ソファーに座る美しき女性。
彼女の美しさはこの世のものとは思えないほどに神秘的で幽玄であった。
真実彼女の美しさは傾国に値する。いくら司波深雪が青少年の理想の具現だとしたら赤紫色の長い髪を持つ彼女は全人類の理想といってもいい。
「師匠……」
「なんだ?」
だがその美しさは、今や一人の男と共にあった。
異境・魔境の影の国。その深淵を治める女王スカサハは自身の膝元に頭を乗せて顔を見上げる男の髪を優しげに撫でた。
「オレ、師匠のそばに居たいです……」
「……そうか」
「昨日と今日、師匠からほんの少しだけですが離れて……その想いが強くなったのが分かりました」
一途はまるで子供のようにスカサハの胴体に抱きついて、脂肪のほとんどない鍛え上げられた薄い腹に顔を埋めた。それに対してスカサハはくすぐったそうに身をよじるだけだ。一途の無遠慮な行動を本気で拒んではないない。
その顔に浮かぶ微笑みには慈しみが浮かんでいる。
「なんで……オレをあそこにやったんですか?」
「さて……どうしてだと思う? 当ててみるがいい」
「師匠も意地悪ですね……」
膝枕の状態のまま一途はスカサハに甘え、またスカサハも彼を受け入れる。二人は長い付き合いであった。それこそスカサハは一途が赤子の時から知っている。
一体どういった経緯で彼が自身を求めているかを。その愛がどれほどに重く、また暗く純粋で狂っているかを。
それでもスカサハはその愛を受け入れていた。
彼女は笑う。
慈母のように慈しみながら、悪女のように一途の愛を己の手の中で転がすように悪どく、また獣のように原始的で純粋に一心に求道一途という男を求めていた。
「オレが、社会的におかしいから……狂っているからですか?」
「正解だ我が弟子よ。だが最たるものではない」
「じゃあ分かりません。教えてください師匠」
「断る。私の弟子を自負すると言うのなら、己の頭で考えよ」
口調は厳しいが一途の頭を撫でる手つきは相変わらず穏やかだった。
やはり彼女のことが好きだと、一途はそう思い直しスカサハの体から一度離れる。そして向かい合うように顔を見合わせた二人。
「師匠……好きです」
「あぁ。私もだよ」
そう言って二人の顔が近づき、キスをして、ゆっくりと抱き合いソファーの上になだれ込んだ。
己の体の上を這う節張った硬い手の感触を感じながらスカサハは一途の頭を抱え込むように抱きしめる。
彼女が求道一途と言う男を魔法科高校に送り出したのは理由がある。
それはただ単に、己の男を見せびらかせたいという、そんなくだらない理由であった。
朱交われば赤くなるというが、一途の狂気にあてられてスカサハ自身も狂っているのかもしれない。
東京の郊外に存在するスカサハの所有する邸宅から、一途は通勤していた。公共施設であるコミューターに乗り込み満員電車という概念から脱却した交通機関で第一高校最寄りの駅まで移動する。
窓に映る移り変わる光景を見て一途は気だるさを感じながらその意識を教員としてのモノに切り替えていく。今日から早速授業で教鞭を執らなければならないからだ。
教える分野は現代魔法の根幹である四系統8種の魔法の基礎部分について。応用的な分野は他の教員が教えるが、一途の教える部分が生徒に備わっていなければ色々と問題が発生する。
そのため、一途としても生徒個人の安全のために手を抜くわけにはいかないのだ。
コミューターから降りて駅を出る。この時間帯生徒の姿もチラホラと見えてスーツ姿の一途に視線が集まるが彼は挨拶を口にしながら歩くだけだ。
コツコツと歩いていて、一途は見知った後姿を発見した。気づいたのはあちらも同じだったのか、一人の少年が後ろを振り返る。それに続けて少年のそばに寄り添うような近すぎる距離感であった少女もまた振り返った。
「おはよう少年。皆さんもおはようございます」
「求道先生、おはようございます」
「おはようございます求道先生。今日もいい天気ですね」
いち早く一途に気づいた少年は達也であった。挨拶を口にし、続けて頭を深々と下げながら挨拶を口にしたのは深雪である。もはやこの兄妹はセットと考えたほうがいいのではと一途は考えながらその側にいる二科生の少年少女、そして生徒会長の姿を視界に収めた。
「仲が良いようで大変よろしいですね。一科、二科の垣根を越えて仲を深めるのは学力向上という面でも競争心を高めるという意味でも効果的だ」
「あら? その口ぶりから察すると求道先生は今の第一高校の現状を憂いているのですね」
「それについてはノーコメントで。自分は教員ですし、第一高校の自治は生徒会に委ねられています。それでも言わせてもらうとするならば——憂いている、というのには語弊があります」
「そうなんですか? では求道先生はどういったお考えなのでしょうか? 生徒会長として是非興味があります」
一途は現生徒会長、
「貴女の考えていること、それは第一高校にとって、生徒自身の成長を促すのに良い点火剤となるでしょう。ですが多くの反対と軋轢があるはずです。それで折れるようならその志はその程度だと諦めなさい。要するに、貴女次第でどのような結果が生まれるか、ということです七草生徒会長」
「……貴重なご意見ありがとうございます、求道先生」
「いえ、所詮は外野からの意見です。貴女は多くを考えるでしょう。多くの人からの意見を聞かねばならないでしょう。迷い、踏み出すことを恐れるかもしれない。ですが勇気を持って踏み出せばきっと貴女の志に賛成する人が集まってくるはずだ……と言ってもこれは自分が師から教わったものを自分なりに解釈しての言葉です。大したことが言えずに申し訳ない」
「いえ、非常にためになりました」
そう言って当初は悪戯っ子のような笑顔で一途に問いかけた真由美であったが、今の彼女は真剣な表情となり改めて一途に頭を下げたのであった。
「話をするのはここまでですね。皆さん遅刻しないように」
そう言い残して一途は一足早く、校舎の門を潜ったのであった。
第一高校、授業は一旦終わり昼休憩。一途は1-Aでの午前の授業を終えて教室から退散しようとしたが、そこで深雪が遠慮がちながらも声をかけてくる。
その雰囲気から察してどうやら個人的な要件ではないと感じた一途は足を止めて向き直る。クラスの人間はまた司波深雪が冴えない男性教員に声をかけたと興味津々だ。一部彼女の熱狂的なファンは憎々しげに一途を睨んでいたがそれは割愛しておく。
「どうかしましたか司波深雪さん」
「実は朝、生徒会長から生徒会役員についてのお話があると言われまして私と兄がこの後生徒会室に向かうことになっています」
「あぁ、貴女は新入生総代ですからね。その話も納得です。それで、自分にはどのような話が?」
「はい。生徒会長は求道先生も同席してくださらないかと、私にそう伝えてくれないかと頼まれたものでして……如何しますか?」
「あぁ。分かりました。一度職員室によるので先に向かっていてください」
「分かりました。生徒会室前でお待ちしております」
深く一礼する深雪。一途は少し過剰な反応なのではと内心苦笑いを浮かべながらも取り繕った表情のままこの教室を後にした。
職員室によって、弁当箱を手に取った一途はすぐに生徒会室まで向かった。律儀で礼儀正しいあの少女のことだから本当に生徒会室前で待っているのではと思えたからだ。
案の定、深雪は達也同伴だが生徒会室前で待っていた。
「待たせて申し訳ない。では中に入りましょうか。ちなみに自分への要件について何か聞いていますか?」
「いえ、俺は何も聞いていません。その場には深雪も同席していたのですが何も」
「なるほど、まぁそれはすぐに分かるでしょう。それでは司波さん、お願いします」
「はい、任せてください。——1-A司波深雪と1-E司波達也、及び求道先生です」
『どうぞ』
インターフォンのスピーカー越しに七草生徒会長の声が三人の耳に届き、内側のロックが解除された。
そして達也が安全確認をするようにドアに手を掛け開いた。室内には既に生徒会役員が揃っていたようで、各々椅子に座り三人を待っていた。
「ようこそ。さぁ、遠慮せずに入って下さい。私たちはあなた達を歓迎します」
そう言ってニコニコと笑う真由美。その笑顔の裏には一体どんな魔物が潜んでいるのかと、達也はため息を吐きたい気分であった。