艦娘短編集   作:風神莉亜

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主役となっている艦娘の名前は演出として全話を通して出す予定はありません。


我が儘

 ――嗚呼、本日も晴天なり。

 

 高く昇った太陽に、海よりは薄い青。ぽつらぽつらと浮かぶ雲はのんびりと移動していて、彼女はそれをぼんやり眺めながら煙草の煙を燻らせた。

 錆びた鉄柵に腕を乗せ、身体を任せる。危ないぞ、と注意しても、彼女は落ちたら落ちただよ、別に危ないこともない、と視線も向けずに返してきた。

 素っ気ない、温度も無いその声に返す言葉も見当たらず、彼女の視線を追ってみる。

 

「何も無いよ」

 

 ――彼女の言葉の通り、そこには何も無い。大海原には何が浮かんでいるわけでもなく、ただ空と海の境目が一筋横に伸びているだけだ。

 

 なら何を見ているのか、それを口にしようとしたところで、すっと手が伸びてきた。その細い指先には、一本の煙草が挟まっている。

 

「吸うかい?」

 

 見れば、既にくわえていた煙草は短くなっていた。

 

「火が切れてしまってね。提督が繋いでくれると嬉しいな」

 

 特に躊躇うこともなく、受け取った煙草を口にくわえる。身体を寄せた彼女が顔を近付けてきて、火種がくわえられた煙草の先に押し当てられた。

 息を吸い、詰められた草に火を灯す。さして旨くもない煙が喉を通り、吐かれた息は煙となって空に逃げていく。残された苦味がピリピリと舌を痺れさせた。

 

「この御時世。煙草も吸えるだけましなのかもね」

 

 新しい煙草をその小さな口にくわえた彼女は、改めてこちらに顔を寄せた。此方に渡された火が、もう一度彼女に渡る。

 

「知ってるかい? 僕達が吸う煙草には、よろしくない葉が混ぜられてるって……ふふ、冗談だよ。これは普通の安物煙草さ。あっちは戦場でしか吸わないから。勿体ないしね」

 

 笑いと共に煙を吐き出す彼女の言葉には、残念ながら笑えない。

 艦娘と呼ばれる彼女達が吸う煙草に、非合法の薬物が混ぜられているのは周知の事実である。彼女曰く、気休め程度には痛みも和らぐらしい。事実、彼女が片腕を落とし、頬を削がれ歯茎が剥き出しになって帰って来たときも、その口には煙草がくわえられていた。はっきりとした紫煙の色は、比喩でもなんでもなく、毒の煙。

 

「……あぁ、そうだね。貴方も吸っていたんだ。今更のことかな」

 

 その言葉に、頷く代わりに煙を吐き出す。

 厳密に言えば、かつてのそれと艦娘のそれでは混ぜられた量が違う。効能こそ似たようなものではあるが、そのレベルは段違いであるだろう。

 それを気休めという彼女は、見た目だけなら年端もいかぬ少女であった。

 そもそも煙草を吸うことすら憚られる見た目の彼女は、躊躇うこともなく煙を深く吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出した。

 

 長持ちだけが取り柄だね、この煙草は。

 

 そんなことを言う彼女の三つ編みが、潮風に微かに揺れる。

 

「可愛くないだろう?」

 

 唐突に飛び出した自嘲に、答えはしない。

 

「着任したばかりはもっと素直で、多分見た目通りの女の子だったはずなんだけど」

 

 煙草の灰が海に落ちる。つられて追った視線の先に、海に浮かぶ短い煙草。

 

「今じゃあこの様さ。夕立に見られたら怒られちゃうかも知れないね。……ううん、怒るよりも先に、呆れられちゃうかな? ……怒ってほしいなぁ。『らしくないっぽい!』って、怒ってくれたなら、きっと……」

 

 弱々しい言葉。それが叶わないことを彼女は知っている。彼女の言う駆逐艦夕立は、つい先日に轟沈してしまっている。

 激しい戦闘によるおびただしい損傷により、戦闘続行が不可能になった夕立。元より自殺願望が強かった彼女は、その驚愕の戦力と我が身を省みない無謀な突貫により数多くの海戦を勝利に導いてきた。

 

 ――その最後は、仲間による雷撃処分であった。

 

「夕立も自分勝手だよね。暴れるだけ暴れて、人の言うことも聞かない癖に。周りが間違ってたら、自分のことは棚に上げて怒ってくるんだ」

 

 その視線は遥か大海原から動かない。

 

「最後までわがままで……最後は、どうせなら僕に沈めて欲しいってさ。僕も甘いね。結局、夕立のお願いには敵わない。……最後まで、叶えちゃった。最後くらい、そっぽ向いても許されたんじゃないかなって、今更思うよ」

 

 一際大きく、風が吹いた。

 ゆらゆらと浮かんでは消えていた煙が吹き飛ばされ、

 

「敵襲だね」

 

 サイレンが鳴り響く。

 提督として指示を出すために、召集をかけなければならない。火種を風に連れ去られた煙草をどうしようか迷ったところで、彼女の頭が肩に預けられた。

 

「提督……僕も、最後くらいわがまま言ったって許されるよね」

 

 その手から、煙草が落ちる。

 

 

 

「僕の最後は、貴方の手で」

 

 

 

 その言葉に、煙草を海にポトリと落とす。

 波に揺られる二本の煙草は、波と共に岩壁に打ち付けられて、海の底に沈んでいった。

 

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