太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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四日目(Ⅰ)

 

「っん~。カラダがバキバキだ」

 

 首をコキコキと鳴らしながら、ふわぁと大あくび。さすがに三日間も寝たきりでは、カラダもなまってしまうか。検査で入院していた土日はともかく、祝日(文化の日)まで家に籠っていたのは怠慢だったと反省。遅すぎるが。

 俺はすでに誕生日を迎えて、現在は16歳。たとえ脳に障害を抱えているとはいえ、学校には行かなければならない。親に送迎されて着いた高校は、ごく普通の共学校だった。

 正直、思うところはある。授業内容は把握できているのか。部活動や委員会は、どうなっているのか。

 そして何より―――人間関係。クラスメイトは病気の事を知っているのか。どう思われているのか。たかが一ヶ月の付き合いとはいえ、学校の一ヶ月は長い。入院していたときは考えもしなかったが、いざとなると怖いものだ。

 親は心配するなと言っていたが……。

 

「おっ、隼人じゃねーか。おっす!!」

「お……おっす?」

 

 とりあえず一年生の昇降口でウロウロしていると、背後から声をかけられた。俺より一回りくらいガタイの良い、男子生徒だった。俺を知っている人なのは間違いない。……名前分からないし、生徒Aってことで。

 同じように返すが、Aは首を傾げる。が、すぐに何かを思い出したかのようにポンと手を打つ。

 

「そうか、月始めだったな。隼人、お前は三組だぜ。教室案内してやるよ」

「え? あ、ありがとう」

 

 靴箱の場所を教えてもらい、教室に案内してもらう。自分の今までの心配を嘲笑うかのように、彼はさも当たり前に振る舞っている。

 病気の事を知っていた上で、俺に親切にするのか。毎月同じ事を繰り返しているのか。面倒ではないのだろうか。そんな疑問が尽きない。向こうは純粋な親切心だというのは、接している俺が一番分かっているのに。

 移動中にも、色んな事を彼は話してくれた。担任の先生は怒らせるとヤバいとか、クラスではあの子が可愛いだとか、アイツが面白いだとか。どうせ一ヶ月で忘れるのに……とは思ったが、ここまで親切にされては彼に申し訳ないように感じた。

 

「さ、着いたぜ~」

 

 Aがガラッと教室のドアを勢いよく開ける。生徒の視線が一瞬集まったが、すぐに分散した。そして聞こえたのは、次々に飛び交う挨拶の数々。まるで、普段の日常を繰り広げているかのようだ。

 まるで……という言い方はおかしいか。普通の人たちからしたら、何も変わらない日常を過ごしているだけ。イレギュラーなのは自分だけなのだ。

 だが、その日常に自分も含まれているのは俺にとっては予想外すぎた。俺は何も覚えていない。気分は転校初日と同じだ。誰からも相手にされないというのはある種覚悟していたが、こうも普通だと逆に困惑する。

 Aに座席を案内され、俺は席につく。隣の人は気さくに話しかけてきたし、先生も存外普通だった。俺は確かに、この一年三組で当たり前の存在なのだ。

 居心地は悪くない。皆が仲良く、いいクラスだ。むしろ良いと言っていい。だから……だからこそ、『一ヶ月限り』であることが脳裏によぎる。

 そう、どうせ忘れてしまうのだ。いくら良い居心地でも仲の良い友達がいても、一ヶ月で容赦なく忘れ去ってしまう。そのことが、全てを無駄だと思わせる。

 この居心地の良さは、逆に俺の孤独感を加速させた。

 

 

 ――――どうせ、一ヶ月で忘れるのだから。

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 今月初の登校は、特に変わったことが起こることもなく終わった。ちょうど先月に文化祭が終わったらしく、しばらくは学校行事もないのだ。その方が良かった。

 授業内容に関しては、ほぼ問題はないと言って良かった。自分は真面目な方であるらしく、全ての授業のノートをちゃんと取っていた。理解の遅れも見られず、そっちでは現時点で心配はない。

 

「はぁ、疲れた」

 

 それでも、カラダに溜まった疲労感は拭えなかった。俺はガクリと肩を落とす。同級生との会話や、クラスでの自分の立ち位置を把握するのに、神経をすり減らしたからだ。

 結論からいうと、クラスメイトは誰も俺の事を贔屓(ひいき)したり煙たがる事はなかった。ちょっと厄介な障害はあるが、クラスの一員という認識らしい。病気の事は皆知っていたし、その都度色々と教えてくれた。だが何も知らない人間からすれば、それはそれで辛いものがあった。

 やはり、人間関係に関してはキレイさっぱり抜けている。知識とは別に、自分に関する記憶だけ忘れるようだ。おかげでもうヘトヘトである。

 

「帰って早く寝――着信?」

 

 一刻も早く帰りたい。そんな俺の歩みを止めたのは、ケータイのバイブレーションだった。そういえば、授業中に鳴ると困るからバイブに設定していたな。

 ―――誰からのものかは分かりきっているけど。

 

「……もしもし」

『はーやとー!! やっと出たのね。お昼からずっと掛けていたのにっ』

「学校内ではケータイ使えないの。で、何の用?」

 

 弦巻さんが、昼間からえげつない数の電話をしていたのは知っている。面倒そうだったから折り返しをしなかっただけだ。何を言い出すか、分かったもんじゃないもの。

 

『あなた、二日に退院したじゃない? そのお祝いをしようと思ったの!!』

 

 なぜ彼女がその事を知っていて、なぜ退院祝いをする(いわ)れがあるのだろうか。大体、俺は定期検診で入院していただけだ。退院しても、めでたくも何ともない。

 電話の向こうではしゃぐ弦巻さんを想像すると、余計に疲労感が増す気がする。今度は何をさせる気なのか。

 

「今から会うとなると時間下がるし、もう帰り着くし。悪いけど、気持ちだけ受け取っておくよ」

『あら、遠慮しなくていいのよ。その心配はないわ!!』

 

 半分本当だが、半分嘘だ。具体的には時間が下がるのが本当で、もう帰り着くというのが嘘である。こうでもしないと、引き下がらないだろうから。嘘も方便ってね。

 だが、弦巻さんはそんな簡単に食い下がるほど甘くなかったらしい。電話口なら何も出来ないだろうから、これは別にいい。家に帰り着けばこっちのものだから。いっそ、会話を長引かせて時間を稼いでもいい

 ……そう考えていた自分が甘かった。

 

「なんでさ。俺の場所知らないでしょ?」

『知ってるわよ? だって、今あなたの後ろにいるもの!!』

「へぇ、後ろねぇ……後ろうし―――うぇぇぇ!?」

 

 記憶がリセットされてから、初めてマトモに感情を表に出したかもしれない。それぐらいビックリした。だって、自分の真後ろにいきなり人がいたら驚くでしょうよ。メリーさんですかあなたは。

 弦巻さんは両手を振って、相変わらず無邪気な笑顔を見せる。純度満点、悪気皆無の笑顔だ。もう嫌この人。

 

「隼人ってそういう顔もするのね。初めて見たわ」

「十人に同じことやったら、十人が同じ顔をすると思うよ。大体、何で俺の場所が分かったのさ」

「あたしの学校と隼人の学校、近くだもの。正門近くで待った甲斐があったわ」

 

 その笑顔は、腹立たしさを通り越して清々しさすら感じさせる。ホントにこの人無茶苦茶だ。最初から俺を巻き込むつもりだったんじゃないか。強引なんてもんじゃない。

 彼女に付き合うことが確定してしまった俺は、ガックリと肩を落とす。すると弦巻さんは、『あら、元気がないのね』なんて言い出して。まったく誰のせいだと思ってるんだ、誰の。

 

「学校どうだった? 笑顔になれたかしら!?」

「おあいにくさま。色々と疲れたよ」

「あら、そうなの。んー、どうやったら隼人は笑顔になるのかしら」

「さぁね」

 

 人差し指を唇に当て、弦巻さんは真剣に考える。彼女といる時の話題といえば、やはりこんな事だった。どうやら、彼女はまだ諦めてないらしい。

 こないだから堂々巡りの会話はいい。それよりも、今日は何をするかの方が俺は気になった。

 

「で? それより退院祝いの内容って?」

「私たちのライブの招待券をあげるわ!! 隼人に、ぜひ見てほしかったの!!」

 

 そう言うと、弦巻さんは一枚の紙切れを俺に手渡す。確かに、それはライブのチケットだった。ライブハウスでやるなんて、思ったより本格的に活動しているんだな。

 どんなことをやるんだろう。あの弦巻さんが普通に歌うだけで済むとは想像しにくい。花火使ったり、なんかバズーカみたいなの打ったり……。さすがにないよな。いや、きっと、多分、恐らく。

 

「ライブ、ね……。まぁいいけど」

「あたし達のライブを見たら、きっと隼人も笑顔になるわ!! いっつもライブに来る皆も、笑顔になってくれるもの!!」

 

 それはどうだろうね、と心の中で呟く。弦巻さんの歌は嫌いじゃない。だが、笑顔になるかはまた別の話。これはもう何度も言った。

 

「ねぇ、弦巻さん」

「何かしら?」

「仮に俺を笑顔にしたとして、その先に何かあるの? ただ笑うだけだよ? 別に、何かが変わるわけでもないし……」

 

 何でこんな質問をしたんだろう。自分自身にそんな疑問を抱いたのは、彼女に尋ねた直後だった。

 彼女のしつこさに対する怒り? 彼女への根拠のない期待? どちらも違う気がする。恐らく純粋な―――心からの疑問だ。

 

「さぁ? 私にも分からないわ」

「はぁ?」

 

 だが、返ってきたのは的はずれな答え。俺は、思わず間の抜けた声を出す。

 

「だって、あたしもあなたの笑顔を見たことないもの。その後に何があるかなんて、分かるわけないじゃない」

「そ、そりゃそうだけど……」

「それに、何も変わらないなんて誰かが決めたわけじゃないわ。もしかしたら、変わるかもしれないじゃない」

 

『もしかしたら、隼人が普通に笑えるようになるかも!!』なんて、彼女はそんな事を言う。まるで、そうなると信じて疑わないみたいに。そんな根拠は全くないのに。

 でも弦巻さんの言葉には、説得力があった。それはなぜか。

 ……きっと、彼女が大真面目に言っているからだ。馬鹿げたような事でも、心から信じているから。だから、芯があるように聞こえてしまう。そう、実際の信憑性(しんぴょうせい)なんか抜きにして。

 

「……やっぱり、変な人だね。弦巻さんって」

「そうかしら?」

「そうだよ。たかだか人を笑わせるのに、ここまでする人なんていないと思うよ」

「あら、あたしは皆を笑顔にするならなんだってやるわよ。それに……」

 

 クルリと、弦巻さんがこちらを向く。(なび)いたブロンドから、(ほの)かに甘い香りが漂う。

 少しだけ、心臓が跳ねた。さっき驚いた時とは違う、別の理由で。

 

「やっぱり、隼人の笑顔が見たいっ」

 

 歯をニカッと見せて、彼女はそう言った。今まで見た中でも、とびきりの笑顔だ。本当にこの人は、よく笑う。

 少しだけ見惚れた。今日多くの人に会ったが、笑顔らしい笑顔を見せた人はいなかった。それは、土日の間で弦巻さんと話したからそう感じるだけなのかもしれない。黙っていたら綺麗なのにね、この人。

 残念美人だなぁと少し失礼な事を考えていたら、弦巻さんが俺の手を握った。

 

「ぅえ?」

 

 唐突だったから、変な声が出てしまった。弦巻さんは相変わらずニコニコしていて、何がしたいか分からない。

 ……するといきなり、グイッと腕ごとカラダを引かれた。

 

「はっ? ……え?」

「ほらっ、そうと決まれば早くライブハウスに行くわよっ!! ダァ~ッシュ!!」

「ちょちょちょ!? 弦巻さん、待って――って聞いてない!?」

「さぁっ、隼人を笑顔にー!!」

 

 弦巻さんは俺の声に耳なんか貸さず、全速力で駆けていく。物凄く恥ずかしい文言を、道のど真ん中で叫びながら。やっぱり変だよこの人!!

 夕暮れ時。手を取り合い走る影が二つ。腕を突き上げて走る弦巻さんの進行方向に、沈みかけの太陽が重なっている。太陽は今日の役目を終えたというのに、どうにも眩しくて。

 俺は空いている手で顔を覆う。夕焼けに照らされて、弦巻さんがとても輝いて見えた。それは、今の俺には目映(まばゆ)すぎるほどの光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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