時系列は、AXZで響が神の力に取り込まれて48時間の間です。
(初出:2018/01/2)(他サイトと同時投稿です)
キャロルを知っているだろうサンジェルマンとエルフナインの対面、とても興味深かったのにAXZ12話でまんまと端折られてしまったので、想像を凝らして手前補完してみました。
時系列は、AXZで響が神の力に取り込まれて48時間の間です。
(初出:2018/01/02)(他サイトと同時投稿です)
「少し待っていてくれ」
こちらに席を勧めた後そう言い置いて退出した人物は、部屋に配下を誰も残さなかった。
船舶特有の水密構造のスライドドアの外には人がいる気配はするが、立ち位置から察するとその警戒は部屋の中ではなくむしろ外へ向けられていて、中の者の動向を監視するというより余人を近寄らせない人払いのためという趣を強く感じる。
礼を重んじる、というわけなのだろう。それが敵であっても。
その配意の清涼さに胸中に垂れ込める暗雲がいくらか払われる思いがして、サンジェルマンの心はほんの少し軽くなる。今いるこの席数が十に満たない小さな会議用の部屋に通される前、ここを訪れた先刻もそうだった。
「貴方たちを利用しに来た」
立花響が神の力に取り込まれて数時間余。
S.O.N.G.が拠点としている潜水艦の元に突如一人で現れたこちらを、黒いスーツを着たエージェントたち十数人が距離を取って囲んだ。それへ、来訪の理由をそのように告げると。
「利用とは、一体どのようにだ?」
そんな問いかけと共にエージェントたちの包囲の向こうから現れたのが、先程の人物だった。
エンジ色のワイシャツと淡桃のネクタイを、着ているというより体躯に纏わせているという表現が似つかわしいその長身の偉丈夫は、何の武器の携帯もなく袖をまくった両腕は徒手で、こちらを臆する素振りは微塵もなく黒スーツの囲いを越え、二、三歩の間合いまでやってきてこちらを真正面に捉え立つ。
「そちらの錬金術師と話がしたい」
問いにそう答えると、燻した金色をした双眸は眼光こそ強いが敵意は微塵も浮かぶことなくただ静かにこちらを見詰め、その後ものの数秒で流している短い髪と同じ濃い赤茶の髭の顎は下に引かれた。
「いいだろう。ついてきてくれ」
動揺する周囲のエージェントたちに銃を下げろと両手で制する。全ての銃口が下げられたのを見届けると、シャツの男は無防備にもくるりと背を向け、こちらだと促しさえして潜水艦へのタラップに向かって歩き出したのだった。
数千年を生き永らえてきた中で数十万の人間とまみえてきた経験が、周囲から司令と呼ばれるあの人物がかなりの手練であると訴えていた。
けれどそれは通常の人間が相手の場合であって、超常を行使する者と相対すればどれほど武術に優れようとも無事では済まない。
にも関わらず、一時的な共闘があったとは言え、数時間前まで敵対していた超常の者を我の拠点に招き入れることは、容易に割り切りできることではない。
その豪胆さ、そして抜け目のなさ。機と見れば敏く鋭く稲妻のように意を決して動に移すその在り方には、ごく最近に身に覚えがある。
星の命を抽出するレイラインを遮断され、神門開闢の儀式はあと一歩のところを封殺された。
ダインスレイフの闇を浄化し、イグナイトモジュールを強制解除するラピス・フィロソフィカスに対するバリアコーティングの実装も迅速だった。
そして相手が敵であれ礼を欠かず誠実に向き合う清涼さ。それゆえに、シンフォギアのあの子たちはあの司令官の采配についてゆくのだろう――清々しく、健やかに強く結びつき合いながら。
ここへ来たのは、それを見込んで“利用する” ための来訪だった。
『神の力』に取り込まれた立花響はおそらく融合していない。本来なら生まれながらに原罪を背負った人類に『神の力』が宿ることなどないはずが、低きに流れる水のように何故か立花響へと宿り、だがエーテル体である『神の力』の物質化が蛹状態に留まったのは、概念との融合によって受肉する性質の『神の力』と、『神』そのものに反発する立花響の纏っていたガングニールの『神殺し』の力が膠着した結果に違いなかった。
神の器の模造として、かつ局長にとって都合の良い概念を収めた器を目的として造られたティキは、局長の思惑した通りにか機体こそ融合はされなかったが、局長との会話の様子では普段は饒舌なはずの口振りはおぼつかず、思考の単純化・極端化が見られ、疑似自我の維持に支障をきたしていた。
立花響は『神の力』に取り込まれたものの融合していないが、『神殺し』の力との拮抗が崩れればティキと同じように、いやそれ以上に、ディバインウェポンと顕現した際に、自我が侵食されて掻き消えでもしてもおかしくない。神の力を宿す器を目的として造られた人形とは違う、錬金術を行使する能力を持たず超常的な肉体も精神も持たない一介の人間に過ぎない立花響では『神の力』は到底制御し得ないだろう。
そうなる前に、立花響を『神の力』から分離させなければならない。立花響が身体・精神ともに健全を保っている可能性が少しでも高いうちに。
……馴れ合いではない。情に流されたわけでもない。復帰した立花響が健全であればあるほど、その後の『神の力』の処置に有利というだけの、共闘の延長に過ぎない。己が正義のために他者の命を礎にしてきた者は、そうでないあの子たちと手を取り合うなどできるわけがない。
ティキは局長の『神の力を手放せ』という呼びかけに応えて自らの意志で『神の力』から分離した。ティキと同様に融合を果たしていない立花響にも、それが可能だと思われる。
見た目さながらに自身の羽化をじっと待ち眠っている蛹のように一切の反応がないあの様子から察するに、立花響の意識はおそらく落ちている。
必要なのは『声』だ。立花響の意識を目覚めさせ、仲間の元へ戻りたいという意志を喚起させるための。
その役は、あの子と絆で結びつき合っている者たち以外に適任は考えられない。あの子の、仲間たち以外には。
仲間――その言葉を思い浮かべると、脳裏をよぎる顔がある。
仲間と呼び合うようになって数百年だった彼女たち。完成した肉体によってこの先も永劫の時を生き永らえても、もう二度とまみえることは叶わない、二人の。
その死は、これまで礎としてきた数多の死と同様、人類を支配構造から解放するために必要な犠牲と飲み下した。けれどそれら全ては、あのような破壊しか生まない力を呼び込むためではなかった。
局長に、長年に渡って謀られていた。
専有可能な人智を超える力は、支配を促進させる因子以外の何物でもない。支配からの解放を求めあらゆる犠牲を払ってきたはずが、支配構造を創り出す力を呼び寄せる幇助をしていたとは、これ以上の皮肉はなかった。
ふいに、コツコツとドアが叩かれる音が聞こえて、慙愧の念で胸中の深くへ沈みゆこうとしていた意識は現実へと呼び戻された。
控えめだがはっきりと聞こえるよう意識してノックされた出入り口のドアへ、いつの間にかうつむき加減となっていた顔を上げる。知らず膝の上で強く握り込んでいた両の拳も、肩の力を抜いて緩めた。
今は、取り戻せないものの前に怯んで歩みを止めているいとまはない。前へ、前へ一歩でも踏み出さなければ――後ずさることのないように。
緩めた拳を、もう一度握り直す。
「入るぞ」
こちらの返事を待たずに開かれたスライドドアから姿を現したのは、先刻の司令官だった。
室内に入ってきながら、後方を意識する素振りを見せる。後にはこちらの求めに応じて連れてきた、異端技術利用の中枢を担う錬金術師が続いているのだろう。
S.O.N.G.の錬金術師は、一体何者なのか。
パヴァリア光明結社は、有用な錬金技術を蒐集・蓄積し利用する過程で世界に存在する有力な錬金術師の存在は概ね把握している。
フルカネルリやニコラ・フラメルの他、それらに匹敵する錬金術師や異端技術に長じる上位者がS.O.N.G.に与しているという情報はなく、ラピス・フィロソフィカスの浄化特性に対抗するバリアコーティングを迅速に異端技術であるシンフォギアに組み込める技術を持つような者の存在は、結社の持つ情報からは結局掴めずじまいだった。
その答えが今、期せずして明かされる。
「お待たせしました」
聞こえた声質に、耳を疑った。
司令官の後に続いて部屋に入ってきたその小さな姿に、目を疑った。
子供特有の甘い丸みを全く残している声色に相応の、あどけない幼い少女の外見だったからではなく。
見知っている人物だったからだ。
「キャロル・マールス・ディーンハイム……!?」
薄金の髪に白い肌の、その姿こそ齢十前後の北欧人種の子供だが、存続は四百年を超える。
独自の錬金技術の特有性と技術の高さには目を瞠るものがあり、局長が技術を欲して蒐集を画策するも位相差空間に潜んでいて手を出し難く、自身も局長の馬鹿げた火力に及ばないながらも『想い出』の焼却という、正気の沙汰ではない自己喪失のリスクを代償と払って得る膨大なエネルギーを背景にした四大元素の使い手あることから、提携と取引、プレラーティが密かに仕掛けたバックドア等で優れた技術を少しずつ引き出すしかできなかった錬金術師。
万物全てを解き明かして記すという彼女の命題――万象黙示録の完成はその実、世界を文字通りにバラバラに分解しての解析であり、その所業を世界の危機と見なしたS.O.N.G.とシンフォギアによって阻まれた。
その対決の終盤には、おそらく躯体に持ちうる想い出全ての焼却によって碧の獅子機を錬成したものの、シンフォギアに大破させられ、行き場を失った膨大なエネルギーの暴走による大規模爆発に巻き込まれたまでは観測して知っている。
「……生きていたのか」
当時、局長は結社の情報や支援関係が漏れることを嫌ってキャロルの回収を命じたが、各国各組織の注目下での捜索は困難を極め、他組織の目を掻い潜り監視端末を位相差空間干渉により密かに潜り込ませたものの、意識が落ちて倒れ伏している立花響の他には何も見つからなかった。
気元素操作による浮揚もせず重力のままに自由落下していたあの様子では、残存想い出の全てを焼却し尽くしていたのだろう。立花響を爆発から護ったシンフォギアに相当するファウストローブの形成もままならなく、元素操作も行使できなかったでは、まるで小さな太陽の核融合反応のようだったあの爆発に耐えられたとは到底思えない。
S.O.N.G.をはじめどの組織にも回収された形跡や情報もなかったことから、塵と果てたものとばかり思っていた。けれどいま目の前にこうして健在ということは、全ての観測の目を擦り抜け何らかの錬金術で自力で身を隠したということだろう。
キャロルはこちらが名を口にしたのを聞くと、何故か驚いたかのように目を瞠り、そして次に何かに気付いたかのようにはっとして、その幼い顔をふるふると左右に振った。
その仕草は、数百年を生き永らえる者にしてはやけにあどけない。
「い、いえっ、ボクはキャロルではありませんっ……ボクの名前は、エルフナインです」
「エルフ、ナイン……?」
ナインが否定の意のドイツ語であるなら、エルフとは数えの言葉で十一の意。
キャロルは大抵の錬金術師が抱く完全への希求の執心はさほどでもなかったらしく、父親から託されたという一代では到底遂げられない命題の解明にあたって、完成された肉体の不老永命でなくとも次代の自身として完璧以上に完成された自分のホムンクルス躯体があれば良いとしていたことは、その表れの一端だったのだろう。
その次代の自身を製造する過程でできた欠陥品――廃棄躯体を生体実験の献体に用いたり、覚醒させ労役に使役していることは、プレラーティより聞き及んでいた。
ナインとは、廃棄の意味合いで名付けられたのなら。
「十一番目の廃棄躯体――」
「はい、……」
頷いたエルフナインは、何かに思いを馳せるかのように遠い目になり、けれどそれも束の間、瞬きを一つするとすぐにこちらに視線を戻して、それから口を開いた。
「ボクはキャロルによって、世界を解剖する計画に利用するために必要最低限の錬金知識だけをインストールされて造られました。キャロルを止めるためにシャトーから逃げてS.O.N.G.のみなさんに協力していたところ、最中に負傷してしまい、死にゆこうとしていたボクの元へある晩、行方不明だったキャロルが現れて……この身体で、掬ってくれたんです」
「……そんなことが」
アルカ・ノイズの持つ万物分解効果を大幅に減衰するようバリアコーティングの調整をシンフォギアに施し、呪われた魔剣の聖遺物・ダインスレイフを用いたイグナイトモジュールを組み込みせしめた錬金術師が、キャロルの手管によってS.O.N.G.に送られた廃棄躯体ということは知っている。
キャロルの周到さと冷徹さを思えば、利用の終わった廃棄躯体はそれ以上の利敵を許さぬとして処分しようと考えただろう。現にシンフォギアの調整を行った錬金工房のあったS.O.N.G.本部潜水艦は、キャロルとの戦いのさなかに巨大オートスコアラーによって海上にて撃沈されている。
けれどそれからどうにか逃れ、キャロルよりインストールされた錬金技術が限定的なものだったとしても、応用発展させることができたのなら、ラピス・フィロソフィカスの浄化特性を無効化するバリアコーティングを組み込むことができたのも頷ける。
自己を自己たらしめる核とも言える想い出を過剰焼却したキャロルが何を考えてそうしたかは分からないが、同じ素体から造られたホムンクルス同士、同化はキャロルの錬金術として可能なのだろう。
辻褄が、すべて合った。
「キャロルのこと、知っているんですね――」
こちらに向けられているものの、どこか過去を見ているかのようだったエルフナインの目は、いつの間にか切実そうにこちらに縋るかのような眼差しになっていた。
けれどすぐに、エルフナインは我に返ったかのようにはっとして、いけないとひとりごちると何かを振り払うかのように顔を左右に振る。
「キャロルとパヴァリア光明結社は長年に渡る支援関係にあったと、調査報告で聞いています。ボクが知らないキャロルのこと、聞きたい気持ちはすごく……っ、山々なのですが、今は響さんを助けることが最優先です」
まるで自分に言い聞かせるかのようだったが、切り替えたのか、キャロルとは異なる青味がかった碧色の瞳に信念と使命感を思わせる光を宿らせて、エルフナインは現状の見立てを語り始めた。
語られた所見は、こちらの所見とほぼ同じ。
蛹を遠隔で調査したところ立花響の生体反応は健在で、融合されずにいるのは神殺しの特性のおかげかもしれないということ。
生体反応以外の反応が見られないため、立花響の意識は消失状態の可能性が高いこと。
蛹の中身はおそらくディバインウェポン化した立花響で、立花響の意識がないまま『羽化』し活動可能となったら現状のS.O.N.G.には打つ手がないこと。
ティキが局長の呼びかけに応じてディバインウェポンから離脱したことから、立花響の意識を目覚めさせることができれば、自分の意志で神の力から離脱できるかもしれないこと――
所見がここにまでに至っていなければ情報を提供するつもりでいたが、杞憂に終わった。
杞憂どころか、ディバインウェポンのエネルギー固着はシンフォギアと同じ様相であるという着眼、ディバインウェポンの動きを止めるのにAnti_LiNKERを用いるという発想はこちらになかったもの。齢一年にも満たないだろうこの小さな錬金術師は、複製元の個体に似て優秀であるらしかった。
立花響の意識を目覚めさせるには、親友による呼びかけが最適と思われるという。
その親友の電気信号化した声を照射する際に対象が行動可能となってしまっていた場合、動きを封じることは通常兵器では不可能に近いだろう。
超常と渡り合うには超常でなければ――シンフォギアでなければ。
「して、シンフォギアはどうしているのかしら」
問いを発すると、エルフナインのあどけない顔がさっと曇った。
眉根を寄せ、伏せがちにした瞳の視線は机上に落ちて、顔がうつむき加減になる。
「それが……」
「ギアが反動に汚染され、装着がままならない」
ここまでこちらの会話をじっと静聴しているだけだった司令官が初めて口を開いた。思えばそれは、錬金術師同士の疎通を、門外漢が口を挟んで阻害しまいとでもしていたかのようだった。
司令官がエルフナインに頷く。それを受けて、エルフナインも頷き返す。
エルフナインが言い淀んだ理由の何割かはおそらく、ギアの装着がままならないという情報が外部に漏らしてはならない部外秘事項だったからだろう。
その規定を司令官は自ら踏み越えて見せた。
「ボクの力が至らず、対消滅バリアの発動の際にギアに反動汚染を発生させてしまいました。このままギアを纏えば、ギアに機能不全を引き起こしてしまいます」
思っていた通り、シンフォギアは動ける状態になかった。こちらの神門開闢の儀式を阻止する際、六人存在するはずのシンフォギアの派遣が二人のみだった理由に納得がいった。
「汚染の除去を急いでいるのですが、その作業は煩雑で、まだ一つも終えられていません……」
事情を知らない者が見れば、親の目がまだ離せない年頃の女児にしか見えない幼い顔と声を、悔しさと自責に悲しそうに沈ませながらエルフナインが言う。
それへ、告げる。
「その汚染、ラピスの浄化特性で除去できるかもしれない」
え、とエルフナインは顔を上げて、こちらを見遣った大きな目をぱちぱちと瞬かせた。
きょとんとしているエルフナインの前で、右腰に吊っているホルスターからスペルキャスターを抜く。単筒の古式銃の形態をしたそれの、彫金の施された当たり金からラピスを外し、指に取ったそれをエルフナインへと差し出すと、エルフナインは慌てて両手を出して器の形をつくり、その小さな柔らかそうな手のひらの上にハート形のブリリアンカットを乗せてやった。
「もしや、これは――」
「そう。ラピス・フィロソフィカス」
「これが、賢者の石……!」
手の中の紅い輝きに、エルフナインは感嘆を漏らして見つめ入った。
無理もない。卑金属を黄金に変える変成だけではない、人間の霊性の完成、あらゆる病を払う万能薬エリキサ、完成された宇宙の縮図――錬金思想にて希求される『完全』を体現する叡智の結晶は、錬金術師ならば誰もがその到達を一度は夢と描く。自分にとっても、この純度の完成にはエルフナインのかつての主、キャロルのチフォージュ・シャトーに蓄積された世界の解析データがなければ、あと百数年はかかっていただろう。
ラピスに魅入っているエルフナインの横で、司令官がこちらを見遣る。
「ずいぶんと信用してくれるんだな」
「それは、大事なブレインを数時間前まで敵だった者の前に連れてくるそちらもだわ」
そう返すと司令官は、ふ、と精悍な笑みを強面に浮かべた。
こちらと局長との決裂を目の当たりにして、神の力を捨て置けない、そのために戦力となる超常に対抗する存在が少しでも必要という、こちらの思惑を汲み取ってもいるのだろう。
司令官が示してきた開襟に、こちらも少しばかり応じてみせただけのこと。
「浄化に関する技術の情報を教えるわ」
◇
モニターに表示されているギアの汚染割合のゲージがみるみる減っていく。
この分ならきっと全てのギアの汚染除去は一日とかからず完遂できるだろう。そう判断して、作業台に向かって脇目も振らず除去作業に没頭するエルフナインの小さな白衣の背中に踵を返す。
工房から退出し通路に出たところで、後ろに続いて工房を出てきたらしい司令官が声をかけてきた。
「非常時ゆえ、大したもてなしはできないが部屋を用意しよう。エルフナインくんの作業が終わるまで、“利用”してくれないだろうか」
汚染除去の進行が滞るような問題にぶつかることがあれば助力できるよう、作業が完遂されるまでは連絡の取れる場所にて待機するつもりではあったけれど、それを見透かしての提案なのかもしれなかった。
こちらの言い回しに同じく『利用』と言い合わせるあたり、こちらの心情を汲んでのことなのだろう。
「では“利用”させていただくとするわ」
そして案内されたこの部屋は、さほど広くはないが士官用の部屋なのだろう、ベッドと机が備わっている個人用の部屋で、軍用艦に見られる兵員の共同部屋と違って広さにゆとりがあった。
「Anti_LiNKERの量産を官営民営問わず各地のプラントに依頼するんだ! 迅速に、だが丁重にな! 少量でもかまわん、たとえ数滴でも集まれば局面を穿つ量になる!」
扉は配下へのそんな指示と共に部屋から出ていった司令官の手によって閉じられたものの、外から施錠をされるといったことはなかった。
部屋の外に留まっている者の気配を感じるが、先ほどと同様こちらを監視するというより事情を知らない者を近寄らせないためなのだろう。
結局、今に至るまでもスペルキャスターもテレポートジェムも提出を求められることはなかった。もっとも、丸腰になろうとも四大元素の錬金術を使える限り、何の術も施されていない通常物理法則下の鉄扉を破るなどたやすいけれど。
浄化特性に関係している一部分の解析の終わったラピスもすぐに返却されたあたり、少なくとも司令官はふいに訪れた敵性組織の幹部を捕らえたではなく、協力者として扱う態度を違えるつもりはないと見える。
壁に寄せ置かれているシングルベッドの縁に腰をかける。
S.O.N.G.が本部として用いているこの潜水艦のベースは軍用艦には違いなく、ベッドは結社の支援者から常宿として供されるホテルのスイートのスプリングが効いたベッド並というわけにはいかないが、適度にクッション性を持つ備え付けのベッドは、休むには十分な快適性が確保されていると言えた。
停泊中のせいか、艦内は機関駆動に付随される微震すらない。訪れた束の間の静寂に身体を委ね落ち着かせると、身体が癒やされゆくのを感じる。自覚がなかっただけで、立花響や局長との戦いの疲労は身体に着実に蓄積されていたようだった。
思いがけなく休息が取れたのは僥倖だったのかもしれない。立花響の救出作戦は、日を置かずに終わるだろうエルフナインの作業が完了し、物資と機材の準備が整い次第、開始されるだろうから。
――エルフナインは、こちらからラピスの一部の解析結果を教材に浄化特性技術のレクチャーを施されるとすぐに、錬金術工房のその場で汚染除去の作業に着手した。シンフォギアのコンバーターユニットの仕組みに関してはもはや熟知しているのだろう、作業設計は頭の中だけで組み立てたに違いない。設計を頭の外に出力する暇も惜しむかのように汚染除去に没頭し始めたのだった。
融合してしまうおそれのある神の力からの立花響の分離は、一刻も早い方が望ましい。エルフナインはあの様子ならきっとその幇助を短期間でやり遂げるだろう。
エルフナインとの対面は僅かな時間だったが、その心根の健やかさはよく知れた。
何故キャロルとの同化という形に至ったのか定かではないが、キャロルが使役に転用するホムンクルスの廃棄躯体には何の超常の力も持たされていないようだとプレラーティより聞き及んでいたので、同化はキャロルが手を下さなければ起こらなかったことは確かだろう。
人を助けたい、知りたいという博愛と探究心に満ちているエルフナインは、死に瀕した際、おそらくは生きたいと願ったのだろう。キャロルは自分の意志でそれを掬い、遺した――奇跡を忌み嫌い、世界への昏い想いを原動力に数百年を生き永らえてきた子供、のはずなのに。
復讐に彩られた想い出の下、意識の底の底で蓋をされていた元来持ち合わせていた素の善良な純粋心が、想い出の過剰焼却と、健やかな心根を持つエルフナインとの対面によって喚起され、共鳴でもしたのだろうか。
「生きた意味……答え、か」
キャロルのように自分は、何かを遺せるのだろうか。明日に。未来に。
自分が生きた意味は、少なくとも人に支配を強いる力をこの世にもたらし、後世にまで継ぎ遺してしまうためではないはずだ。
立花響を取り戻す――神の力の滅絶の可能性である、あの子を。
遺すためではなく、遺さないために。
この命に、二千年余の魂に死を灯してでも。
……神の力に落着をつけた暁には、自分が知っているキャロルのことを、エルフナインに話すのもいいかもしれない。
キャロルとの折衝はほとんどをプレラーティが担っていて、初期の顔合わせと調査資料で知った程度しか来歴と人となりを知らないが、それでもエルフナインが知らないだろうキャロルのことを知っている。
目に見える何かを遺せなくとも、永劫を生きる中で得た想い出を伝えてやるくらいのことはできそうだ。
この世に生きて一年にも満たないだろう真実幼い錬金術師のあの少女に、数百余年を生きた錬金術師の少女のことを、伝え遺そう。
それからでも遅くはないだろう、人類を支配から解放する術を今度こそ完成させて礎としてきた魂への贖いとし、報いを受けるのは。
なんであんなこと(カット)した! 言え! なんでだ!(RoL
エルフナインはキャロルにもう一度出逢うために脳領域の個人研究を始めるくらいなので、キャロルを知っている人に会ったら話を聞きたがるんじゃないかなと思います。
そんなエルフナインと、キャロルのことをある程度知っているサンジェルマンとのやりとりは本編で見てみたかったですね…きっと尺の都合や何やかやの問題でカットされたのだと思うのですが、残念でした。
本文のこの後は響救出作戦へと繋がるわけですが、サンジェルマンは光と消えて帰ることなく、結局エルフナインはキャロルのことは聞けずに終わってしまい、キャロルともう一度出逢いたいという気持ちを改めて募らせそうだなと思います。
サンエルの対面を想像するにあたって用いた考察など、作話の四方山話をblogの方に書いてみました。→http://sizu1885.blog.fc2.com/blog-entry-45.html