太陽の備忘録【完結】 作:8.8
今週もまた、終盤に差しかかろうとしている。あの日以降学校はサボることなく普通に通い、俺の身の回りでこれといって変わった事は無かった。当たり前のように日常は過ぎてゆき、一日また一日と
周りは何も変わらないが、俺自身もそれに合わせるわけではない。来るべき日に備えて、色々とやる事が残っていたからだ。
その内の一つが、病院に行く事だった。来月の事について、話をしておく必要があったからである。
「じゃあ要するに、毎月の末に行っていた検査は遅らせてほしいと?」
「はい。最後の三十日まで、普通に生活したいんです」
治療を行う
毎月の一日に俺は病院で目覚める事になっている。これは今月もそうだったし、毎月こころが会いに来ていた事からも確定事項である。それはつまり、その前日かそれ以上前から病院に入っているという事である。
検査してもらう立場上、あまりワガママはいえない。だが、頼んで変えられるのであれば、是非ともそうして欲しいのが本音だった。
「ふぅむ……。治療の際にも検査は行うし、良いでしょう。最後の一日は家族と過ごすなり友達と過ごすなり、のんびりしなさい」
「ありがとうございます……!!」
断られる事も覚悟の上だったが、案外あっさりと受け入れてもらえて良かった。言ってみるものである。
来月の予定や検査の要項を軽く説明され、その日は病院にもう用は無くなった。これで本日の予定の一つは終わりである。俺は、早足で院内で待っているこころの元へ向かった。
「あら、おかえりなさい!! どうだった?」
「良いってさ。三十日はのんびり過ごせって」
「良かったじゃない!! ね、言った通りでしょ?」
「ホント、何事も言ってみるもんだね」
十一月最終日について、主治医に検討しようと言い出したのはこころだった。前述の通り俺は断られると思っていたのだが、彼女の言う通りにして正解だった。俺も俺で安堵したが、何故かこころも嬉しそうだった。
「隼人、その日はどうするか考えてるの?」
「いや全く。元々、病院で過ごすもんだと思ってたからね。家で何かやるわけでもないだろうし」
「そう。それならその日、アタシとどこか行きましょっ。隼人の行きたい場所に!!」
「ん~、それは良いけど」
そう来るだろうなと、内心分かっていた自分がいる。もちろん、答えはYESだった。そうでもなければ、病院にいるのと対して変わらない過ごし方だったはずだし。
それに、一人でいるよりも誰かといる方が、気が紛れて余計な事も考えないだろう。自意識過剰かもだけど、こころはそこまで考えてくれたのかも。
「けど? もしかして、お金……?」
「そっちは何とかするよ。こないだの服代もまだ返せてないんだし。それよりも、場所が俺任せなんだなって」
「えぇ、もちろん!! この前はアタシが案内したし、今度は隼人の行きたいところに行ってみたいわ」
無理難題という程ではないが、中々に悩ましい課題だった。これは気遣いというより、彼女の好奇心に近いものだろうね。俺が「~したい」なんてお願いした事なんて一度もないし。
少し考えてみるが、やっぱり目的地は思い浮かびそうになかった。でも多分、こころと行くならどこでだって楽しいよ。きっとね。
「ま、それについてはその日までに考えておくよ。それよりも、今はお金の方が第一かな」
「あら、それなら黒服の人達を呼べば解決ね!!」
「なわけないでしょ。ちゃんと働いて、正規の方法で返すってば」
ひとまず場所の話は置いといて、経済問題を解決する事も考えないといけない。目の前のお嬢様は例外として、真っ当な人ならお金は働いて稼ぐのが普通である。幸い俺の高校に『バイト禁止』という校則はないので、俺もバイトは一応可能である。
ただ、俺の場合働くのにも幾つか問題があって……。
「それで、少しお願いがあるんだけどさ」
「あら、なぁに? 何でも言って!!」
もう病院には用がないので、こころを連れて外へ出た。自動ドアをくぐった瞬間、無防備だった俺の顔を北風が切りつける。もうじき冬だと、改めて思わせるには充分だ。俺は反射的に、マフラーで口元まで覆った。隣を歩くこころは、ものともしていなかったが。
俺がバイトを探す上で起こる問題は、大きく二つある。まず、時間的な余裕がほとんどないこと。仕事を覚える上でもお金を稼ぐ上でも、これは非常に厄介な問題だ。
そしてもう一つが、俺はバイトに関する情報を何一つ知らないこと。どのバイトがいいとか、全く分からない。
つまり、なるべく効率が良くて専門的知識を要しない仕事を探さなければならない。にも関わらず、それが分からなくて足踏みしている訳である。
「ここからお仕事を探せばいいのね?」
「うん。俺が説明した条件に、なるべく合うヤツをね」
来たのはコンビニ。そこで、二人してバイト情報誌をパラパラと捲っている。一人だとよく分からないから、こうしてこころに付き合ってもらっている訳である。申し訳ない気もするが暇だと言っていたし、たまには逆でもいいかなって。
「これなんかどうかしら!? すっごく楽しそうじゃない!!」
「えーと……遊園地の従業員? 働く時間は学校の後が中心になるから、これはダメだよ。遊園地って、夕方には閉まるし」
「むー。じゃあ、これっ」
「水族館……って、俺の話聞いてた?」
「これもダメ?」
「ダメ」
こころが提案するのは、なぜか遊ぶようなところばかり。ゲームセンター、映画館、カラオケにボーリング……。高校生のお出かけフルコースみたいなラインナップである。しかも、どれも微妙に遠いし。
……本当に、俺の条件に合ったと思って提案しているのかな。
「まさかとは思うけどさ。こころ、自分が行きたい場所を挙げてるだけなんじゃ……」
「えっ。……そうよ?」
「おいコラ」
なんでさも当たり前、みたいな顔してるのかなこの子。全然関係ないし、そんな事一言も頼んでないし。
「しょうがないわ。さっきの事が気になったんだもの」
「自分で自分を正当化しないの。言っとくけど、バイト見つからないと遊ぶお金だってないんだからね」
こころが言っているのは、さっきの月末に遊びに行こうって話の事だろう。結局、こころが行きたい場所を探してるんじゃん。心の中で、そんな事をぼやく。俺は別に、こころが選んだ場所でも構わないんだけれど。
ってか、今はそれよりバイト探しなんだってば。
「それは困るわ!! 早く探さないと」
「だから、さっきからそう言ってるんだけどね……」
こんなので大丈夫かな。不安になってきたし、自分でも一層ちゃんと探してみる。
カフェ。やっぱり閉まるのが早いし却下。
居酒屋。時給はいいけど仕事量スゴいし、こなせる自信はないかな却下。
アパレル。……俺には不釣り合いすぎる却下。
我ながらワガママである。これでは、こころにどうこう言えないな。さて、彼女は何か良いのを見つけただろうか。
「こんなのはどうかしら?」
「んーと、ホス……ト!?どんなもの勧めてるの!?」
「あら、指で隠れてたわ」
「ロイヤルホス……あっ、ファミレスね。 紛らわしい……」
「隼人、どうしたの?」
一人で勝手に勘違いして、勝手にツッコんでる。疲れてるのかな、俺。今のこころは全く悪くないというのに。
こころが勧めてくれたここも、お世辞にも近いとはいえない場所なので却下。場所、仕事内容、時給……クリアしなければいけない課題が多すぎる。
それからもあれこれと審議はしたが、これといったバイトは見つからなかった。
「うーん、中々見つからないわね」
「だね。ごめんね、せっかく付き合ってもらってるのに」
「気にしないで!! 隼人のためだもの。早くバイト見つけて、お金稼いで、いっぱい遊びましょっ」
いつものように明るく、こころは笑いかけてくれた。多少なりとも付き合わせたことに責任を感じていたが、少し気が楽になった。そうだよね、早くバイト見つけないとね。
お金返すためと、遊ぶためと……あとは所用で少しいりそうだから。
「あっ、やっぱりこころちゃんだ」
「ん……? あら、花音!! 偶然ね」
情報誌を漁っていると、買い物をしていたらしい松原さんと偶然遭遇。ライブでも見かけはしたが、こうして会うのは病院以来である。確か、二日だったかな。こころに振り回されていた、少し気弱そうな人って印象。
「こんなところで、何をしてるの?」
「バイト探しよっ!!」
「えっ!? ……こころちゃんが?」
「違うわ。隼人のよ」
「だ、だよね……」
酷い驚かれようである。気持ちは分かるけど。なんでこの子が働く必要があるんだろうって疑問と、こんな破天荒な子を店に放ったらどうなるんだろうって心配もしたくなる。少なくとも、俺ならする。
……松原さんがそんな失礼な事を思ってはないだろうけど。
「バイトかぁ。私のバイト先、そういえば求人出してたと思うけど……」
「えっ、ホントですか?」
「花音は、ハンバーガーショップで働いていたわよねっ。学校からもそんなに遠くないわ」
棚ぼたである。ここら付近のハンバーガーショップを探すと、確かにそれらしきお店の求人があった。時給もクリア、営業時間もファーストフード店ならば何の問題もない。何より、知り合いがいるというのが大きかった。
「これ、すぐにでも問い合わせていいですか?」
「う、うん……。履歴書があれば、大丈夫だと思うよ」
「よっし、ここに決めた。早速、帰ったら電話してみよう」
あれだけ悩んでいた時間が、嘘のようにすぐに決まった。何とも運が良いね。後で履歴書買わないと。
「でもなんで急に? 隼人くんってその……」
「はい、もう直に記憶無くしますよ」
言葉に詰まったように、松原さんは押し黙る。言いたいことは分かるけど、俺の地雷を踏まないように配慮してくれているのだろうか。優しい人だ。
確かに、あと十日で記憶を失うようなやつが今更バイトなんておかしな話である。稼げる額もたかが知れているし、働く時間だっていいとこ一週間程度である。
「こころにお金借りちゃったから返さなきゃだし、遊ぶために必要だし、他にも色々……。とにかく、お金が必要なんです」
「色々? 」
「あ、いや、まぁ今は言えないんですけど」
それでも、ちゃんと働くに値するだけの理由は持っている。もし余裕があるなら……そうだなぁ。感謝の意を込めて、プレゼントを買うくらいの事はしてもいいんじゃないかなって。
隣に立つこころを横目でチラリ。このお嬢様は、何なら喜んでくれるんだろうか。
「そっか。じゃあ、私の方からも店長にお願いしてみるね」
「ありがとうございます。もし採用されたら、その時はお願いします」
今後の方針が具体性を帯びてきた。ついでに履歴書を購入して、俺達はコンビニを後にする。あとは残りの十日間、出来る限り働くだけである。採用されれば、だけど。
あぁ、そうそう。最終日に行くとこも考えとかなきゃね。あとは……まぁ、何か渡すならその内容も。前者はともかくとして、後者は考えるのに時間がかかりそうだ。
俺に残されてる時間はそれほどない。本当にあと少しなんだ、という現実と
十一月二十日(木) 天気:晴れ
今月がもう終わろうとしている。やり残しがないように、俺は『今月までにやっておくべき事』を整理した。
病院は今日既にクリア。金銭面も、採用さえされればクリアだ。あとは三十日に行く場所だけど、家で考えてたら『使ってくれ』と言わんばかりにクシャクシャのチケットが出てきたんだよね。ここでいいかなって思う。
プレゼントに関しては……。もっとじっくり考えるとしよう。