放課後。
二人きりの教室。
おいおい、いきなりラブコメ展開に入っちゃったよ。
この状況下にふと、中学時代の甘酸っぱい思い出がじんわりと蘇る。
---… 『友達じゃ、ダメかなぁ?』
あー、いや、これダメな思い出じゃん。
甘酸っぱいどころか発酵に発酵を重ねて、腐敗しているまである。
しかも、友達どころかそれ以降一切会話をしなかったから、てっきり友達って会話しない関係の事をさすのかと勘違いしかけたのだ。
つまり、俺に関してはラブコメ展開なんておこらないし、二度とあのような思いをしないためには、雪ノ下に嫌われてしまうのが手っ取り早い。
部員同士で馬が合わずに退部というストーリーならば教師は却下できないだろうし、そうなれば初めから部にいた雪ノ下のほうがこの部活に残るのが条理。
ならばとる手段はただ一つ。
野生の獣は目で殺すのだ。
がるるるるーっ
「そんなところで気持ちの悪い唸り声なんて出していないで座ったら?」
「え、あ、はい。…すみません」
一蹴。ぎりっという擬音がぴったり当てはまる鋭い眼光に従わざるをえない。
わざわざ俺が威嚇をするまでもなく、雪ノ下は俺を敵視していた。
無造作に置かれていた椅子を引き腰を下ろす。
そういえば平塚先生に呼び出されてからずっと立ちっぱだったな、なんてことに気づきふぅとため息をつく。
さて、体が休まり始めたので頭を使って状況を整理でもするか。
放課後。
二人きりの教室。
おいおい、いきなりラブコ…否、この茶番はさっきやったのだった。
平塚先生と志貴さんの言葉から察するに『奉仕活動』『思春期症候群』に関する部活なのだろう。
そして、『雪ノ下』。
これが何より引っかかるのだ。
それは、雪ノ下雪乃という意味でではなく、思春期症候群と雪ノ下という言葉の組み合わせを今までのどこかで聞いたような記憶がある。
まぁ、そのうち思い出すだろう。思い出さなければその程度の記憶だったって偉い人も言っていたしな。
「なぁ」
「何か」
文庫本から目をそらすことなく返事がくる。
「結局、この部は何部なんだ?」
すると雪ノ下は一瞬考えるような仕草をし、手に持った文庫本に、丁寧に栞をはさんで閉じた。
「…そうね。それじゃあ、ゲームをしましょう」
「ゲーム?」
この状況でゲームとか雪ノ下が言い出すと、それは楽しいものではなく契約のようなものが関わってきそうな雰囲気を醸し出すのだが。
そんな俺の脳内を覗き見たかのように急に鋭い眼光が飛んでくる。
「この部が何部かあてるゲームよ、さてここは何部でしょう」
先ほどまでのラブコメ展開はどこへやら。
とはいえ、俺も男だ。ゲームを吹っ掛けられればそれなりの態度で臨む。男というのはそういうものだし、古来より互いの意見がぶつかれば決闘で片を付けるのだ。俺のD-HEROデッキが火を噴くぜ。
冗談はさておき、部室を見回す。
特別な機材や用具があるようには見えず、至って普通の空き教室。ここに雪ノ下がいなければ誰もここが部室だとは思わない、そんな景色。
だとすると、特に道具などを必要としない部活か。となると文芸部あたりが…
ん?いや待てよ。
答えはもう平塚先生から出ていたではないか。
「奉仕部…だろ?」
「あなた知っていたの?」
雪ノ下が怪訝そうな顔でこちらを睨む。
「本当に何部かは知らなかった。だが、ここに来る前に平塚先生が奉仕活動をしてもらう、って言っていたのを思い出してだな」
そう、初めから平塚先生が答えを言っていたのだ。勿論、志貴さんのここは思春期症候群について請け負っているみたいな話もあったのだが、あくまでそれはプラスアルファとしての言い方だった。となるとやはり予想される部活は『奉仕部』となるだろう。
「はぁ、そういうことね」
「すまん、悪かった」
「悪かった?あなたは何に対して謝っているのかしら?正しく正解したのだから何も悪くないでしょう?」
「一応、答えを知っているような形でゲームに取り組んだような感じになっていただろう」
すると雪ノ下はバカを見るような目をして、口を開いた。
「答えを知っていたことの何が悪いのかしら。テストの知識問題で答えを知っていたのと何も変わらないでしょう。なら、それは謝ることではなく、誇るべきことだわ」
夕焼けを背にそう言葉を発する雪ノ下は神々しく、そして何より美しく見えた。
「いいことを言うじゃないか、雪乃ちゃん」
ガラガラと教室のドアを揺らして、志貴さんがひょこっと顔を覗き込む。
「入ってもいいかい?」
「もう、ほぼ入っているようなものじゃないですか…。どうぞ」
雪ノ下は額に手を添えながらそう返した。
× × ×
「さて、さっそくこの志貴さんが、奉仕部の新入部員加入を祝して一つ面白いお話を持ってきたよ」
そういう志貴さんは、窓側に座る雪ノ下と壁側に座る俺のちょうど間あたりに座っている。
「喜界島先輩、残念ながら祝すような新入部員ではありません」
おい、それどういうことだよ。
「それに、俺はまだ入ると決まったわけじゃ」
のんのん、と指を振る志貴さん。
「それは残念ながら確定事項だよ」
「そんな俺の意思を無視したことが許されるんですかね」
一瞬、志貴さんは含みのある笑いを浮かべる。
「意思に反してではなく、君の意思で入ることになるんだよ。それほどまでに君の思春期症候群への思いは強いだろう?」
それはどういうことだ。何故、志貴さんは俺がそんなに思春期症候群にこだわっていると思っているのだろうか。
「それはそれとして、お話だ。最近校内で女生徒が二人目撃されているらしい」
そういうと雪ノ下の出した紙コップの紅茶を口に含む。
「お、おいしいね。これ」
というか、今の何が問題なんだ?
「それはどういうことでしょうか」
「別に高校なんだ。女生徒が二人いるなんて何もおかしくないでしょう。現に今だって女生徒が二人いるわけだ」
雪ノ下がガタンと椅子を引いた。
「ごめんなさい。けれどあなたがその発言をすると身の危険を感じたの」
「おい」
「ケラケラ、どんまいだね。比企谷君。それで、問題なのはその女生徒が同一人物だってこと」
何時ものケラケラ笑いの後にすっとまじめな顔つきになる。
同一人物が二人?それはつまり、
「ドッペルゲンガー、でしょうか?」
同様の考えに至った雪ノ下が志貴さんに尋ねる。
「の可能性があるよね」
ドッペルゲンガー。
同じ人物が同時に別の場所で姿を確認されるという現象。そっくりの人間は何人かいるものだ、という説話として語られる以外に超常現象としてもまた有名なものの一つだ。
「ドッペルゲンガーなんてそんな大層なものが本当に総武高なんかで?」
「いや、ただの噂話程度さ。もともとのドッペルゲンガーだってそういう類だろう?勿論ある程度の信憑性は確認してから君たちに話してはいるけれどもね。さて、少し君たちのドッペルゲンガーに対する考えでもお聞かせ願おうか」
突然話を持ってきたと思ったら、この人急に上から目線になりやがった。
ニマニマとした志貴さんの顔付きから察するに暇つぶしに俺らと話をしようという算段だろう。
「そうですね、私の知っている範囲ですとドッペルゲンガーというものが世界的に認知されたのが18世紀末ごろ。その頃から文学や芸術分野にて取り扱われることが多くなっています。有名なものですとエドガー・アラン・ポーの『ウィリアム・ウィルソン』や芥川龍之介の『二つの手紙』などです。芥川龍之介のほうに関しては自身もドッペルゲンガーを見たというような話も残っていますね」
まるであらかじめ調べていたかのような正確な情報をつらつらと述べる雪ノ下。ユキペディアさんの異名を与えておこう。なんて本人に言ったら睨まれるだろうが。
「付け加えるならば、どの話でも共通認識でドッペルゲンガーにあったものは不幸が訪れる、という不幸の象徴であるという点ですかね。有名なところだと、ドッペルゲンガーと本人が出会ってしまうと死んでしまうというようなやつです。ドッペルゲンガーの条件なんかは色々と場合によって異なることが多いですが異なる地点で本人そっくりの人間が同時に確認されるという点は一緒ですね。似たようなやつだとバイロケーションってのもありますが、これはどちらかというと本人の意識があるという点で少し異なるかと」
腕を組み、足を組み椅子に踏ん反りがえった志貴さんが満足気に頷く横で、雪ノ下が少し驚いた顔をしてこちらを見つめる。
「なんだよ」
「いえ、あなた頭の悪そうな目をしているけれど意外と物知りなのね」
「目の悪さと頭の悪さは関係ないだろうが。それに雪ノ下だって十分知っていただろうが、嫌みか」
「いいえ、純粋に褒めているのよ。私が知っていた情報は文学的な面でしかドッペルゲンガーという現象を知らなかったもの。こういった専門的な知識は残念ながらあなたのほうが上のようね」
氷の女王の異名を持つ雪ノ下がこうも素直に褒めるとは思わなかったため、どんな表情をすればいいのか困惑する。
「…さいですか」
そんな変な空気をぶち壊すように志貴先輩の嬉しそうなケラケラ笑いが部室に響く。
「いやぁ、本当に君たちは面白いなぁ。最高だよ。でも、雪乃ちゃん、比企谷君は私のだからね、あげないよ」
「いや、いつあんたの物になったんだよ」
「お気遣い頂いたところ申し訳ありませんがそこの人に対してそのような感情は持ち合わせていないので。それと喜界島先輩、もう少し人を見たほうがいいのではないですか」
「心底理解できないといった顔だね、雪乃ちゃん。でも、比企谷君は本当に面白いんだよ。私の想像なんて及ばないくらいに」
ゴホン、と咳払い。ここで止めておかないと冗談でも恥かしさで死ねる。
「話を戻しますよ、志貴さん。もし、さっきのドッペルゲンガーの話が事実だったとして俺たちに何を求めているんですか」
仮にドッペルゲンガー現象が思春期症候群だったとして、それをどうにかできるような力は持ち合わせていないし、それはきっと雪ノ下も同様だろう。
「別に君たちにドッペルゲンガーを退治してほしいとかそういうことを言いに来たわけじゃないよ。本当に、ただ単に、君たちにちょっと興味深い話題提供をしただけさ。だから、これに対して君たちに何かしてほしいとかは別に望んでいないし、解決してほしいとも言わないよ。君たちに話をした。ただそれだけさ」
嘘だ。
あの喜界島志貴が何の意味もない話をするはずがない。
だが、その真意を聞こうにも当の本人がこう言っている手前どうにもできない。
「喜界島先輩、一体何を」
「やめとけ、雪ノ下。聞くだけ無駄だ。そういう人だからな」
「さすが比企谷君。私の事をよくわかってくれているね」
でも、と一瞬口を開いたが、雪ノ下はその口を閉じた。
その様子に満足したのか志貴さんは、紙コップに残った紅茶を一気に呷ると席を立った。
「それじゃあ、またね。雪乃ちゃん紅茶ごちそうさま」
× × ×
志貴さんのいなくなった部室に再びの静寂が訪れる。
まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさの中にしばらくの間一定のリズムを刻む秒針の音と、不定期に頁を捲る音のみが鳴り響く。
そんな心地の良い放課後に意識を飛ばされそうになったころ、そのリズムを崩すように踵を引きずりながら歩く足音。
段々とこちらに近づき、そして大体入り口のあたりで音が止む。
秒針が一周するほどの間をあけた後、ドアをノックするとほぼ同時にガラリと開かれた。
「し、失礼しまーす。あのー、平塚先生に言われてきたんだけれど…」
控え目に入ってきた動作とは裏腹に、ピンクがかった茶髪に緩んだリボン、短めのスカートという派手な女生徒。
平塚先生に、ということは奉仕部への依頼者だろうかと思いながら眺めていると、女生徒がこちらを一瞥するや否やこう叫んだ。
「な、なんでヒッキーがここにいるの!?」
お久しぶりでございます。
永らくお待たせ(?)致しました。
いよいよ由比ヶ浜も混じっての俺ガイル分が増えてくるかと思います!
相変わらず筆の進みは遅いですが、頑張って行きたいと思います。
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