転生者との戦争 ドイツの苦痛録 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
ドイツ機甲師団の研究をしていたハインツ・グデーリアン師団長はヒトラー及び軍の高官からソ連の機械化師団に対抗可能な戦術及び、兵器を考案せよと辞令が下っていた。
「奇跡的に敵戦車の設計図でわかっているが、傾斜装甲により実質装甲厚80mmだと・・・現在開発中の3号戦車や、4号戦車に搭載予定の5cm砲では正面を貫通不可能ではないか・・・。」
自身が構想していた3号戦車を主力に、4号戦車を火力支援車両とした構想は破綻を意味しており、攻撃計画であった電撃戦も破綻した。
「88mm搭載可能な車両の早期にだと・・・兵器開発局から4号戦車のシャシーに88mmを搭載した対空砲計画があったはずだ・・・それくらいしか現在のドイツには88mmを搭載できる車両はないぞ・・・。」
それは戦車ではなく自走砲であり、対空砲にハリボテを着けただけのものである。
「88mmは無理だが高貫通の対戦車砲さえできれば・・・。」
グデーリアンの戦車に対する熱意は75mm対戦車砲を数年早く産み出し、史実では生まれなかった3号と4号が合体した3/4号戦車が38年度より量産されることとなり、3/4号戦車にはソ連のT-34を意識して傾斜装甲を採用した戦車となる。
ただ、その頃にはソ連はT-34-85という改良型の中戦車や、IS戦車が量産されることとなり、グデーリアンの憂鬱は終わらないのだった・・・。
頭を抱えていたのはグデーリアンだけではない。
兵站局の方でも悲鳴をあげていた。
平時に膨大な量の機械化兵力を動かすことを前提としているため、大量の弾薬、燃料を消費する。
弾薬はなんとかなるのだが、ソ連から戦略物資の輸入に制限がかけられており、史実のように戦略物資の備蓄ができていないドイツは現在の全力活動日数が4ヶ月と制限されていた。
つまり、4ヶ月でソ連を撃退するか、フランス、イギリス、アメリカ等の資源産出国から輸入しなければすぐさま敗北が決定するのだ。
この問題に政治活動を引退していた、第一次世界大戦の後方を掌握し、数年間の戦争継続を実行可能にしたヴィルヘルム・グレーナー旧参謀次長を召集した。
ヒトラーはグレーナーと険悪であり、政治思考も違っていたが、グレーナーもソ連の膨張に警戒し、期限付きで承諾した。
ただ、グレーナーは物資を効率的に運用することには長けていたが、物資を産み出せるわけもないので、最終的には外務省が再びの土下座外交を行うのであった・・・。