やはり俺の思春期症候群はまちがっている。   作:N@NO

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青春欺瞞野郎は二重少女の夢を見ない。5

 

由比ヶ浜がきたのは、週末明けの月曜日だった。

以前見た時よりも、顔色が悪く覇気がない。

俺が言っては何だが、先日の陽キャオーラは完全に失せ、見た感じは高校デビューで張り切りすぎた陰キャ感が何となく出ている。

それでも、髪の毛や化粧などはしっかり施されているところを見ると、なんとかいつも通り振舞おうとした様子がうかがえる。

 

「あたし、頭おかしくなっちゃったのかな」

 

奉仕部部室に来た由比ヶ浜は泣きそうな目をしながら呟いた。

状況を把握した雪ノ下が由比ヶ浜に手を添えながら椅子へ座らせると、こらえきれなくなった涙をこぼした。

 

× × ×

 

「落ち着いたかしら」

「うん、雪ノ下さん、ありがとう」

 

由比ヶ浜は、紅茶の入った紙コップを両手で包み込むように持ちながら何度か口に運ぶと、意を決したのか震える声で話を始めた。

 

「最初に、もう一人のあたしがいることに気づいたのは一昨日の土曜日。ううん、実はもう少し前から違和感はあったの。でも、自分の部屋に買った記憶のないお菓子があったり、置いた覚えのないところに洋服があったりした程度だったから、単に自分が忘れていただけだと思っていたんだけれど…。今考えるとそうじゃなかったんだね」

「それでは由比ヶ浜さんは、何を機にもう一人自分がいると気が付いたのかしら。言える範囲で、ゆっくりとでいいから教えてくれるかしら」

 

雪ノ下がまるで、子供をあやすような声色で返す。

流石は、奉仕部部長というか、こういったことには慣れているような対応をしている。

例えるならば、そう、カウンセリングのような。

その瞬間、心地悪い記憶がふと蘇る。

そうか、俺はかつての志貴さんとの記憶以外にも封印している記憶がまだあるのか。

一瞬のめまいと吐き気は直ぐに治まった。

 

「比企谷くん?どうかしたの」

「いや、大丈夫だ、何でもない」

 

そう、ならいいのだけれど。と雪ノ下は再び由比ヶ浜に向き合う。

今は、由比ヶ浜の相談に集中しよう。

下手に記憶を思い出そうとするとさっきのやつがまた来かねない。

 

「実は、直接もう一人の私を見たわけではないんだ。けれど、もう一人私がいないと説明ができないことがあって」

「それは?」

「先週の土曜日のことなんだけれど優美子たちと、あ、優美子はあたしのクラスメイトね。その子たちと遊ぶ約束をしていなかったはずなのに、何故か私が一緒に遊んだことになってて。あたしその日は飼犬のサブレとお母さんといっしょにドッグランに行ったりしていたから、一緒に遊べたはずがないんだ。その証拠に、ほら」

 

そういって手渡された由比ヶ浜の携帯の画面には、由比ヶ浜とミニチュアダックス、それから由比ヶ浜によく似た女性が芝生をバックに写っている。

保存された日付を見れば、確かに土曜日だ。

 

「それじゃあ、向こうが勘違いしていたんじゃないか?曜日か、もしくは一緒に遊んでいないのにいたと勘違いしていたとか」

 

一緒にいるのが当たり前すぎていないのにいるもんだと思っている、とかベタな展開は甘々ラノベで履修済み。まぁ、実際それが現実世界で起きるもんなのかは知らんが、一応の可能性としてはあり得るだろう。

 

「あたしもそう思ったんだけど…。これ、見て」

 

余程その画像を見たくないのか、目を伏せがちにしている。雪ノ下が再び由比ヶ浜から携帯を受け取る。

画面をのぞき込むと、そこには友人と撮ったであろうプリクラが表示されていた。

プリクラ特有の補正が掛かっていて若干わかりづらいが、これは間違いなく由比ヶ浜だろう。

この隣に写っているギャルっぽい女と眼鏡をかけているが顔立ちの整っている女が先ほど聞いた優美子とやらだろうか。

そして、重要な日付は同じく土曜日を示していた。

 

「あたし、もう意味が分からなくって。だって、一緒に遊んでないんだよ?あたしはママと出かけてて。でも、じゃあここに写ってるあたしはいったい誰なの!?もう…ヤダ…」

 

そういうと由比ヶ浜は再び涙ぐむ。

おい、雪ノ下。そんな困った顔をしながら俺のほうを見るな。

俺が、この状況をどうにかできるわけがないだろ。

目で必死に訴えると、伝わったのかは分からないが、困った顔をしたまま口を開いた。

 

「そうね、まずは、今のあなたの状況について説明をしておきましょうか」

「状況?」

「えぇ。あなた、思春期症候群って聞いたことないかしら?」

 

由比ヶ浜はぴんと来ないのか、うーん、と頭に指を当てて記憶を探っているらしい。

この状況でも、こういうあざとい行動が出てるのは天然ちゃんなのか?

 

「聞いたことあるようなー、ないようなー」

「思春期症候群とは主に、思春期にあたる年頃に多く見られる心理的要因による外的影響のことを指すことが多いわ。その原因は、人それぞれで自分を信じられなくなったり、世間の理想に押し潰されたり、といったことが例として挙げられるわ」

「う、うん」

 

えっと、えっと、と耳慣れない用語をつらつらと話す雪ノ下の言葉を理解しようと、必死に由比ヶ浜は言葉の意味を咀嚼する。

 

「つまり、ストレスが見える形になって出てくる、ってことだよね」

「えぇ、その理解で十分よ。その影響は、人知を超えることが多く、他人から自分のことを認知されなくなったり、逆に知っているのに見えなくなったり、といったことが起こる。あなたの場合なら、もう一人の自分がいるといったようにね」

「じゃ、じゃあ、その原因を解決できれば、この現象が収まるってこと?」

「そういうことになるわ」

「そっかー、良かったー」

 

具体的な解決策が出てきて安心したのか、先ほどよりも由比ヶ浜の調子はよさそうだ。

 

「比企谷君、あなたは何か原因が何か予想はできそう?」

「え、ヒッキーも思春期症候群ってのに詳しいの?」

「えぇ、正直認めたくないのだけれど、そこに関しては私よりも上だと考えているわ。遺憾だけれども」

「おい、認めるなら、ちゃんと負けを認めろ。どうして、いちいちこっちに攻撃が入るんだよ」

 

毒吐くの大好きなの?前世は、ゲリョスか何かなの?

 

「由比ヶ浜自身に対しての予想はできんが、症状のドッペルゲンガーからは大まかな予想はついている」

「ドップリジンジャー?」

「ドッペルゲンガーよ。それじゃあ、何だか生姜漬けか何かじゃない」

「ドッペルゲンガーは由比ヶ浜の体験したもう一人の私現象だ。ドッペルはドイツ語で二重って意味な。で、この現象は、自分に対してストレスを感じている人に見られるケースが多い。まぁ、ソースは思春期症候群のドッペルゲンガーではないが、実際由比ヶ浜も大体似たような原因だと思う」

「そう。けれど自分自身にストレスとなるとどうしても幅が広すぎるわね」

「確かに、思春期症候群の起こる原因は大体ここだろうしな。的を絞るには、もう一人の由比ヶ浜に直接会って聞くしかないわけだが…」

 

と、自分で言って気づく。

そうだ、俺はもう一人の由比ヶ浜に会っている。

何かヒントになるようなことはなかっただろうか。

 

「えっと、ヒッキー?」

 

不意の声に驚き顔を上げると、不安げな顔の由比ヶ浜が少し動けば触れてしまいそうな距離にいた。

 

「あっ、ご、ごめん」

 

さっと身を引くと、由比ヶ浜は前髪をいじる動作で顔を隠した。

また、引かれてしまったのかもしれない。

いつだったかの淡い記憶が脳裏に浮かぶ。

 

『あ、それまどマギのストラップじゃない?』

『そうなのー』

『それソウルジェムじゃん』

『え…、あ…、うん。ちょっと、近いし………キモい』

女子たちが自分の知っているアニメの話をしていたから、変にテンション上がって思いっきり引かれたのだ。あれ以来、知ってるアニメの話を周りがしていても顔を突っ込むことはしないように心掛けている。

 

「ちょっと…、ちょっと、ヒッキー?戻ってこーい」

 

はっ。いかん、また黒歴史記憶に頭を突っ込んでしまっていた。この記憶はふれてはならない。

えっと、何だっただろうか。そうだ、もう一人の由比ヶ浜に会っている、ということだった。

 

「そういえば、この前の石炭作りしてた日にもう一人の由比ヶ浜に会ってたことを思い出したんだよ」

「え、ほんと?てか、石炭とかいうなし、クッキー作りをしたんでしょ」

「あの時は、現象の事実確認程度だったから詳しくは聞かなかったけれど、何かヒントになりそうなことはなかったの?」

「それを、さっき思い出そうとしてたんだが、気づいたら黒歴史に頭突っ込んでた」

 

やれやれ、みたいな顔を同時に二人にされると虚しくなるんだな。

また一つハチマンは賢くなったよ。

 

「それで、あたしと違ったことって?」

「ちょっと待て、今思い出す」

 

あの時は、確か、

 

「着崩した制服を着ていた。今の由比ヶ浜より、もっと襟元が開いていた」

「は?バカ、何見てんの!?まじあり得ない」

「比企谷君、あなたセクハラで捕まるわよ」

「うるせ、事実を述べてるだけだ。それから、バッグを背負っていた。それは今由比ヶ浜が持っているのとおんなじやつだ」

「とすると、体だけじゃなく物も二つになっているということになるわね」

 

あとは…。まだ、何かあった気がする。目の前の由比ヶ浜と異なる何かが。

目の前の由比ヶ浜をじっと見つめ、記憶の中の由比ヶ浜と比較していく。

 

「ちょっと…、そんなにみられると恥ずかしいし」

 

そういって顔を背けると由比ヶ浜の頭横で纏められたお団子ヘアーがふわりと揺れた。

そういえば、あの時は。

 

「そうか、思い出した。あのときの由比ヶ浜は髪の毛を結わいていなかった」

「いや、ちゃんと結わいてたし」

「そうではなく、もう一人の由比ヶ浜さんが、ということじゃないかしら」

「あぁ、そうだ」

 

ふう、のどに小骨が閊えた感じがようやく取れた気分だ。

満足気にしていると、

「けど、そこから何がわかるの?」

「え?」

「残念ながら、あまり参考になりそうなことではなかったわね」

 

そう言うと雪ノ下が時計を一瞥する。

時刻は6時の5分前、もうすぐ下校時刻だ。

 

「今日はこのくらいにしましょう。由比ヶ浜さんのほうでも何か心当たりないかもう一度考えてみてくれるかしら」

「うん、わかった。あ、そうだ、もし何かあったら連絡するね」

「えぇ、放課後は大体ここにいるから、来てくれればいいわ」

「そうじゃなくって、ほら、すぐ連絡できるようにさ。メールアドレスとかラインとか」

 

赤面し、指を絡ませながら雪ノ下を見つめる。

流石の雪ノ下も反故にはできなかったのか、

 

「私はラインはやってないから、メールアドレスでいいかしら」

「うん!あと、いちおー?ヒッキーも詳しいみたいだし、アドレスとか?教えてよ」

「ん、別に構わんが。ほれ」

 

指紋認証でロックを解除し、由比ヶ浜に手渡す。

 

「あたしが打つんだ。まぁいいけど」

「見られて困るようなもんもないしな」

「え?…ふーん、そうなん…だ」

 

由比ヶ浜がやけに歯切れの悪い返事をする。

見ると、俺のスマホを二人がじっと見つめていた。

「ずいぶんと仲がよろしいようね」

「あ、あはは、まぁ、ヒッキーも男の子…だし?」

 

何のことかとスマホを受け取ると、ラインのトーク背景が何故か志貴さんの水着姿画像になっていた。

あの人、俺が普段人からラインが来ないことをいいことに、面倒なことを。

しかも、ルームごとに微妙に背景が異なっている手の込みよう。

最後にあらぬ誤解を生み、その日の部活は閉じられた。

 




何だかんだ、家にいると筆が進むもんですね。
明日からも頑張りたいところです。

ご意見、ご感想およびアドバイスお待ちしております。
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