青春欺瞞野郎は二重少女の夢を見ない。1
『 青春とは嘘であり、悪である。
青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。
例を挙げよう。彼らは自己を偽り、他者に依存し、選択を空気に委ねる。そこには、自己決定や自意識などは存在せず、ただ何もない現実だけが残っている。
しかし、彼らはそれを青春だと言い張り、自己満足に浸り、周囲もそれを許容し理想とする。
彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。彼らの主張する青春というものには無意識が存在し、それが彼らの世界の正義と掲げる。自分たちの行為は青春の一部分であるが、自分たちのルールの外の他者の物は青春でなくただの失敗にして敗北であると断じるのだ。
しかし、これらを指摘したところで、彼らはそれを認めないだろう。
なんのことはない。すべて彼らのご都合主義でしかないのだ。
なら、それは欺瞞だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。
彼らは悪だ。
ということは、逆説的に青春を謳歌していない者のほうが正しく真の正義である。
結論を言おう。
リア充爆発しろ。 』
「さて比企谷、私が授業で出した課題は何だったかな」
デスクチェアに深く腰を下ろした女教師は、俺の書き上げた作文を読み上げると、溜息とともに作文用紙から目線を上げた。
「はぁ、俺の知っているのは『高校生活を振り返って』だったはずですが」
女教師という感じはジョキョウシよりもオンナキョウシとルビを振ったほうがエロさが増すように思える。
「そうだな、私もそう記憶している。それなら、何故君は犯行声明を書き上げるんだ?」
爆破予告か?馬鹿なのか?と“オンナキョウシ”及び俺のクラス担任である平塚先生はそう呟きながら前髪をかき上げる。
はぁ、と気の抜けた返事。
昨晩の深夜テンションで書き上げたため、正直自分でも何を書いたのか覚えていないのだ。だから、これに対する俺の返答としては深夜に作文はするものでない、としか言えず、またそんなことは言えないため、結論「はぁ」に落ち着くのだから俺は悪くない。
だが、そんな事情は通じないのが世間であり、世界の厳しさ。平塚先生の逆鱗に図らずとも触れることになった。
長々と、そして所々脱線をしながら続いた説教を何となく、そしてボンヤリと聞き流しているとようやく締めに入る流れに変わった。
「君は部活はやっていなかったよな」
「え、あ、はい」
「…友達とか、いるのか?」
やたら神妙な顔をするから何かと思えばそんな愚問。それに対する俺の答えはすでにテンプレート化されている。
「平等を重んじるのが俺のモットーなので特に親しい人間は作らないことにしてるんですよ、俺は」
友達を作ると人間強度が下がるともいうしな。阿良々木さんが言うんだから間違いない、だから俺はまちがっていない。
「つまり、いないということだな」
「…はい」
「やはり私の見立ては間違っていなかったな!」
食い気味に、そして嬉々として平塚先生は声を上げる。
「あ、彼女とかは…いるのか?」
「いや、いな…」
その瞬間背中に衝撃、否こう柔らかく温かいものが体を後ろから包み込むように、さりげなくチョークスリーパーを掛けられた。
「ちょ、はッ?」
緩いホールドを抜け出し振り返れば、亜麻色の髪が目に映った。
「やぁ、比企谷君。さみしいなぁ。あんなに素晴らしい告白をしてくれたのに私は君の彼女じゃないのかな」
「俺はそんなつもりはないんですけど」
大体あれは志貴さんを救うための言葉であって、別に告白とかそういうのではなかったはずだ。
「つまり、君は無意識に女たらしをしてしまう青春ラブコメ主人公様ってわけだ」
フフフ、と訳ありげに微笑を浮かべる志貴さんはそこにしっかりと存在していて、先程右腕でチョークスリーパーを掛けていたことからも、すっかり思春期症候群がなくなった事を表していた。
そんな感慨に耽っていると背後から強い憎気。
これは振り返らない方が良さそうだ。ハチマン知ってる。
だが、そんなことは御構い無しに、むき出しの地雷を自ら踏み締めに行くように、喜界島志貴はそう言う人間なのだろう。
「平塚先生、比企谷くんはどうしてここにいるんですか?」
「はぁ、全く。逆にこっちがなぜ君が職員室にいるのかを聞きたいくらいだ」
あまりにケロッとした態度に怒気が抜けたのか、腰を再びデスクチェアに戻し胸ポケットから四角い箱を取り出す。
先生、溜息を吐くとそれだけ幸せが逃げていきますよ。まぁ、その原因は俺なんだが。
「私は、偶々比企谷くんが平塚先生と話しているのが目に入ってね。女教師と生徒の秘密の会話がどんなものなのか気になって聞き耳を立ててたところですかね」
勿論この時の志貴さんも“オンナキョウシ”。やはり背徳感というかエロさが増す。
「君がよく分からないのは元からだから正直もう気にしないよ。そういえば比企谷は喜界島と知り合いだったな。その…そういう関係なのか?」
やめて、そんなに顔を赤らめながら聞かないで。何か色々問題があるから。
「そうで…「違いますよ」」
からかうのは程々にしてくれないと年下男子としてはお姉さんにそういう風に接せられるとすぐに好きになってしまうのでやめてほしい。俺じゃなかったら、もう3回くらい告白して全部振られているまである。妄想の中でも振られちゃうのかよ。
「まぁいい。比企谷がこんな訳の分からぬ犯行声明を書いてきたから説教をしていたところさ」
そういうと俺の渾身の駄文を俺の許可もなく、志貴さんに手渡す。
志貴さんは一通り目を通すと、それはそれは愉快そうにケラケラと笑った。
ケラケラというオノマトペでは無く文字通りのケラケラと笑うのだ。巫山戯てワザとやっているのかは不明。
だが、志貴さんが面白がって笑う時には大抵この笑い方なのだ。
「全く、比企谷くんは面白いな。そして中途半端に的を得ているところも面白い」
「だから厄介なんだよ。私は教師という手前それに同意し、賛同し、共感するのは色々な面で問題があるからな。だが、強ち間違いでもない。しかし、そういったことはもっと大人になってから知れば良いものを、どうしてこう君は気づいてしまうのだろうな」
教師ってのは面倒なものだな。
生徒の模範とあるべく、そしてそれが当然であることのように捉えられている。少しでも間違いをすれば問題となり、やれ趣味のせいだ、教育委員会のせいだなどど騒ぎ立てられる。
そんなのは嘘で塗り固められた欺瞞でしかなく、世界のあるべき姿を勝手に押し付けているだけだ。
そういった面では世界はリア充と同じような考え方に基づいているのだろう。
同調圧力。こうあるべきだという多数決による強引な欺瞞で塗り固められた世界。
もし、そうだとするならば、俺はこれから何を選択していけばいいのだろうか。
そして、その選択は果たして本当に俺の選択と言えるのだろうか。
× × ×
志貴さんが混ざったことにより、話が脱線していたのでそのまま俺の駄文についても流れてくれればよかったのだが、現実はそう甘くなく、俺に厳しいようだ。
「よし、こうしよう」
パンと手拍子。
「―――レポートは書き直したまえ」
「はい」
ですよね。わかってました。
よし、今度はごくごく普通の当たり障りのない文章にしよう。出る杭は打たれるともいうし。
それこそ声優やアイドルのブログくらい普通の。
『今日はなんと…タピオカミルクティーを飲んじゃいましたっ!』みたいな。
なんとってなんだよ、ついこの間も同じようなの飲んでただろ。
ここまでは想定の範囲内。
「だが!」
俺の想像を越えるのはこれから、
「君の心ない言葉や、目の前でイチャコラとしていたことが私の心を傷つけたのは事実だ」
なので。平塚先生はそういうと長い溜めを作り、志貴さんは何かを察したようにニヤリと笑みを浮かべ、
「君には奉仕活動をしてもらう!」
「してもらう!」
平塚先生の動きを追うように志貴さんも俺に向けてびしっと人差し指を向けた。
「…はぁ?というかなんで志貴さんまで」
なんだか嬉々としているな、この人たち…
そういえば嬉々としてと乳としては語感がなんだか似ているなぁ。二人ともしっかりとあるし、似ているのかもしれん。
「奉仕活動って具体的に何をすればいいんですか。ドブさらいとか、人さらいとか?」
「さらりと危ないことを言うな。どうしたらその発想に至るんだ」
そんな、呆れる平塚先生とは対照的に
「人さらいって…くくく、比企谷君の腐った眼も相まって凄い似合ってそう」
「おい」
何にツボにはまってんだ、この先輩は。
「ごめんごめん、ちゃんとドブさらいもお似合いだよ。比企谷君」
「…おい」
ほんと満面の笑みで何言っちゃってんの、この人。
「ともかく、付いてきたまえ!」
そう言うと平塚先生は立ち上がり、椅子に掛けてあった白衣を羽織る。
…所々の所作がカッコいいんだよな、この人。
説明も前振りもなかった急な提案だったため、俺が立ち止まっていると、後ろから志貴さんが俺の背を押した。
「ほら、比企谷君。行くよ」
だから、気安くボディタッチするのはドキッとするのでやめてもらいたいんですがね。
× × ×
この千葉県立総武高等学校の校舎は少し歪な形をしている。上から見ればちょうどロの字によく似ており、その下にちょろりとAV棟を追加すればわが校の見取り図が完成する。
二つの校舎は二階の渡り廊下で結ばれており、これによってロの字が形成されているのだ。
「お、バドミントンやってる。いいねぇ、青春だねぇ」
志貴さんの視線の先には、この校舎で四方を囲まれた空間。
忌まわしきリア充どもの聖地こと中庭。
彼らは昼休みになれば男女混合となり、ここで昼食をとり、そして腹ごなしにバドミントンをする。まるでドラマのワンシーンを再現するような、青春を満喫してるかのような、そんなうすら寒い景色。
だが、これに対し、
「バドミントンはいいよねぇ。球技の中でも特に異端の球体をしていないコルクに羽根をつけたシャトルを使うんだ。初速は羽根が縮んでいるため速く、そのスピードは球技の中で最速。それが、羽根本来の弾性によってパラシュートのように減速。うん、物理の詰め合わせセットみたいな感じで最高だ。まさに青春の詰め合わせ!」
と、まるで視点のことなる感想を抱く志貴さんは、いつもの事なので特に反応はしない。
というか、あいつらはそんな考え一切なくバドミントンをしているだろうし、なんならバトミントンって呼んでるまであるぞ。
そんな光景から目をそらすように前を向くと平塚先生もなんとも形容しがたい表情を浮かべながら中庭を眺めている。
そんな平塚先生がリノリウム製の床をかつかつと踵で鳴らしながら向かう先はどうやら特別棟のようだった。
―――嫌な予感。
大体、バツとしてやらされる奉仕活動だ。奉仕活動をしてもらえる側なら万々歳なのだが、今回は奉仕活動をする側。俺にメイド服を着せて萌え萌えキュンとさせるとは思えないので、大方、図書館の蔵書整理やら生物室のゴミ出しやら空き教室の掃除なんかをやらされるに違いない。
まぁ、実際一人でコツコツやる作業は嫌いではないのだ。心の感情のスイッチを切り「俺は機械だ」と振り切れば何の問題もない。
そして、そのまま最終的には歯車として延々と回り続けるまである。
どうして就活の受け答えでパーツに例える必要がいるんですかね。僕ならヒートシンクとかですかね。アリの2割は働かないみたいな、あれな。
「働きアリの法則だね」
「だから、脈絡もなく頭の中を覗き込むのやめてもらえませんか」
「私、エスパーですから」
「あー。いきなり殺されるとはまさか思わなかったよなぁ、間違いなくメインヒロインだと思ってたのになぁ」
しみじみ、と平塚先生。というか、平塚先生もゲームとかやるんだな。
「働きアリの法則の説明してもいい?」
「結構です」
えー、と言いながら頬を膨らませる志貴さんはあざとかわいかったです。
「着いたぞ」
先生が立ち止まったのは何の変哲もない教室。
上に設置されているプレートには何も書かれていない。
不思議に思って眺めていると、先生はカラリとその教室の戸を引いた。
教室の端には机と椅子が無造作に積み上げられ、ぱっと見は倉庫として使われているかのような雰囲気。
何の特殊な内装はない、至って普通の教室。
けれど、そこがあまりにも異質に感じられたのは一人の少女がそこにいたからだろう。
喜界島志貴とあの春休みに出会った時のような異質感。たとえ世界が終わったとしても、彼女はここでこうしているのではないか、そう錯覚するほどにこの光景は絵画じみていた。
彼女は来訪者に気づくと、文庫本に栞をはさみこんで顔を上げた。
「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが」
「ノックをしても君は返事をしたためしがないじゃないか」
と悪びれる様子もなく、先生は彼女のもとへ向かっていく。
「返事をする間もなく先生が入ってくるんですよ」
平塚先生の言葉に彼女は不満げな視線を送る。
「それで、喜界島先輩は分かりますが、そこのぬぼーっとした人は?」
ぬぼーってそんなお菓子昔あったけど最近見かけんな。なんて、自己防衛をしつつ。
俺はこの少女を知っている。
2年J組雪ノ下雪乃。
他のクラスよりも偏差値が2~3高い秀才ぞろいの国際教養科クラスにあって、その中でもひときわ異彩を放っているのがこの少女。
二年の雪ノ下、三年の喜界島、と言われているように秀才と美才を兼ね備えた存在であり、校内の誰もが知るような存在で有名人だ。ちなみに一年は知らん。
かたや俺は校内でも知る人も知らない、まったくの平凡で凡庸な一般生徒。
彼女が俺を知らないのもやむなしである。
というか
「志貴さんは雪ノ下…さんと知り合いなんですか」
「いや、面識はないね。初対面だ。けどまぁ、彼女のお姉さんとはいろいろやったからね」
お姉さん?ゆきのした?そういやどっかで…
「彼は比企谷。入部希望者だ」
平塚先生に促されて、俺は会釈をする。
「二年F組、比企谷八幡です。えー、っておい。入部ってなんだよ」
さらっととんでもないこと言ったぞ、この教師。
「ケラケラ。予想通りの反応だ!」
「君にはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口応えは許可しない。しばらく頭を冷やせ。反省しろ」
抗弁の余地は許されず、平塚先生は怒涛の勢いで独断的な判決を言いわたす。
「というのは建前で!」
と志貴さん。
訝しげな二人の視線に対し、志貴さんがその言葉の意味を答える。
「比企谷くんにこの部活に入ってもらうのは、別にペナルティだとか、罰だとか、そんなことでは無くて、私からの推薦さ」
はぁ、推薦。推して薦めるという言葉の通りの意味。
「志貴さん、俺が推薦を受ける理由が思いつかないんですけど」
「思春期症候群。この部活ではそれも扱っているんだろ?雪乃ちゃん」
俺の後ろにいる少女にむけて志貴さんがパチリとウインクを決める。
「喜界島先輩。そんなに馴れ馴れしく呼ばれるのは」
「しょうがないじゃないか。雪ノ下さんとかだと陽乃さんと被っちゃうだろ?」
「なら、せめてちゃん付けはやめて頂けると幸いです」
「気が向いたらね」
厄介な返事に雪ノ下は額に手を添えた。諦めろ、志貴さんはこういう時は引かないからな。
「それで、思春期症候群ってのは」
「喜界島から、そういったことに関して君が有識だと進言されてね。実際こういったことに困っている生徒も少なくない。そのため、思春期症候群に対応するということを雪ノ下の部活に委託しているんだ」
「平塚先生が思春期症候群に理解があるっていったのはそういうことさ」
春休みの話を補完する様に志貴さんは平塚先生の言葉に付け足す。
「それに、比企谷くんも、個人的に思春期症候群には興味があるんでしょ」
「まぁ、それは、そうですけど」
確かに思春期症候群についての情報を得るならばこの部活は適切だと言えるだろう。
「ちょっと待ってください。話がこの男が入ることで進んでいますが、私は反対です。そこの男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
雪ノ下は乱れてもいないワイシャツの襟元をかき合わせるようにしてこっちを睨みつける。
誰もお前の慎ましやかな胸なんて見てねえよ。いや、ほんと。マジで。…ちょっとだけ。
「雪乃ちゃん、安心して。比企谷くんの目は確かに腐った魚の目をしているけれど、リスクリターンの計算に関してはしっかりしているよ。それこそ、そういったことに関しては、ラブコメ主人公としては失格レベルにね」
「うむ、刑事罰に問われるような真似だけは決してしないだろう。彼の小悪党ぶりは信用してくれていい」
志貴さんも平塚先生も俺をフォローするかのようにしながら、さりげなく乏している。
「何一つとして褒められてねぇし。違うだろ、リスクリターンとか小悪党とかじゃなく、しっかりとした社会常識があると言ってくれ」
「社会常識があるような奴は爆破予告などしない」
俺の反論はバッサリと平塚先生にきりすてられる。
「小悪党…。なるほど。」
「聞いてない上に納得しちゃったよ、この人」
「まぁ、先生と喜界島先輩からの推薦であれば無下にはできませんし…。承りました」
雪ノ下が本当に嫌そうにそういうと、先生は満足げに首を振る。
「そうか。それじゃあ、宜しく頼んだぞ」
とだけ残して平塚先生はコツコツと足音を鳴らし帰ってしまった。
え、まじで俺この部活に入るのか?
「比企谷くん。面白いことになるといいね」
この一瞬は、志貴さんの笑顔がやけに妬ましく見えた。
皆さん、こんにちは。
前回の更新からすぐに更新できて嬉しい限りです。
ということで今回から第2章の二重少女編です。この章からは俺ガイル感がもう少し増していくはずです。
今回も具体例なんかを多く取り入れながら書いていきたいと思います。
出来ればGW中にもう一回更新できたらいいな、と考えてます。
感想、意見など創作の励みになりますので、一言でもいいので宜しくお願い致します。