けて歩き出していた。
取り残された彼は、伸ばしていた手を下ろし、再び立ち尽くす。
「音くーん!」
「音葉!」
少しばかりそうしていると、後ろから花音と千聖が音葉に声をかけた。
「あ、姉ちゃん……千聖さ……」
「ふんっ!」
「ふえあっ!?」
千聖の名前を呼んだところで、音葉の腹に千聖のバッグがめり込んだ。彼女がバッグを音葉の腹めがけて振り抜いたのだ。
「ち、千聖……さん……?」
「毎回毎回何度言ったら理解するのかしら? 探すこちらの身にもなって欲しいわね?」
「ぁ……千聖、さん……ご、ごめ」
「音くん! 今回は……お姉ちゃんも怒ってます!」
「……はい」
無事合流出来た音葉だったが、結局迷子になっていたのは彼だった。花音と千聖のお説教を大人しく聞きていた。
その後、三人でまた駅に向かう途中、音葉ははぐれていた時の事を二人に話した。すると、二人はお互い顔を見合わせて驚いた顔をする。
「千聖ちゃん、それって……」
「えぇ、あの人達でしょう」
「姉ちゃん達……知ってるの……?」
「えぇ。翡翠色の眼をしてる男の人ならCiRCLEでバイトをしてるわよ。もう一人の赤メッシュの人ならモカちゃんとリサちゃんがバイトしてるコンビニにいるわ」
「この前、ハロハピのライブの時にお世話になったんだ」
なるほどと音葉は頷いた。そういう繋がりがあったようだ。これで彼は助けてくれた青年二人にお礼を言う事が出来る。
その後、次が花音が迷子になりかけたが千聖がなんとか阻止した。
普通駅まで徒歩でそんなに時間がかからないが、迷子になる二人を連れているため大いに時間を浪費した。この段階で千聖の体力はガリガリと削られている。
「やっと駅に着いたわね……」
「……そう、だね。……姉ちゃん大丈夫……?」
「う、うん……」
音葉が迷子にならないように彼の手を引いていた花音だったが、その彼女自身が迷子になりかけたり、水溜まりにこけそうになったりと、花音も体力が減っていた。
「さぁ、電車に乗りましょ。大丈夫よ、ちゃんと電車の乗り方は勉強してきたわ」
「……千聖さん、大丈夫なの……それ……」
「大丈夫よ。いけるわ」
──ホントかなぁ……。
自信満々の千聖を見て、音葉は不安に思った。いつも迷子になって迷惑をかける彼だが、電車の乗り換えは千聖よりも上手い。
しかし、勉強してきたという千聖の顔を立てるため、あまり強く言えない。
「あ……千聖、さん……それ」
「え? 何かしら音葉?」
「…………それ、快速……」
「あっ」
「千聖ちゃん……」
一駅隣にも関わらず快速を選ぶ千聖。切符売り場に並ぶ音葉と花音は不安そうに彼女を見た。
「だ、大丈夫よ。………………大丈夫よ」
今の間はなんだったんだろうと音葉と花音は同時に思った。
無事に切符を買った三人。電車に乗って数分揺られ、一駅隣の街に着く。駅を出てスマホの地図を確認して、千聖は二人を連れていく。
「千聖、さん……。ここ左ですよね……」
「え、音葉? 違うわよ、右よ?」
「左じゃないの、千聖ちゃん?」
「花音も!? ちょ、ちょっと二人共違うわよ!?」
左の道を指差す二人に千聖は取り乱す。彼女は手元のスマホの画面に映る地図を見せて二人を無理矢理納得させ、正しい道に導く。
「はぁ……はぁ……やっと着いたわ……」
出発して三時間。四十分近くで着くはずの場所がここまで時間を使って到着する。松原姉弟と出掛ける時は早くから出発しないと予定時間に間に合わないのだ。
千聖の顔には疲労の色が見える。
「あ、花音さんに千聖さん。ついでに音葉」
「あっ、
「はぁ……はぁ……ふぅ……あら、美咲ちゃん。こんにちは」
「はい、こんにちは。奇遇ですね」
「ねぇ……美咲、ついでって何」
カフェの入口の近くで、ちょうど来たのであろう
「美咲ちゃん、良かったら一緒にお茶しない?」
「いいんですか? 三人でする予定だったんじゃ……」
「大丈夫よ。そうよね、音葉」
「うん……美咲なら……大丈夫」
美咲も同席することが決定し、四人はカフェの中に入る。店員の案内で席に座ってそれぞれ注文した。
注文したものが届き、四人で談笑する。
「本当、地図持ってもこれって……大丈夫なの音葉」
「……うぅ……」
今日全ての出来事を美咲に話した後、彼女は苦笑いを浮かべて音葉を見た。
そんな音葉は美味しい紅茶が入ったカップを傾けて現実逃避を行ったのだった。
あー、またオリキャラ出してしまった。
申し訳ないです。
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