太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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二十四日目

 バイトをしながら学校生活を送るというのは、予想以上にハードだった。ハンバーガーショップは基本的に立ちっぱなしだし、接客というものは酷く神経を消費する。お世辞にも人付き合いが上手とはいえない俺には、結構ハードルが高かったようだ。

 そんなわけで、いつも家に帰るとグッタリ。そのまま一時間弱ほど寝てしまうなんて事もザラである。

 だが学生の定めとして課題はあるし、朝も早起き。それに加えて、俺にはやるべき事があった。

 

「んー、十一月の五日って何してたかなぁ……」

『まだ五日の分やってたの?間に合うの?』

「急かさないでよ。思い浮かばないんだからさぁ」

『律儀に毎日しなくてもいいと思うけど…』

 

 電話の相手は奥沢さん。スマホのスピーカーから声を聴けるようにして、通話しながら机に向かっている。広げているのは、十一月分の日記帳と市販のノート。日記と睨めっこしながら、ペンを走らせていた。

 

「結構大変なんだよ、半月以上も前の事を思い出すの」

『まぁ、気持ちは分かるけど……』

「ところで、製作の方は大丈夫だった?」

『今日練習の時にね、出来るかどうか頼んでおいた。半月あればやれるってさ』

「ホント、何でもやれるなあの人達……。ありがとね」

 

 いま何をやっているかというと、今月の出来事を一日ずつ詳細に、ノートに起こしている。それは、昨日の話し合いで出した、俺のプレゼント案を実現するために必要な事だった。

 毎日日記をつけているため苦じゃないと思いきや、これが結構難しい。奥沢さんから、『なるべく事細かに』って言われたからなぁ。人間の記憶力にも限度があるから、月初めの方はあまり覚えてないのだ。

 

『無理に毎日分書かなくていいよ。陰山さんのソレがないと、この案はそもそも成立しないから』

「そだね……。色々ありがとう」

『大変だとは思うけど頑張って。おやすみ』

「うん。おやすみ」

 

 電話を切り、また過去の記憶を振り返る作業に戻る。放っておいても記憶を失う自分が、過去の記憶を思い起こしているのは何とも皮肉である。こんな事をするなんて、夢にも思わなかった。自分を振り返るなんて。

 一日目から四日目まで纏めたのを見ると、それがよく分かる。最初はこころに対する当たりが強かったし、自分の事について軽く絶望もしていた。『笑顔がない』なんて言って近寄る彼女を、疎ましく思ってすらいた。

 それでも心のどこかで彼女が眩しく、そして羨ましく見えていた。それを自覚したのは確か四日目、ライブに招待された時の話だ。大勢の観客に囲まれて歌うこころの姿は、とても眩しかった。あんな楽しそうな思い出を残せる彼女が妬ましくて、そのくせ俺自身に介入してくるから目障りこの上なくて。ライブも途中で見るのが辛くなっちゃって、最後まで見ずに帰ったんだよね。

 こんな感じで、何かがあった日なら思い出せるんだけど、そうでもない日は中々ペンが進まない。何も無い日は日記も三行ぐらいで終わってるから、あまり役に立たない。

 こうして考えると、改めて思わされる。俺のこの一ヶ月は、弦巻こころがいて初めて生まれたものなんだと。こころと何かをした、こころとどこかへ行った。そんな日の日記は決まって長い。奥沢さんと話した十四日目や、昨日のが数少ない例外みたいなものだ。これほどまでに俺は、彼女から多大な影響を受けていたのだと感じる。

 

「……ん、電話?」

 

 オフになっていたケータイの画面が唐突に付いて、電話番号が表示される。奥沢さんと通話していたのは、トークアプリの通話機能。すなわち、番号は必要ない。

 俺がケータイの電話番号を登録しているのは、ただ一人である。

 

「もしもし」

『あっ、出た!! こんばんは、隼人』

「どしたの、こんな時間に。珍しいね」

『えぇ。最近、あんまり隼人とお話してなかったもの』

「ごめんね。忙しかったからさ……」

 

 電話先から聞こえるこころの声は、夜にも関わらず楽しそうだった。バイトを始めてからというもの、彼女といる時間は確かに少なくなっていた。行きはともかくとして、帰りは一緒にいられないのが一番の要因である。

 

『いいのよっ。今何してるの?』

「えっと、日記を見直してる……かな」

『自分の?』

「まぁね」

 

 本当のことは、もちろん言えない。でも、ウソも言ってないから悪いことはしてないよねって。サプライズのつもりだから。

 日記の事を聴くだけならいいかな。こころとはほとんどいっていいほど一緒にいるし、俺の忘れてたところも覚えているかもしれない。

 

『どうしたの? 急に』

「うん……まぁ、振り返りかな。俺にとっては、色んな事が起きた一ヶ月だったからさ」

『そう……』

「それでさ。こころの場合、どの日が印象に残っているかなぁって。その……俺と過ごした時間で」

 

 何言ってるんだろう、俺。物言いが誤解されそうな風になってしまって、最後の方は声が力なくなっているのが分かる。恥ずかしい。

 こころはそんな事を気にもせず、電話口で『うーん』と唸っている。彼女が鈍感で……というか、あまり気にかけられなくて良かった。

 

『会った日でしょ、ライブにも招待した事もあったわね。あとは、隼人の好きな食べ物が分かった日かしらっ。アタシの知らない一面が見れたもの』

「好きな食べ物……七日の事かな」

『あとは、福引きのバイトをした時もあったわね!!』

 

 だいぶ日を跨いだけど、まぁいいか。七日は確か、初めて一緒に登校した日だよね。こころが勝手に部屋に入ってきたんだ。それで朝ごはんを山吹ベーカリーで買って。あそこのコロッケパンは美味しかった。

 で福引きのバイトをしたのは……十日だ。奥沢さんと三人だったっけか。泣き出した女の子を、こころがあやしてたのが印象に残っている。

 この辺の日記では、体調の悪さを度々訴えている。といっても寝不足だけど。心的なものだったと思う。十一日には病院に行っているし、その次の日も病気に不安を抱いている様子が日記から散見される。

 

『この前遊びに行ったのも楽しかったわ!! 初めてだったもの!!』

「その節は……本当にごめんね。理不尽な事で怒っちゃって」

『いいのよ。そのおかげで今があるなら、アタシはとっても嬉しいわ』

 

 十三日にはとうとう今まで積もっていたストレスや怒りが爆発。こころに、『もう構うな』と突き放してしまった。そして十四日目に奥沢さんの口から真実を知り、仲直りまでに至る。こころが言ったのは、仲直りしたのと同じ十七日の出来事。

 最近の出来事という事もあって、この日はよく覚えている。学校はサボってしまったけど、本当に楽しかった。こんな普通の高校生みたいな生活を送れるなんて、思いもしなかったから。

 そしてそれは、こころからしても同じだったんだと思う。多分、こころも俺と出かけるのは初めてだったから。十月以前の『俺』は、こころと仲直りしようだなんて思わなかったらしいから。

 俺に拒絶されても次の月初めにまた声をかけ、再び拒絶されて。こころが俺を諦めなかったから、俺は一人にならずにすんだ。自分と向き合うことが出来た。

 

「ありがとね。ホント、色々と」

『色々?』

「ずっと、俺といてくれて。こんな変な病気持ってる、ひねくれた奴といてくれて」

 

 この一ヶ月を振り返って感じた、こころという人物の絶対的な存在感。日記を見ればそれは一目瞭然であるし、俺自身の彼女に対する感情もまた、それをよく表している。本当に感謝してもし切れないぐらい。

 これだけ想っていても、きっと残酷なほどに綺麗さっぱり忘れてしまうのだろう。自分の想いが強ければ打ち勝てるのでは、という淡い期待もある。だが、それも直に分かる事だ。

 

『当たり前じゃない。隼人が笑顔になれるまで、アタシは諦めないから』

「十分、前よりは表情豊かになったと思うけどね」

『まだまだ。隼人の心は、いっつも泣いてるもの。全然笑顔じゃないわ』

「……そっか」

 

 ……全部見透かされているなぁ。彼女に下手なごまかしやウソは、あんまり意味がないみたい。人の心の動きに関しては、特に鋭い子だ。

 記憶を失った俺は、きっとまた塞ぎ込んだ性格に戻ってしまうだろう。ネガティブで投げやりで、冷めた考え方をするような。そしてこころは、そんな俺にまた付き添う事になる。いつ病気が治るとも分からない、俺なんかの為に。それは病気が治るまで、記憶を戻すまで続く。

 ずっと歩み寄り続けてくれた彼女のために、俺に何か出来ることはないのか。来月の俺に、遺しておける事は……。

 

「ねぇ、こころ」

『何かしら?』

「俺がさ、笑顔になったら嬉しい?」

『もちろんよ!! 嬉しいに決まってるわ。今の隼人といても楽しいけど、笑顔の隼人と一緒だったらもっともっと楽しいはずよ!!』

「……そっか、その言葉を聴けて安心した」

 

 笑顔になれたら。病気も無くなって、何のわだかまりもなく、本当の意味でこころと友達になれたら。そんな日がいつか来るだろうか。いや、きっとその日が来るまでこころは待ち続けてくれる。

 だから、俺はその日までこの想いを次に繋ぐ。こころの事を忘れてしまっても、彼女を信じられるように。もう、くだらない諍いなんて起こさないように。

 彼女が俺に希望を持たせてくれる。彼女はずっと俺の味方だと、次の『俺』に繋ぐんだ。

 

「俺さ、頑張るよ。こころが喜んでくれるなら、笑顔になれるように立ち向かう。前を向いてみせる」

『隼人……』

「だからその、これからもよろしくお願い……します。俺のそばにいてください。来月も再来月も、治るまでずっと」

 

 今月の日記を、まず俺の目につくところに置いておく。今までは看護師に預けていたようだが、今回はそれをしない。記憶を失って目覚めた十二月一日の朝、思わず手に取るようなところに置いておくのだ。最初は受け入れないかもしれないが、書いてある事は全て事実だ。いずれ信じるしかない。

 あとは残念ながら、来月の俺次第になってしまう。また迷惑をかけるだろうし、こころに冷たく当たってしまうかもしれない。だから、こころを信じるしかない。彼女を信じて、今の想いを繋ぐことしか俺は出来ない。

 だって、嫌じゃないか。記憶を取り戻した時、隣に彼女がいないなんて。

 

 彼女がいないと……俺は笑顔になれない。

 

『えぇ、もちろん。何を言われても、どれだけ避けられても隼人のそばにいるわ。約束よ』

「うん、約束」

 

 俺は、そう言いながら小指を立てた。なんだか、電話越しで向こうも同じ事をしている気がして。それを想像すると、俺の心はほんのり暖かくなった。渦巻いていた不安が、少し拭えたように思える。

 電話を切り、机に再度向かい合う。彼女と話して、色んな思い出がより鮮明に思い出せた。楽しい記憶も辛い記憶もあるけれど、どれも俺の大切な記憶。色褪せないように、ちゃんと書き記しておかないとね

 ……今なら、もっと詳しくノートに書けそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月二十四日(月) 天気:晴れ

一ヶ月の出来事をノートに振り返る作業に着手。今日は、十日目ぐらいまで進めた。月の序盤は、自分でも引くぐらい冷めてたなぁと思う。よく今みたいに変われたなと、改めて感じた。金曜日までには、この作業を終わらせたいかな

 

 

 

 

 

 

 

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