インフィニット・ストラトス ~栄光のオリ主ロードを歩む~ 作:たかしくん
「ふぅ、ここか……」
群馬県立敷島公園、そこには各種スポーツ施設が充実しており高校生や社会人などアマチュアの
試合だけではなくプロも施設を利用する程の規模となっている。
今日は10月12日体育の日で、公園内にはいくらか人の姿も見える。今俺は織朱の一次移行に難航していて本来は休んでいる場合じゃない。しかし、成美さんが気分転換も必要だろうと半ば強制的に休みを取らされた。
織朱は今までにない不思議な機体だ。本来一次移行というのはISを動かして数十分で行えるものだ、しかしいくら動かしてみてもその気配すら無い。それに一次移行が済んでいないとはいえあんなに重くはない、しかも俺が重さを感じるというのに成美さんや不動さんが搭乗した時には全く重さを感じなかったという。一体あの機体に何があるって言うんだ。
いや、駄目だ。今は休養を取れと言われているんだ、織朱の事は忘れて遊ぼう。
と言ったところで、ここは俺の土地勘の全く無い群馬県。遊べる場所なんて一切知らないのである。
しかしこの場所でとある催しがあることを成美さんが教えてくれていた、なんと高校野球の強豪校がここで練習試合をするのだとか。IS学園に来てから野球は専ら中継を見るばかりで試合の生観戦なんて何ヶ月ぶりだろう。というわけで俺はウキウキしながら野球場へと入っていった。
「お、織朱……」
さっき織朱の事は忘れて楽しもうと決意したが、そんな決意に何の意味もなかった。何故なら練習試合を行う強豪校はよりにもよって織朱大学付属高校、今年の甲子園優勝を果たした強豪中の強豪だ。それと戦うのは地元の強豪校、何度か甲子園出場を果たしている高校で織朱大付の相手として不足はないだろう。そして次郎さんは既に引退しているはずなのでここには居ないはずだ、となれば我らが織朱大付は勝てるのだろうか。いや、それでもかなり有利なはず。次郎さんを欠いたとしても充分強いメンバーが残っているはずだ。
「おっ、あいつもしかして藤木か? そうですよね、三浦先輩」
「そうだよ」
三塁側の内野席に座っていると、グラウンドから聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。有名人である俺がこんな所で野球観戦なんてしているのがばれたら混乱は必至だ、というわけで俺は俺を見つけた二人の下へ駆け寄る。
「やっぱりそうだったよ~、藤木! 元気にしてたか!?」
「田所先輩っ! 声が大きいですって!」
俺を見つけた二人のうち一人、田所先輩に話しかける。この田所先輩は中学校時代からの俺の先輩で、俺が次郎さんの次に尊敬している人物でもある。彼は水泳部、空手部を渡り歩きその全てで優秀な成績を収めてきており、そしてこの野球部でも活躍している逸材だ。
それにいつも俺達後輩に配慮してくれる優しさを持ち合わせている人間の鑑だ。その反面、一部で人間のクズという謂れのない噂を立てられていたりする。しかしそれは田所先輩に嫉妬している奴らが勝手に言っている事に違いない、俺も有名人になってから謂れのない批判に晒されたりするのは日常茶飯事なので田所先輩の気持ちはよく解っているつもりだ。
「お前さぁ、何でこんな所に居るの?」
「いや、仕事で来てるんですけど」
「へぇ~、こんな所まで来て仕事か~」
「こんな所に来てるのはお互い様じゃないですか」
織朱大学付属高校は都内にありここまで来るのにかなりの時間を費やしているはずだ、練習試合ならもっと近いところでやればいいのにと思わざるを得ない。
「でも何でここに大先輩まで居るんですか? 大先輩ってもう引退してるんじゃないんですか?」
何故俺が三浦先輩の事を大先輩と呼んでいるかには訳がある、この野球部には三浦が二人も居るのだ。しかも両方とも先輩、幸い学年は違うので二年の三浦先輩はそのまま呼び、三年の三浦先輩を大先輩と呼ぶようにしているのだ。
「ああ、それな。三浦先輩は引退した後も、卒業までマネージャーとして部に残ってくれてるんだ。そうですよね?」
「そうだよ」
だそうだ。引退してからも部を支えたいだなんて流石大先輩である、彼も後輩思いのいい奴なのだ。
そんな時、一人の野球部員が俺達の下へ駆け寄ってきた。
「せ、先輩大変です」
「おうどうした木村、何かあったのか?」
「おっ、木村じゃん! 元気か?」
その駆け寄ってきた部員の名は木村、彼も元々は空手部の部員で田所先輩達と共に野球部にやって来た逸材である。ちなみに俺とは同い年だ。
「あっ、藤木……久しぶり……」
「それより何があったんだよ、木村」
「あっ、はい。どうやらさっき食べた弁当のでいで食中毒が発生したらしくて、ほとんどの部員が下痢になってるらしいです」
「マジか~、そんなんで試合できるのかよ」
「そうだよ」
「それは、解らないです……」
なんという事だ、それでは試合を見に来た意味がなくなってしまうではないか。仮に試合が中止となれば俺はこの土地勘のない群馬でどう過ごせばいいのだろう。
「木村、食中毒になってないメンバーはどれだけ残ってるんだ?」
「ええと、俺と田口と秀と豪と久保先輩と遠野だけですね。お二人は大丈夫なんですか?」
ちなみに生き残っている部員の説明をすると、秀は朴秀という名前の在日朝鮮人、豪は神豪という名前のギャル男、久保先輩はいつもオサレなサングラスをしている先輩で、遠野は以前は田所先輩と共に水泳部で活躍していた逸材だ。
「おう、俺達は鍛えてるから多少はね?」
「しかしまずいっすね、大先輩合わせても八人しか居ませんよ」
「しかも今のエースの三浦が抜けたのが痛いなぁ、三浦先輩もそう思いますよね?」
「そうだよ」
しかし奇跡的に全員のポジションが被っていないのが救いか、太郎が捕手で、他は確か……大先輩がファースト、田所先輩がセカンドで木村がサード、ショートが遠野でレフト、センター、ライトが久保先輩、豪、朴だったはずだ。
「肝心のピッチャーは居ないのか、こりゃ痛いな~」
「そうだよ」
「ですね、しかしピッチャーが居ないのが本当に痛すぎますね。田所先輩ってピッチャー出来ましたっけ」
「そりゃ、無理だよ~」
「だとすると代わりのピッチャーが居ないと試合出来ませんね」
俺の目の前で悩む三人、ふと田所先輩が何かを思い出したように手を叩く。そして俺に対して野獣のような鋭い眼光を放ってきた。
「ピッチャー、居たゾ」
「えっ、誰なんですか?」
「こいつ」
田所先輩が指を差す、そしてその指先の方向には俺が居た。
「ちょ、それはマズイですって! 第一俺部外者だし!」
「気にすんなって~、許可なら俺達が取ってやるから」
「そうだよ」
「いやいやいやいや、無理だってそんなの」
「木村~、相手の監督のところ行って藤木を参加させる許可取って来い、相手も試合が出来ないよりマシだろうから多分OK貰えるはずだから」
「解りました、行ってきます」
木村が一塁側のベンチに向かって駆け出す、そして相手側の監督らしき人と二、三話をした後俺達の下へと戻ってきた。
「許可取れました!」
「おっ、いいゾ~。藤木、早く準備しろ~」
「は、はぁ……」
どうやら休養のつもりが野球の試合になってしまった。まぁいい、別に体は疲れているわけでもないし久々の野球だ。となれば全力で戦うだけだ。
「ひ、久しぶり……だな」
「う、うん……」
ピッチャーとして野球をするのならキャッチャーとのコミュニケーションは欠かせない、しかしそのキャッチャーは以前IS学園で喧嘩別れした太郎。その後は一切連絡を取っていないため気まずいにも程がある。
とはいえ、あの喧嘩は全面的に俺が悪かった。そういうわけで早速だが謝ってしまおう。
「その、以前はスマンカッタ!」
「えっ?」
「俺はお前に嫉妬してたんだ。いつの間にかお前が俺の二歩、三歩先を行ってるお前が羨ましかったんだよ」
中学時代の太郎と一度別れもう一度再会した時、太郎は彼女五人持ちのめちゃモテ委員長へと変貌していた。ちょっと甲子園で優勝した位で太郎に彼女が五人も出来た事実は、IS学園で生活していた俺には理不尽にしか感じなかったのだ。
「別にいいよ、そんな事」
「い、いいって……」
「だって僕達友達だろう?」
「た、太郎……」
なんという懐の深さだ、これなら彼女が五人も居るのも納得な気がする。……いや、やっぱり出来ない。けどそれは俺の心の奥に仕舞っておこう。
「そんな事よりさ、鈍ってない? 久しぶりの野球なんでしょ?」
「試してみるか?」
俺はそう言うと、太郎の下から離れる。太郎も俺の意図を察知したのか、しゃがんでミットを構えた。
俺はそこへ向かって全力でストレートを投げ込む、そしてその球を受け止めたミットが激しい音を鳴らした。
「どうだ?」
「まぁまぁだね、兄さん程じゃないけどいい球だよ」
「それは比較対象がおかしすぎんだろうよ」
織朱大付を甲子園を圧倒的力で優勝させた次郎さん、その力量は次のドラフトで12球団競合確実とまで言われてるとか。俺が野球チートを持っているといったところで未だにあの人に勝てる気はしなかった。
「藤木ー、準備できたかー?」
「あっはい、もう大丈夫です」
「だったら試合始めるぞー、早くしろよぉ」
遠くから田所先輩の声が聞こえる。さぁ、試合開始だ。懐かしい仲間と共に思う存分野球を楽しもう。
「うぉおおおおおおおおっ!」
俺は太郎のサインに従い全力で球を投げ込む、それは真っ直ぐにミットへと突き刺さりバッターは呆然としている。
「アアアアアアアアアアアアアアィ!!!」
そして審判がアウトの宣告をする。しかし高校野球の審判って凄いんだなと思う、少なくとも中学時代にはあんな気合の入った宣告は聞いたことがない。
「よっしゃ、これで八回終了だな」
「うん、いい感じだね」
小走りをしながらベンチに戻っている途中、太郎とそんな話をする。今の所、俺は八回終了までパーフェクトピッチングで迎えている。次を押さえれば完全試合達成だ。
「でも、これが公式戦だったら記録に残るのに。残念だね」
「公式戦だったらそもそも俺出れないだろ、だからこれでいいのさ」
「でもさ、あそこ見てよ」
「あそこ?」
太郎の視線の先に目をやると、一人の男が俺達に向かってカメラを構えているのが見える。
「……あれ、誰だ?」
「高校野球雑誌の記者さんだよ、あの人も驚いてるだろうね」
「ああ、そうか。俺が試合に出てるなんてありえないもんな」
「そういう事、これは今から雑誌の発売が楽しみだね」
「ほう、雑誌が発売されれば俺の人気は更に有頂天になるわけか」
「かみやん、いつもそんな事ばかり考えてるの?」
「当たり前だ、こちとら自分の人気で飯食ってんだから」
「人気稼業も辛いんだね」
「お前が仮にプロになるんならそうなる、覚悟しておいたほうがいいぞ」
そんな会話をしながら俺達はベンチへと引っ込む、ベンチからは俺達と入れ違いになるように田所先輩がバット片手に出てくる。彼こそ我が織朱大付の四番バッターだ。
「田所先輩、格好いい所みせてくださいよ」
「そうだよ」
俺の言葉にすかさず大先輩が便乗する、それに対して田所先輩はこう答える。
「おう、どでかいのぶち込んでやるから見とけよ見とけよ~」
バッターボックスに入る田所先輩は涅槃に達したかのような清らかな顔を浮かべる。ああ、あの表情の田所先輩なら絶対やれる気がする。そして涅槃顔からカッと目を見開き、野獣の眼光で相手投手を見つめる。そんな先輩を俺はベンチの中で見守っていた。
そんな田所先輩にびびったのか、相手投手は萎縮しあろうことかど真ん中のストレートを投げてくる。そしてそんな球を見逃す程田所先輩は優しくはなかった。
「ヌッ!」
そんな声と共に振り抜かれたバットは、相手の球を芯で捉えそのまま打球はセンター方向に飛翔する。打球はそのままフェンスを越え、ホームランとなった。
「流石っすね、田所先輩は」
「そうだよ」
田所先輩の勇姿に大先輩も大満足だ、そんな感じで俺達の試合は続いていった。
「ぬああああああん疲れたもおおおおおおおん。キツかったすねー今日は」
遠くで田所先輩がそんな事を口にする、そして三浦先輩は木村となにやら雑談を始めた。ちなみに試合は俺達の快勝、俺も完全試合を果たし満足な結果となった。そして、俺と太郎はベンチの中で二人きりになっていた。
「なんだろう、ホモくさい」
「ホモ?」
「いや、すまん。IS学園に感化されすぎだな」
「よく解んないけど大変なんだね」
「まぁな、女の園での生活もあれはあれで辛いんだよ」
「世の男の人が聞いたら激怒しそうな台詞だ……」
田口太郎、田口次郎という偉大な兄を持ちながら一切腐ることなく一年から野球部レギュラーを務める強者。思い起こせばその境遇はなんとなく簪ちゃんに通ずるところがある。
だとしたら、太郎に聞かねばなるまい。以前した簪ちゃんとの話の答えをみつけるために。
「なぁ、太郎」
「ん?」
「お前は何でこんなに頑張れたんだ?」
「何でって?」
「こう言うと嫌味っぽいけど怒らないで聞いて欲しい。お前の周りには常にお前より強い選手が居た、具体例を挙げると次郎さんや俺という事になるが……。そんな中お前はいつも腐らずに努力をしてきた、何でそんなに頑張れたんだ? お前だって常に俺や次郎さんと比較されて辛かっただろうに」
自分で言ってて本当に嫌味にしか聞こえない。でも俺は知っている、仏のような心を持つ太郎はこの位で怒りはしない。
「うーん、別に辛くなかったけどね」
「は?」
「だって野球好きだもん、全然辛くなかったよ。それに兄さんやかみやんと僕の差なんて大したものじゃないよ、人より少し努力すれば埋められる差だ」
「俺はともかく次郎さんとの差なんて埋めようがないだろ、あの人がヒット打たれたところなんて一度も見たことがない」
甲子園三年連続優勝をし、その全ての試合でパーフェクトピッチングをしてきた次郎さんは既に野球界始まって以来の逸材と呼ばれる男だ。そして今後もその名を球界に轟かせ続けるのは誰もが予想している。
「ヒット? 僕兄さんからヒットどころかホームラン打った事あるんだけど」
「はい?」
あり得ない、そればかりはとても信じられる話じゃない。俺が次郎さんと出会って何年も経っているが、俺は最初に出会った時以外次郎さんが投げる球をバットに当てることすら出来なかった。
野球チートの俺ですらこうなのだから太郎が次郎さんから打てるなんて嘘にしか聞こえない。
「あれは……もう一ヶ月前の事か、なんだか無性に兄さんと勝負したくてお願いしてみたんだ」
「そんなの信じられるかよ」
「だったら試してみる? 悪いけど今のかみやんだったら余裕で打てるよ」
「いいだろう、望む所だ」
俺達はベンチから立ち上がりグラウンドを目指して歩き出した。
「おい、秀! お前キャッチャーやれ!」
ぼーっと立っている秀の襟首を掴み引き摺っていく、こいつは気が弱く頼みごとをするには絶好の相手だ。
「やだ! やだ! ねぇ小生やだ!」
「うるせぇ! やれっつてんだよ!」
「ライダー助けて!」
そんな事言われても誰も助けてはくれない、秀はそんな奴なのだ。
「ごめんね、秀。僕達のために犠牲になってよ」
「ああ逃れられない!」
仏の太郎ですらこの言い草、秀に味方は居なかった。そして俺は秀を強引にキャッチャースボックスに座らせ、ミットを渡す。
「逃げたら球当ててやるからな?」
「わかったわかったわかったよ、もう!」
半ギレの秀が渋々納得する。俺は秀とサインの確認をし、マウンドに登る。
試合でマウンドは踏み荒らされているしキャッチャーは素人だ、でもそんなの関係ない。今は太郎との勝負に集中しよう。
全力だ、俺の全力をもって太郎を仕留める。今の俺にはそんな事しか考えられなかった。
見据える先、右バッターボックスにはバットを構える太郎。俺の意気込みとは裏腹にリラックスしているようにも見える。
最初に選ぶ球種はストレート、だがインハイのブラッシュバック・ピッチ。この球で奴の心を掻き乱す。
卑怯と言いたいのならば言えばいい、しかしこれが俺の戦い方だ。
「…………っ!」
「ああイッタイ、イッタイ、痛いいいぃぃぃぃぃ!ねぇ痛いちょっともう・・・痛いなもう・・・」
渾身のストレートはばっちりインハイに決まり、太郎は頭を仰け反らせる。しかし、その表情からは余裕は依然消えていなかった。
「中々危ない球を投げるじゃないか、IS学園に行ってから随分性格が悪くなったようだね」
「そりゃどうも、こちとら汚い手を使うのは大好きなんでね」
太郎の言うとおりIS学園に行ってから俺の性格は昔より悪くなった。しかし致し方あるまい、あそこを生き抜くためなのだ。それに、一夏みたいに純粋真っ直ぐな心で居られるほど俺は鈍感ではないのだ。
「次、行くぞ」
「危険球投げるのはいいけど、四球で僕の勝ちなんてつまらない事はしないでくれよ?」
「よく言うっ!」
その言葉と共に投げるのはスライダー、しかもボールコースからストライクゾーンに入る今流行のフロントドアだ。
「痛いよもおォォォォォう!」
「…………」
制球もバッチリ決まり、ストライクを取る。しかし太郎の表情は相変わらずだった。
「どうだ? 俺の本気は」
「ストライク一つ取った位でいい気にならないでね? まだまだ勝負はこれからだよ」
太郎の言葉が普段より荒い気がする、俺に挑発でもしているのだろうか。いや、そんな事考えるな。太郎の言うとおり勝負はこれからだ。
まだまだ俺には投げる球がある、第三球を投げるため俺は再度構えた。
「……っ!」
「ちっ!」
「痛いんだよォォォ!」
クイックモーションからの速球は太郎のタイミングを完全に外し、空振りを取る。これでツーストライクだ。
「へぇ、昔はそんな事しなかったのに。一応練習はしてるんだね」
「ああ、一応な」
「痛いんだよもう! ねぇもう嫌だもう! ねぇ痛いぃぃぃもう! 痛いよ!」
「次で終わらせてやるから黙ってろ!」
いちいちうるさい秀を黙らせ、この戦い最後の投球モーションに入る。次に投げるのは俺の決め球でラウラも仕留めたスプリット、この球で太郎も仕留めてやる。
「どっせい!」
「見切った!」
「イッ!?」
その瞬間、甲高い打球音がグラウンドに響く。外角低めに入った俺の決め球スプリットは太郎のスイングに捕らえられ、綺麗なアーチを描く。そしてそれはそのままフェンスを越え、ホームランとなった。
「えっ……」
「これが僕の今の実力、解ってくれたかな?」
俺の球は失投したわけでもなく完璧に狙い通りだった。しかしそれを打ち返した太郎、完敗だった。
「だから言ったでしょ、僕とかみやんの差なんてほとんどないって。試合中も思ってたんだけど、そもそも実戦への勘が鈍りすぎだよ。今回はたまたま勝てたけど明らかに配球ミスがあったよ、僕はちゃんとサインを出してたのに」
これが今の俺と太郎の差なのか、女だけではなく野球まで負けているとは……
「でも、あのスピードのスプリットを打ち返すなんて普通じゃ出来ないはずだ」
「もう僕は普通じゃないんだよ、もう数え切れない位兄さんの球を受けてきたんだ。スピード勝負で僕からアウトを取ろうなんて思うのが間違いなんだよ」
負けた……完全に負けた、太郎に全て負けた……
「でもね、このくらい努力すれば誰にだって出来るんだ。毎日のように兄さんの球を受けて、毎日のように兄さんに挑んで負け続けて、それでも諦めないで向かっていけば誰だってこの位にはなる」
「毎日って……」
「うん、解ってる。兄さんの球を毎日受ける事が出来るのは弟である僕の特権だ、確かに僕は恵まれてるよ。でも、だからって辛くない日なんて一日だってなかった。それでも僕は努力出来た、これって才能かもね? だって全然やめたいと思えないんだもの」
もしかしたら、太郎のような存在を努力の天才と言うのかもしれない。努力を続けるというのは大変な事だ、日々遠すぎる目標に向かって小さい一歩を刻み続ける事が出来るのは並大抵の精神力じゃ出来ない。そして俺だってそんな事は出来ない。俺にだって目標はあるが、たまには休みたくなってしまう。しかし、太郎は誘惑に負けることはない。
「お前、凄い奴だったんだな」
「おっ、天才藤木紀春からお褒めの言葉を頂いたぞ」
「茶化すなよ。今、俺はお前の事超尊敬してんだ」
「そう、なんだか照れるな」
その時、俺の簪ちゃんへの答えが見えてきた気がする。簪ちゃんとて一人でISを作ろうとしている努力家だ、そしてその努力を今まで続けている。
だとすると、きっと簪ちゃんはいつかたっちゃんに勝てる日が来る。何故なら簪ちゃんも太郎と同じように努力の天才なのだから。
「太郎、ありがとう。お前のお陰で俺の迷いも晴れた気がする」
「このくらいお安い御用だよ、僕達友達だろ?」
「いや、違う」
「ん?」
「お前は俺の一番の親友だ!」
夕焼けが俺達を照らす。夕焼け、屋上とくれば告白のように、夕焼け、グラウンドと来れば友情だろう。ついでに言うと夕焼け、川原なら喧嘩だ。
俺は多くの人々に支えられている、今目の前に居る太郎だってそうだ。だから頑張ろう、支えてくれる人々に少しでも酬いる事が出来るように。
「なに……これ……」
「どうした、シャルロット」
紀春の居ない一年一組の教室、授業の合間の休憩時間にシャルロットは雑誌を広げていた。
その雑誌は高校野球専門の雑誌のようであり、明らかにシャルロットが普段読むようなものではない。
「これ、見てよ。楢崎さんが送ってくれたんだけど……」
シャルロットの手によって隠されていた表紙の全貌が露になる、そこでは紀春が表紙を飾っていた。
「はぁ? なんだこりゃ?」
表紙にはでかでかと『復活、友情のバッテリー』と書かれており、一ページ目から紀春の特集が組まれいた。
どうやら紀春がどこかで野球の試合に飛び入り参加したらしく、その活躍が華々しく紙面に掲載されていた。
「あいつ、一体なにやってんだよ」
「さぁ?」
あいつ、専用機の調整で忙しいって以前言ってたのに何でこんな事やっているんだろう?