やはり俺の思春期症候群はまちがっている。   作:N@NO

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青春欺瞞野郎は天才少女の夢を見ない。6

志貴さんの言葉を反覆する。

あの夕焼けに染まる砂浜の中、彼女が漏らした恐怖や怯えを含んだ言葉の意味。

 

志貴さんの思春期症候群の進行は最悪の想定の通りに進んでいた。

全身における麻痺、それによる最悪の問題は心停止による死、この予想は変わらない。

 

ならば、俺はその最悪の事態を想定して行動しなければならない。

 

とは考えたものの俺は医者でもなければ、ブラックジャックでもないわけで心停止に陥った志貴さんを救うことは難しい。できることを挙げるとするならばAEDなのだが、正直思春期症候群に対して効果があるとは思えない。

 

となれば、症状対しその場しのぎの対処するのではなく、根本である思春期症候群自体をどうにかする必要があるだろう。

そして思春期症候群について再び思考と視線を巡らす。

気分を切り替えるため、甘く作られたコーヒーを一気に煽った。

 

最近のブルーライト影響云々のこともあってか市場はブルーライトカットした液晶や眼鏡などが売り出されてるが、生憎俺の使用しているノートパソコンは親父からのおさがりもあって最新とは遠いモデルなのだ。

それでもネットサーフィンやオフィスにはまだ耐えてくれているのだから文句は言えない。ありがと、俺のパソコンちゃん。でも、もう少し起動が早くなると嬉しいかな。

 

眼の凝りをほぐすように目頭を押さえる。

2時間ほど情報を探したがめぼしいものは見当たらない。そもそも思春期症候群というもの自体が世の中では懐疑的なものであり、それに関する正確な情報などほとんど嘘の中に埋もれてしまっているのだろう。

むしろこの手の話はオカルト話に分類されているのだから、まじめに探す俺のほうがマイノリティなのだろう。まぁ、この手の話に関わらず、日常生活の中ですら俺はマイノリティに分類されちゃう当たりマジマイノリティだし、その静かさも相まってサイレントマジョリティなまである。ということは、俺はこの後、一世を風靡するユニットアイドルになっちゃう?なる?いや、ならねーな。何ならユニットどころかソロな時点でグループからはじかれてるまである。というか、マジョリティでもないしな。

 

兎も角、古来より現状に詰まったなら視点を変えよという言葉もある通り、俺も視点を変えてみるべきだろう。コンビニできょどってしまったら、次から使う支店を変えることには慣れているのだからこれもできるはず。大丈夫だ、問題ない。

 

死亡フラグを建てつつ、ベクトルを変えるべく、まずは志貴さんの思春期症候群の背景について考えてみる。

志貴さんの症状は、手足の麻痺とそれに伴うように薄くなっていく体だ。俺の思春期症候群の原因が俺の想像通りであるならば、原因と結果は必ず因果があるはずだ。

ならば、これが起こりうる原因とはいったい何だろうか。

 

麻痺、検索エンジンにかけるとその原因がずらりと吐き出される。その中である一文に目が留まる。

“脳の中枢神経への影響”

ふと、志貴さんの人間の脳の講義を思い出す。

脳の記憶は分担されていて、陳述的記憶と手続き記憶がある、と。それらが組み合わさって人間は物事を記憶している。とかだったはずだ、多分。

だとするならば、運動するのにも脳の役割は分担されている可能性もあるな。

 

再びキーボードを叩く。

しんと静まり返った部屋には、秒針が刻むリズムと不規則に変化するタイプ音だけが鳴り響く。

 

☆ ☆ ☆

脳は自己の身体を表現し、身体運動を制御している。

 

人間はこの脳内におけるボディスキーマとボディイメージによって筋肉を動かし、運動を行っている。

ボディスキーマとは、無意識化でも手足の運動制御や姿勢の維持ができることから、姿勢変化によって誘起される感覚情報に基づいて更新され

る自己モデルの事をさし、これらは意識にのぼる前の脳内身体表現である。

 一方、ボディイメージとは、意識にのぼる脳内身体表現であり、自己の姿勢の知覚から自己身体や容姿などに関する知識まで、心理的精神的要素を含む自己像である。

 

★ ★ ★

 

小難しい文章の立ち並ぶ論文とにらめっこをしながら、文意の読み取りを試みる。

正直言って、何を言っているのかはさっぱりなのだが、ここに可能性の光が刺している気がするのだ。

要約するとボディスキーマが無意識下、ボディイメージが意識下ということなのだろう。

ボディイメージとは日常生活などにおいて自身に刷り込まれた動き、可動域のもとに身体的フレームを作り出すらしい。これは、人の運動の基盤であり、走り方や腕のスナップや関節の可動なんかはこれによるものなのだという。

対して、ボディイメージでは自分の意識、例えば若かったころのイメージで体を動かそうとすると動きが付いてこないことや、事故で足を切断したのに足を動かすイメージがあるなど、主観的な要素に基づいているようだ。

だとするならば、志貴さんの思春期症候群は、このボディイメージが関連している可能性がある。心理的な問題が志貴さんの運動分野に影響を及ぼしている。

確かに理論的に考えればこれがそうなのだろう。

だが、現実と比較するとこの理論だと明らかにおかしな点が残ってしまうのだ。

 

―――手足の薄れ。

 

最早、これは現代科学では議論のしようがない。少なくとも、俺の知識では不可能だろう。

結局、思春期症候群は非科学的な現象なのだろうか。

 

「はぁ」

 

改めて直面した壁の存在に深いため息をついてしまう。

やはり、明日志貴さんときちんとこの思春期症候群について考えるべきだろう。

すっかり空になり、冷え切ったマグカップを手に持ち、俺はノートパソコンを閉じた。

 

× × ×

 

始業式。

春は別れの季節でもあり、出会いの季節である。

…というが、正直言って友達のいない俺からすれば何の変化も問題もない。あるとするならば、クラスの学校内での位置と新クラスでの自己紹介であり、これがまた俺の憂鬱の一つでもある訳で、というか問題あるじゃねえか。

昇降口付近には人溜りができており、おそらくあそこに新クラスが掲示されているのだろう。誰がクラスにいるなどと一喜一憂をしている生徒たちの後ろから、自分のクラスを確認する。

 

ひ、ひ、比企谷っと。あいうえお順に出席番号が振り分けられているため、は行だけを見てなければ次のクラスの掲示へと目をやる。

 

千葉の出席番号は小学校の頃はあいうえお順じゃなくて、誕生日順なのだが、この事実を知ったときには心底驚いた。

何が驚いたって他県なら誕生日のお祝いで自分が飛ばされたことを知らずに済むということ。ちなみに、給食のデザートによくでた麦芽ゼリーも千葉限定、これマメな。

 

そんな誰に説明をしているかよくわからんことを考えながら自分の名前を探し続けた。

2-F 、担任は平塚静。平塚先生というと、あの国語教師なのになぜか白衣を着てた人か。

思春期症候群について理解があるようだったし、一応平塚先生にも志貴さんの事聞いておいたほうがいいかもしれない。

 

年度が変わっても変わることのない下駄箱もまえで上履きに履き替え、とりあえず2年生のフロアへと昇る。

クラスの位置は変わらないから、という理由でそれぞれのクラスの位置は特に表示されていないため、2-F の位置など知りもしない俺は虱潰しに教室を見て回るしかない。

A~順になっている教室なので特に迷うわけでもない。Dを通り過ぎFへと近づくなかで先日志貴さんと訪れた教室にも近づいていることに気づく。

「やっぱりか」

目の前に2-F と掲示された教室は先日と同じ場所だった。

まぁ、確率10%ほどで一緒になるのだから別段驚いたことでもないだろう。

黒板に張られた座席表を見てから、中心より後ろの席に腰を下ろす。

教室は変われど、座席からの景色はさほど変わらない。変わっていくものと変わっていかないもの。どこにその線引きがあるのかなどわかる訳もない。だが、不思議とこの景色は変わっていかない気がした。

 

× × ×

 

「…とまあ、そんなわけでこれから一年間よろしく頼む」

 

平塚先生は簡単にホームルーム終わりの言葉を纏め、教室をぐるりと見まわした。

今まで学級担任に興味など殆どなく、関わることもなかった人生を送ってきた。だから、担任と生徒との距離感なんて知らないし、分からない。

きっと、これからもそれは変わらないのだろう。

不意に胸が痛む。

時々、こういうことを考えていると、傷跡が痛むのだ。そして、これが俺の思春期症候群がまだ完全には終わっていないことを意味する。自分自身の事は自分でなんとなくわかる。

きっと、俺の思春期症候群はしばらく解決しない。

 

だが、それよりも今は志貴さんの思春期症候群について考えるほうが優先だ。

平塚先生が教室から出ていくことに気づき、頭を切り替えた。

 

「平塚先生」

 

平塚先生が振り返ると、白衣に映える長い黒髪が後を追うようにふわりと舞う。

 

「どうかしたか、比企谷」

 

「志貴…、喜界島先輩のことで相談があるのですが」

 

「ほう、新学期早々随分と楽しそうだな。私への当てつけか?」

 

平塚先生はなぜかこめかみに青筋を立てながらポキポキと指を鳴らす。

初めて、いや、春休みに志貴さんに会った違和感似たものを感じた。これは、そう、どこか話に食い違いがあるような、そんな違和感。

まさかと、最悪の事態を想定しつつ、恐る恐る平塚先生にその事実を確かめるため尋ねる。

 

「…喜界島志貴の事を知っていますか」

 

「すまない、把握していないが…。うちの生徒かね?」

 

顔面から血の気が引くのがはっきりとわかる。背筋には冷たいものがつたっている。

 

「喜界島志貴だ、先生と春休みに教室であったとき一緒にいただろ!?」

 

俺の剣幕に驚き、そして申し訳なさそうな顔をしながら、

 

「すまないが、私は知らないな。君と会った時も君以外はいなかっただろう?」

 

どうなってんだ。平塚先生が喜界島志貴の事を忘れているのか。

平塚先生に返事もせずに教室に慌てて戻り、入り口付近に座るピンクがかった髪色の生徒に声をかけた。

 

「なぁ、あんたは喜界島志貴の事を覚えているか!?」

 

女生徒はビクッと跳ね上がった後、こちらを確認すると目を見開いた。

 

「比っ…。えと、ごめんね、知らない人かなーって」

 

突然声をかけたからか悲鳴をあげられかけた気がするが正直今はそんなことに構っている暇はない。

 

「そうか、突然悪いな」

 

自分の席に戻り、携帯を制服のポケットに仕舞いこむ。バッグは…置いていくか。

喜界島先輩を探すための準備をしていると、後ろからさわやかに声を掛けられた。さっきの俺の声の掛け方と比べたら正反対、ってくらいのさわやかさ。

 

「やぁ、比企谷くん、だよね。どうかしたのかい」

 

振り返るとこれまたさわやかな見た目の男。一応聞いておくか。

 

「あんたは喜界島先輩を覚えているか」

 

男は一瞬考える仕草をした後、

 

「いや、覚えていないな。すまないね」

 

と短く答えた。

 

「そうか、分かった」

 

君は…

教室を出る直前に男の言った言葉は聞こえなかったふりをした。

 

× × ×

 

喜界島先輩のことを誰も覚えていない。

それは、単に喜界島先輩を知らなかったという可能性もあるのだが、正直喜界島先輩との記憶を忘れていたころの俺ですら、知っていたほどの有名人なのだから、その可能性は捨てていいだろう。

となると、思春期症候群の影響と、見て間違いない。

歩幅を大きく、足早に昇降口へと向かいつつ、思考を可能な限り巡らす。

喜界島先輩の思春期症候群の症状は、身体の麻痺とそれに伴って見た目が薄くなっていくというもの。それと現在の状況から鑑みるに、薄くなりすぎると、それに寄って他者の記憶から存在そのものが薄れゆく。

このままいけば、この世界から喜界島志貴がいたということ自体が消滅しかねない。

ほかの人間は忘れているが、俺は喜界島志貴という人間をまだ覚えている。

 

つまり、まだ志貴さんは完全には消えて無くなってはいないということなのだろう。

 

ならば、まだ俺でもなんとかできる可能性はあると言える。

 

とにかく、志貴さんを見つけなければ話が始まらない。

 

喉の奥から血の味が滲むのを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




毎度のごとく遅くなってすみません。
やる気はあるけど、やりたいことが多すぎるって問題にいつも悩まされてます…(゚〇゚)


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