人は負けた。
残った兵士と助かった少女
それと、お話。
供養として出します。もう恥ずかしいです。
努力が実るとは限らない。
そんな事はわかってたはずだった。
今に見ていろと何度唇を噛んだか。
次こそはと何度涙を隠したか。
そんな日々すら、愛おしい。
全てに意味があるのだと。
そんな幸せな考えに浸れていた自分が羨ましい。
一体どこで違えたのか。
あの時か、それとも‥‥。
あれほど鮮明に見えていた世界が、今はどうにもボヤけたまま。
這い蹲って、くたばった自分が汚らわしい。
もう一度。
せめて、もう一度。
そのもう一度は、何回目だったんだろう?
悔やんだところで戻らない。
誰も教えてはくれなかった。
人生にもう一度はないんだと。
過ぎていった景色だけが叫んでいた。
今。そんな肢体に再び炎が灯る。
捻れた心。朽ちきった体。そんな物に宿る燻んだ炎。
ここから先に光はない。元よりこれは終わった道。
それでも行くのか。敗者。
ならば止めまい。別れも不要。
さらば友よ。
せめて、せめて貴様に似合う、無様な最期がありますように。
─────────────────────────────
どこに行くの?」
聞かれても答えを持たない。
俺自身、何故生き残ったのか分からない。
「行きたいところはあるか」
とりあえず聞いてはみたが。
まぁ、あった所でこの機体でどこまで行けるのかわかったものではない。
いつスクラップになってもおかしくないのだから。
「どこでもいい?」
「いいとも。行けるかは知らんが」
少女は少し悩んだ後。
「海が見てみたい」
とだけ言った。
海か。しばらく見ていない。
最後に見たちゃんとしたそれはそれは美しいものだった。
どうせ行くあてもないのだ。行ってみてもいいかもしれない。
「行ってもいいが。それでどうする」
だが。
化け物は海を渡ってくる。
大陸から大陸へ。
そうして活動地域を広げていった。
必然、人類は海からの防衛を強いられた。
防衛出来たかどうかは聞かずともわかる現状だが。
俺自身その戦いにも参加したが、酷いものだった。
海など無くて、まるで陸がそのまま動いているような。
あるべき青など無くなって、全てが赤。
殺しても殺しても果てなどなかった。
今海になど行けば間違いなく死ぬ。
そうした思いは
「海がほんとに青くて広いのか、見たい」
少女のこの一言で消え去った。
「見たことないのか」
「危ないからって、お母さんが」
「いい母さんだな」
先程までの恐れなりはどこへやら。
今はただこの憐れな少女に、あの美しい青を見せてやりたいと強く思った。
どうせ一度は死んだ命よ。どうにでもなればいい。
これがきっと俺の役目だ。
「しばらくかかるぞ。我慢しろ」
少女が頷いた。
──────────────────────────────
そういえば。
海が見たいと言った男がいた。
大して親しかった訳ではないが、同じ部隊になれば簡単な会話もする。
大抵は日常会話のみだったが、酒が入ったりすれば決まって始まる話があった。
この戦争が終われば俺は。私は。
大概がこう始まり、そんな時が来ればの希望で締める。
誰もがそんな時など来ないとわかっているはずなのに。
ある者は遠き恋人に愛を誓い、ある者はまだ見ぬ地を夢見て、ある者はただ血の流れぬ平和を願った。
その中の一人だったはずだ。
隣に座って酒を飲んでいた男が言った。
「故郷の海を取り戻したい」
聞けば男は海近くの生まれだった。
彼は父からずっとこう聞かされ続けたのだそうだ。
お前が我らの海を取り戻せ。と。
ありがちと言えばそこで終わる話だ。
失った故郷を取り戻すと話す兵士は多かった。
それを奪った奴らを絶対に許さない。
俺はあいつらを殺して故郷に帰るのだと。
泣きながら語る者を何人も見てきた。
男は少々違っていた。
何杯目かもわからない酒を飲みながら男はポツポツと話し始めた。
「なぁ 本当に、あれは俺らの海だったんだろうか」
「どういう意味だ」
酒を飲み干したのか。少し汚れたコップを置いて男はこちらを向いた。
「親父からはな。散々言われたもんだあれは俺らの海だと」
「でもな俺にはわからねぇ。あの海が俺らのだった頃を知らないんだ」
それも仕方の無いこと。
化け物共がやって来てから既に数十年たった。
もはや海が人のものだったと知っているものは少なくなっていた。
「確かに。最後に綺麗な海とやらを見たのは何時だったか」
「だろう?だから俺は怖かったよ」
「怖かった?」
「あぁ。ガキの頃の俺にはな。親父達は幻を見てたんじゃないかって思えたんだ」
「酒飲んで酔っ払っては、クスリやってるみてぇに同じことを繰り返し言うんだ」
「化け物共め、俺らの海を返せ。ってな」
こちらを見ていたはずの顔は、気付けば地面に向いていた。
「もちろんわかってる。海が俺たちと一緒だった時代もあるってことは」
「ガキだったよ俺も。今思えば怖かったんだな、親父たちに言っちまったんだ」
「なんて?」
男の話は不思議と引きつけるものがあった。
最初は興味がなかったはずの俺も、気付けば引き込まれていたのだ。
「そんなもんは、元からねぇよ。って」
「言ってから後悔したよ。親父の顔見てさ」
「まるでその言葉で、その一言で死んじまったみてぇな顔してた」
男はまた酒を注ぎだした。
ここまで聞いて、俺はなぜここまでこの男の話に引き込まれたかに気づいてしまった。
これは希望の話じゃない。
過去に苦しみ続けるこの男の、懺悔なのだと。
他の兵士達は、これからの地獄を見ないために。自分を鼓舞するかのように。死を直視しないように話をする。
しかしこの男は。
戦場で死ぬ前に、自分の犯した罪を懺悔しているのだ。
もう、いないであろう父への懺悔を。
「俺はあの時親父を殺しちまったんだろうなぁ。あの人の希望を、殺しちまったんだ」
思わず聞いてしまった。
「親父さん、それからどうした」
男は自虐的に笑って。
「死んじまったよ。次の、その次の日に首吊ってな」
「・・・・・・悪いこと聞いたな」
「いい。聞かれなくても言ってた。いや、言わなきゃいけなかったんだもっと早くに」
「そうかい」
また空になった男のコップに酒を注ぐ。
その重みに耐えられなくなったかのように、男は項垂れた。
「悪いな。明日はまた戦いだってのにこんな話しちまってさ」
「構わねぇよ。いい加減他の奴らの叶いもしねぇ夢物語聞くのも、きつかった」
「それで、アンタはそれでも海を取り戻すのか」
一瞬、男は顔を上げ遠くを見るような仕草をした。
彼はあの時何を見たんだろうか。
「いや、取り戻すんじゃない」
「あ?」
「新しく作るんだ。俺らの海を」
「奴らを殺し尽くして、見てみたいんだ親父が見てた、本当の海ってのをな」
それから男がどうなったかはわからない。
風の噂では彼の小隊は生き残ったと聞いた。
また彼と酒を飲む日が来ることを願っている自分がいる。
きっと次は希望に満ちた話が出来ると、信じたい。
そう思いながら俺は海を目指すのだった。
いつの時代か、我らの友だった綺麗な海を。
酔っ払って書くもんじゃないね