インフィニット・ストラトス ~栄光のオリ主ロードを歩む~ 作:たかしくん
オープニングイベントも終わり、教室では慌しくメイド喫茶開店への準備が進められていた。
「なぁ、一夏」
「ん、何だ?」
「ああっ、動かないでください。折角のメイクが崩れてしまいますわ」
「……ああ、悪い」
「出来れば喋らないでください」
「……」
セシリアさんにそう言われたので黙る。開店の準備はほぼ終わっている、唯一終わっていないのは俺の準備だけだ。
現在俺は半裸で椅子に座り、その目の前にはセシリアさんが俺の顔にファンデーションやらアイシャドーやら口紅やらその他諸々を塗りたくっている。
「兄、そろそろ剥がすぞ」
「……」
セシリアさんに喋るのを禁止されているためアイコンタクトでラウラに返事をする、ラウラも俺の言いたいことを解ってくれているようで俺の脚に張られた紙に手をかけた。
「いくぞ……」
「っ!!!!」
「だから動かないでください!」
びりっ、という音と共にラウラが豪快に俺の足に張られた紙を剥がす。そして俺は声にならない声を上げ身悶えし、またセシリアさんに怒られる。
「おお、いっぱい取れた」
「うわ、こう見ると気持ち悪いな」
ラウラが手にしている紙には毛がびっしりとついておりそれを一夏が眺めている、そしてその毛は俺のすね毛である。
つまり俺はブラジリアンワックスによる脱毛をラウラから受けていたのである。
「衣装の手直し、終わったぞ」
今度は篠ノ之さんがメイド服を持ってくる。
「メイクも終了しましたわ。我ながら中々いい出来ですわね、言われなければ男性とは解らないんじゃないでしょうか?」
セシリアさんが手鏡を俺の方に向ける、そこには俺の知らない顔があった。
「ウイッグの準備、終わったよ~」
今度はやたらローテンションなシャルロットが声を掛けてくる、シャルロットからカツラを受け取りをそれを被り再度鏡を見る。
完全に女の顔が目の前にあった。
今度は用意されたメイド服を身に纏う、着替えが完了すると周囲から「おおー」と声が漏れる。
「ふむ、中々……」
「肩幅は如何ともし難いですが、やたら筋肉質な足はロングスカートでばっちり隠していますし。多分大丈夫ですわね」
「ロングスカート穿くんなら脱毛する必要はなかっただろうに」
「見えない所にこそ気を遣うのが江戸っ子の心意気だと聞きましたが?」
「俺もお前も江戸っ子じゃないだろ!」
笑顔で話しかけるセシリアさんに反論する。
そう、今俺は女装をしている。いや、させられている。
「おっ、お姉様っ!」
誰かがそう言った。
「お姉様はやめい!」
何故俺が女装させられているか。その経緯は約30分前、オープニングイベント終了直後のこの教室まで時間を遡る必要がある。
「なぁ、バトルロイヤルが終わってからシャルロットの様子がおかしいんだが何かあったのか?」
「兄よ、女には色々あるのだ。そっとしておいてやれ」
「……そうか、ラウラがそう言うんならそうしておこうか。それにしてもラウラ、その衣装似合ってるぞ」
「そっ、そうか?」
「ああ、めっちゃ可愛い。流石俺の妹だ」
「ふふっ。そうか、可愛いか」
俺の言葉にラウラが微笑む、久々のニコポに俺の心もメロメロだ。
「それにしても俺の衣装はどうなってるんだ? まだ届いてないんだが」
そう言って燕尾服を身に纏いクラスの女子からキャーキャー言われている一夏の方に目をやる、俺もあんな服を着させられるのだろうか。そして、そんな疑問にセシリアさんが答える。
「紀春さんの衣装はこれですわ!」
ドヤ顔で言うセシリアさんの手にはメイド服。ああ、大体解った。
「……なんで?」
「お前、喫茶店の準備に全く参加してなかっただろう。ということでこういうことになった」
今度は篠ノ之さんが答える。確かにバトルロイヤルに向けての特訓やら鈴の買収やらで俺は学園祭の準備に一切関与していない、しかしこれはあんまりではなかろうか?
「マジで?」
「マジだ。しかし安心しろ、化粧やら着替えの手伝いやらは私達が手伝ってやる」
「何が安心なんだよ、太郎と花沢さんが来るんだぞ」
「あっ……」
あの二人に俺の女装姿を見られたとなれば正直自殺物である、そして俺の親友はIS学園で変わり果てた俺の姿を見て何を思うのだろうか。
「お前花沢さんが来る事忘れてたろ、そういう事なら一切フォローしてやんねえからな」
「どっ、どうしよう……」
「そんなの俺の知ったことか」
花沢さん襲来の話を聞いた篠ノ之さんが急に焦りだす。しかし時既に遅し、俺もそれ所ではないのだ。
「ご友人がいらっしゃると、しかし安心してください。わたくしのメイクで紀春さんを別人にして差し上げますわ!」
どうやら俺が女装する流れは止められないらしい、ならばセシリアさんのメイク術に全てを賭けるしかないようだ。
「……解った、まぁ俺としても準備に一切参加できなかった負い目も有るし女装は受け入れよう。但し、 完全に別人にしてくれよ」
「お任せください、わたくしセシリア・オルコットが全力を尽くして紀春さんを華麗に変身させてみせますわ!」
メイク道具を準備しているセシリアさんが自信満々に言う、そうして俺の華麗なる変身への幕が開けた。
「……」
「……」
「ひ、久しぶり……だな……」
メイド喫茶も無事開店し、早速お客さんが入ってきた。しかしよりにもよってそのお客さん第一号は太郎と花沢さんである、ジト目で篠ノ之さんを見つめる二人に篠ノ之さんは引き攣った笑顔で応対していた。
「ねぇ、紀春。あの二人って箒の知り合いか何か?」
「まぁそんな所だ。あと今の俺を紀春と呼ぶんじゃない、俺の……いや、今のアタイの名前は紀子ちゃんよ」
「そうなんだ……」
給仕に追われている合間にシャルロットが俺に話しかけてくる。そして俺の女装もいい感じなようで今のところあの二人に感づかれている様子はない、メイクを施してくれたセシリアさんには本当に感謝だ。
「まさか東雲さんが篠ノ之さんだったとはね」
「いや……本当にすまない、私にも色々あってだな……」
「ヤクザの娘じゃなかったとは……」
「ああ、その話は藤木にも言われたよ」
花沢さん達は懐かしのヤクザトークで盛り上がってるようだ、なんだかんだであのグループの行方は気になるので聞き耳を立てていると今度は一夏が俺に話しかけてきた。
「なぁ紀春、向こうの席で箒がヤクザとかどうとかで盛り上がってるけどどういう事なんだ? あと東雲さんって誰なんだ?」
「……聞くな、俺や篠ノ之さんにだって秘密にしたい過去の一つや二つはあるんだ。あと今のアタイの名前は紀子ちゃんよ、間違えないで頂戴」
「そうか……すまない」
そんな会話をしていると花沢さんと目が合ってしまう、話までは聞かれてはいないはずだか目が合った後は妙に視線を注がれてしまう。もしかしてばれてしまったのだろうか。
「ねぇねぇ東雲さん、もしかしてあれが織斑一夏?」
「まぁ、そうだが」
「やっぱりイケメンね、それに実物の方が何倍も格好いいわ。ちょっと呼んできてもらえない? あっ、ついでにその隣に居るデカイ子も。なんだが見覚えがある気がするのよねー」
どうやらターゲットにされてしまったらしい、ここで花沢さんの誘いを拒否るとますます怪しまれてしまう、ということで俺は一夏を伴って渋々花沢さんの所へと馳せ参じたのだった。
「こ、こんにちわー」
「うーん、やっぱりどこかで見たことあるような……」
訝るような目つきで俺を見る花沢さん、しかしここで俺の正体がばれれば俺は地元で良からぬ噂を立てられてしまう、それだけは避けたい所だ。
「そっ、そうですか? 初対面だと思いますけど……」
「うーん、やっぱりそうなのかな……まぁいいわ、それよりも織斑君よね。ねぇねぇ織斑君、記念撮影お願いしてもいいかしら?」
「あっ、はい。いいですよ」
そんなやり取りの後、太郎が一夏と花沢さんのツーショットを撮影する。その間篠ノ之さんは不機嫌そうな顔をしていたがまぁそれはよくあるのでどうでもいい事だ。
撮影終了後、今度は一夏が太郎に話しかける。
「あの、君が田口太郎君だよね」
「うん、そうだけど」
「紀春からよく話には聞いてるよ、一番の親友だって」
「そう言えばかみやんはどこに居るんですか?」
「かみやん?」
「藤木のあだ名だ」
一夏の疑問にすかさず篠ノ之さんが答えた、今の俺はそんな事口が裂けても言えないから助かる。
「ああ、そういうことか……ええと……」
泳ぐ一夏の視線は俺を捉える、どうやら一夏は助け舟を求めているようだがそんな事は自分でなんとかしてもらいたい。
しかし、俺の正体がばれる可能性は少しでも潰しておきたい。仕方が無いので俺が一夏の代わりに答える事にした。
「ああ、藤木君なら色々忙しいから今は居ないわよ。オープニングイベントの片付けでもしてるんじゃないかしら?」
「そうですか、久しぶりだから会っておきたかったのに……」
俺の限界ギリギリの裏声に太郎は残念そうに言葉を返す。すまない太郎、しかし親友であるお前にこの学園に汚された自分の姿を晒す勇気がないのだ。まぁ、実際晒してはいるんだが。
「そうだ、ところでお姉さんのお名前って何ていうんですか?」
「はい?」
今の俺の名前は紀子ちゃんだ、しかし苗字までは考えていないのでどうしたものかと考えてしまう。
しかし自分の名前を告げるのにタイムラグを発生させてしまうと怪しまれてしまう、そんな俺の口から一つのワードがこぼれだした。
「藤……」
「藤?」
なんで藤なんだ!? 藤木紀春だとでも言うつもりか俺! しかしもう藤の部分の取り消しは難しい、ならば……藤……藤…………
「ええと、アタイの名前は藤村紀子ちゃんで~す!」
「へぇ、藤村さんって言うんですか。藤村紀子……ん? どこかで聞いたような……」
「結構ありきたりな名前だから仕方ないわね」
なんだか考え込む太郎に軽くごまかしをかけておく、咄嗟に藤村と名乗ってしまったが俺はヒゲでもないしデブでもない、むしろ今の俺がヒゲを生やしていたら一大事である。
「あの、藤村さん。藤村さんって彼氏居るんですか」
「はぁ!?」
太郎のその言葉に教室がざわめき立つ、そして俺を見る太郎の視線に心なしか熱いものを感じるのは気のせいだろうか?
そしてそんな状況を腐女子達が見逃すはずもなかった。
「キマシタワー!!!」
「長年の友情が愛情に変わる瞬間がついに来たのね。頑張れ紀春、ここは男らしくその愛を受け止めて差し上げるのよ!」
「やったーーー! 男だらけの三角関係だーーーー!」
「わっ、私は紀春×一夏しか認めないからね!」
そんな事が教室のあちこちで囁かれている、しかし彼女らの声のボリュームは絶妙で俺には届いているようだが太郎や花沢さんには聞こえてはいないようだった。
一大事である、俺は一体どう返答すればいいのだろうか。
下手な回答をして俺の正体が露見したり太郎を傷つけるようなことはしたくない、ならば既に彼氏がいるという回答が無難か? だが彼氏って一体誰だよ。ここは女子高だぞ、男なんて……あっ、隣に居た。
いや、落ち着け俺。そんなことすれば腐女子共が大喜びするだけだ、彼女らに餌を投下するのは極力避けねばならぬ。しかし背に腹は代えられない、他に良さそうな案が浮かばないしこれで手を打つしかないのだろうか。
……覚悟完了。頑張れ、俺。
「うん、居るわよ。この人がアタイの彼氏なのー」
そう言い、満面の笑みで一夏の腕を抱きしめる。一夏と篠ノ之さんの顔は驚愕に歪み、太郎の目は落胆に染まったように見える。そして教室は更なる歓声に包まれた。
「なっ、なにぃ!?」
「ついに……ついに私達の努力が身を結んだのね」
「ひゃっほおおおおおお! 今晩は赤飯でお祝いだああああ!」
「赤飯? 赤い米か、ならば私に任せろ!」
「の、のりはるが……」
「きっ、貴様ああああああ! 殺す!」
「一夏と紀春の恋路は私達が守る! 取り押さえろおおおお!」
「おおおおおおおおっ!」
怒りの表情で刀を抜く篠ノ之さんが即座に取り押さえられる、そんな状況を背に俺と一夏は二人きりの会議を開いていた。
ちなみにこの期に及んで彼女らの声のボリュームは絶妙で太郎と花沢さんには聞こえていないようだった。
「紀春、お前どういうつもりだよ!」
「どうもこうもあるか! 俺の親友の心に一生物の傷を負わせるつもりか!?」
「でもこれはないだろ!」
「いい案が思いつかなかったんだよ!」
「お前自身の彼女ってことにすればよかっただろ!」
「あっ……」
そうだ、IS学園には一夏以外にもう一人男が居た。確かに俺自身が彼氏役なら誰も傷つくことなく事態を収める事ができたかもしれない、何て事をしてしまったんだ俺。
「す、すまん。後でう○い棒奢ってやるから許してくれ」
「たった10円かよ!」
「うま○棒……」
「一体どんな棒なんですかねぇ?」
俺達の秘密会議に聞き耳を立てている腐女子が妙な事を囁いてくる、やはり俺はホモの魔の手から逃れないのだろうか。
まあいい、今は一夏に渡す謝罪の品の選定より事態の収拾の方が先だ、俺は混乱の原因である太郎に向き直る。
「それで田口君こそ彼女は居るんですか?」
「ええ、居ますよ」
え? 太郎って彼女居るの?
「はい? だったらなんでアタイに彼氏が居るかなんて……」
「ただの社交辞令ですけど」
「……まじでぇ?」
世の理不尽、ここに極まれり。俺は太郎の心を傷つけないという一心で嫌々ながらも一夏とのホモ展開を受け入れ教室を混乱の渦中に陥れた、しかしそんな太郎は彼女持ちでさっきの話はただの社交辞令だと言う。
これは余りにも酷くないだろうか。女だらけのIS学園で彼女も出来ず一夏とのホモ展開を期待されている俺に対し、男女共学の織朱大学付属高校で彼女を手にしている太郎。
ああ、なんだかイライラしてきた。
「ふ、ふふふっ……」
「どうしたんですか、藤村さん」
「ふざけんなこの野郎おおおおおお!」
俺は怒りのままに太郎の襟首を掴み持ち上げる、それを支える俺の両腕は急速にバンプアップしメイド服の上半身がはち切れる。
「ふっ、藤村さん。苦しいって!」
「黙れこのクソ坊主! 俺がIS学園で一向にもてないのになんでテメェが彼女なんて作ってんだよ! それにお前が女装した俺に惚れてるかと思ってお前を傷つけないために一夏とのホモ展開までやってやったのにただの社交辞令だと!? 冗談も大概にしろやコラああああああ!」
「え? 女装!?」
「ああ、女装だよ! 俺だって本当はこんな服着たくねぇんだよ!」
太郎を放り投げると、奴は華麗に椅子に着地する。俺はカツラを放り投げ、詰め物が入っているブラジャーをむしり取った。
「俺は藤村紀子じゃねぇ! 藤木紀春だ!」
「ああ、だからどこかで見覚えあったのか」
俺の怒りを他所に花沢さんが冷静に納得する、しかしもう俺にとって女装がばれたとかそんなことはどうでもよかった。
「か、かみやんだったんだ……」
「ああ、そうだよ! お前の親友のかみやんだよ!」
俺の怒声に教室は一気に静まりかえる、そして皆は驚きの表情を浮かべている。しかしその中で花沢さんだけがにやにやとした表情を浮かべていた。
「じゃあかみやん、あんたにもう一つ面白い事を教えてあげましょう」
「面白い事だと?」
「ええ、太郎の彼女って一人だけじゃないのよ」
「はぁ?」
「その……非常に言いにくいんだけど僕って来るものは拒まずなスタイルだから……」
「今の太郎がどういう状況か知ってる? 一年から野球部のレギュラーの座を射止めおまけに甲子園優勝してるのよ、そりゃもてないはずないでしょ」
「いや、しかしそれでも限度があるだろ……」
「残念ながらそうでもないのよね、ちなみに今の太郎の彼女は五人。彼女同士も結構円満らしいわよ」
「……マジで?」
「嘘つくならもっと現実味のある嘘つくわよ」
完敗だった、自分と太郎の差を痛いほどに思い知らされ俺の心は完全に折れていた。
「た、太郎……」
「ごめんね、かみやん。自分で言うのもなんなんだけど僕って滅茶苦茶もてるんだ」
初めて太郎に会ったのが約六年前、その時俺達は野球で勝負をし俺は太郎に圧倒的な差をつけて勝利した。
今考えるとその時から俺は無意識に太郎を見下していたのではないのだろうか、しかし今ではその差は逆転しいつの間にか太郎は俺を見下ろす側になっていたのだ。
もう俺の心の中は惨めな気持ちでいっぱいだ。ああ、もう消えてしまいたい。
「うっ……」
「その……ごめんね?」
「うわああああああああああああっ!」
勝者からの哀れみほど惨めなものはない、俺はついに耐え切れなくなって泣きながら教室を飛び出していった。
なにこのクズ、こんなのに惚れれてるシャルロットさんも頭おかしい。