太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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太陽の備忘録
一日目


今からあなたが目にするお話は、嘘でも作り話でもありません。全て、現実に起こったお話です。

救いのないような話に見えるかもしれません。切なく感じるかもしれません。しかしこのお話が終わった時、あなたはきっと心に温かさを感じる事でしょう。

どうか途中で飽きること無く、最後までお読み頂きますよう。

 

それでは、ごゆっくりどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 パチリ、という音が聞こえそうなほど綺麗に目覚めた。白い天井だ。少なくとも、自分の家ではないことは確か。俺はカラダを起こし、キョロキョロと辺りを見回す。どこだここは。

 カーテンで隔離された空間に、純白のシーツ。そして俺が着ているのは、入院患者が着る病衣(びょうい)。これらの情報から総合的に判断し、自分は病院にいるのだと判断する。

 他に何かないかと探すと、ちょうど小さめのチェストに紙が貼り付けられていた。『起きたらナースコールしてね』……か。

 ふむ、このボタンだな。

 

「はーい。あらっ、おはよう隼人(はやと)くん。ぐっすり眠れた?」

「えと……。え?」

陰山(かげやま)隼人くん、あなたの事よ。ナースコールしたでしょ?」

「あっ、はい。まぁ、快調……だと思います」

 

 あまり理解が追い付かなかったが、無難に返しておく。それを聞くと、看護師は『じゃあ、また後で来るから』と言い残して部屋を出ていった。

 頭がボーッとしている。もう何時間も眠っていたかのようだ。ここに来る前、自分は何をしていただろうか。考えてみるが、どうにも思い出せない。

 病院にいるということは、カラダのどこかがおかしいのだろうか。だが目立った外傷はないし、どこも痛くない。点滴もされてなければ、何かに繋がれているわけでもない。謎は深まるばかりである。

 

「今日、何日だっけ」

 

 目が覚める前はいつだったっけか。それを見れば、記憶も戻ってくるかもしれない。俺は病室に備え付けられていたカレンダーを見る。日付は、十一月一日の土曜日だった。

 

一日(ついたち)……。月の始め、か」

 

 それを見て、俺はようやく自分の状況を理解する。

 ―――いや、思い起こす。

 

 

 

 ……あぁ、そういう事か。今日がリセット(・・・・)の日なんだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 自分の状況を理解してからは落ち着いたのか、看護師が再度来るまで惰眠を(むさぼ)っていた。病院という場所は、それほど退屈なのだ。

 看護師が来てからは、何の面白みもない検査を次々と受けさせられる。体調はどうであるか、脳波に異常がないか等々。あちらこちらの部屋に引っ張り回されて、それはもう(せわ)しない。

 それが終わったら今度は、『結果が出るまで少し待っててね』だって。また退屈な病室へ戻される。退屈しのぎにと雑誌をいくつか貰ったが、芸能人の情報なんて見ても分かる訳がない。すぐにチェストの上に放置してしまった。

 ……暇だなぁ。

 

 

 

 

「ミッシェルー!! 次はこの部屋よっ!!」

「ちょっ、分かった。分かったから押さないでってば……」

 

 そんな俺の心の声を読んだかのように、タイミング良く病室のドアは開いた。会話を聞いて察するに、二人組だろうか。一人は少々騒がしい。ここは仮にも病院だぞ。

 どんな常識知らずが入ってきたのやら。ベッドから降りて、仕切りのカーテンを開ける。いたのはやはり二人組……というよりか、一人と一匹だった。

 金髪(ブロンド)を腰まで伸ばした同年代の女の子に、ピンク色の熊の着ぐるみを来た誰かさん。二人とも赤と白を基調とした、マーチングのような衣装を着ている。

 

「あら、こんにちはっ!! あなたのお名前は?」

「いや、こっちのセリフなんだけど」

 

 開口一番にお名前はって……。少なくとも、病院にそんな格好で来るような人に言われたくない。なんだこの人。

 そんな心中もお構いなしに、ブロンドの少女は笑顔で両手を振り続ける。いや、ホントなんだこの人。

 

「ここはあなただけなのよね?」

「そうだよ。入り口にネームプレートがあったはずだけど」

「そうなの、それはラッキーだわ!! あなただけの特別ステージね。ミッシェル、いっくわよー!!」

 

 この人達、本当に何しに来たんだろう。ステージとか、病院に似つかわしくない単語な気がするんだけど。お見舞いって感じでもないし、そもそも俺はこの人達を覚えてないし。

 暴走しかけている彼女を止めたのは、ミッシェルと呼ばれた着ぐるみの熊だった。

 

「ち、ちょっとこころ待って。さっきからずっとパフォーマンスしっ放しだし、その人も困ってるだろうし……」

「あら、ミッシェル疲れたの? なら休んでていいわよ」

「そういう事じゃなくて!!」

 

 着ぐるみの人も苦労してるんだなぁと、俺はベッドに戻りながら傍観している。完全に他人事である。まぁ、見てて飽きそうにないからいいけれども。

 ていうかこの人達、他の部屋でもこんな事してるのか。なんで看護師とかは止めないんだろう。

 

「あのさ、そろそろ君たちの事を教えてくれない? 申し訳ないけど、俺は君たちの事が全然分からないから」

「あたしは弦巻(つるまき)こころ!! 世界を笑顔にするために、『ハロー、ハッピーワールド』っていうバンドを組んでいるの!! こっちはメンバーのミッシェルよ」

 

 弦巻さんにミッシェルさん。……いや、ミッシェルに関しては中の人の情報が知りたいんだけど、まぁいいか。どうせ知らない人だろう。それに着ぐるみの中に人なんていない、うんきっと。

 弦巻さんのよく分からない説明に、ミッシェルが付け加える。彼女達のバンド――通称ハロハピは『世界を笑顔に』をモットーとして、幼稚園や病院といった場所を定期的に慰問しているらしい。本当のメンバーはミッシェル含めて五人だが、今日は二人だけなのだと。

 

「で、そのハロハピさんがこの病室に何の用?」

「あたし達と一緒に、あなたも笑顔になりましょっ。 ほら、あたしに続けて」

 

 質問にちゃんと返してください。具体的に何をしに来たか聞いてるんだよ。

 説明を放棄して、弦巻さんはメロディーを口ずさみ始める。話を聞いていないし、こちらの様子を確める気もなさそう。

 

「ララララ~ララ~、ラララララ~。はいっ」

「いや、はいって……」

「ごめん、ここはこころに付き合ってあげて」

「えぇ……」

 

 困っている俺に、ミッシェルがボソボソと耳打ちする。彼女(?)にも、弦巻さんの制御は無理なようだ。

 

「ララララ~」

「ら、らららら~」

「もっと!! 笑顔が足りないわっ」

「んな事言われても……」

 

 結構厳しい。笑顔笑顔と言われても、こんな状況で笑えというのが無理ではないだろうか。苦笑いしか出ないよ。

 弦巻さんの綺麗な歌に、俺のぶきっちょな声が混ざる。人となりは置いといて、彼女の声は魅力的だった。それこそ、彼女の印象が少し変わってしまうぐらいに。

 それに……なんて楽しそうに歌うんだろう。観客は俺しかいないのに、満面の笑みで。俺には絶対に無理そうだ。

 

「どうして? 楽しくないかしら?」

「いや、今そんな気分じゃないというか……」

「大丈夫よっ。あなたが楽しいと思えば、笑顔になれるわ!!」

 

 無茶苦茶言ってるよこの子。その楽しいという気持ちになれないから、今こうして困っているんだけど。

 俺がいくら困っていても、いくら渋っても彼女は諦めない。『さぁ!!』と、強引に俺に歌わせる。その度に、病室に外れた音が響く。やはり笑顔にはなれなかった。

 きっと、彼女は裕福なんだろう。多くの友達に恵まれ、親の寵愛を受け、さらにはバンドまでやっている。だから、人に笑顔になれと言えるほど心の余裕があるんだ。そうに違いない。

 

 

 

 俺は……俺は自分の事で精一杯だ。

 難病を抱えているのだ。一ヶ月周期で記憶がリセットされるという。交通事故で頭に強い衝撃が加わったのが原因で、それは今年の六月の話だと聞かされた。

 月の最初の日に目覚めたら、まず自分の名前が分からない。人間関係も白紙に戻される。自分の趣味、好きな食べ物等々の情報も一切忘れてしまう。そのくせ自分の病気については、感覚的にだが理解している。一ヶ月経ったら記憶を失う病気であり、今日がその一日目だということ。そして、もうそれを何度も繰り返していること。なんて皮肉な話なのだろうか。

 きっと、彼女は俺の病気の事なんて知らないだろう。本心でこの病院の患者を笑顔にしたいと、偶然俺の部屋に現れた。そして、絡まれている。楽しく思えば、笑顔になれると。

 

「分からないよ、楽しいなんて」

 

 俯き加減に、俺はポツリと呟く。何も覚えていない自分が、楽しいという感情や出来事を知るはずがない。笑顔になれるはずがない。

 弦巻さんが、少しだけ目を丸くした。常に笑顔だった彼女が、表情を変えた瞬間だった。ミッシェルは俺を気遣っているのか、『こころ、ちょっと……』と引き止めている。

 

「そう……。だったら、あたしが教えてあげるわっ!!」

「……え?」

「笑顔も楽しいって感じる事も素敵だもの!! それを知らないなんて、もったいないじゃない?」

 

 表情が変わったのも一瞬の話。弦巻さんは目を輝かせて、あっけらかんと言い放った。普通、そこは引き下がるところじゃないのか? ますます、この人が分からない。

 でもどこか、彼女の醸し出す雰囲気が変わった気がする。口だけじゃなくて、本当に何かしそうな……いや、やりかねない雰囲気に。面食らったのも相まって、俺は彼女の圧に押された。

 

「こころ。そろそろ……」

「ん、分かったわミッシェル。じゃあね、隼人!!」

 

 もう名前呼びですか……ってか俺名乗ったっけ。まぁ、退屈しのぎにはなったからいいや。きっとそう簡単に会うことはないだろう。

 ミッシェルに連れられて帰る弦巻さんは、ドアが閉じる寸前まで俺に手を振っていた。やっぱり、満面の笑みで。たった十分かそこらで、随分と気に入られたものである。

 

 

 嵐のような彼女が過ぎ去ったのも束の間、入れ替わりとなる形で看護師さんが医者を引き連れて入ってきた。検査の結果でも出たのだろうか。

 

「はい、お待たせしました。検査結果は、後で親御さんが来たときに一緒に報告するからね。今晩までここに止まって、夜の君の頭を見させてもらうから」

「あぁ、はい」

 

 まだ検査するのか。溜め息が溢れそうになるのを、すんでの所で堪える。

 医者はそれだけを伝えに来たのだろう。報告が終わると颯爽と部屋を出ていった。

 

「あっ、そうだ。すいません」

「はい?」

 

 続いて出ていこうとする看護師を引き止める。

 

「その、弦巻こころって知ってますか? マーチングみたいな格好で、熊の着ぐるみと一緒にいた」

「えぇ、もちろん。有名だもの」

 

 そりゃそうだろう。あんな衣装で病院に来て、各病室を歌って回るんだから。有名にならない方がおかしい。

 でも、俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて。

 

「あの子、大きな家のお嬢様なんだけどね。月の始めにはこうして、慰問しに来るのよ。楽しみにしてる子供もいるから、出入り禁止するわけにもいかなくて」

「……へぇ、そうなんですか」

 

 本当に裕福な家庭の子だったとは。でも、少しばかり常識が欠けているようなあの振る舞いを見ると、妙に納得出来てしまった。

 看護師は優しげな表情を見せる。それだけであの子は、この病院で愛されてるんだなぁというのは理解できた。疎ましく思う人なんかより、彼女が笑顔にさせる人の方がずっとずっと多いんだ。

 彼女は、俺の事なんかお構いなしにずかずかと侵入してきた。笑わない俺が珍しかったのか、結構しつこく付きまとってきた。それが、少し印象に残ったのだ。

 きっと、彼女は楽しい人生を送っている。楽しい思い出も、たくさんの引き出しがあるんだろう。そういった引き出しが全く無い俺とは、対極の位置にある人間だ。

 空っぽのタンスには、これからいくらでも詰める事が出来る。だが、どうせ期限は一ヶ月限り。またいつかは空になってしまうのだから。

 

「もういいかしら?」

「えぇ、まぁ」

「じゃあ、とりあえずはゆっくりしててね。さっきも説明したけど、これ書いとくのよ。毎日ね?」

 

 そう言って、看護師は部屋を去っていく。俺が貰ったのは、赤い日記帳だった。さっき検査の途中で、毎日書くように言われたっけ。記録も兼ねているんだろう。

 彼女の事を聞いたのは、単なる興味だった。俺が健常だったら、もう少し彼女への受け取り方が違ったのかもしれない。もしかしたら、笑顔で歌っていた……なんて事も。

 とはいえ、そんな事を思っても現実は何も変わらない。いくら俺の興味を引こうが、所詮彼女もいつか忘れ去ってしまう有象無象(うぞうむぞう)にすぎないのだ。

 せめて、今日の日記に形として残しておいてあげよう。俺は、チェストの上に置かれた日記帳とペンを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月一日(土) 天気:晴れ

リセット開始。検査があった以外には、特筆すべき事は起こらなかった。あとは、弦巻こころという子が来たくらい。彼女はとても明るく、歌も上手い子だった。ただ少し……というか、かなり変わった子だったように思う

 

 

 

 

 

 

 

 

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