太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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二十三日目

 「んー」

 

 喉の奥から声が漏れる。ああでもない、こうでもないと考えては思案顔。どれだけ考えても良い案は浮かばず、仮に浮かんだとしても、『なんか違う』と即座に却下。こんな事を、もう三十分ほど繰り返していた。

 

「は、隼人くん。お客さん……」

「えっ? あ。えっと、すみません松原さん」

 

 松原さんの声にハッと我に返る。今はそんなにのんびりと考え事に(ふけ)っている場合ではないのだった。

 こころと一緒に学校をサボって遊んだあの日から一週間。残された時間を無駄にしないためにも、俺は打って変わって意欲的に活動していた。

 

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

 

 待たせてしまったお客さんに『申し訳ありません』と一礼して、覚えたばかりの常套句を口にする。先日希望を出したハンバーガーショップのバイトに、俺は見事受かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勤務時間は、基本的に平日休日共に五時間程だ。この間ずっと立ちっぱなしなのだから、身体への負担も中々に大きい。それに、今日は日曜日だったからシフトは朝から入っていた。早起きだった事や普段よりお客さんが多い事が相まって、カラダはクタクタである。

 

「ふぃ~、疲れた」

「お疲れ様、隼人くん。もう仕事には慣れた?」

「ぼちぼちって感じですかね」

 

 勤務時間が過ぎ、ロッカーで軽く伸びをしていると、松原さんが後ろから声を掛けてきた。俺が働ける僅かな期間、彼女は全面的にサポートに回ってくれていた。

 ここの面接に合格出来たのも、ほとんどが松原さんのおかげである。店側に事情を話してくれて、たった一週間なのに特例で働くことを許可してもらった。給料も振込ではなく手渡し。普通なら、俺のような人間は面接段階で落とされていてもおかしくなかった。

 

「でも、今日はちょっと上の空だったよ? どうかしたの?」

「あはは……すみません」

「何か悩み?」

「まぁ……そんなとこです」

 

 心配そうに気にかけてくれるのが、何とも松原さんらしかった。松原さんは俺の一つ上の高校二年生だが、だからといって高飛車な態度を取るでもなく穏やかな人だった。少し内気だが責任感もあって、しっかりしている。こころと同じバンドにいるのが、少し不思議なくらいだ。大方、巻き込まれたんだろうけど。

 閑話休題。俺は、ここ最近ずっとこの調子であった。何かにつけては考え込み、他の事に手が付かない。授業中も、先生に注意されたばかりだったっけ。それに加えてバイトにも支障が出ては、もうお手上げである。

 

「こころちゃんの事?」

「え、あー、まぁ……。って、なんでいきなりこころが出てくるんですか」

「フフッ、何となくかなぁ?」

 

 一発で言い当てられ、俺は言い淀む。そんなに分かりやすいだろうか。確かに悩むような相手ってこころしかいないけれども、松原さんの笑みは何となく含みがあるような気がした。

 

「私で良かったら、何か相談に乗るよ?」

 

 松原さんは優しい人だ。よく気が回り、親切に寄り添ってくれる。奥沢さん然り、こころの周りにはこんなにも素晴らしい人達がいる。

 巻き込んで良いものかと少し悩んだが、ここはご厚意に甘えるということで。考え込んだ仕草をすぐに戻す。

 

「ありがとうございます。今から時間ありますか?」

「えっ? 特に予定はないけど……」

「じゃあ、一緒に羽沢珈琲店まで行きましょう。ちょうど、そこで人を待たせているんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 数日前にも来た羽沢珈琲店。待ち合わせ場所にも良くて、落ち着いて話が出来る場所といえば、思いつくのはここしかなかった。あの時と同じ、彼女は店内でも奥の席に座ってコーヒーを啜っていた。

 

「あれ? 花音さんも一緒だ」

「せっかくだし、一緒に相談に乗ってもらおうと思って。ごめんね、遅れて」

「いや、大丈夫だよ。私も来たばっかだし」

 

 こころの事で相談するに当たって、俺が真っ先に思いついたのが奥沢さんだった。俺がこころに対して怒った時も、彼女を一番に案じたのは奥沢さんだ。態度からはそんな風に見えないが、きっと誰よりも弦巻こころを大事にしているんだと思う。

 最近連絡先を交換したトークアプリで頼んだところ、彼女は二つ返事で了承してくれた。

 

「それで……何の相談なの? あ、私はブレンドコーヒーにしようかな」

「なんかね、こころに何かしてあげたいんですって。陰山さん、飲み物どうする?」

「そう。もうすぐで残り一週間ですからね……。あー、俺はカプチーノで」

「苦いのダメなんだね」

「いいでしょ、別に」

 

 以前奥沢さんと来た時に、ここのブレンドコーヒーは俺には苦すぎると、身をもって知ったからね。意外と味覚がお子様なのかな。洋菓子も食べられないから、甘党って訳でもないと思うんだけど。

 

「で、何を渡したいかだったよね?」

「まぁ、そうだね。全然思いつかなくて」

 

 奥沢さんがスパッと切り出す。段取りなど良いから、単刀直入にどうぞと言われているみたいだ。彼女らしいといえばらしい。

 が、まぁ情けないことに何も決まってないのが実状である。家や授業中に考えてみてはしたけど、全く案が浮かばない。

 

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? 案外、直感で選んだものの方が喜びそうだけど」

「その直感が働かない場合はどうすればよろしいでしょうか」

「……それは困ったね」

 

 ホントだよ。今までプレゼントなんてする相手もいなかったし、いたとしてもその経験はそもそも記憶から抜けているはず。どちらにしても、どうすれば良いのか分からないという壁にはぶつかっていたはずだ。

 ネットでも調べてみたけど、あんまり有力な情報は得られず。

 第一、プレゼントというのは相手に合わせて選ぶものだ。ネットの情報では参考にはなれど、最適解は見つからない。

 

「でも、なんでこころちゃんにプレゼントを?」

「えっ?」

「ほら、理由が分かったらどんなものを送ればいいか考えられるかなって」

「えーと、その、今までこころにはずっと助けられたっていうか何ていうか……。上手く言えないけど貰ってばかりだったから、たまには逆もいいかなって……」

 

 松原さんの問いに答える俺は、まるで尻すぼみだった。ぼそぼそと、後半になるにつれて声が小さくなっていく。こんな理由で良いのか自信がないのと、単純に恥ずかしいからってのと。

 彼女に対するそれは、紛れもなく感謝の意だった。殻にこもった俺に、ずっと付き添ってくれていたこと。しつこく、何度も何度も。おかげで俺は前を向くことが出来たし、今を楽しいとすら思えている。

 それに、何も残さないまま記憶を失うのが嫌だった。俺は忘れるだけだが、こころの記憶にはいつまでも残るのだ。だから、何か爪痕を残したい。十一月の陰山隼人として、彼女の記憶に。

 

「へー、この前と言ってることがだいぶ違うんだね」

「う……ほら、あれから色々考え直したというかさ」

「仲直りもちゃんとしてるみたいだし」

「ほっといてよ。というか、そういう風に誘導したのは誰さ」

「さぁ、何の話だか」

 

 奥沢さんの意地悪そうな笑みが突き刺さる。その節は確かに迷惑をかけましたけども、恥ずかしいから掘り返さないでほしい。あの時とは、事情が違うんだから。

 

「まぁ冗談はさておき、要するに『今までありがとう』っていうプレゼントでしょ? その気持ちが伝われば十分な気がするけど」

「う、うん。気持ちが大事だと思うよ」

「それは……まぁそうですけど」

 

 二人みたいに簡単に考えられるのが、一番楽なのは間違いないけれど。そう割り切れないから苦労しているのだ。まぁ、彼女たちは付き合いの長さもあるんだろう。かく言う俺は、一月弱である。

 何あげればいいかなぁ。食べ物とかアクセサリーとか? あとは欲しいものを聞くって手もあるけど、あの人は『何でも!!』って答えそう。というか、身の回りの物には困ってないだろうし。

 ……となったら、市販の物ではないもの。手作りの何かとか? ちょっとハードルが高いよね。

 

「何か買ってってのが抵抗あるなら、だいぶ限られてくるけど」

「アルバムみたいなのを作るのはどうかな? こころちゃんって写真好きだし、隼人くんが記憶を失った後も残るし」

「あー、写真……ないですね」

 

 松原さんの案はかなり良いと思ったが、アルバムを作れるほどこころと写真を撮ってない。企画倒れである。

 でも、松原さんのでだいぶ考えの方向性が見えた気がした。ただあげるのではなくて、俺にも何らかの形で残るもの。そういうのが良いんだと思う。

 写真がダメなら……文章?

 

「じゃあ、手紙とか? 陰山さん、直接こころに何か言うのは難しそうだし」

「一言多いって。……否定しないけど」

「お揃いのものとかも良いんじゃないかな。アクセサリーとか、文房具とか」

 

 色々と案が出てくる。何をすればいいのか、段々と輪郭を帯びてきた。さすが女子高生。頼ってみるものである。

 でも、手紙にすると長くなりそうだな。もっと他の……他の何か。

 

「……一つ、俺も思いついたかも」

「へぇ、どんなの?」

「聞いてもいいかな?」

 

 俺の脳内にふと浮かんだ事を二人に話す。この一ヶ月の事を振り返って、その時に感じた気持ちや出来事を、一々手紙に書いてたんじゃあ長くなってしょうがない。だったら、もっと別の方法で伝えればいい。

 正直、自分でも無茶苦茶な事を言っていると思っている。でも、言わないままだと後悔しそうな気がしたから。まぁ、やる前から諦めるなってね。

 

「それ……スゴくいいかも。こころちゃん、きっと喜ぶよ」

「確かに、面白そうかもね。でもさ、現実的に時間ないんじゃない?」

「その辺は大丈夫。一応、ツテもあるから」

 

 案外、二人からの感触は良かった。だいぶ無茶を言っている自覚があっただけに、二人が好感を持ってくれたのは嬉しい。やっぱり、言って良かった。言わないと始まらないし。

 奥沢さんの指摘は現実的で、確かに考慮しないといけない事はある。あまりにも、取り掛かりが遅いのだ。だが、何も考え無しで提案した訳では無い。それに……

 

「やろうと思えば、多分何とかなるよ」

 

 大事なのはやろうという気持ちだ。思った通りに事が運ばなくても、やろうとすれば何か起こる。やろうとしなければ何も起こらない……だよね。

 

「……なんか、言ってる事がこころちゃんみたいだね」

「やめてくださいよ、そんな……」

「やれやれ。陰山さんもこころに毒されちゃって」

「違うってば」

 

 こころっぽい……か。確かに、ずっと似たような事言ってたかな。あんまり繰り返されるから、伝染(うつ)ったのかもしれない。思い返すと、少し恥ずかしいかも。

 でも、知らず知らずのうちに前向きになっているという事なのかな。前までなら、絶対にこんな考え方をする事はなかった。『どーせ無理』だと、先入観で決めつけていたはずだ。今の俺の姿は、散々彼女に魅せられていた姿なのかもしれない。

 

「じゃ、やるなら準備をやりますか。時間は限られてるんだし」

「そうだね。私達も出来る限りの手伝いはするよ」

「奥沢さん、松原さん。ありがとうございます」

 

 今後の方針は決まった。心強い味方も出来た。あとは、実行するだけだ。大丈夫、やればきっと何か起こるから。それは、俺がこの一ヶ月で嫌というほど聞いたフレーズだ。

 残り一週間、やり残しがないように。その気持ちだけを胸に、俺は再び二人との話し合いを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月二十三日(日) 天気:晴れ

月が変わるまで、残り一週間となった。バイトは思ったよりも順調で、この調子ならお金は問題なく貯まると思う

もう一つの、プレゼントの方。色々と案は出たけど、松原さんの出してくれたお揃いの『何か』と、奥沢さんの手紙、そして自分の案をそれぞれ採用しようかなと思う

(中略)

少し準備が大変だけど、残り一週間でやるしかない。頼れる人には全部頼って、絶対に成功させる。大丈夫、きっと上手くいくはずだ。根拠なんてないけれど、なんでかそう思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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