太陽の備忘録【完結】 作:8.8
さて、彼女に連行されて数十分。電車に揺られ、俺たちは見知らぬ街へ来ていた。見知らぬも何も、俺は自分のいる街以外覚えてないし、知らないんだけど。
高層ビルがズラリと立ち並び、高級車がビュンビュンと走っていく。道行く人々は皆慌ただしそう。同じ東京でも、俺たちがいたところより都会なのだろうか。朝から、かなり忙しそうな街だという印象を受けた。
みんな自分の世界にしかいないようで、周りを見ているのは俺だけ。少しでも気を抜くと、こころとはぐれてしまいそう。こんな人の多い街で、一体何をすると言うのか。
「さ、着いたわねっ」
「着いたじゃないよ。いきなり連行されたと思ったら、説明も無しにこんなとこ……。どうするのさ、今から」
「さぁ? 楽しいことをすればいいんじゃないかしら?」
「わかった。何も決まってないんだね」
知ってた。こころに計画性なんてあるわけないんだよね。『どうする?』なんて聞いてはみたが、具体案が出るなんて全く期待してなかったし。
第一そこまで考えてるなら、いきなり外に行こうなんて言うわけないもん。うん、俺がしっかりしないといけないみたい。自分の身を守るためにもね。
「あら、隼人は行きたいところがあるのかしら?」
「うーん、ひとまずお腹空いたかな。朝ごはん、山吹ベーカリーで買う予定だったし。こころは?」
「アタシも食べてないわ。じゃあ、ご飯食べに行きましょっ」
グイッと俺の手を引いて、こころは走り出す。人の波をスイスイッと器用に抜ける様は、さすがというか何というか。
……あ、またぶつかっちゃった。ごめんなさい。繋がれている俺のことも考えて欲しいな、こころさんや。
地図も何も見ないで迷わず俺を案内したのは、大手のハンバーガーチェーン店。もちろんのこと、俺は初めてこういう場所に来た。
「ハンバーガー……ね」
「隼人、パン好きでしょ? だからどうかなって思ったの!! もしかして、気に入らなかったかしら?」
「いや、多分大丈夫だと思うよ。食べた事ないから分からないけど……。ただ、こころもこういうお店来るんだなって」
上流家庭のお嬢様であるこころが、ファーストフードをチョイスするのは少々意外だった。もちろん、俺の偏見に他ならないのだが。
でも俺の事を考えてくれた結果なのは嬉しい、かな。
「皆で来ることは多いわ。ここ、楽しいもの!!」
「へぇ、詳しいんだ。オススメでも選んでもらおうかな」
「まっかせて!!」
時間が時間なだけあって、店内で学生を見かけることはなかった。スーツを着ている人が多いかな。みんなコーヒー一つに、簡易的な朝専用のセットを買っていく。制服を着ているのは、俺とこころぐらいのものだ。
人がどんどん流れていき、すぐに注文の順番が来た。『ファースト』フードとはよく言ったもの。こころも、その勢いに乗るように手早く注文をしている。
しかし、メニューが多いなぁ。通常のメニューから期間限定のものまで、目移りするほどある。こころはこの中から何を頼んだんだろう。後ろでボーッとしていたから、全然聞いていなかった。
あっという間に注文した物は届き、それをお盆に乗せて運ぶ。バーガーと飲み物が二つずつにポテト、そしてナゲット。結構頼んだね、こころ。
バーガーそのものも、紙袋の上からでも分かるぐらいに分厚い。一体、この中には何が入って……
「グラタンコロッケ……?」
「えぇ。隼人が確実に好きなものを選んだわ!! アタシもおんなじよっ」
「ほぇ~、こんなのあるんだ。ありがとう」
スゴいなこのバーガー。小麦粉の衣の中に
「いっただっきまー……あっふ!? あつっ!?」
「慌てて食べなくても逃げないわよ?」
「分かってるよ……。てか、こころは熱くないなの?」
「問題ないわ。んん~、美味しいわねっ!!」
猫舌じゃないとは思うんだけど、この熱さには勝てない。出来立てである証拠だね。そんな事もあってか、味は文句なしに美味しい。トロトロのグラタンソースに、ソースのピリッとした甘酸っぱさがいいアクセントを出している。
満面の笑みであるこころに合わせて、俺の顔も綻んだ。
「そういえば、このナゲットは?」
テーブルにはそれぞれのバーガーにポテト、飲み物。だが、ナゲットは一つしかない。となると、まぁそういう事なんだろう。
「一緒に食べようと思って!! アタシの奢りよっ」
「え、そんな悪いよ……。半分払うよ?」
「いいの気にしないで。はいっ、あーん!!」
何さ、あーんって。子供じゃないんだから。俺は躊躇うも、こころは、ナゲット付きのフォークを差し出したまま固まっている。早く食えという、無言の圧を感じた。
知り合いの目がないとはいえ、やっぱり恥ずかしい。ひと思いにバクリと、俺は一口でナゲットを頬張る。
「あっつぅ!?」
結果、やっぱり出来たてで熱かった。
「ねぇ、こんなのはどうかしら!?」
「うーん、そんな派手なのはちょっとなぁ……。普通のでいいんだけど」
「そうかしら? もっと隼人はオシャレをするべきよ」
空腹を満たし、俺達が次にやって来たのはアパレル系列のお店だった。平たくいえば、服屋さんである。
早いところでは朝の十時頃から空いている店もあり、俺達が入ったのもそういった店の一つだった。開店して間もないのもあって、お客さんはほとんど見かけない。
なぜ服屋に来たのか。それは、俺達が制服姿だったからである。今日はなんでもない平日で、それなのに真昼間から制服姿の学生が街を彷徨いてはどうしても目立つ。下手すれば、周囲の人に怪しまれる。これでは街を歩くこともままならない。
要するに、カモフラージュ用の服を買いに来たのだ。こころに屈したみたいになってるが、そんなのはもはや今更の話。特に問題ではない。
「服なんて何着ても同じだってば。動きやすいトレーナーを適当に買うだけでいいって」
「そんな、勿体ないわ!! せっかくだし、ちゃんと選びましょっ。ほらっ、こっちも良さそうじゃない?」
「あのさぁ……」
問題は、こころが俺を着せ替え人形にしている事である。かれこれ店に入ってから三十分。俺は為されるがまま、こころの持ってくる服を着せられている。それも、どれもこれも色合いが派手なものばかり。
普段は制服だし休日に外に出る理由も一緒の相手もいないしで、俺は私服になる機会が滅多にない。そのせいもあってか、俺のファッションへの関心は無に等しかつた。部屋にある私服だって、二、三セットあるぐらいだ。極論、着れれば何でも良いのである。
「大体こんなに服持ってきて、お金どうするつもりなの? 俺はこころと違って、手持ちも少ないんだからさ」
「あら、それなら大丈夫よ。黒服の人達がいるもの!!」
「御安心ください。お気に召した服が多いのであれば、この店ごと買い取りますので」
いつの間にか、こころも普段着に着替えていた。なるほどね、こころがいくつもの服を持ってきたのはそういう事かぁ。さすがに、その辺は彼女も考えてるよね。うん、それなら安心……
「出来るわけないでしょ!? さも当たり前のように金ピカのカード出すの止めてくれないかなぁ!?」
「あら、駄目かしら?」
怖いこの人達。『ここからここまで全部ちょうだい』とか言うのは、金持ちの冗談だと思ってた。平然と店を買い取るとか言い出すし、お嬢様はそれを気にも留めてないし。金銭感覚勉強してきて下さい。
というか、
「とにかく、服は自分で買える範囲のものを買う。そんな何着もいらないし、全部払ってもらうのも何か嫌だし」
「隼人いまいくらあるの?」
「三千円」
「それだと足りないわよ?」
「……知ってる」
大見得切ったはいいけど、全然お金足りない。上か下、安いのをどちらかぐらいしか買えない。だって、元々こんな事になるつもりじゃなかったし。お小遣いもそんなに無いし。
「じゃあ、こうしましょっ。服はアタシからのプレゼント!! ここで全部使っちゃったら、この後一緒に遊べないもの」
「それはそうだけど……」
「隼人の好きな服、一セットでいいわ。それならまだ良いでしょ?」
こころにしてはマトモ……というか、妥当な案だった。制服で街を歩く訳にはいかないし、かといってお金は増やせないから。それでも今ひとつ了承出来ない俺に、黒服の人達からトドメにも等しい言葉が投げかけられた。
「陰山様。ここはひとつ、こころ様に従ってください。仮にもこころ様のお隣を並んで歩くお方ですので、相応の格好をしてもらわないと」
「そう言われると弱いなぁ……。分かったよ、今回は従う。ただし、記憶が消えないうちにお金はちゃんと返すからね」
「決まりね!! さぁ、好きなのを選んでいいわ!!」
あ、そうか。自分で選ばなきゃなのか。なるべく安く、かつ派手でなくて、こころと並んで歩いても恥ずかしくないような格好……。高望みしすぎかな。
着こなしも何も分からないので、結局何度も試着をして、こころにアドバイスを受けていたのは言うまでもない。ようやく服が決まった時には、すでに正午を回っていた。
★☆★☆★☆
「くぅぅ、もうちょい……!! 追いつけ、追いつけぇぇ……」
「このまま真っ直ぐ!! やった、アタシが一番ね!!」
白熱のレースは、こころの一着で幕を閉じる。惜しくも二着だった俺は、力なくハンドルから手を離して
現状説明。昼食をその辺のお店で終え、俺達が次に来たのはゲームセンターだった。発案はもちろんこころ。だが、これが個人的にかなり気に入った。
残金にはもちろん気を払いながら、俺達は心ゆくまでゲームを楽しんでいた。このレースゲームの他には……。
「それっ!! スマイルスマッシュ!!」
「技名カッコ悪っ。ってか、パレット飛んでるって!? アブなっ!?」
一、エアホッケー。こころの弾いたパレットが顔面に飛んできて危なかった。
「楽しいわコレ!! ハロハピの曲にもダンスを取り入れましょう。ミッシェルにも踊ってもらおうかしら!!」
「奥沢さん、南無阿弥陀仏……」
二、ダンスゲーム。音痴なのも相まって、まぁ俺のダンスは見るに堪えなかった。こころはノリノリだったけどね。
「うわぁ、こんなにコインが貯まったわ!!」
「ここでも大富豪っぷり見せるの?」
三、コインゲーム。何でか知らないけど、こころはバケツいっぱいにコインが貯まっていた。
とまぁ、色々とやった。こころはもちろん、俺も俺でゲームには年甲斐もなく興奮してしまった。時間を忘れるってこういう事を言うんだね。本当に初めて、年頃の学生っぽくエンジョイしている気がする。
「隼人、最後にこれやりましょっ」
「これ? これって……」
こころが指さしたのは、プリクラの機械だった。要するに、一緒に撮ろうって事ですか。まだお金はあるけども。
「いいけど、写真ならケータイとかで撮れば……」
「こっちもいいじゃない!! ほら、早く早く」
「ちょっ、ちょっとぉ!?」
渋る俺を、彼女は相変わらず強引に引き込む。プリクラ機の中は、思ったよりも狭かった。証明写真じゃあるまいし、わざわざお金払って写真撮らなくてもいいのに……。でも、中高生には人気なんだよね。分からないけど。
「ほら、撮りましょっ」
「あ、待って。服整えるから……」
そうは思っても、写る時はちゃんと写りたいのが人間の
「んー、やっぱり似合ってるわね」
「そぉ?」
「えぇ!! とってもカッコイイわっ」
「あ、ありがと……」
カッコイイと言われて、悪い気はしなかった。こうして考えると、あれだけ服装に迷った甲斐があったというもの。
俺が選んだ服は、白のニットにグレーのワイドパンツ。普段の制服がピシッとしているせいか、こういうダボッとしたのが良いんだよね。この組み合わせは、こころのお墨付きである。
『撮影を始めるよ。好きなポーズを取ってね』
「あっ、どんなのにしようかしら?」
「それ俺に聞くの? ……じゃあ、無難にピースで」
音声ガイドに従って写真をパシャリ。適当にポーズを変えながら、写真を複数枚撮っていく。特に何が起こるわけもない。
横目でこころを見ると、彼女はとても楽しそうにしていた。俺が謝ったのは今朝の話のはず。まるで、そんな事は無かったかのように。
今までずっと、それこそ昔なじみの友といる時のように。病気の事なんて……関係ないみたいに。
今日は一日楽しかった。これは本心だ。学校サボっちゃったけど、休んで良かったって思えるぐらい。まだ帰りたくないなぁって思ってるくらい。
でも、それもいつかは消えてしまう記憶。そう考えると、少しだけ虚しくなる。前を向こうって決めたはずなのに。
「……やと。隼人っ!!」
「わっ!? ゴメン、何?」
「これで終わりみたいよ?」
次が最後の一枚らしかった。画面では『とびっきりの決めポーズ!!』なんて、明るそうに書かれている。どうしよう、あんまり時間ないけどポーズ思いつかないよ。
「え。ど、どうする?もうカウント始まって……」
「最後くっついて撮りましょっ」
「は!? くっつく!?」
「時間がないわ。せーのっ」
カシャリ。
写ったのは満面の笑みで俺に抱き着くこころと、テンパって間抜けな顔をしている自分だった。
十一月十七日(月) 天気:晴れ
仲直り……というか、ちゃんと謝罪出来た。終わってみればあっさりしてたけど、元の関係に戻れて良かったと思う。
その後は学校をサボってこころと遊びに行った。ハンバーガー食べて、服買って、ゲームして、その後は映画にも行って。こないだのバイト代が全部消えてしまったけど、まぁ良かったかな。楽しかった、本当に。
月末まであと二週間。悔いを残さない事は難しいかもしれないけど、せめてやり残しがないようにしたいかな。