2092年四月、魔法科大学付属第一高校の入学式が執り行われていた。
新入生総代、司波深雪。
入試実技試験において2位以上に圧倒的差をつけての堂々の1位。その上、筆記試験も文句なしの2位とまさに才色兼備とは彼女のための言葉と言ってもおかしくない。
老若男女問わずに多くの人間が彼女に注目していた。その言葉に、その美しさに、見とれてしまっていた。
しかし彼女の視線はとある存在に釘付けだ。それは彼女の兄、司波達也である。
彼女と違い左胸と肩に八枚花弁のエンブレムは施されていない。それが彼女が心をざわめかせる。
アルカイック・スマイルの裏で兄の境遇に声なく泣いていたがそれは誰にも気づけない。彼女が最も敬愛し信頼する司波達也であっても気付けないのだ。
それは不幸中の幸いか、それとも完璧すぎて人間味の欠ける司波達也に与えられた数少ない人間性か。
「皆等しく一丸となって勉学に励み、魔法以外でも共に学びこの学び舎で成長する事を誓います」
そう言い切った司波深雪。その言葉に遠くから見ていた司波達也は体をわずかに強張らせあたりを冷静に伺うも彼の危惧することは起きなかった。
第一高校には優等生の一科生と劣等生の二科生がいる。
花開いた才能を讃えて一科生をブルームと、誰にも目を向けられない存在として嘲られ二科生をウィードと。
陰ながらそんな差別が広まっているこの第一高校で、深雪の言葉に込められた真意に気づいた生徒は、特に自らを優れていると見なしている一科生にはムッとしてしまう内容だろう。
だが彼女の神秘的な容姿に見惚れた者が大半で、誰も彼女の言葉を聞いていなかった。
達也は肩を竦める。深雪はやはりと肩を落とす。
達也は妹が害されないことに安堵して、深雪は自分の内側などどうでも良いと外面だけを見る者たちに落胆して。
『新入生答辞を終わります――続いて、新規の教員を紹介致します。壇上にお上りください』
アナウンスが講堂に響き、その促しに従って深雪は一礼をして壇上から降りようとして壇上に上がろうと舞台袖に待機していた男と目があった。
パッとしない顔立ちに伏し目がちの目には前髪がかかっている。黒縁の眼鏡によってさらに目元がわかりづらい。スーツを着ている所からかろうじて教員と分かるような、そんな特徴のない容姿をしている男だったが、深雪は見間違えることも見落とすこともなかった。
自分が得意とする振動系減速魔法にかかってしまったかのように、深雪の動きが固まってしまう。遠目から見ることしかできない達也だが彼の異能を駆使して妹の異常を素早く察知し、そしてスーツの男を読み取って――納得した。
何故なら達也にとって、男は戦友だったからだ。
『? 司波深雪さん? 壇上から降りてください』
「は、はいっ!」
その緊張と反応はまるで年頃の少女のようだ。彼女の美しさが可愛らしさに変化したことに会場はもはや彼女のステージとなった。
新たな教員の事などほとんどが気にしていない。それどころか邪魔とさえ思っていた。各自、入学式の終わりに備えて体勢を整え、彼女に声をかけようとスタートのカウントダウンに入っていた。
「え~……求道一途です。専攻はルーン魔術。とは言っても皆さんに教えるのは四種8系統魔法の基礎くらいです。それでは、挨拶を終わります」
なんの特徴もない、強いて言えば短すぎる挨拶。
それが司波兄妹の心に強烈な印象を残していったのだった。
入学式直後で早速友人に恵まれた司波兄妹は二人の少女、千葉エリカと柴田美月とカフェでケーキを食べて仲を深めていたのだが深雪が何を思ったのか達也に一途について切り出した。
「お兄様、求道先生はやはり……」
「あぁ、深雪の思う通りだよ。あの時の人で間違いない」
「やっぱりそうだったのですね! やっと、お礼を言う事が出来ます」
安心するように穏やかな笑みを浮かべる深雪。その笑顔を見て美月とエリカの二人は何事かとそう思って求道という名を記憶から引き当てて、入学式で見たあまりパッとしない新しい教員の姿をようやっと思い浮かべた。
「何々深雪? あの先生とどういう関係なの? どうする司波くん、妹が取られちゃうよ〜?」
「エ、エリカちゃん! そんな言い方は……!」
「まぁ格好よさで言えば司波くんの方が断然いいと思うんだけど深雪としてはどうなのよ!」
やはり女子高生、腐っても女子高生。他人の色恋沙汰には敏感でなおかつかき回したくなるのがサガと言うもの。
エリカはニヤニヤと笑みを浮かべて深雪の顔を見ておちょくった。
「あの人は……私の命の恩人なのよ」
「うぇ? ……それってホント?」
「えぇ、私の言葉に間違いはないし、あの人が私を助けてくれたことにも間違いはないわ」
どうやら問題はややこしいらしいと、エリカはそこで踏み込むのをやめケーキにフォークを伸ばす。美月もまたここは聞き手に徹するのが吉と判断して司波兄妹の様子を窺った。
「まさか魔法科高校に教員としてくるなんて……これも偶然なのかはたまた、また運命でも覆しに来たのか……」
「あの人ならきっと、どのような運命でも覆せるでしょう」
そう言って深雪は微笑み、窓の外から差し込む暖かな夕日に視線を移し微笑んだのであった。
「あぁ〜、師匠の膝枕至高すぎる。これ以上の幸福はない。もう、オレダメになってもいい」
「なるほど、師として弟子が堕落するのは見ておれん。故に膝枕はもう辞めだ」
「あぁ! そんなご無体な! ギブミープリーズ師匠のお膝!」
「ふふふ。愛い奴め……ほら、夕餉の準備の邪魔だ。お前は槍でも振って鍛錬しているがいい」
「はい、師匠!」