太陽の備忘録【完結】 作:8.8
再び館内に戻ってきた俺達は、お土産やグッズが売っている購買に赴いた。ひと通り水族館を堪能したので、あとは買い物でもして出ようということになったのだ。時間的に、めぼしいイベントも無さそうだし。
「隼人見てっ!! この被り物可愛いわっ。花音へのお土産にしましょう」
「松原さん困らないかな……」
ペンギンの被り物を実際に被りながら、こころは俺に見せてくる。確かに可愛いけど、こんな派手なものを送られても困るだろう。というか本来これはその場所で被るものであって、人に送るものじゃないと思うんだけど。
新しく出来た水族館なだけあって、売られている物のラインナップも豊富だった。あれこれ物色しているこころはとりあえず置いておいて、ひとまず家族へのお土産を選ぶ。無難にクッキーやチョコレート辺りがいいだろう。
次に探すのは、自分用のお土産。正確に言うなら、自分のために『遺しておく』ためのお土産を買うのである。食べ物は論外として文具やおもちゃ、生活用品にぬいぐるみ等々、いくらでも選びようはある。
「何にしよっかなぁ」
松原さんで思い出したけど、何かお揃いのものを買おうって考えていたっけか。頭の隅に残っていたものを引っ張り出し、再度お土産探しに勤しむ。
種類が豊富だとは言ったが、何かお揃いで買うとなると探す難易度は跳ね上がる。男女共用で使えて、なおかつ身に付けるようなものだ。『これお揃いだね』と、いつでも言えるような道具。そんなものは、都合よく見つからない。
「あら、何を探してるの?」
「自分用にね。そっちはもういいの?」
「えぇ。ちゃーんと皆のお土産を買ったわ!!」
一体何人に買ったのか、彼女は袋いっぱいにお土産を手にしていた。家族だけに買った俺とは違って、こころの場合は友達が多いからかな。明日学校で、これを配っている姿が目に浮かぶ。
「アタシも探すのを手伝うわ!!」
「ありがとう。身につけられるものがいいな」
こころも加わって、あれでもないこれでもないとお土産探しを再開する。一口に身につけられるものといっても、色々ある。靴下やハンカチ、キーホルダー、帽子……学生だし文具なんかもアリだろう。
それでも、なるべくいつも身につけているものがいいなぁと考えている俺にとっては、どれも決定打に欠けた。間違いなく、常に肌身離さず持っているようなものが欲しいのだ。
今まで生活してきて、肌身離さず持っていたもの……。
「あ、そういえば」
ポケットに手を突っ込んだタイミングで、俺はふと思い出す。一つあったよ。俺もこころも間違いなく持っていて、なおかつ肌身離さないであろうもの。
そう、それはスマートホン。高校生ならば所持率はほぼ十割だ。当然、こころも持っている。俺が見つけたのは、そのスマホにつけるアクセサリー……イヤホンジャックだ。
「こころ、どっちがいい?」
「ん? それどうしたの?」
「うん、まぁプレゼント……かな」
プレゼント、という言葉にこころの顔がパァっと明るくなった。俺から彼女に何かを送るなんて、してこなかったからだろう。驚きと喜びの混じった表情は、見ていてなんだかホッコリとする。
「じゃあこれっ!! こっちがいいわっ」
「ん、分かった。じゃあ俺はこっちね」
こころがイルカのイヤホンジャックを選んだので、俺は残ったペンギンを購入する。小さく水族館の名前が刻まれていて、ここでしか買えないものだと一目で分かる。もちろん、お金は俺が払った。
早速二人して、スマホにイヤホンジャックをつける。スマホを互いに近づけると、イルカとペンギンが仲良さそうに並んだ。
「隼人とお揃いねっ」
「……うん。これ見たら、二人でどこか行ったってすぐに分かるよ」
言葉の意図を分かってくれたのか、こころは小さく『そうね』と呟いた。今日は楽しかった。写真もいっぱい撮ったし、動画も残したし。記録として残したもの以上に、語るべきところは多い。こういうのを、思い出というんだろう。
楽しい時間は、残酷にもあっという間に過ぎ去ってしまう。ついさっき水族館を回り始めたと思ったのに、もう帰らなきゃいけないなんて。
明日も、明後日も、一週間後も、一ヶ月後も。こんな生活がずっと続けばいいのに。そう願っても、いま叶うことは決してない。始まりには、やがて終わりが来る。
「さ、帰ろっか。電車、時間だしね」
無駄にしんみりさせてしまったなぁと内心反省。努めて明るく、少しだけ上達した笑顔も添えて呼びかける。辛い時こそ、きっと笑った方がいい。こころなら、そう言うはずだから。
「えぇ。そうだわ、駅まで競走しましょっ!!」
「それはかんべ……ちょっ!? 待って!!?」
こころは俺の手を引くと同時に、ダッシュで水族館の出口へ向かった。俺の制止も何のその、全力で駆け出す。今日はずっと俺がリードしてたのに、結局巻き込まれてドタバタしちゃうんだ。でも、こっちの方が俺たちらしいかもしれない。
外に出ると、冷たい風が出迎える。二人同時にブルっと身を震わせるも、しかしこころはすぐに切り替えて走り出す。当然、俺も一緒になって。
十二月手前。寒さが厳しくなってくる時期だったが、繋がれていた手はほんのり暖かくて。このまま時間が動かずに、どこにも着かなければいいのに……。なんて、そんな事を本気で考えていた。
★☆★☆★☆
電車に乗って帰ってきてからも、俺達二人は共に過ごした。その辺のお店を適当に覗いたり、雰囲気の良いカフェに入ってみたり。特に目的も決めず、ブラブラと街中を二人で歩くだけ。
ただそれだけなのに、こころといると発見が多くて笑う事もあって。飽きることは決してなかった。だが、楽しい時間は一瞬。一日の終わりは、あっという間に訪れる。
俺達は、最後に展望台へとやってきた。街の様子を一望できる、一昨日にも訪れたあの展望台だ。すっかり時間は下がってしまい、西の空は赤く燃え始めている。
「キレイ、だね」
「ね、言った通りでしょ!?」
「うん……。最後に見れて良かったよ」
前回は暗くて景色が分からなかったが、今ならよく見える。以前こころが言ってたように、確かにここからの景色は壮観だった。夕焼けに照らされて、俺達の住んでいる街が赤く輝いている。
無言の決定だった。ここに来ようと言ったのは、どちらでもない。自然と、互いの足がここへと赴いていたのだ。最後は、静かな場所に来たかったのかもしれない。
こころは、何も発しない。俺が景色を写真に収めようとするとスマホを覗き込み、ベンチに腰を下ろすとその隣に座る。まるで、この後の全ての行動が俺に委ねられたみたいに。
「あ、そうだ。忘れないうちにこれ」
「あら、封筒?」
「この前借りたお金。ちゃんと貯めたから」
「……ありがとう」
封筒の中身には、二万とちょっとのお金が入っていた。いま着ている服を買った時に、こころから借りた分のお金だ。もちろん、ハンバーガーショップでのバイトを経て正規に手に入れたものである。
さて、もう俺が何かする事も無くなってしまった。思い残しもやり残した事もなくなり、帰ろうと思えば今すぐ解散する事ができる。
それでもこの場を動かない……動けないのは、まだ未練があるからだろうか。俺が動くこと、それは別れを意味する。またすぐに会えるわけではない、長い長い別れだ。
「こころ、門限とかある?」
「いいえ全く。決められてないわ」
「……そっか。もっと遊べたね」
お嬢様の家にありがちな門限も無し。俺達は高校生だから、十時以降の外出は許されていない。裏を返せば、それまでまだ時間はたっぷりある。
だがもちろん、そんな時間にまで引っ張るつもりはなかった。お互いの親を心配させてしまうし、ここにあと四時間も五時間もいられない。もう別れる頃合なんだと、俺は直感で感じていた。
「これなら、もっと遠出できたかもしれないね。それこそ、こころが行きたがっていた遊園地も動物園も全部回れたかも」
「そうねっ。それは素敵な事だと思うわ」
「でも、それだとちょっとヘビーかな。二日目とかあれば、良かったん……だけ、ど」
太陽が揺らめく。まるで陽炎のように、ぼんやりと不規則に。もっとしっかりと焼き付けていたい、まだその光を浴びていたいのに。
分かっている。自分で覚悟を決めなきゃいけない事ぐらい。そんな事は、もう何日も前からしていたつもりだ。しているつもりだった。
……でも、俺は自分で思っていた以上に弱かったようだ。
「……隼人」
ふわりと、優しい香りが俺を包む。こころが、俺を抱きしめてくれていた。彼女の華奢なカラダは、俺を力強く捉えて離さない。俺の方が上背はあるのに、全てを包み込んでくれて……直接、彼女の温かみを感じ取れる。
俺の涙腺は、そこで決壊した。
「いいのよ、泣いても。我慢は良くないわ」
「こころっ、こころ……!!」
「……ずっと戦ってたものね」
「俺、記憶無くすのが怖くて怖くて……。もう二度と会えないかもしれないって思って。俺嫌だから、そんなの絶対嫌だから!!」
情けなく、女々しく、全てを吐き出すように。俺は泣き叫んだ。人目も
こころはそんな俺に何も言わず、ただただ抱きしめてくれた。時折あやす様に、俺の背中をさすりながら。
「帰りたくない。ずっとここにいたい……」
ポツリと、つい本音が漏れてしまった。ダメだと分かっているのに、そんな彼女の優しさに甘えてばかりいる。叶いもしないワガママだ。
家に帰るのが怖い。記憶を失うのを待ちながら眠りにつくのが怖い。彼女を忘れるのが怖い。明日を迎えるのが……怖い。
一度感じた恐怖は震えへと変わる。それをひた隠しにするように、俺はまたこころに抱きつく。顔を埋め、少しでも気分が和らぐように。
「隼人、顔を上げて」
声に釣られてふと顔を起こすと、唇に柔らかい感触がした。限界までに近づいた彼女からは、ほのかに上品な香りがした。片腕で俺のカラダをしっかり抱き寄せ、もう片方の指先で俺の涙をなぞるように払い、頬に優しく手を当てる。
それは一瞬の出来事。こころはパッと離れて、歯を見せて俺に微笑む。
「エヘヘっ。ビックリして涙引っ込んだわね!!」
「だって、いきなりこんな……!!」
ようやく、自分が何をされたのか理解した。頭が真っ白になると同時に、いま抱えていたものが全て吹き飛んだ。それぐらい、衝撃的だった。
彼女の目をまっすぐ見れない。心音は速まり、頭がクラクラしそうになる。そっと自分の唇に触れると、今しがたの感触が脳裏をよぎった。
「独りだと、こんな風に忘れる事なんて出来ないものね」
俺の目尻に溜まった涙をすくい、こころはそう呟いた。彼女らしい、強引すぎる方法。でも、涙がさらに溢れることはなかった。
我ながら、こんな単純でいいのかなと思う。不安な気持ちはやや薄れ、少しばかりの幸福感が残る。自分の気持ちに正直になるなら、あぁうん。やっぱり、すっごく嬉しい。
やっと分かった。
「アタシがずっと一緒にいる。隼人は独りぼっちなんかじゃないわ。アタシは隼人の辛い気持ちを理解する事は出来ないけど、楽にする事は出来る。笑顔にだってさせられるわ!!」
俺の手を取り、こころは力強く言う。ずっと一緒だと、以前もそう言ってくれた。何度も言ってくれた。その言葉通り、俺は何度も何度も助けられた。感謝しても、しきれないぐらいに。
「……うん。今まで助けられてきた。貰いっぱなしだ」
こころは、俺と過ごしてどうだったんだろう。もちろん、彼女が好きで俺と一緒にいることぐらい理解している。俺は彼女に抱えきれないほどのものを貰ったが、逆に俺は何か彼女に渡せただろうか。
そんな俺の考えをかき消すように、こころは『それは違うわ』と否定する。
「隼人に出会ってから、アタシはたっくさんの笑顔を貰ったわ!! 隼人も、アタシに笑顔をプレゼントしてくれていたのよ!!」
「そう……なのかな。あんま実感ないけど」
「独りで笑顔になんてなれないもの。今日だって、隼人といていっぱい笑顔になれたわ。こんぐらいよ、こーーーーんくらい!!」
こころは大袈裟にも、両手をいっぱいに広げて表現する。どういう図り方なんだよ、と内心ボヤく。そんなんで表せるほどじゃないぐらい、君の笑顔は輝いてたよ。
誰とでも、どこででもこころは笑顔になれる。それが当たり前だと思っていたけど、それは相手あってのもの。嬉しいことに、俺といる時のこころはいつだって笑顔だった。知らず知らずのうちに、俺は彼女を笑顔にさせていたんだ。
この笑顔を守りたい。俺にだって出来るはずだ。誰よりも輝いていて、愛しいその笑顔を忘れたくない。そう思うと、泣いてる暇なんてない。
「……フフっ。なにさ、その表現」
「あっ!! やっと笑ったわ!!」
心につっかかっていたモヤが少し薄らいだ気がした。これで、何か事態が好転した訳でもない事は分かっている。それなのに、今の俺は恐ろしくスッキリしている。こころと少し話しただけで、こうも違うなんて。
安心できた。俺にはまだ希望が見い出せる。何も知らない、孤独だと感じていた時とは違う。こころなら……どれだけ絶望の縁に立たされても俺を笑顔にしてくれるから。当然だ、彼女は太陽なのだから。
「うん。少し楽になったかも。……ありがとう、こころ」
「いいえ。やっぱり、笑っている方がいいもの」
こころが俺の手を放した。俺もコクリと頷く。
大丈夫、もう大丈夫だ。
「じゃあ……ね」
「えぇ。また明日」
こころは、決してさよならとは言わなかった。きっと、また会うことが出来るのだから。また明日。なんて前向きな言葉だろうか。
独りでいた時は、明日を迎えるのが嫌だった。何かが起こる度に怖くなって、不安に胸が押し潰されて、だけどそれを取り払えなくて。明日になると、また嫌な気分になってしまう。月日を重ねれば重ねるほど、自分が嫌な思いをする。そう思っていたから。
だが、こころがそんな明日を変えてくれた。新たな発見、予想もしない出来事。こころといるだけで毎日が新鮮になり、明日を迎えるのが楽しくなっていた。
こころは、俺の明日を創ってくれていたのだ。だから、また明日。こころの創る、楽しい明日へ。
「……うんっ。また明日」
俺は、こころに背を向けて歩き出す。決して振り返らない。まだ見ぬ明日はきっと明るいから。最初は陰っていても、光は常に手の届くところにあるのだ。きっと……すぐそばに。
だって、陽はまた昇るのだから。
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終
いかがでしたでしょうか。このお話はここでおしまい。たかが一ヶ月でしたが、彼にとってはかけがえのない一ヶ月になったはずです。それを伝える事が出来たならば、私共からもう語る必要はありませんね。
さて、私は最初にこう書きました。『このお話を読み終えた時、あなたはきっと心に温かさを感じる』と。このお話を通してどう感じたか、それはあなたの自由です。これからをどうするかも、あなたの自由です。
しかし、これだけは覚えておいて下さい。あなたは独りじゃない。きっと今も、その光はあなたを照らし続けています。