艦娘短編集   作:風神莉亜

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私の望みを

「どうしてそんなに無理をするのかって?」

 

 かつての医務室で、こんな問いを彼女に投げ掛けたことがあった。

 赤色の滲む包帯。自らの血と敵の血と、煤に海水に濡れ。

 先程まで家出していた左脚を確かめるように寝転がったまま動かす彼女は、不思議そうに此方を窺っていた。

 

「無理してる……って訳でも無いっぽい。だって、このくらいなら皆似たような怪我してるよ?」

 

 確かに。今回に限れば、左脚の欠損に多数の擦過傷、艤装に関しては明石のクマがより深くなる程度には破損が激しかった訳だが、ここでは珍しい程でもない。

 五回も戦闘があれば、一人はここまで追い詰められる。

 しかし、だ。

 

「むー……」

 

 此方の思いが顔にでも出ていたのだろう。彼女は持ち上げていた脚をベッドに投げ出すと、なにやら不満そうに頬を膨らませた。

 数度の戦闘の中、一度は重症に見舞われる艦娘なら珍しくない。というよりは、それが当たり前である。

 その中で、彼女は戦闘の度にほぼ死にかけの体で戻ってくるのだから、此方が顔をしかめるのも無理はない話だった。

 四肢を失わないことの方が珍しい。仮に五体満足であったとしても、その代わりに見るに絶えない傷を拵えて帰投する。

 

「高速修復剤なら、死ななければ治るから問題ないっぽい」

 

 そういう問題ではない。

 修復剤も無限という訳ではなく、艤装の修理にも資源が必要となる。何より、死ななければのラインすれすれなのが問題なのである。

 艦娘は艤装が無事であるならば、考える頭が無事であれば余程で無ければ死ぬことがない。しかし、生物の本能として、当たり前ではあるが損傷は避けて然るべきもの。

 他の艦娘は避けれない状況に晒され、結果として重症を負って帰ってくる中で、目の前の彼女は敵を倒す過程の中でまず怪我を負っているのだから始末が悪い。そして、動けるならば敵を殲滅するまでそれを繰り返すのだ。瀕死になるのも当然である。

 土手っ腹から景色が見える風穴が空いていたのはいつだったか。見えなくなったから自ら眼球をえぐりだし、治るのが早いからと、持ち帰る為に口の中で転がしながら戦ったという報告を聞いた時は目眩を覚えた。

 

「っていうか、最初に言ったっぽい」

 

 ふて腐れたように呟く彼女は、唇を尖らせながら此方に背を向けてしまう。

 そう。彼女は着任時からこの無茶な戦いを続けてきている。その理由は、彼女の口から最初に告げられていたのだ。

 

「私は死ぬために戦ってるの。だから、結果としては満足してないっぽい」

 

 彼女の言葉は、どこまでも暗く、闇を抱えた――ものではない。どこまでも普通に、当然のことのように、彼女は言う。

 

「正直、この戦争の終わりには興味がないの。提督さんは勝ってハッピーエンド。私は死ぬのがハッピーエンド。ただそれだけの話っぽい」

 

 むくりと彼女は起き上がる。敵の首筋を幾度も引き裂いてきたその犬歯を剥き出しにして笑う彼女は、いつしか呼ばれ始めた狂犬の名にふさわしい。

 

「安心して欲しいっぽい。私は死ぬのが目的だけど、負けたい訳じゃない。わざと負けるなんてしないから」

 

 口の端から血が滲む。口内の傷が笑みによって開いたのだろう。それを彼女は気にも止めない。拭いもしない。

 

「腕が飛んでも走ることが出来るわ。脚が無くても砲撃は出来るわ。砲身が潰されても、敵の首筋には噛み付ける。最後まで切れる手札を切って、どうしようもなくなったら」

 

 そこで彼女は言葉を切った。言いたいことはわかるでしょう? そう言わんばかりの、今度は歯を見せない、見た目に似合わぬ優雅な笑みで。

 その口から流れる血を。顎先から滴ろうとしている血を素手で拭おうと手を伸ばした。生憎、手元には既に血塗れになったものしか存在しない。

 

「不思議っぽい。提督さんは、その先をどうして聞かないっぽい?」

 

 その問いに、伸ばしかけた手が止まる。

 その手を掴まれて、思い切り引き寄せられた。抱き止められて、耳元のすぐそばで、囁かれる。

 

「教えてあげる。私はね」

 

 そして、首筋に鋭い痛みが走った。

 人型の深海棲艦は、こうして首筋を咬み切られてきたのだろうか。そんな感想を咄嗟に抱いたところで、その痛みは引いていく。

 皮膚を突き破った犬歯が引き抜かれ、ぷつりと染み出したであろう血を、彼女は丁寧に舌でなぞり始めた。

 

「本当は、このまんま提督さんも殺したいっぽい。大事な人達も、大切なものも、全部私の手で壊してしまいたいっぽい」

 

 でも、と。ここで初めて、彼女は年相応な声を出す。

 

「それは駄目。大事だから壊したくても、壊したくないほど大事なんだもの。だから、私は死にたいの。我慢が出来なくなる前に。これが、ホントのところっぽい」

 

 そこで、彼女は此方を解放した。口元を妖しく塗らす色は、果たしてどちらのものであったのだろうか。

 

「もうひとつ、教えてあげる。どうせなら最後は、私の大切な人達に殺されたい」

 

 そうして、彼女は屈託の無い笑みで聞いてくるのだ。

 

「提督さん。私の望み、叶えてくれる?」

 

 




名前を出さない意味が無い艦娘が多いことに戦慄。
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