昼間のポカポカとした陽気な気温は嘘のように、凍てつく冷気が体に吹き付ける。
実際には、そこまで寒くないのだろうが自転車を漕ぐスピードに向かい風が合わさり、体感温度は、ほぼ冬。
だが、それもいつしか気づいた時には夏になっているのだから不思議で仕方ない。
地球温暖化の影響かどうかは不明だが、体感としては年々春と秋が薄れ、夏と冬の2季となっている気がするのだ。
季節というあいまいな境界線の、ぼやけた仕切りはいつしかなくなってしまうのだろうか。
そういえば、と家にストックしていたマックスコーヒーが尽きていたことに気が付き進路を少し変更し、コンビニへハンドルを向ける。
思春期症候群というややこしい問題に頭を使ったせいもあってか、やけに体が糖分を欲している。
折角だ。小町にプリンでも買っていって、兄としてのポイントを上げておこう。
らっせー、という気の抜けた挨拶を横に、乱雑に陳列された雑誌を歩くスピードを緩めて眺める。
今週の表紙はワンピか、とかハンターはまだ休載か、など大したことない情報収集が地味に楽しいのだ。
ふと、隣に置かれた雑誌に目がとまる。
表紙を飾っているのは確か、桜島麻衣。
人気子役として一世を風靡したが、あるとき電撃引退。そして、最近になって芸能界に復帰したことを小町が熱く語っていたのを思い出した。
雪ノ下とは、また違った美人。
少し大人びた感じの朗らかな笑顔が一層華やかさを助長している。
そういえば、なぜマガジンは表紙がグラビアなのだろうか。
俺は気にしないけど、そういうのが気になる人もいるのではないか。俺は気にしないけど。
誰にするわけでもない言い訳を繰り返し、黄色の缶を手に取る。
3本くらい買っとくか?だが、ネットでまとめて買ったほうが安上がりだからな、と一人ウォークの前で悩んでいると、背中に何かがぶつかる。
通りの邪魔になったのかと焦り振り向くと、そこにはピンク色に近い茶髪の少女、由比ヶ浜結衣。
髪の毛は結わかず、下ろしており先ほどまでとは若干雰囲気が異なっていた。
「この後、時間あるかな」
そういうと、控えめな笑顔と共に首を傾げた。
× × ×
「ほれ」
公園のベンチに座る由比ヶ浜に先ほど買ったマッカンを一本放り投げる。
「おわっと、いいの?」
「俺だけ飲むのも気が引けるからな」
「えへへ、ありがと」
そういってプルタブを立てると、小気味良い音が二回公園に響く。
奉仕部で解散した後、由比ヶ浜はあのとき高校のバス停で別れた。
実際バスに乗るところまで確認はしていなかったが、俺が自転車に乗ってここまで来たことを考慮すると、今目の前にいる由比ヶ浜は先ほどあった由比ヶ浜ではない可能性があった。
その証拠に、今回も目の前の由比ヶ浜の髪の毛は結わかれていない。
これを根拠にするのは些か証拠不十分の気もするが、わざわざ解く理由もないだろう。
「それで、話ってなんだ」
「あ、うん、えっとね。あたしの頭が変って思われても仕方ないことかもしれないけれど。けど、こういうことヒッキー詳しいって平塚先生に聞いたから」
「平塚先生に?」
由比ヶ浜は首肯し、コーヒーを一口含んだ。
「もう一人自分がいるんじゃないかって。でも、やっぱりこうやって口にするとあほらしいいよね。やっぱり何でも…」
「いや、続けてくれ。世間一般では変な奴扱いかもしれんが、あいにく俺は世間から外れているらしくてな。少なくとも、現時点でお前のこと頭おかしいだなんて思ってねーよ」
「そっか。えへへ、ヒッキーってやっぱり優しいんだね」
やっぱり?一体どういうことだろうか、由比ヶ浜にそんなことを言われるようなことをした記憶はないのだが。
「えっとね、最近あたしの身の回りで不可解なことが起きてるの。例えば、買っておいたお菓子がなくなってたり、着ようと思った洋服が見つからなかったりね。けどさ、こういうのって自分の思い違いかなって思ってたんだけど」
実は、と一度こちらの反応を確かめるように一拍ためた。
「優美子たちとこの前の土曜日に遊びに行ったんだ。そこはいいの。問題はここからで、ほら見てこれ」
そういってこちらに見せられたのは携帯。
部室で見たのと同じ機種で同じストラップが付いている。
画面には呟くSNSことツブヤイター。
見るとそこには記憶に新しい由比ヶ浜とガ浜ママとダックスが移写った写真。
やはり、そうか。
ここにいる由比ヶ浜はもう一人の由比ヶ浜ってことになる。
携帯を返し、マックスコーヒーを流し込む。
甘ったるいコーヒーが疲れた体に染み渡る。
「おーけー、状況は分かった。そういえば、実際にそのもう一人の由比ヶ浜を見たことはあるのか」
「ううん、一度もないよ。でも、あの偽物家に帰ってるみたいで…。鉢合わせたらって思うと怖くて」
「おい、じゃあどこに泊まってるんだ?」
「ネットカフェだよ。制服だとあれだから私服に着替えてだけど…。最近のネットカフェってすごいんだよ、ジュースとかアイスが食べ放題なんだもん」
「何考えてんだ、年頃の女子がネカフェで寝泊まりだなんで」
「う、ごめん。けど、鍵付きの個室だったし…」
「そういう問題じゃねえよ。とにかく、まずはお前の泊まる場所を何とかしないとな」
強く言い過ぎたせいか由比ヶ浜はうつむいたまま口を噤んでいる。
自分の言葉が頭の中でリフレインする。
考えれば考えるほど嫌になる。
自分の常識は常に正しいとは限らない、と何度も親父にいわれていたのに。
この由比ヶ浜は急に自分がもう一人出てきて、そいつが自分に成り代わって今まで通り生活されてしまったのだ。
行き場もなく、だれに相談することもできなかった由比ヶ浜を、よく知りもしない俺が正論を振りかざしてどうする。
女の子の扱いは、まだまだだね。と志貴さんがため息をつく姿が目に浮かぶ。
パシンと両頬を叩く。
「ど、どうしたのヒッキー」
「いや、何でもない、気にすんな。それより悪かった。急に怒鳴ったりして」
「ううん、あたしも短慮すぎたなって反省してたとこ」
「流石に俺の家に泊まってもらうわけにもいかんからな」
「え!?」
「あ?」
「いや。あたしは、それでも、構わないというか、その方がうれしいというか、ゴニョニョ」
言葉尻がゴニョニョしていて「その方が…」以降は全く聞き取れなかったが、流石にそういうわけにもいかない。
小町はともかく、両親になんて説明すればよいか…いや、あの二人なら歓迎しかねんから怖い。
「と、ともかく、そういうわけにはいかない。しかし、そうなると他にあてが…」
平塚先生を頼るのが一番無難か?あの人独身だと聞いてるから、一時的なら泊めてもられるだろうし。
「あれ、あたしヒッキーと連絡先交換した覚えないのにな」
「それはさっきした…だ…」
いや、違う。連絡先を交換したのは奉仕部でであって、今ここにいる由比ヶ浜とは交換していない。
ということは、携帯のデータはリンクしているということなのだろうか?
「なぁ、だとしたら、雪ノ下の連絡先も入っていないか?さっきもう一人のほうの由比ヶ浜が交換していたんだが」
「え、ヒッキー、あの偽物に会ってたの?」
「それ、は追々話すとして。まずは雪ノ下に連絡を取ってくれ」
× × ×
「なるほどね、大体の事情は把握できたわ」
由比ヶ浜が雪ノ下に連絡してから十数分後、この公園に雪ノ下がやって来た。
否、正確に言えば雪ノ下の連絡先を由比ヶ浜の携帯で確認して、俺のスマホで連絡をした。
クラウドなどの同期によって、雪ノ下の連絡先がここにいる由比ヶ浜の携帯に登録されたということは、発信履歴も残る可能性が高い。
下手なことをして、何かが起こっては困るための対処だ。
「確かに比企谷君の携帯から連絡したのは得策だったようね」
「だからそれはさっき言っただろ。なのに、いきなり電話切りやがって」
「いきなり連絡先を教えた覚えのない男から電話がきたら誰でもそうするわ。その相手があなたなら尚更よ」
このアマ、言わせておけば好き勝手言いやがって。
「実際に目の当たりにするまで半信半疑だったけれども、確かに部室で会っていた由比ヶ浜さんとは違うようね」
「だろ、髪を結わいていないし」
いいえ、それだけじゃないわ。と雪ノ下が頭を振る。
「ほら、由比ヶ浜さんの手を見なさい。部室で会った由比ヶ浜さんは指に絆創膏をしていたの。けど、今目の前にいる由比ヶ浜さんはそれをしていない。他を探せばもう少し見つかるかもしれないけれど」
「けれど?」
口を開いては閉じを繰り返すこと二回。
そして、少し不満そうな顔をしつつも言葉をつづけた。
「非科学的であまり言いたくはないのだけれど、どこか雰囲気が違う感じがするの。部室にいた由比ヶ浜さんとは」
雪ノ下は、ベンチに座る由比ヶ浜には聞こえないよう、声のボリュームを下げてそう言った。
「なるほどな、そこは俺も何となく感じていた」
「それから、比企谷君はこの後由比ヶ浜に電話してみてもらえるかしら」
「どういうことだ」
「私がこちらの由比ヶ浜さんが電話をできない状況の時に連絡をするから、それに合わせて電話をかけて頂戴」
こそこそと話を続ける俺たちに違和感を覚えたのか、由比ヶ浜が立ち上がる。
それに合わせ雪ノ下が少し大きな声で
「それじゃあ、御遣いはしっかりとすることね。比企谷君」
とだけ言い、由比ヶ浜と向き合った。
「それより、由比ヶ浜さん。今日は私の家に泊まるといいわ」
「え、お邪魔じゃない?」
「別に気にする必要ないわ。私、今は一人暮らしだから」
雪ノ下の家に泊まれるなら、ネカフェに泊まるより間違いなく安全だ。
「だな。そんで、明日にでも平塚先生に事情を話して泊めてもらえばいい」
「別に、解決するまで私の家に泊まっていて構わないのだけれど」
「平塚先生がこの事情を知らなければな。だが、この由比ヶ浜も向こうの由比ヶ浜も平塚先生に相談したらしいからな。事情を知っていたにも関わらず、由比ヶ浜にもし何かあれば、平塚先生の責任問題になりかねない」
雪ノ下は暫く考える素振をしたあと納得したのか、こちらに向かって頷いた。
「そうね。では、由比ヶ浜さん。これまでの事の照らし合わせは私の家に着いてからしましょう。あ、比企谷君はもう帰っていいわよ」
「ヒッキー、ありがとね」
由比ヶ浜の言葉に腕を上げて答える。
小さくなっていく二人を見つめながら、ようやく雪ノ下の放った言葉の意味を理解する。
雪ノ下の家にいる由比ヶ浜が電話していない状況下で、由比ヶ浜に連絡がついたとしたら、それは由比ヶ浜が本当に二人いることの証明になる。
おそらく雪ノ下は、自分の感じた違和感を確かめようとしているのだろう。
まぁ、そこは百歩譲っていいのだが。
夜、女子に電話をするハードルの高さをあいつ分かってんのか?
青春ブタ野郎サイドは出てこないって言ったな。
あれは嘘だ。
ごめんなさい、調子乗りました。
けど、せっかくクロスオーバーさせてるのだからうまく使いたいな、と思いまして。
今後はどこかで向こう側と交差します。お楽しみにしてくれると嬉しいです。
GW中にもう一本...。
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