お塩さんが行く四方世界   作:|ω・`)

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翠の玉

 ────よもや、着いて早々こき使われるとは夢にも思うまい。

 辺境の街、その地母神の神殿は、今や戦争時の病院もかくやとばかり思わせる有様だった。本来ならば祈祷所であろうそこは、負傷者に溢れかえり足の踏み場がない。見習いの待祭は消耗品の運搬に忙しなく動き、回復の《奇蹟》を授かっている者は重傷者にかかりっきりだ。私自身、《治癒》の祈祷を続けている。一辺に三人ほどの面倒は見られるから、そこが一つの利点と言えようか。しかし、これでは私のフォーカスの消耗が激しすぎる。明日はもしかすると動けないかもしれない。そんな事を考えると、少しため息を吐きたくなる。

 

 

 冒険者ギルドに着くと、人気がまるでなかった。普段ならば雑踏に溢れかえっているだろうと疑問に思い、カウンターにいる受付嬢────見覚えがない。なんとも特徴的な三つ編みをしているが、恐らく新人だろうか────に聞いてみた。なんでも、岩食いの大百足の討伐で大量の負傷者が出たという。ブロブという黒い粘液状の、タチの悪いサイトプラズムのような怪物も合わさって、今回の被害が大きくなってしまったのだそうだ。

 そんな事を話していると、顔なじみの受付嬢が来た。私の顔を見るや否や、

 

「ちょうどいいところに!ついてきてください!」

 

 と引き摺られ、この地母神の神殿に連れてこられたのだ。そのままなし崩しに負傷者の治療を請け負い、今に至る。

 

 

 当然地母神には祈りを捧げた。私はこの神殿からすれば異教徒で、しかもその場で異教の神へ祈りを捧げた《奇蹟》を為そうとするのだから、穏やかなものではない。しかしながら、地母神へと祈りを捧げた所、驚くことに『治癒行為の際、私の名を使いなさい』と宣託があったのだ。なんという事か。神の名を使うということは、その神の奇蹟を使うということである。地母神はその聖句『守り、癒やし、救え』の通り、救命行為には宗派の別など関係無い、ということなのだろうか。何にせよ、これで何の気兼ねなく《治癒》を祈祷できるのは、私にとって嬉しい知らせだった。

 

 ────地母神よ。いと慈悲深き命の母よ。そのぬくもりを、この哀れな巡礼者に授け給え。

 

 冒険者をあらかた《治癒》し終え、後はこの、壁にもたれ掛かった皮鎧の冒険者のみとなった。…今にも倒れてしまいそうなほど疲れ切っているが、仕方あるまい。何故だか、この世界に来てから私の力は頭打ちに制限されている。以前はこの程度、なんのことは無かったのだが…こちらの神々と、光の神の折衝の結果なのだろうか。使えなくならなかっただけ、私は神々に感謝しなければなるまい。《精神の導管》と《クリスタルの指輪》は着けていない。私はあくまで巡礼者であるからして、その身は清貧でなければならない。私本来の性質はともかく、指輪などを嵌めてしまっていては体裁がつかないのだ。少し想像をしてみれば分かる。得体のしれない謎の巡礼者が、きらびやかな指輪を嵌めて治療にかかっているなどひどく如何わしい光景ではなかろうか。…しかし、こうも消耗するとは思わなかったものだから、事情を説明して指輪を使った方が良かっただろうか。

 

 くたびれた革鎧に、角のかけた兜の冒険者…件の冒険者だろうか。岩食いの大百足の討伐に参加していた訳でも無いというのは、あの村で確認済みだが。プレートは、白…新米ということか。単独であれだけの小鬼どもを殺しきる────成る程、あの村人たちが片付けていた柵などは、恐らくこの少年の機転なのだろう。なんにせよ、優れた冒険者となり得ようか。力及ばずとも、知恵や閃きでその場を凌いでいく…なんとも"らしい"じゃないか。思わず微笑んでしまう。

 

 傷はどうやら肩口の刺し傷だけらしい。倒れたのは恐らく疲労だろう。聞いた情報を整理すると、小鬼どもを倒した後は蜻蛉返りでここまで戻り、そして門の前で突っ伏していた、といった所か。全く起きる気配がないのは、その証だ。《治癒》を祈り、またこの少年のこれからを祈ろう。どうか、幸の多からん事を。

 

 

 

 

 その後、馴染みの受付嬢に彼の評判を聞いてみた。…何も話を聞いただけで面談室に連れてこなくとも良いのではないだろうか。

 

 

「ひたすらストイックで、準備に余念が無いというか…受ける依頼は全てゴブリンで、ただひたすらゴブリンを退治し続けています。」

 

 ────ゴブリンだけを、ですか。

 

「はい。もう彼が来てから暫くはしているのですが、他の同じ時期に入った冒険者さんたちは他の依頼に移っているのに対し、彼はずっとゴブリンを…。」

 

 ────成る程。彼は…いえ、これ以上は野暮でしょうね。ありがとうございました。

 

 

 …"らしい"と言ったが、訂正する必要がありそうだ。彼は…小鬼どもを根絶やしにするまで、普通の冒険などすることはないのかもしれない。恨みか、憎しみか、それとも。いずれにせよ、簡単に立ち入ることはできまい。…せめて、と、思わずにはいられない。彼のこの先を、改めて祈ろう。どうか、光がありますよう。

 

 

「…ところで、巡礼者さん。認識票を頂けますか?」

 

 ────えぇ、構いませんが。

 

 

 服の中から翠の玉が着いた認識票を取り出す。思えば、これとも結構長い付き合いだ。最初はこの世界についてよく知るために暫くはこの街に滞在していたのだが、おおよそ分かると直ぐにここから立ったものだから、この認識票ともそれからとなる。旅の途中、この翠を見ると案外心が安らいで、疲れが和らぐような感覚を覚えたものだ。最早、この認識票は私にとって相棒と言っても過言では────

 

 

「はい、昇格です。」

 

 ───────────はい?

 

「ですから、昇格です。次からはこの紅玉の認識票を持って下さいね。」

 

 ────少し、待ってください。私はこの街にずっといるわけではないのですよ?それなのに昇格だなんて…。

 

「確かにその通りですが、貴女がこれまでやって来た功績を正当に鑑みると、昇級が妥当であると判断されたんです。おまけに今日の治癒だなんて並みではないでしょう。何十回《奇跡》を使ったら冒険者たちを全員治療するなんて事が出きるんですか。おかげで暫くは静かになりそうだなんて思ってたのに、明日からまたいつも通りじゃないですか」

 

 ────貴女が私を連れていったんでしょうに。

 

「ともかく!貴女は昇級しました!これは決定事項ですので、異議は通りませんからね?」

 

 

 おぉ、なんということか。私の相棒は奪われてしまった。今私の手元にあるのは紅く輝く新品の認識票。けれど、どこかその輝きが、寒々しく感じられる。

 

 

 ────そう、ですか。分かりました。

 

「はい、そうなんです。…あれ、ど、どうかしましたか?」

 

 ────なんでも、ないです。

 

 

 新しく代わった紅玉の認識票を首から提げ、面談室を後にする。こいつに慣れるのは何時かな、などとぼんやりと考えながら、借り受けた家へと歩を進めた。

 

 

 

 翌日、受付嬢から認識票から取り外された翠玉を渡され、思わず涙を流してしまった。なんとも間抜けな一幕である。


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