我、魔法科高校ニテ教鞭ヲ執ル   作:HBata

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遅れまして大変申し訳ありません。
それでは、どうぞ!


第十一話

 

 

「うごごご……?! 師匠……オレが一体何をしたって言うんだ。マジでタマ取りに来てましたよね!?」

 

「ふんっ! お前の様な唐変木にはこれくらいキツイ灸を据えてやらねば効果がないのだ。全く、儂と言う女がいながら年若い女子を侍らせるなど……全く、全く!」

 

「だから誤解ですってば!」

 

「お前は向こうで茶でも入れてこい!」

 

「あひん!?」

 

 

 そんな漫才の様なやり取りの元、リビングからキッチンの方へと蹴り飛ばされゴロゴロと転がっていった一途を呆けたように口を開けて見守っていた美しい少女・司波深雪であったが黒塗り木造の机ルを挟んで向かいに座った死の女神を前にして否が応にでも気を引き締めるしかなかった。

 

 ソファーに優雅に座るスカサハの姿はそれなりに場数をくぐってきている深雪であっても感嘆の溜息しか出ないほどに美しく、また背中に怖気が走るほどに死の香りを振りまいている。

 

 

「ふん……それなりに気丈なようだ。ただ恐れおののくわけでもない」

 

「…………初めまして。司波深雪と申します」

 

「”四葉”深雪だろう? 私を謀れるとでも思ったか娘」

 

 

 深雪にとって、敬愛する兄との安寧を守るのなら絶対に隠し通さなければならない死の忌み名、”四葉”をスカサハが当然のように口にしたが、深雪は動揺も恐怖も感じることなく認識することができた。

 

 浮かんだ思いはただ一つ。

 

 目の前にいる死の神なら当然のように知っているだろうと。

 

 

「お主のような脆弱な娘が名乗ったからには私も名乗らねばならぬのが礼儀というものであろうが……娘、ここに招き入れたが私にとってお前は招かれざる客だ。今、この場に在るだけでありがたく思え」

 

 

 尊大な態度だと深雪は思ったが、目の前にいる女はそれが当然として許される高貴な雰囲気があり深雪は一切の反感を抱くことなく受け入れることができた。

 

 カリスマ、とでもいうべきか。

 

 王者の風格、彼女にはそれがあった。

 

 深雪の脳裏に自信や兄を縛り付ける鎖と首輪をつけた妙齢の叔母が浮かんだが、深雪の叔母である四葉家現当主四葉真夜でさえ霞む風格を備える女の正体は何なのかと、深雪の好奇心が沸き立つと同時にそれ以上に知ってはならないという生物として根源的な恐怖も湧き上がる。

 

 

「司波さん。紅茶ですけどミルクや砂糖はつけますか?」

 

「お気遣いありがとうございます、求道先生」

 

「わかりました」

 

 

 痛いくらいの静けさの中で、深雪にとって救いの声ともいうべき一途の声によって彼女はようやくスカサハから視線をそらすことができた。

 

 一途の声を聞いて、そちらを向いて微笑を浮かべる。

 

 その動作によって彼女の体からこれ以上ないほどの緊張がかすかに薄れたと同時に自覚できた。

 

 今、自分が生きていられるのは求道一途という存在がいるからであり、仮に彼が深雪を認識していなければとっくの前に死んでいただろう事実を。

 

 それほどまでに深雪の対面に座る女は深雪を見ていなかった。

 

 

「……おい一途。何故儂には聞かない。ん?」

 

「いや、師匠の好みは知ってますから」

 

「……! そうか」

 

 

 キッチンから戻ってきた一途の手にはトレーがあり、その上には白い陶器のカップが三つ。この場に漂う緊張感は一途が来たことでなくなっておりスカサハは一途の返答に表情を変えないまでも喜びの含まれた声で対応しているところから機嫌がいいことが深雪にも分かった。

 

 

「はいどうぞ、司波さん」

 

「ありがとうございます」

 

 

 一途はスカサハの隣に座り、間に存在する机へとカップを置いた。

 

 

「師匠はブランデーティーです」

 

「ふふん。まぁ、お主が赤子の頃からの付き合いであるしな。お主が儂の好みを知っていても不思議ではない」

 

「いや、何を当然のことを言ってるんですか」

 

 

 一途は何を言っているのかと当然と言った表情でスカサハの言葉に対応したが、深雪はスカサハが何を言いたいのか、誰に言っているのか理解できた。

 

 自分に言っていると、深雪は理解できた。

 

 こいつは私の男だと、そう言っているのだと。

 

 

「あぁ、司波さん。少年に迎えに来るように伝えておきましたから……まぁ安心してください。何もとって食おうとは思ってませんので」

 

「そうですか。兄は何と?」

 

「直ぐに来るそうです。先ほどの悪漢たちについても説明しておこうと思ったんですが……切られまして。あの男たちについては司波さんから伝えておいてください」

 

「わかりました。重ね重ねありがとうございます」

 

「いえ、お礼を言うほどではありませんよ。実際、私はほとんど何もしていませんから。で、師匠あの悪漢たちはどうなったんですか?」

 

「魔術で記憶を操作した。それはあの場にいた娘たちも同様だ」

 

「そうですか。幾ら魔法師の卵とは言っても年頃の少女が男に襲われたなんて記憶、ない方がいいでしょうしね」

 

 

 深雪にとって友人と言っていいかわからないが親しくさせてもらっている雫やほのか、そして彼女らの知り合いと思しき赤毛の少女の処遇が分かって安堵の念が生まれ小さく息を吐いてしまったが、今は己の身を守らねばならないとその想いに蓋をした。

 

 巷で幽霊屋敷と呼ばれるここに、何故自分が居るのかと言う意味。

 

 もしかしたら死ぬかもしれないと言う恐怖が深雪の中で生まれているが彼女は気丈に振舞うしかなかった。

 

 いつでも殺せるから、どうでもいいものとして見なされている恐怖など深雪は今の今まで味わった事などなかったのだから。

 

 

「一途、お主は少しばかり席を外しておけ」

 

「ん~……一応聞いておきますけど何もしないですよね師匠?」

 

「何もせぬよ。事実、何かする価値もない」

 

 

 紅茶を飲みながら横目でスカサハへと視線を送る一途。

 

 対してスカサハも素知らぬ顔でブランデーティーを飲んでいた。

 

 数秒ほど時間が経って、スカサハの言葉と態度に嘘がないと判断できた一途はソファーから立ち上がって深雪たちに背を向け歩き出す。

 

 ドアが閉められ、この場から一途の姿が消えた。

 

 

「……私に何か用があるのでしょうか」

 

 

 何もする価値がないと言ったのはスカサハであり、ならば用などあるはずもないと、言外に伝えた深雪であったがスカサハの動きに変化など生まれず彼女はカップを手に持ったまま色付きの湖面を見つめていた。

 

 

「うん。やはり――殺すか」

 

 

 殺すと言う言葉を、深雪が正しく認識する前にスカサハの手には呪いの朱槍が握られていた。

 

 切っ先が、神さえ殺すその魔技が、迫り来る死が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより早かったな少年」

 

 

 つい先ほど、深雪が一途とその師が住んでいる幽霊屋敷にいると連絡を受けた達也は一も二もなく学校から飛び出して郊外に存在する誰も近づかない屋敷の門へとたどり着くとそこには感心したように賞賛を口にする一途の姿があった。

 

 

「……深雪は何処に」

 

「中に居る。師匠と一緒だ」

 

 

 その言葉に従って達也は己の異能である精霊の目(エレメンタル・サイト)を使って、イデアに存在する情報から屋敷の内部を探るが何も分からなかった。

 

 屋敷は確かに存在する。

 

 ならば全ての情報が記載されるイデアに屋敷の情報が記載されることは道理だ。

 

 そこにあるはずなのに、そこにない。

 

 なるほど確かに幽霊屋敷だと、達也は内心で歯噛みしながら息を整える時間さえ惜しいのか一途が佇む門へと近づいていったが、達也の手が門へと触れ開けようとした時、その足が止まった。

 

 達也の首元には朱槍の切っ先。

 

 

「この館の主人は師匠だ。幾ら少年とはいえ家主の許可なく入れる訳にはいかんな」

 

「なるほど。ですが俺にとっては深雪の安全こそ最も優先すべきものだ。幾ら貴方といえどコレに関して口出しされるいわれはありませんよ」

 

「ははは! それもそうか。なら、どうする?」

 

 

 横目で見る達也の視線の先で一途が笑ったがそんな事は達也にとってはどうでもいい。

 

 互いに譲れぬ物があるのなら、押し通るだけ。

 

 古式、現代と区分はあれど魔法にとって物理的な距離は関係ない。それと同時に発動に際して銃口を相手に向けなければならない融通の利かなさなど存在しない。

 

 達也にとって最も発動速度が速い”分解”の魔法が、一途に向けて放たれる。

 

 その魔法に捕えられたなら屈強な人間だろうと塵と化す。

 

 それは、一途であっても例外ではない。

 

 

「おっと」

 

 

 瞬きにも満たない時間で紡ぎあげられた達也の分解に熟練の魔法師といえど対応できるはずもない。

 

 だが一途はその分解に捕えられてはおらずその五体は未だ健在だ。

 

 気付いた時には達也の視界は空に向けられていた。そして続くように体の裏側に伝わってくる地面の感触と痛みや熱。

 

 

「加減はしたが……無事か少年?」

 

 

 いつの間にか足元を刈られたのだと痛みによって認識した達也だが、視界に入り込んできた一途へと達也は間髪入れずに分解を放った。

 

 完全に不意を打ったと達也は思ったが、分解が成功という感触はなく、精霊の目に映ったイデアの情景に一途の残りカスも無い。

 

 

「元気で結構。だが、少しばかりおいたが過ぎるな」

 

 

 地面に寝ている達也から見て一途の姿は左側にあった。

 

 先程は右側にあったというのにいつの間に、という達也の驚愕や何をしたのかという疑問が生まれるよりも速く再び達也の首に朱槍の切っ先が突きつけられた。

 

 

「次動けば喉元を突くぞ。情報通りならそれでも少年は死なんだろうが……殺し続ければ流石に死ぬか。あぁ、それについては少し興味があるな」

 

 

 人死について淡白な自分も大概だがこの人もどうかしてると、達也は思考したがそんな事ごときで止まる彼では無い。

 

 自分が数度致命傷を負ったとしても、それでこの馬鹿げた身体能力を誇る存在を倒し深雪の無事を確保できるなら瑣末な事だと、達也は痛みを恐れる事なく分解を再び放とうと魔法式構築に意識を向けた時、彼の目に突如として情報が映る。

 

 深雪の存在だった。

 

 こちらに近づいてくる妹の情報を視て、その体に不備がないことを確かめて、ようやく達也は一途に向けていた敵意を収めることにした。

 

 

「あぁ、お姫様か。さて……立てるか? 手を貸すぞ少年」

 

「……俺が言うのも何ですが、殺そうとした相手に手を伸ばすなんてどうかしてますよ求道先生」

 

「ただ死ぬかもしれない攻撃程度、師匠の扱きに比べれば大したものでは無い」

 

 

 一途の手を借りて立ち上がった達也がそう言ったが帰ってきた答えはどうにもデタラメなものだった為ため息をつくしかなかった達也はチラリと一途を一瞥する。

 

 その態度に嘘はなく、本当に達也の魔法を何とも思っていない風であった。

 

 門が一途の手によって開けられる。

 

 

「大丈夫か深雪?」

 

「大丈夫ですよお兄様。少し、求道先生のお師匠様とお話をしただけですから」

 

「そうか……無事で良かったよ」

 

 

 屋敷の敷地から出てきた深雪のいつも通りの姿を目で見て達也は本当の意味で安堵の息をつくことができた。

 

 

「帰り道に気をつけて。ではな二人共」

 

 

 そう言って肩に朱槍を担いだ一途の姿が門の向こうへと入り、それを確認して独りでに門が閉められていく。

 

 格子のついた鉄の門。

 

 重々しく、寒気のする門の向こうに一途の姿は消え、もはや兄妹に見える事はない。

 

 

「帰りましょうお兄様」

 

「あぁ、そうだな」

 

「あら? 背中側が汚れていますよお兄様。どうかしたのですか?」

 

「いや、何でもないよ。俺も求道先生と少し話をしてね」

 

「少しお待ちください。魔法で……はい、これで綺麗になりましたわ」

 

「すまない深雪。それにしても……世界は広いな」

 

 

 そう言って力なくため息をついた達也を見て笑みを浮かべた深雪だったが、振り返って幽霊屋敷と呼ばれる建物を再び視界に収めた。

 

 殺す、そう言って逃れられない切っ先を首筋スレスレで寸止めされて、暗い昏い瞳のまま深雪に放たれた言葉が、深雪の耳元にこべりついたかのように離れない。

 

 

『アレは、儂のモノだ。奪うと言うのなら儂はアレを殺すぞ』

 

 

 夕焼けの光が地平線に沈みゆく中、その言葉が、深雪の耳元から離れなかった。

 

 

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