いつもありがとうございます。息抜きに短いシリーズを投稿しようと思います。もう一つのコナンシリーズの投稿が遅くて申し訳ない。
降谷視点は11/2金曜日に投稿予定。
※警察知識は結構ガバガバ。これでも頑張って調べましたが…。
俺には気に入らねぇ奴がいる。
降谷零という悪餓鬼だ。
そんなガキと出会ったのは奴の両親の葬式の時である。当時の俺としては葬式なんて辛気臭い所に参加なんぞしたくもなかった。だが、俺とガキは遠い親戚同士。周りの奴らが五月蝿いもんで、仕方がなく参加する羽目になった。
その葬式で遭遇した降谷零の第一印象は『可愛くねぇ餓鬼』である。
涙一つ見せずに無表情で正座してやがるんだぜ? 小学生ぐらいのガキが。しかも、周りの大人の『おい、誰が引き取るよ』『私はまだ自分の子供が小さいから、この子まで育てる余裕はちょっと…』『それなら俺もだよ…』っていう話し声を聞きながらさ。本当に可愛くないったらありゃしねぇ。泣きもしねーから親戚連中には気味悪がられてんの。ウケるよな。
まあ、予々俺もそいつらに同意だったけどな。仕方ねーよ。だって、ガキを育てるのめんどくせぇし、金かかるし。特に無表情のガキなんか誰も引き取りたくないに違いねぇ。俺だってこんなガキと一緒に暮らしたくない。ぜってえ辛気臭ぇ。今のガキの魅力なんざ、精々整った顔くらいだ。その辺に売り飛ばせばいい値段になるだろう――それくらいの価値しかない。
(親戚連中も、このガキも、いけすかねぇな)
その時、俺はあの零とかいうガキの拳が目に入った。痛い程握りしめられている拳が。しかし、そのことに周りの親戚連中は気がついていない。それどころか、更にヒートアップし始めていた。
だから、思ったんだ。
――――こいつの事、腹いせに虐めてやろうって。
「子供は俺が引き取ります」
「え?! 君が…? 独身だろう? それに君はまだ若いし…」
「こう言ってくれてるんだし、いいじゃない。任せましょうよ」
親戚連中がホッとした顔を見せる。俺はそいつらに見向きもせず、スタスタとガキの元へ近寄った。ガキの手を取り、引っ張る。可愛くねぇことにこいつはされるがままだった。親戚連中も、このガキも本当に腹が立つ。散々虐めてやって、ストレス発散してやろう。
その足で家に帰り、ガキと二人っきりになった俺はこう言った。目が死に、純粋さなんてかけらもねぇガキの顔を見据えながら。
「俺はガキが嫌いだ。大人しくしとけよ」
「はい…」
「ああ?! 俺が声をかけてやってんだから、大きな声で返事をしやがれ!」
「は、はい!」
俺が急に大声を出したことに驚いたのかガキはビクリと身体を震わせた。俺はそれを見て、フンと鼻を鳴らす。
(これから存分に嫌がらせをしてやるよ。期待しとけよ、ガキが!)
――――それから、俺と零というガキの生活は始まった。
手始めにしたことは手作り弁当をガキに渡すことだった。奴の小学校では給食はなく、弁当だったからである。当時はめちゃくちゃ面倒くさいと思ったものだ。しかし、それと同時に好機だとも感じた。
(クソ可愛い弁当でも作ってやろう。それを見られて、周りから笑われたらいい)
男というものは小学生くらいになると可愛らしい弁当は嫌がるものである。その名案にニヒヒと笑いながら、早起きして弁当を作り始めるようになった。初めて作ったやつはうさちゃん型おにぎりが沢山入った弁当である。クソガキよ、存分に笑われて恥をかいてこい。そう思ってガキに弁当を渡すと、奴は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。俺はそれを見て、笑ってみせる。
「可愛い可愛いお弁当にしてやったよ。精々笑われてきな!」
俺の声に驚いたのかガキは慌てて走り去る。小さくなる黒いランドセルを見ながら、俺は目を細めた。
(覚悟しろよな、クソガキが)
その日から俺は毎日のようにガキに弁当を作るようになった。ある時は人気アニメのキャラ弁。ある時はファンシーな森の動物達弁当。またある時はパステルカラーまみれの弁当。様々な角度から俺は精神的な嫌がらせをあのガキにしてやったのだ。
そのせいなのか、最初の間、ガキは全く俺の弁当を食わなかった。まあ、仕方ねぇか。誰だって嫌がらせ弁当は食いたくねぇだろう。
しかし、奴の昼飯は俺の弁当だけ。どんなに俺へ一矢報いたくても、腹は減る。ガキは本能に忠実だ。俺へ反抗していたくせに、やはりと言うべきか、ガキは俺の弁当を食うようになったのだ。
(夜に弁当箱をあのガキが返してくる時は傑作だったな!)
オズオズと気まずそうに空になった弁当箱を返してきたのだ。相当、根負けしたのが悔しかったのだろう。唇を噛み、身体を震わせながら返してきた。しかも、涙をまで流しているときた。それを見て、俺は内心で両手を叩いて喜んだものである。
「ハハ! ようやく俺様に屈したか! ガキが大人に敵うと思うなよクソが!」
もっといじめ抜いてやろうと、その日、ガキを絞め殺しの刑に処してやった。両手をガキに巻きつけ、ギュッと奴の身体ごと締めてやったのだ。絞め殺しの刑がキツかったのか、ガキは更に身体を震わせて泣き始める。うわああああと大声をあげるその様は無様そのもの。そうだそうだ、鳴き叫べ。ガキは大人に敵うわけがないんだよ。俺はその泣き声を聞いて、しめしめと笑ったものだ。
だが、ガキにも知恵がある。ある日突然、こう言ってきた。
「お、俺が…俺が弁当を作ります! なんだったら、朝御飯や晩御飯も…!」
「何を言ってんだガキが! 俺がお前に弁当作りしてやってんのは俺の為なんだよ! 飯作りは大人の特権だ。ガキは宿題か外へ行って鬼ごっこでもしてな!」
俺がそう言うとガキは目をまん丸く見開かせた。奴は再び何か発言しようと口を開く。だが、ガキはその言葉を飲み込み、グッ拳を握り始めた。それと同時に俺へと体当たりをしてくる。顔を伏せ、俺が前に行った絞め殺しの刑の真似事をしてきやがった。恐らくは圧政者たる俺への反抗。その反抗を受けて、俺は思わず笑った。
(ガキの力なんぞこの俺様には恐るるに足りぬ!)
流石俺と言うべきか、ガキを逆に絞め殺してやった! 苦しそうに呻くガキ。何時間かそうしてやるとガキは懲りたのか、部屋へ逃げ帰っていった。流石俺。強いぞ俺!
だが、それで終わらねぇのがあの可愛くねぇガキである。俺が仕事へ行っている間、あのガキときたら俺の家を汚してやがったのだ。
不味そうな晩御飯。
不恰好に畳まれた洗濯物。
「あっ、あの、ご飯焦げちゃって、その…!」と言いながら慌てるガキ。
思わず俺は声をあらげそうになったね。『なんて事をしやがってくれたんだ!』ってな。ガキは何もできないことに歯がゆく思いながら俺に虐められていればいいんだ。勉学や遊びしかガキには認められていないんだよ!
そこまで考えた時、とある一つのアイディアが頭に浮かんだ。
(俺がガキへ手本を見せて、自分の無力さに打ちひしがれさせればよいのでは?)
見たところ、ガキは家事が下手くそだ。笑ってしまうくらいに下手くそである。あのガキが作った晩御飯なんか若干焦げているくらいだ。そんな下手くそなガキに対して俺の完璧な飯の作り方を見せてやろう。さぞやガキは悔しがるだろうな。ふふ、いいアイディアだ。
そう考えながら、とりあえず俺はガキの不味そうな飯を食ってやった。どうにもあのガキはこの飯を俺には食べさせたくないみたいだったからな。残念だな。お前の失敗作、食ってやるよ!
慌ててまくるガキを尻目に飯をかっ喰らう。やはりと言うべきか、飯は不味かった。だからこそ、俺はこう言ってやったよ。「ウメェな」ってな。失敗作を上手いと言われるのはどんなに屈辱だろうか! ガキは羞恥心からか泣きそうな顔をしていた。ガキを虐めるのは楽しい。
――――その日から俺はガキと出来るだけ一緒に家事をするようになった。
ガキへ劣等感を抱かせるために俺の完璧な家事のやり方を見せつけてやったさ。奴は家事をやったことがないから失敗ばかりしていた。その度に俺は笑って、嫌がらせに髪をぐしゃぐしゃにしてやった。ガキは再び顔を真っ赤にして悔しそうな顔をしていたな。あれは気分がよかった。
「おじさん、俺、もっと頑張るよ」
「精々無駄な努力を積み重ねな。まあ、俺には敵うはずねぇけど」
――そんな生活をしているうちに、ガキは中学生になった。
この頃になるとタダでさえ可愛くねぇガキがもっと可愛くなくなった。それが顕著に出ていたのが奴が中一の時である。あのガキときたら、俺に迷惑極まりない嘘を沢山吐いてやがったのだ。
特にムカついた嘘は二つ。そのうちの一つが判明したのはガキの友人の親御さんとの井戸端会議である。「そういえば、もうすぐ授業参観ですよね。降谷さんは参加されますか?」ってな。驚いて親御さん達に色々尋ねてみると、授業参観は来週開催されるとのこと。
その刹那、俺は目の前がカッと赤くなったもんだ。そばで遊んでいたガキの襟を引っ掴んで家へ連れ帰った。帰宅したら直ぐに俺は目を吊り上げ、ドスを利かせた声で言葉を発する。
「オイ、何で言わなかった」
「おじさんは仕事で忙しいだろ。日本を守るために身を粉にして働いているのは知ってるし…」
「ああ?! 日本が大事なのは当たり前だ。俺は国民を守る警官だからな。だが、人間、休みは必ず必要だ。テメェの授業参観に行くのは有給を取るのにいい理由になる」
「え、じゃあ、来てくれるのか…?」
「言っておくが、テメェのためじゃねぇ。俺が休みたいが為だ。それを忘れるなよ」
「は、はい…!」
全く、どうして有給を取るのに良い言い訳になる授業参観のことを言わねぇーのか。理解に苦しむ。ガキを養子に取るメリットの一つが『子供を理由に休める』である。使えるものは使っとかなきゃあ損というもの。ウキウキとして有給を上司からもぎ取り、ついでに一眼レフのカメラも買った。あの間抜けなガキの面をこのカメラに収めてやろう。奴が成長した時に良い笑いのネタになる。
一週間後、俺はニヤニヤしながら参観日でガキの馬鹿面を撮りまくってやった。流石にそれに怒ったのか、ガキは顔を赤くさせ、頰をポリポリと掻いていたものだ。
(二つ目の許せねぇ嘘はあれだな。『テニスクラブにきちんと毎日通っている』と言っておきながら、行ってなかったことだな)
俺はあのガキを近所のテニスクラブに通わせていた。理由はただ一つ。俺が得意なテニスでガキを翻弄して見下す為である。俺の大事なラケットをガキが汚ねぇ手で何度も握っていたことから、そのアイディアが浮かんだ。『テニスでギッタンギタンにガキを倒して、高みから笑ってやりたい』と強く思ったのである。だが、多少は奴の腕が上手くねぇと倒しても面白くない。だからこそ、俺は奴をテニスクラブへぶっこんだ。
(な、の、に!)
その俺の思惑にあのガキは勘付いちまったらしい。俺には内緒でテニスクラブに通わず、家事をしていたとか。それに気がついた瞬間、俺はカチンときたね。テニスクラブへ行かないとは何という奴だ。俺が楽しめねぇだろうが!
俺は怒り狂い、ボールをガキへ投げつけた。丁度、奴は野菜を切っていたため、ガキの右手に持つ包丁に当たり、包丁が弾け飛ぶ。ガキはそれを見て、ギョッとした顔になった。
「危ないだろ、おじさん!」
「俺のコントロールが外れるわけねぇだろうがボケが! そんなことよりもだ」
「なんだよ。今、夕飯作っているんだ。今日はおじさんが好きなハンバーグだよ」
「そりゃあいいな……じゃねぇ! テニスクラブだ! 先生が『降谷くん、最近は全然クラブに通えていませんよね。貴方の家は父子家庭だとは存じておりますが、降谷くんのことも考えてあげてください』って言っていたぞ」
「どうやって聞き出して……ッ?! あー…クソ、それは、その、」
口ごもる馬鹿に対して俺は詰め寄る。何時間にも及ぶ激闘の末、ようやく訳を聞き出した。ガキ曰く『この家にいるための存在理由が欲しかった』とのこと。実子でもないのに俺の金を使って生活しているのが申し訳なかったらしい。だから、家事をする事で自分の存在意義を見いだそうとしたかったとのこと。
(何を言っているんだこいつ)
俺はガキを虐めている自覚がある。ガキの嫌がることしかしてねぇ。暴言を吐いたり、嫌がらせをしたりと、ガキにとって最悪なことばかりだ。それを奴が怒るならまだしも、こいつときたら遠慮してやがるのか? は?
「テメェがここにいるのは当たり前だろ。そんな事もわからんのか。嫌と言ってもオメェが成人するまではここに縛り付けてやるから覚悟しろよ!」
俺がそう怒鳴ると、ガキはギュッと唇を噛みしめる。それと同時に静かに顔を伏せた。俺は警戒心のかけらもなく、無力で無防備なガキの頭をグリグリとしてやる。奴が顔を上げるまで手をひたすらに動かした。
そうして、次の日からガキはテニスクラブへ毎日きちんと通うようになった。中三にもなると、奴はジュニア大会で優勝。ガキが大会で優勝した時は奴を大食いの刑に処してやったぜ。肉という肉をガキの口に突っ込み、腹が張り裂けそうな苦しみを味あわせてやったのだ。ガキは咳き込み、呻いていたものである。
――――そんな風に生活していると、気がつけばガキは高校生になっていた。
当時、ガキは高校受験で主席合格したらしく、入学式では新入生代表だった。それなのにあいつときたら不恰好なネクタイの結び方をしてんの。だから、俺はこう言った。
「テメェネクタイ一つ結べねぇのか! ハッかっこ悪りぃな。俺が結んでやる」
「ありがとう、おじさん」
「何、ニヤニヤしてやがる! 気持ちわりぃな。さっさと行くぞ」
「あ、待ってくれ! 今日は入学式に来てくれて嬉しい。ありがとう」
「はァ? 何でオメーに礼なんて言われなくちゃいけないんだ。俺は俺のために行動してんだ。お前が新入生代表として挨拶する時、舌を噛むのを楽しみにしてるだけだよ!」
ガキの頭をぐしゃぐしゃにしてやる。新入生代表として綺麗にセットしていた髪を崩されるのはさぞや悔しかろう。俺がフンと鼻を鳴らすと、奴は髪を抑えながら眉をハの字にしていた。だが、俺への復讐心を隠すためか、ガキはふにゃりと表情を崩す。そして、再び「ありがとうございます」と言ってきた。
(ようやく本心を隠せるようになったじゃねぇか。だが、まだまだ俺には敵わねぇな)
なんだって俺は秀才エリート。確かにこのガキは存外頭の出来がよく、高校入試では主席になるような奴だが、俺には及ばない。こいつは精々俺の一つ後ろ。二番手だ。
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるガキへ再び怒鳴る。そして、入学式のある体育館へと足を進めた。
(高校になれば少しは落ち着くと思ったが……余計面倒なことになるとはな)
それは進路を決める時に起こった。急にガキが「高校を卒業したら直ぐに警察官になる」と言い出したのだ。
俺は耳を疑ったさ。確かに奴なら国家公務員一般職高卒試験を軽々と受かって地方公務員として採用となり、警察官になれるだろう。奴は曲りなりとも学年主席なのだから。だが、こうも思うのだ。あのガキなら、倍率約100倍の国家公務員一種をとり、年間50人程度しか採用しない警察庁に国家公務員として選ばれるに違いない、と。
何故なら、奴は学校の先生に「降谷なら東都大学を狙えます」と言われるほどの頭脳の持ち主なのだから。そんな奴が大学へ行かないのは勿体無い。テメェ人類に喧嘩売ってんのか。頭の良い奴はそれ相応の場所へ行くべきだ。それが日本の為になる。
別に高校卒業後、警察になるのが悪いわけじゃねぇ。俺の知り合いにもノンキャリアの優秀な奴らが沢山いる。だが、ノンキャリア組とキャリア組では出世に限界があるのだ。携わることのできる仕事の範囲も天と地ほどの差が出てくる。それをあのガキも分かっているはずなのに…。
高学歴で、国家公務員一種を通過し、警察庁に採用されたキャリア組になればガンガン出世できるだろう。ガキにはめちゃくちゃ出世してもらわ無ければ困る。俺が楽をする為にな!
だからこそ、俺は奴にこう言ったのだ。
「おい、東都大学の入試試験に申し込んでおいた。受けろよ」
「分かっ………………ハァ?!?!?! 何を言ってんだあんたは?! 俺は大学へは行かないって言ってただろ?! というか、いつのまに?! そもそも、今から東都大を狙うなんて――――」
「できないのか?」
「は?」
「できないのかと言っている。東都大学『程度』、合格できないのなら、俺を超えるなんて土台無理な話だな」
「そんな挑発には乗らない。俺は…」
「テメェが遠慮してんのは分かりきってんだよ! お前を大学へ行かせることぐらいわけねぇーわ! 俺を舐めてんのか?! ガキにくせに生意気なんだよ!」
「おじさんに遠慮なんかしてない! 早く経験を積みたいだけだ!」
「ハッどうだかな! つべこべ言わず行ってこい!」
「行かない!」
「行け!」
お互いに怒鳴りあう。「行け!」「行かない!」の応酬を繰り返し、終いには殴り合いへと発展。この時、初めてガキとの暴力を伴った喧嘩した。中学の時とは違い、俺の身長を越え、力も強くなったガキのパンチは痛かったものだ。ガキのくせに生意気極まりない。殴り合いと口論はどんどん熾烈になり、日が暮れた頃にはお互いの顔の原型がなくなっていた。
ボコボコに腫れ上がった顔でガキは眉をひそめる。俺は息をあげつつ、口についた血を袖で拭う。ガキは俺の様子を見ながらか細い声を発した。
「なんなんだよ……なんなんだよ……俺はただおじさんに恩返しが早くしたくて……」
「いらねぇつってんだろ。そもそも恩をくれてやった記憶もねぇ。テメェを引き取ったのは俺のエゴだ」
「俺が嫌なんだよ! 恩返しさせろよ! このハゲ!!」
「誰だハゲだこのクソガキ! 俺の毛はフサフサだ死ね!」
「おじさんがな!」
「チッ…! 話が進まねぇ…。お前が意味のわからねぇ恩返しがしたいのは理解した。だがな、俺へ恩を返したいなら、お前の行動は無意味だ馬鹿野郎! お前も本当は分かってんだろ?! 出世のために大学へ行って、試験通過して、キャリア組になれ! 出世して出世して出世しまくって、俺に楽をさせろ! それがお前に出来る最高の恩返しだ!」
ビシッと指をガキに向ける。ガキは俺の顔を食い入るように見つめてきた。静寂が辺りを支配する。何時間もその静けさが続くかと思ったが、ガキの行動によってそれは終りを告げた。奴は「はああああーーー」と盛大な溜息を吐き、地面へと寝っ転がったのだ。それを見た俺も床へ倒れ込む。身体中に痛みが走っていた。それに舌打ちをこぼしながら、俺はガキを見る。ガキはうーーっと背伸びをしつつ、叫ぶように言葉を発した。
「あーーーもーーーーこれだからおじさんは嫌なんだ…。分かったよ…出世しまくってやるから覚悟してけよ!」
「良い度胸だ」
「あと、大学費は必ず返すからな!」
「いらねぇつってんだろうが」
俺がそう言うと、ガキは笑い始めた。可笑しくて仕方がないと言ったように大声で笑い始めたのだ。しかし、先ほどの殴り合いの傷が痛いのか、咳き込みまくりながらだが。「いでっ、ふはっ、あははははいった…ははっ」と腹を抱えるその無様な姿を見て、思わず俺も笑ってしまった。
こうしてガキは東都大学を受験、見事合格。大学卒業間近になると最難関である国家公務員一種も取り、警察庁へ採用。結果、警察学校へ通うことになった。警察学校でも奴は主席合格し、気がつけば――――…
公安になっていた。
ガキはいつのまにか俺の部下になっていたのだ。
どこへ配属されるかと思えば、まさか公安とは。いや、本音を言うとあいつならいつかここへ来ると思っていた。だが、こんなに早いとは。奴を引き取り、イジメ倒していたのが遠い昔のように思える。
俺の直属の部下ではないが、同じ公安所属になったクソガキ。俺が若い頃に着ていた灰色のスーツをガキが着て、共に仕事をする日が本当にくるとは。俺直々に奴へ指導したことはないが、後輩からガキのことは色々と報告が来ていた。別にいらねーのによ。だが、まあ、情報交換は大切だ。仕方がなく受け取っておいた。後輩はそんな俺を見て気持ちわりーことにニヤニヤしていたものである。ムカついたから、肩パンしておいたけどな。
そんな日々を過ごしながら、俺は日本のために尽力を尽くしていた。尽くしていた、『はずだった』のだ。
(こんな風にガキとの馴れ初めを俺が思い浮かべるなんてな…)
クソガキとの出会いから今までを思い出して、俺は小さく笑う。小刻みに唇が震えた。口からは荒い息が絶え間なく出続ける。身体中から熱がなくなっていく感覚に俺は舌打ちをこぼした。ちらりと視線を下ろすと目に入るのは飛び切りの『赤色』。公安警察になってからは嫌になる程見慣れた赤色だった。背中を壁に預けながら俺は眉をひそめる。
「ああ、くそ、しくじった…」
口から出る言葉が拙い。自分とは思えない弱々しすぎる声。それを自覚して、更に俺は眉をひそめた。
こうなった理由は仲間の一人が俺を売ったからである。俺は久々に現場の指揮を取っており、とある場所から反社会勢力の取引を盗み見ていた。その俺がいる場所の情報を敵へ流されてしまい、結果、俺は追い込まれたのだ。なんとか命からがらセーフティーゾーンの一歩手前までやって来たが、このザマである。
(まさかこの俺がこの歳になり、ポカをするとはな。クソ、あの野郎覚えてろよ。ぜってぇ法の下で裁いてやる)
何度も何度も心の中で悪態をつく。しかし、俺はついにズルズルと床へ座り込んだ。足がガクガクと震え、立っていられなかったのである。意識も朦朧としてきやがった。クソ、クソ、クソッ! 笑えねぇほどヤベェぞ! 簡単な処置はしたが、これでは足りない。早く、早く、仲間の元へ――――。そこまで考えて、俺は自嘲した。
(こうなっているのも『報い』かねぇ?)
なんせ俺は同期を殺したのだから。
そう、俺は奴を間違いなく殺した。
俺なんかよりもよほど優秀で、人格者で、天才なあいつを殺したのだ。