――この惑星ではかつて、百年戦争と呼ばれる戦いがあったらしい。
フランスの農村生まれのふくよかな青年タッカーは、同じ村に生まれた猿顔の青年トゥーシと共に兵士として駆り出されて戦場に送り込まれた。
どこか抜けているところのあるタッカーにとって、トゥーシはストッパーであり、よき理解者であった。二人は幼馴染であり、それぞれ家庭をもってからも家族ぐるみの付き合いをしていた。
そんな二人だからこそ、戦場でも行動を共にしたのは当然のことであった。
しかし、戦場で彼らを待っていたのは同じように徴兵されたイギリスの農民兵でも、王との契約で参戦する騎士でも、戦慣れした傭兵でもなかった。
「この野郎~!!」
タッカーは恐怖を紛らわすためか、野太い雄たけびをあげながら突撃する。しかし、彼と共に戦いに加わっていたトゥーシは慌ててタッカーを呼び止めた。
「どこいくんだ、敵はあっちだよ!!」
タッカーは、何故か自軍が突撃している方向から槍を抱えたまま華麗に回れ右して、そのまま自軍の陣へと逆走していたのだ。
呼び止められたタッカーは、緊張した面持ちでトゥーシに問いかけた。
「敵ってどっちだっけ」
トゥーシは思わずタカの被る兜を平手打ちする。
「イギリスだよ!!」
「そっか」
タッカーは改めて槍を構え、周囲を震わす絶叫と悲鳴の発信源である前方へと向き直った。
しかし、敵に向かって一歩を踏み出そうとしてタッカーは何故か踏みとどまる。
前方にいるのは巨大な黒い龍と、それに付き従うかのように空に侍る無数の翼竜の姿。
そしてタッカーは首を傾げながら前方を指さし、再びトゥーシに尋ねた。
「イギリス人って翼生えてたっけ?」
「あれはワイバーンだよ!!」
タッカーの兜から鈍い音が響く。トゥーシの平手打ちがタッカーの質問の直後に炸裂したためであった。
「じゃあ、敵じゃないの?」
「いや、襲われてるから!!イギリスじゃなくても敵だから!!」
戦場とは思えない気の抜けたやりとり。しかし、それも長くは続かなかった。
突如、彼らの頭上に影がさしたのである。
頭上が突然暗くなったことに気づいたタッカーが訝しげに頭上を見上げたのと、
「き、きた!?」
戦場の真っ只中で槍を構えたまま突っ立っていた彼らを次の獲物と判断したのだろう、ワイバーンの強襲である。慌てて二人は槍を構えるが。時すでに遅し。
ワイバーンは彼らの構えた槍を尾で蹴り飛ばし、その両足の鋭い爪を振り上げた。
槍を吹き飛ばされて無防備になった彼らを守るものは何もない。一瞬の後に襲い来るであろうその爪に怯えた二人は、目を見開き、ただ震えながらその瞬間を待つことしかできなかった。
しかし、その瞬間は訪れなかった。
突然背後から現れた男が、ワイバーンの喉を手に持つ大きな槍で貫いたのだ。
喉を貫かれたワイバーンは、断末魔の叫び声をあげながら男の突き出した槍の勢いに押されて吹き飛ばされていった。
「た、助かったぁ~」
トゥーシは胸をなでおろす。そして、命の恩人となった男に感謝の言葉をかけようとして再度目を見開いた。
男の背中はワイバーンの放つ火炎のせいか、炎に包まれていたのだ。
「服燃えてるぞ!?」
タッカーが叫んだ。しかし、背中が燃えているとうの本人は何も気にした様子がない。
「平気デス」
眉一つ動かすことなくそう言い切った男の前で、タッカーとトゥーシは茫然とするほかなかった。
「これより、我らはあの龍の軍勢に対し、総攻撃を実施する!!」
素人同然の拙い槍を振り回し続けたタッカーとトゥーシだったが、運がいいのか結局ワイバーンの餌になることはなかった。
ところが、ようやく生き延びることができたとほっと一息ついていた二人の前に現れた騎士が告げた言葉が、彼らの一時の平穏を奪い去った。
「恐れるな!!嘆くな!!退くな!!」
「フランス人であるのならば、ここ以外のどこに命を捨てる場所があろうか!!突撃するのだ!!続けぇ!!」
背後で督戦している騎士の命令で、彼らは再びわけもわからないまま戦闘へと突入することになったのだ。
「ええ!?」
「無茶苦茶だな~」
「フランスの勝利だ!!」
「
タッカーとトゥーシの二人は、生きていた。ただ槍を構えて突撃していただけだが、ワイバーンの爪に裂かれることも、牙に肉を削がれることも、尾で叩きつけられることもなく五体満足で生き延びていた。
つい先ほどまで戦場だった草原の一角で精も根も尽き果て腰を下ろしていた二人は、遠くから聞こえてくる騎士たちの勝ち鬨の声を聴きながら悪態をついた。
「いい気なもんだな~」
「実際に命はって働いたのは俺たちだぞ」
そこに、先ほど彼らをワイバーンから救った命の恩人が現れる。そして、見たこともない鮮やかな絵が描かれた筒を彼らに差し出した。
訳も分からずその筒を受け取った二人は、いつのまにか隣に腰を下ろした男の見様見真似でその筒の上部についていたタブを引き上げ、その筒の内部の黒い液体を呷る。
すると、農村で生きていた人生では一度として味わったことのない、芳醇でどこか爽快感のある苦みが彼らの口内に満ちた。
美味い。以前に飲んだ茶なぞとは比べ物にならないぐらいに。
この味を、なんと表現すればいいか学のない彼らには分からない。
ただ、一つだけ何故か彼らにも理解できることがあった。
「何かぴったりだな……」
トゥーシは首を傾げながらも、労働の後のすばらしい一杯を楽しんだ。
――この惑星では、本当に働いている人が、一番疲れる。
このろくでもない、すばらしき世界。
缶コーヒーの 13 0 5 5 Mont Blanc