太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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十四日目(Ⅱ)

 

 きっかけ、きっかけかぁ。初めて会ったのは、七月の三十一日だったよ。知ってると思うけど、私たちは病院の慰問ライブをしててさ。それを初めてやったのが、その次の日……つまり八月一日だったんだよ。その日は、確かライブの事前確認とかで病院に行ったんだったっけ。

 

「美咲、次はこっちよっ!!」

「ちょっ、こころ。だから、そっちは違うって……!!」

 

 病院の人との待ち合わせ場所に着くまでに、こころはあちこちの病室に入って回ってた。まぁあんな性格だからさ、じっとしろって方が無理だったかもしれない。ライブの宣伝をするだけならまだしも、平然と患者さんに話しかけたりで、そりゃもう大変だったんだよ。

 ……ってそんな事はどうでもいいよね。陰山さんと出会ったのは、そんなこころの気まぐれな病室巡りの一つ。何でもない、ただの偶然だったんだよ。

 

「あら? ここは一人なのね?」

「……誰?」

 

 陰山さんはその時ベッドの上で本を読んでて、突然の乱入にちょっと驚いてた。まぁ、当然の反応だと思うけどね。

 

「アタシ? アタシは弦巻こころ!! あなたは?」

「陰山、隼人」

「そう、隼人っていうの。いい名前ねっ」

「あ、ありがと……」

 

 案の定というか何というか、陰山さんは少し引き気味だったよ。それに対して、こころはいつも通りグイグイと距離を詰めてた。

 そして他の病室みたく、ライブの宣伝をしたら出ていこうとしていたんだと思うよ。うん、いつも通りに。

 

「ね、明日ここでライブをするの!! あなたも良かったら来てみない? たっくさん笑顔になれるわっ」

「ライブ?」

「アタシ達ハロー、ハッピーワールドってバンドを組んでるの。世界を笑顔にするバンドよ」

「残念だけど、明日なら行けないかな」

 

 でも、陰山さんはキッパリとその誘いを断った。今まで多くの病室を回ってきたけど、断られたのは初めてだったよ。だからこころはつい、『どうして?』と尋ねた。

 

「明日って一日でしょ。その時になったら、俺は全部忘れちゃってるから。ライブがあるって事も、君たちの事も」

「えっ、どういうこと?」

「そういう病気らしいから。俺、月の最初に記憶が飛んじゃうんだって」

 

 記憶が無くなっちゃうなんて聞いたときは、さすがにビックリしたよ。それも、一ヶ月の周期で。私だけじゃなくて、こころも驚いてた。そんな病気、聴いたことも無かったしね。

 でも陰山さんは、淡々としてた。結構重たい病気なのに、まるで他人事みたいで。だから……うん、失礼だけどちょっとヤバいなって感じたんだ。私たちの出る幕じゃないのかもって。こころに耳打ちして帰ろうって言ったんだけど、それを聞いてくれなかった。

 

「そう。じゃあ、明日また誘いに来るわっ」

「いいよ別に。そんな気分にはならないと思うし」

「あら、どうして? 楽しいのよ?」

 

 まぁ……はい、この時から人の話は聞かない人だったよ。こころは食い下がった。

 多分、軽く興味を持ったんだろうね。ほら、世界を笑顔にするって人が、目の前の人をスルーするわけないじゃん。

 

「記憶が無くなるってさ、スゴく怖いんだよ。自分が何で、どんな性格だったか、感情すらも分からないんだ。ライブに行くとか楽しいとか、そんな事考える余裕ないもん」

「そう……」

「医者は治療出来るって言うけどさ。記憶が戻ってどんな自分に戻るのか分からないし、いつまでかかるかも分からない。そんなの怖いに決まってるじゃん。だから、治療にも踏み出せない。踏み出したくない。このままの方が気楽だよ」

 

 でも、陰山さんは頑なに断った。こころも記憶喪失なんて経験はないだろうから、さすがにこれには面食らってたかな。確かに、当事者じゃないとその怖さとか分からないだろうから。

 でも……それが、こころの中での引き金だったんだと思う。

 

「大丈夫よっ!!」

「……は?」

 

 陰山さんを救いたいって、スイッチが入ったのが。

 

「不安なんて、アタシが忘れさせてあげるわ!! 楽しいことを覚えてられないなんて、勿体ないもの。楽しい経験をいっぱいしたら、それを思い出に残したいって思うはずよ!! そしたら、治療も怖くないわ」

「話聞いてた? 感情も分からなくなるって。笑い方も知らない俺が、そんなの無理だよ」

「無理なんて決めつけるのは良くないわ。笑い方が分からないなら、アタシが教えてあげる!!」

「この話も、明日には忘れちゃうけど」

「また来るから大丈夫よっ。毎月アタシの事を忘れるなら、毎月あなたに会いに行くわ」

 

 話は平行線だった。ああ言えばこう言う……って言うと変だけど、とにかくこころは諦めが悪くってさ。いつもの事だと思う反面、ちょっと様子が変だったようにも見えたかな。

 さすがにこれ以上は迷惑だと思ったから、慌てて病室を出てったよ。元々病院に来た目的を果たさなきゃだったからね。去り際、陰山さんは『明日君たちが来て歓迎しなくても、責任は取れない』って言ったんだけど、こころはまた『大丈夫っ!!』って。大丈夫な根拠なんてないのに、随分無責任だよね。私もそう思ってた。

 

「どしたのこころ。あんなに食い下がるなんて。もしかして、陰山さんって知ってる人だった?」

「いいえ、初対面よ」

「じゃあ尚更どうして」

 

 病室を出てそう言ったのは、ある意味当然の疑問だったよ。会って数分の初対面の人に、ここまで入れ込むなんて。

 こころの思い付きの行動は今に始まった事じゃないけど、今回はちょっと事情が特殊じゃん? さすがに、私も慎重になった。

 

「……助けて欲しそうに見えたの」

「はぁ? どこが?」

「隼人は病気を治さなくて良いって言ったけど、それってずーっと独りでいるのと同じことじゃない? そんなの、耐えられるはずがないもの」

「それは……」

 

 陰山さんがどう思ってるかは知らないよ? でもこころからしたら、君が助けを求めてるように見えたんだって。でも、ちゃんと筋は通ってるよね。いつか記憶が消えちゃうってことは、誰の事も覚えられないって事だもん。少なくとも、毎月一日はスゴい孤独感を覚えてたでしょ?

 

「アタシはハロハピの皆の事も、花女の友達の事も忘れてしまうのは嫌。それは、皆が大好きだからよ。だから、隼人にも同じような気持ちを分かってもらえればいいんだわ。そうすれば、独りでいいなんて思わないし、病気を治そうとも考えるんじゃないかしら」

「そんなに上手く行くかな……」

「それはやってみなきゃ分からないわ。アタシが、隼人の友達第一号になるの!!」

 

 全ては陰山さんに笑顔になってもらうため。これも、『世界を笑顔にする』っていう事なんだって、こころは晴れやかにそう言ってたよ。

 そこには、何の打算も見返りもない。こころを突き動かしてるのは、純粋に陰山さんを救いたいからって気持ちなんだ。それだけは、私が責任を持って断言するよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 俺は、奥沢さんの話を黙って聞いていた。俺の知らない弦巻さんは、やっぱり俺が今まで見てきた彼女と何一つ変わっていなかった。ホントにどこまでもお人好しだよね、あの人。

 

「そこからは日記を読んでくれたから、ある程度の察しはついたんじゃないかな。八月から今まで、こころはずーっと陰山さんに声を掛け続けた。でも……いずれも撃沈。酷い時は、出会って直後に陰山さんを怒らせた事もあった」

「愚痴とか不満とか……そういうのないの?」

「ないんじゃないの? むしろ、毎回楽しそうに君の事を話してくるよ」

 

 なんだか、そのビジョンが頭に浮かぶようだった。あの子はいつでも笑顔だった。俺が煙たがっていても、疎ましく思っていても。常に笑顔を絶やさず、ずっと三ヶ月半寄り添ってくれていたのか。俺を独りにしないために?

 

「……じゃああの人、本物のバカじゃん」

 

 そんな事のためだけに、三ヶ月半も拘束されて。誰かに頼まれてもいない、自分から呼び掛けても冷たい対応をされる、挙げ句の果てには拒絶までされる。自分にメリットなんて何もないのに、疑わずお節介し続けて。

 バカだよあの人は。どうしようもない、本当のバカだ。

 

「何なのあの人は。意味が、分からないよ……。バカじゃん、本当にどうしようもないバカじゃん……!!」

 

 手の甲に雫が一滴、また一滴と落ちる。声は次第に震え始め、それに比例して大粒の涙がさらに溢れてきた。拭っても拭っても、次から次へと流れ出る。

 泣いた。人目も気にせずに泣いた。声だけは抑え、周りに悟られないようにと、(てのひら)で目を覆う。きっと顔はグシャグシャだ。

 

「バカなんだよ、こころって。突拍子もないことし出すし、その癖一人で突っ走っちゃってさ。でもさ、何か不思議と全部上手くいっちゃうんだよね。こころのやる事ってみんな」

 

 優しくあやすように、奥沢さんは続ける。

 

「陰山さんの痛みは分からなくても、きっとそれには向き合えてるよ。その上で、行動しているんだと思う」

 

 全て忘れる事は確かに辛い。でも、自分『だけ』が覚えているのも、きっと同じくらい辛いはずだ。

 俺が全てを忘れてしまっても、弦巻さんは全てを覚えている。楽しい記憶も、辛い記憶も。もちろん、過去俺に煙たがられたり怒られた事も、彼女は全部覚えている。それで傷付いたとしても、何度も俺に向き合い続けてくれている。痛みを知っても、なお。

 本当に何も理解できていなかったのは、俺の方。

 

「だから陰山さんの記憶が消えるまでのあと半月を、こころに預けさせて欲しいんだ。多分……こころは君を失望させる事はしないから」

 

 俺は手で涙をどかしながら、コクコクと無言で頷く。それはまた、あの騒がしい日常で半月過ごすことを意味していた。隣にうるさい彼女がいる事を認めていた。

 いっぱい毒を吐いてきた。彼女を傷つけるような事も言った。許してもらえるかは分からないけど、一度会って直接話さなきゃいけない。今の話を聞いて、本当の事を知って、俺がどう思ったかを。

 そして、謝らないといけない。知らなかった事とはいえ、自分本意になっていた事を。彼女を傷つけてしまったことを。

 

 

 もう一度―――もう一度彼女とやり直すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月十四日(金) 天気:曇り

これを書き始めてから、通算で百日以上経つ。ようやく、俺は本当の事を知ることが出来た。ずっとずっと、俺は弦巻さんと一緒だった。記憶にはないけれど、確かに三ヶ月間今までずっと一緒だった

記憶を戻してもどうせ……なんて、もう言わない。知らなかっただけで、俺は独りじゃなかった。ずっと、彼女から愛を受けていた

 

 

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