太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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二十八日目

 金曜日。週末を迎えるということで、校舎を出る者達の顔は幾分か晴れやかなように見える。今週に期末テストを終えたこともあって、あとは冬休みを迎えるだけである。そういった意味合いも強いのだろう。

 だが、俺にとって今日という日は、他の誰とも違う特別な意味合いを持っていた。

 

「はーやと~!!」

「遅くなってごめん、こころ」

 

 校門付近では、こころがいつものように待ち構えていた。彼女は俺を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。人懐っこい犬みたいで可愛い。

 

「そんなに待ってないわ。さ、行きましょっ」

「うん……おっと」

 

 いつものように手を引かれ、こころに引っ張られる形になる。俺とこころが出かける時は、この構図がもはやお馴染みとなっていた。

 今日は、最後の登校日だった。もちろん引っ越すとかそういうのではなく、今月最後のって意味で。つまり、こころとこうして制服姿で会うのも最後になる。今日はバイトがないので、ならば一緒に帰ろうという話になったわけだ。

 ……ちなみに、誘ったのは俺の方である。

 

「珍しいわね? 隼人から誘うなんて」

「うん……まぁね。その、他の人達みたいに学校帰りの寄り道ってしてみたかったし」

「行きたいところがあるの?」

「いや、全く」

 

 こころに巻き込まれてどこか寄る……っていう経験はあったが、自発的に寄り道をするのは初めてだ。自分から誘っておいて、行きたいところもないという無責任な状態だけど。

 行きたいところがないというか、思いつかないというのが正しい。経験に乏しいから、こういう時の定番が分からない。

 

「じゃあ、アタシに任せてっ。ほらっ、行くわよ」

「ご案内、よろしくお願いします」

 

 困った時は、大体こころに任せておけばいい。俺が下手に考えるより、ずっと面白い経験をさせてくれる。これも、今までに学んだ事だ。

 こころが小走りで進むので、手で繋がれている俺も当然小走りになる。方角は商店街。すっかりお馴染みの場所へと、俺達は赴く。

 

 

 次が休日ということもあって、商店街には多くの人で溢れていた。多少乱れていた息を整え、辺りを見回しながら目的地へ向かう。

 季節柄だろう、イルミネーションが飾られているお店が増えてきた。十一月の最初の方に比べて、商店街全体が明るく彩られている気がする。気の持ちよう次第で、こうも見える景色は変わるのかな。密かに沸く高揚を抑えられない。

 今、自分は確かにこの商店街の喧騒の中にいる。

 

「こっちよ、こっち」

 

 こころは人の間を縫うようにスイスイと進んでいく。この周辺は食材を扱うお店が多いのか、買い物袋を持った奥様方が多い。俺達が辿り着いたのは、そんな中の一角。

 

「いらっしゃい、いらっしゃーい!! 美味しいコロッケあるよー!!」

 

 そのお店は、俺にとって何とも魅力的であった。北沢精肉店というそこでは、入口に大きくコロッケと書かれたのぼり旗が。揚げ物の香ばしい匂いが店先から漂ってくる。

 

「おっ、こころーん!!」

「はぐみー!!」

 

 北沢はぐみは、こころを見つけるといち早く駆け寄り、いぇーいとハイタッチ。店の前であるにも関わらずテンションが高めな二人だ。

 彼女は、ハロハピのベース担当。一度ライブを見た時は、楽器持ちながら軽快に動いていた記憶がある。それがバンドの在るべき形なのかはおいといて、ハツラツで元気な子のようだ。こころとタメ口なところを見るに、恐らく同級生。

 

「今日はどうしたの? お友達?」

「そうよ、はぐみの家のコロッケを買いに来たの。隼人はコロッケ大好きだものね」

「ホント!? 絶対美味しいから、いっぱい食べてね!! 何個食べる? 五個? 十個?」

 

 選択肢がおかしいよね。いくら好きでも、そんなに食べられるわけない。普通に一個でいいですよ。一個で。

 こころとノリが合うだけあって、この子も結構常識を無視しちゃう感じなのかな。いや、なんかハロハピらしいけどね。奥沢さんや松原さんの苦労が窺える。

 

 結局俺はコロッケを、こころはメンチカツを一つずつ買ってお店を後にした。店先ですぐに食べないんだ、と彼女の“らしくない”行動に首を傾げる。こころに手を引かれて、再び移動。日も下がり、いつの間にか人気のない場所に連れて来られていた。

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

「着いたわっ!!」

 

 商店街を抜け、階段を駆け上がり、俺達がやってきたのは見晴らしの良い場所。自分の街全体を見渡せ、展望台としても使われていそうな場所だった。周囲は、木の柵で囲まれている。

 

「ちょ、ちょっと休ませて……。キツすぎ……!!」

 

 付近にあったベンチに腰を下ろし、俺は呼吸を整える。隣に腰を下ろすこころは、不思議そうにきょとんとしている。情けない話だが、俺と違って彼女はバテてないようだ。こころがタフなのか、俺がひ弱なだけなのか。

 

「いいでしょ、ここ。とっても景色がいいのよ!!」

「暗くてよく分かんないよ」

 

 確かに昼間ならよく見えそうだけど、今は一番中途半端な時間帯だ。景色を見るには暗すぎるし、星を見るには明るすぎる。まぁさっきの人混みの中に居続けるよりはマシだけど。

 でも、せっかく二人でいれるしいっか。俺は、さっき買ったコロッケを取り出す。紙袋から伝わる熱は、まだ冷めてはいない。全力で走った甲斐があった。落としたとかいうお約束もないし。

 

「いただきます……うん、美味しい」

「こっちも美味しいわよ!!」

 

 こころがメンチカツを差し出すので、一口かじる。当たり前だけど、こっちの方が肉々しいというか何というか。でも、嫌いじゃないな。お返しにと、俺もコロッケを差し出す。

 こころはそれを見て、無言でかぶりつく。でも、顔は分かりやすく満面の笑みで。俺も釣られて、顔が綻んだ。

 

「いま、とても優しい顔をしてるわ」

「……そう? 前もそんな事言ってたよね」

 

 あの時はコロッケパンを食べていた時だったかな。あの時も、こころは俺の表情を『優しい顔』と評した。その真意は今でもよく分からない。笑っているのではないのだ。わざわざ『優しい』と言っているのだ。

 

「よく分からないけど、いつもと隼人の顔が違うの。いつもはもっとこう、目元とか尖ってる感じなのよ」

「素の表情……って事かな。どれが素の自分なのか、イマイチ分からないけど……」

 

 好きな物を食べて、本能が出ているのだろうか。記憶では忘れていても、カラダは覚えている。だから、自然と顔が綻んでいる……とか。

 自分自身、表情を変えているつもりはないし完全に無意識だ。でも、こころが言うならば本当に変わっているのだろう。彼女は、その辺鋭いから。

 

「それが本当なら素敵ね。隼人の優しい表情、アタシとっても好きだわ!!」

「恥ずかしいよ……。でも、ありがと」

 

 照れくさいのを隠すように頬を掻く。好きだと言われて、嬉しさよりも恥ずかしさが勝った。何だか、変な気分だ。

 

「アタシがね、初めて隼人を見た時。目に光がなかったの。スゴく寂しそうだった。怯えてもいたわね」

「……それで?」

「何とか笑顔にさせようと思ったわ。だって笑顔じゃないなんて、つまらないもの。だから、アタシが教えてあげようって」

 

 こころの独白に、俺は静かに耳を傾ける。彼女がこんな風に語るなんて、珍しいなと思った。いつもは、行動で感情を示すような彼女がだ。

 

「簡単だと思ってたけど、上手くいかなかったわ。何でなんだろうって考えても、アタシには分からなかったもの」

「それは……ごめんね」

 

 こころと一緒にいて、笑顔にならない人の方が少ないだろう。というか、そんな人間なんて俺が初めてだったんじゃないだろうか。自意識過剰なんじゃなくて、こころの口振りから本当にそう思える。

 そう考えると、やはり今までの罪悪感がのしかかる。だが、こころは『いいのよ』と優しく微笑みかけてくれた。

 

「だからこそ分かるの。今の隼人は、いつもと違うって。今なら、隼人も笑顔になれる気がするわ!!」

「ほ、ホント?」

「えぇ。だから、ちょっと笑ってみてくれないかしら? ほら、ニコーって!!」

 

 む、難しい事言うなぁ……。こころは、お手本を示すかのように口角を上げている。俺も、彼女の真似をしてみる。

 意味があるのかとか、どうせ忘れるとか。かつて抱いていたそんな疑問は、頭から吹き飛んでいた。目の前の彼女を見たら、もうどうでも良くなったから。

 

「こ、こぅ……かな?」

 

 口元はピクピクと引き()り、目は潰れている。およそ綺麗とは言えないような笑顔だと、自分ながら分かる。鏡があったら見せてほしいぐらいに。

 

「アハハっ!! 素敵よ、隼人!!」

「いま笑ったよね!?」

 

 失礼な。人が苦労して頑張っているというのに。

 確かに、ぶきっちょかもしれなかったけどさぁ。

 

「でも、隼人が自分から笑顔になろうとしたわ!! スゴい、スゴイわ隼人!!」

「……うん、そうだね」

 

 目を輝かせている彼女に、怒る気力も失せてしまった。いいよ、喜んでくれているから。こころが喜んでくれたなら、それはそれで恩返しだ。

 俺がこころにしてあげられる、ある意味で最高の恩返し。本当は、もっと自然の形を見せてあげたいけれど。それでも、こころが喜んでくれるなら。

 こころが俺に絡んできた当初、『笑顔になって何になる』と思っていた。自分本位でしか考えてなかった。でも、実際は自分だけの問題じゃない。俺が笑顔になるだけで、こころがこんなにも喜んでくれる。きっと、もっと他の人も笑顔に出来る。俺の記憶には残らなくても、皆の記憶には残る。

 

「エヘへ、やっぱり笑っている顔が一番ね!!」

「そ、そう? 変な顔になってない?」

「そんな事ないわ!! とっても素敵よ」

「……なら嬉しい」

 

 それはきっと、素敵な事なんだと思う。笑顔は皆に伝染る、魔法の病気。それが広まり続ければ、きっと世界は笑顔になる。

 楽しいことは、笑顔にして倍に。辛いことは、分け合って半分に。俺とこころの関係は、まさにそんな感じだった。俺の辛い事は、全てこころが分け合ってくれた。楽しい事は、二人で共有しあえた。

 俺はこころに、たくさんのものを貰っていた。

 

「来月の俺にも教えてあげてね、笑顔の素晴らしさってヤツ。俺がもう笑ったから満足~なんて言わないでよ?」

「もちろん。何度だって教えてあげるわ。……ずっと一緒よ」

 

 良かった。こころは俺の手に自分の手を重ね、いつものような快活な笑みではなく、優しそうに。しかしどこか儚げに笑ってみせた。普段の彼女からは見れないような、慈愛に満ちたような表情だった。

 いつもと違う雰囲気の彼女を少し疑問に、しかしどこか見惚れている自分がいる。繋がれた手からは、段々と熱を感じて。普段の彼女と、何が違うのだろう。頭を捻っても、よく分からない。

 そんな俺の考えをかき消すように、こころは不意に立ち上がる。

 

「さ、帰りましょっ。寒くなってきたわ」

「……え? あ、うん。そうだね」

 

 僅かに残っていた夕焼けも、いつしか色を失い始めている。時計を見ると、もう七時前になっていた。結構時間が経ってしまっていたんだなぁ。

 こころは俺の手を掴んだまま、先導しながら帰り道へと案内していく。暗いのも相まって、前を歩く彼女の表情は分からない。元々何を考えているのか分からないけど、今はそれ以上に分からなかった。

 帰り道は何を話していたのかも、正直あまり覚えていない。いや、ほとんど話さなかったんじゃないかな。ただ一つ感じていたのは、繋がれた右手の感覚。華奢(きゃしゃ)な彼女に似合わず、強く強く握られていたのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こころを家に送り届け、俺は一人帰路に着く。すっかり辺りは暗くなり、住宅街の付近は人も通らなくなっていた。だがそんな状況は、むしろ今の俺にとって好都合といえた。

 

「お待ちしておりました」

「こんばんは。予定よりも遅くなってすみません。理由は……まぁ、おたくのこころと一緒にいたからだけど」

 

 黒のスーツに、サングラスをした怪しげな風貌。こころの側近として仕えている、ボディーガード兼使用人の女性だ。俺は、彼女に用があった。

 

「それで、約束のものは」

「うん、ここに」

「……拝見致します」

 

 通学カバンの中からノートを一冊、使用人に手渡す。こないだから書き留めていた、あのノート。彼女はそれを受け取ると、持っていたペンライトを照らしながら中を確認する。ものの数分で流し読んだ後、ノートを閉じ、ふぅと一息。

 

「予想以上です。驚きました」

「まぁ、情報は多い方がいいと思って。出来そうですか? 量もそうですけど、このメモだけで書くなんて……」

「問題ありません。我々はこころ様のボディーガードですので、何らかの手段でこころ様の動向は把握しています。よって、我々もあなた様方の行いをある程度見ていますので」

「あ、そうですか……」

「私以外にも協力してもらい、半月ほどで仕上げてみせます。残り二日分は、後日家に伺います。家内の方に預けるなりポストに入れるなり、よろしくお願いします」

「あ、はい。わかりました」

 

 こころが『彼女達は何でもしてくれる』と言っていたが、どうやら伊達ではない様子。こころの凄さを思い知ると同時に、弦巻家の恐ろしさを垣間見た気がする。ある程度見張られていたって考えると、ある意味怖いけどね。ボディーガードだから仕方ないのか。

 

「そうそう、コレのタイトルは考えていますか?」

「タイトル……?」

「そうです。せっかくなら私達より、陰山様が考えた方がよろしいかと。その方が、こころ様も喜ばれるかと」

 

 使用人の言葉に、俺は色々考えを巡らせる。タイトルを考えるなんて、予想もしてなかった。いきなり言われても、パッと思いつくものではない。

 彼女達に作ってもらうのは、俺とこころの一ヶ月そのもの。本当は自分の手で作りたかったけど、時間がないからね。ずっと大切に保存出来るようにと、考えたもの。

 こころと出会って、俺は本当に変わることが出来た。暗く閉ざしてた俺を明るく照らしてくれて、前を向かせてくれた。いつも明るく輝いていて、彼女の周りは笑顔で溢れていて。

 そうだなぁ、さながら太陽みたいなんだよ。こころって。全てを優しく照らす、太陽だ。

 

「太陽の……備忘録、なんてどうかな。ちょっとカッコつけちゃったけど」

「素敵だと思います。では、そのように」

「うん、よろしくお願いします」

 

 備忘録って、忘れた時に備えて残しておくためのメモって意味があるんだ。それで、こころを形容する『太陽』を添えて。こころを忘れないように、いつまでも胸に残り続けるように。

 そんな願いを込めて、このタイトルを捧げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月二十八日(金) 天気:晴れ

最後の学校帰り。初めてこころと寄り道をした。まだ最終日に出掛ける予定があるけど、もう会えるのも僅かなんだなぁって感じる。口には出してないけど、こころもいつもと違う雰囲気だった気がする

そうそう、ノートも無事に提出出来た。あとは、あの人達に任せるとしよう。こころに、どうか俺の気持ちが伝わりますように

 

 

 

 

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