太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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十四日目(Ⅰ)

『アタシ達と一緒に、あなたも笑顔になりましょっ』

 

『隼人が笑顔になる条件、アタシも一緒に探してあげる!!』

 

『隼人の事も、思い出に残したいわっ』

 

『やっぱり、隼人の笑顔が見たいっ』

 

 思い出されるのは、こんな言葉の数々だった。どれもこれも全て、弦巻さんが俺に対して言ったものだ。

 弦巻さんへの理不尽な八つ当たりが残したのは、拭いきれない後悔だけだった。昨日家に帰ってからも、今日起きてからも、授業中も、そして今も。考えているのは、そんな事ばかり。

 昨日あんな事があったせいか、弦巻さんは行きも帰りも現れる事はなかった。本来はこれで良いはずなのに、酷く後味の悪い話である。

 

「どーも」

 

 だが今日もまた、校門に人影が。

 俺は心底嫌そうな顔をしたと思うが、その人は全く気にしていなさそうで。小さくペコリとお辞儀。

 

「ハロハピの間では、待ち伏せが流行ってるの?」

「連絡先がないから、こうするしかなかったの。さすがに、その辺の常識は持ち合わせてるつもりだから。こころと違って」

「何の用なの? 奥沢さん」

「大体は、察しがついてるんじゃない?」

 

 まぁそうだよなと、心の中で納得する。ただ一度バイトをしただけの関係である奥沢さんが、わざわざこうして会いに来たのだ。十中八九、昨日の事関連だろう。弦巻さんから直接聞いたか。

 だが、彼女は怒り心頭というわけではなく、むしろ淡々としていて。むしろ、数日前に会った様子そのままのように感じた。昨日の文句を言ったり、何か注意しに来たのではないのか。

 

「弦巻さんは?」

「来てほしかったの?」

「まさか。よく一人で来れたなって」

「風邪引いて休んでるからね」

 

 傘も差さずに、待ち伏せなんかするからだ。当然の結果である。

 

「ま、こんなところで立ち話もなんだし。移動しましょうか。今日、空いてるよね?」

「……空いてるけど」

 

 空いてないと言えば良かったのに、何故か従ってしまった。奥沢さんから、言い知れぬ雰囲気を感じたからだ。上手く言えないが、断りにくいというか。今日都合が悪いと言っても、きっと空いてる日を聞かれるんだろう。それぐらいだった。

 やはり気まずいので、奥沢さんの後方一メートルを離れて歩く。

 空は昨日と同じく曇り空。午前中は降っていたが、今の時間帯はもう雨が止んでいた。

 ―――まだ晴れそうにないな。あの雲が積み重なっているように、俺の肩には憂いと気だるさがズシリとのし掛かった。

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

「いらっしゃいませ~。空いてるお席へどうぞ」

 

 商店街に佇む、小さなカフェ。その名も、羽沢(はざわ)珈琲店。奥沢さんは、そこに俺を案内した。なるほど、腰を据えて話がしたいということか。

 あまり人目に付きたくないというのは、俺も奥沢さんも同じだったようだ。彼女が選んだのは最奥の席。それぞれ、向かいになって座る。

 

「コーヒー、嫌いじゃないですよね?」

「そだね」

 

 好んで飲みたくはないが、勝手に注文した後に言われてもね。別に休憩に来たんじゃない、という意思表示のつもりだろうか。奥沢さんは、最小限のものしか頼まなかった。

 一口、コーヒーを口に含む。……うん、にっがい。生憎だが、俺には味の違いを区別するほどの舌を持ち合わせていない。このコーヒーだって、市販のものと変わらないように感じるぐらいだ。さすがに、そんな事はないんだろうけど。

 

「昨日の事は、直接こころに聞きました」

「そ。仲直りして、とでも言いに来たの?」

「まさか。こころと陰山さんの関係に、あれこれ言うつもりはないよ」

 

 じゃあ何で呼び出したんだ。焦らすような奥沢さんの口調に、少なからず苛立ちを覚える。彼女の意図が読めない。

 

「私は、私の知ってることを全部話しに来ただけ。そこからどうするかは、陰山さんに任せるよ」

 

 どうなっても、後で文句言わないでよね。どんな説得をされたとしても、病気が治る訳じゃないんだし。『はいはい』と、俺は小さく呟く。まるで興味無さげに。

 でも、奥澤さんはそんな俺を歯牙にも掛けない。紙袋から何かの冊子を取りだし、それを縦に重ねる。本……いや、日記帳だろうか? いち、にぃ……四冊もある。カバーは、どれも不揃いだ。

 

「……これは?」

「読めば分かると思う」

 

 そこも、やっぱり焦らすのか。百聞は一見に如かずと言うし、やっぱ読むしかないよね。

 適当に一冊取ってもらい、開く。やっぱり日記か。むこう四ヶ月分のらしいね。大方、弦巻さんのものなんでしょ。そう高を括り、目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 だが、そこに書いてあるのは――――

 

「……え?」

 

 俺の想像を遥かに越えていて。

 

 

 十月一日(火) 天気:曇り

リセット初日。体調は(おおむ)ね良好といった感じ。前日までの記憶がないこと以外は、これといって異常は感じなかった

そういえば、病室に変な子とクマの着ぐるみが来たっけか。医者と話してたから、摘まみ出されてたけど。なんだったんだ、あの子は

 

 

 

 次に九月分を開く。

 

 

 

 九月八日(月) 天気:晴れ

また弦巻さんは俺の家にまで来た。一緒に学校に行こうと。さすがに非常識過ぎないか。何で俺は、会ったばかりのあの子にストーカー紛いの事をされてるんだろう。朝も早いし、迷惑極まりない話だ

あまりにしつこいから、もう来るなと強めに言ってしまった。間違った事をしたとは思わないが、少し言い方がキツすぎたかもしれない。ちょっと反省

 

 

 

 そして、八月分。

 

 

 

 八月三十一日(日) 天気:晴れ

今日が今月最後の日。明日の俺には今月の記憶がないわけだが、これといって無くなって困るものもないと思う。特に、何も起こらなかったし

また記憶がリセットされて、同じことの繰り返し。今月まではずっと病院にいたが、来月からは夏休みが終わって学校が始まる。俺も行くんだろうか

そんな事を今考えても意味がないことに気付くと、また空しい。数時間後の自分は、今とは違う自分。学校の心配なんて、その時の自分が何とかしてくれるだろう。先の事なんて、考えたくもない

 

「筆跡からも分かるよね。毎日書いてるんだから」

「なんで……? どういうこと!?」

 

 ここまで三冊。もう何を言われずとも、全てを察することができた。だが、頭の整理が追い付かない。残る最後の一冊を手に取る。

 ……七月分。

 

 

 七月一日(火) 天気:雨

頭の整理が追い付いていないが、書けと言われたので日記を付ける事にする

昨日の事を全く覚えていない。これに尽きる。起きたら知らない家で、知らないオバさんが俺の事を『隼人』と呼ぶ。病院に行ったら、そういう病気だと説明された。夢じゃないみたい

これからどうすればいいんだろう。どうしようもなく怖くて、胸が潰されそうになった

 

 

 

 七月三十一日(木) 天気:晴れ

明日から、また記憶が飛ぶらしい。本当にそうなのかは分からない。嘘なんじゃないかと思うくらい、いつも通りだった。もし本当ならば、今月の記憶は全部消えてしまう。そう考えると、夜を迎えるのが少し怖いかもしれない

病院でたまたま会った子にその話をすると、大丈夫だと明朗な笑顔でそう言われた。自分が笑顔にさせるからと。だから、それも忘れてしまうってのに変な子だったなぁ

 

 

 

 病院の先生が言っていた、俺が健忘症になったきっかけというのが六月の話。そして、記憶がリセットされた最初の月が七月。もはや、疑う余地すらなかった。

 この日記は……これを書いた人は……

 

「正真正銘、あなたが書いた日記。七月から、先月までのね」

 

 奥沢さんが持ってきた四冊の日記。それは、俺が今まで書いてきた日記そのものだった。やっぱり、日記は今月から始めたわけではなかったんだ。今までもずっと書いていたんだ。

 最も驚いたのは、その内容。どの月にも、必ず弦巻さんの事が書かれているのだ。名前を出していない月もあったが、どれも彼女と思わしき内容である事には違いなかった。

 

「一体これをどこで!? なんで奥沢さんが!?」

「持っていたのはこころ。私は、それを今朝借りてきただけだよ」

 

 なぜ、弦巻さんがこれを。入院中で退屈だった時、過去の日記はないのだろうかとふと考えたことがある。あの時探しても見つからなかったのはそういう事かと、今合点がいった。

 そしてさらに、この日記の存在によって生じた疑問はまだある。彼女はどこまで知っているのか。いつから、どうして知ったのか。

 

「こころが病院の看護師さんに頼み込んでね。陰山さんの日記を所持することの許可を貰ったの。もちろん、こころとの関わりがあった事を隠すために」

「看護師さんに……!? ってことはもしかして……」

「今まで黙っててごめん。こころは陰山さんの病気の事を知ってる。私もその時は付き添ったから、もちろん私も」

 

 そしてその疑問の答えは、ある意味俺の予想通りだった。俺とは初対面だと思っていた弦巻さんは、彼女からすれば数ヶ月の付き合いで。そして、病気の事まで知っていて。

 今思えば、不自然な点はあった。会ったばかりだというのに、彼女が俺の家に迷わず来たこと。同様に、学校を知っていたこと。そして……名乗ってないのに名前で呼ばれたこと。彼女の異様なほどの干渉も、長い付き合い故だと考えると説明がつく。

 

「……ハハ。何も知らなかったのは俺の方か」

 

 じゃあ、何か? 弦巻さんは毎月毎月、俺と初対面の『フリ』をして接してきたというのか。毎月最初に記憶が無くなってしまう俺に、わざわざ話を合わせてまで。

 昨日、弦巻さんに対して何と言ったか、今でも明確に覚えている。何も知らない君には俺の気持ちなんて分からない、と。たかだか会って半月のくせに色々と干渉するな、と。

 だが事情を知ってしまった今、もうそれは中身のない怒りへと変わってしまった。九月八日の日記でも、俺は彼女に対して怒りを見せていることが分かる。九月だけじゃない。八月も、十月もだ。最初の七月以外、俺はどこかしらでこんな風に弦巻さんとトラブルになっていた。

 月始めに俺と出会い、急接近し、どこかで俺に拒絶され、最終的には避けられて。三ヶ月半もの間、彼女はこんな事を繰り返していたというのか。無限ループみたいに、延々と。

 

「なんで、そこまでして……」

 

 自分を犠牲に、そんな面倒な事をしてまで、彼女はなぜ俺に構うのか。

 普通なら、とっくに距離を置かれていてもおかしくない。どうせ忘れてしまうんだし、俺からすれば先月の交遊関係なんて気にも留めないだろうに。

 

「私はこころじゃないから、それは分からない。元々、何を考えているのか分かりにくいからね。でも、そのきっかけになった出来事なら知ってる」

 

 日記を見る限り、俺と弦巻さんが初めて言葉を交わしたのが七月三十一日だ。だが、肝心の内容が書かれていない。きっと当時の俺からすれば、日記に書くほどの会話でもなかったんだろう。それ以上に、月末ということで余裕が無かったというのもあるが。

 だが、その出来事を知れば何か分かるかもしれない。たかが半月とはいえ、彼女と接してきた当人である。

 

「ねぇ、奥沢さん。言ったよね? 知ってることを全部話しに来たって」

「言った……うん。言ったけど」

「じゃあ、聴いてもいいかな。弦巻さんの、そのきっかけってヤツ」

 

 気がつけば、そう彼女に言っていた。

 どんな思惑があるかなんてなくて、単に弦巻さんともう一度向き合う時間が欲しかったんだと思う。

 奥沢さんは少し驚いたように眉を動かしたが、すぐにポツリポツリと話し始めた。

 

 

 

 

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