太陽の備忘録【完結】 作:8.8
ライブハウス
「隼人、どうかしたの?」
なんで弦巻さんはケロっとしてるんでしょうね。俺を引っ張って来たっていうのに。
ていうか、そんなきょとんとした目で見ないで。なんか情けなくなるから。
「走ったからね。疲れたんだよ」
「あら、そうなの。じゃあ中に入りましょっ」
「待つって選択肢はないんだ……」
呆れはするが、驚きはしない。だって、弦巻さんだもの。何となく、こう言うかなって予想は出来てた。弦巻さんはまたもや俺の手を引き、CiRCLEの中へと引きずっていく。
中は結構キレイだった。ライブハウスってもう少しゴミゴミしてるところだと思ってたから、少しだけ意外だった。客層は、俺たちと同じような学生が多いように感じる。
受付があって、そこでチケットの回収をする。そして飲み物を持って観客席へ……というのが一連の流れだ。立ち見のスタンディングと座席があったが、今回は座席にした。弦巻さんはスタンディングを推したが、ここは譲らない。なんでかって、絶対に体力が持たないから。
「あれっ、こころん?」
「え……? あら、
ドリンクサーバーの列に並んでいると、一人の女の子が弦巻さんに声をかけてきた。……どうなっているんだ。髪型が猫耳みたいになっている。一体、どんなセットをしたらこうなるんだろう。触ってみたい。
そんな冗談はさておくとして。
「お友達?」
「えぇ、そうよ。同じ学校だもの」
「
「陰山隼人です。よろしくね、戸山さん」
「香澄でいいよぉ~」
随分と元気が良くて、明るい子のようだ。
戸山さんは、ズイズイっと俺に詰め寄る。さすが、弦巻さんの友達と言ったところだろうか。初対面なのに、距離がいきなり近い。
「それはそうとこころん、準備はいいの? はぐと美咲ちゃんが探してたよ?」
「あらっ、もうそんな時間なの? それは行かなきゃいけないわね」
腕時計を見ると、開演まで三十分ほどしか残されていなかった。ハロハピの順番がいつかは分からないが、普通は音合わせとかやるもんじゃないのだろうか。だが、弦巻さんに常識とか普通なんて通用しないな、と考えた後に気付く。
「じゃあ、あたしは行くわね隼人」
「うん、頑張って」
「ちゃんと、しっかり見てるのよっ!!」
「はいはい」
弦巻さんがドリンクサーバーの列から抜け出し、人混みの中に消えていく。ちょっと立ち止まって手をブンブンと振るので、仕方なくそれに応えていたり。早く行きなよ。
さて取り残された俺は、どうすればいいだろう。戸山さんと二人きりだ。初対面で何を話せばいいのか分からない。気まずい。
とりあえず自分の前が空いたので、ドリンクサーバーで飲み物を選ぶ。……コーラでいいかな。注がれるのを待っていると、隣でジーっと視線を感じた。戸山さんがこちらを凝視している。
「戸山さん、どうしたの?」
「あ、ううん。隼人くんって、こころんとどんな関係なのかなーって。気になっちゃった」
「え? ううーん……」
唐突な質問に、俺は唸って考える。俺を笑わそうとして付きまとわれてる、なんて弦巻さんの友人に言えるわけもなし。いざ考えてみると、妙な関係だ。
「あ、無理に答えなくていいよ!! こころんが男の人といるなんて珍しいから、気になっちゃって」
「そうなんだ。そんな大層な関係じゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」
「お友達?」
「まぁ、そんなところかもね」
こないだ友人宣言されたし、間違ったことは言ってない。濁した言い方だったが、戸山さんは『そっか』と言うだけであっさり引き下がってくれた。
「ライブハウスは初めて?」
戸山さんはすぐコロッと表情を戻して、話題を変える。
「そうだよ。弦巻さんに連行されちゃってね」
「へー、そっか。じゃあ、私と一緒に見よっ。私もこころんのステージ見ようと思ってたんだ!!」
「いいの? 俺と君、初対面だけど」
「だいじょぶだいじょぶっ。こころんの友達だから、もう私とも友達だよ」
何か弦巻さんみたいだな、と戸山さんに少しだけ既視感を覚える。ピョコンと、猫耳が跳ねそうな勢いだ。実際は固めてるから、そんな事は起こらないだろうけど。
俺としても一人でいるのは不安だったし、断る理由はなかった。戸山さんの理論はよく分からなかったけど。友達……ね。
随分と友達のハードル低いんだなぁって。弦巻さんの人望のおかげなのか、戸山さんがフレンドリーすぎるのか。いや、どちらもかもしれないな。
また脳裏に、『どうせ一ヶ月』の文字がよぎる。せっかく関係を築き上げても、すぐに崩れ去ってしまう。その事実は、どうしても俺をネガティブにさせた。友達を作る意味は? ライブを今から見る意味は? 突き詰めれば―――生きる意味は?
……止めよう。こういうことはあまり考えたくない。虚しくなるだけ。頭空にして生きたほうが、絶対に健康的だ。ふぅと息を吐いてから、戸山さんを追う。幸い、弦巻さんのライブはあれこれ考えるのを止めさせるのに向いているような気がした。
★☆★☆★☆
「ハッピー!! ラッキー!! スマイル!! イェェェェェェイ!!!!」
……本当に、今ライブハウスにいるんだろうか。そう錯覚してしまうほど、彼女達のステージは俺の予想を上回っていた。およそ想像していたバンドのライブとは、だいぶ違うパフォーマンス。よく言えば何でもアリのパーティー、悪く言えばやりたい放題。
ギターの子は、まるで演劇でもやっているかのような立ち振舞い。女の子なのに凛々しく、堂々としている。……まぁ、これはライブなんだけど。
ベースの子は、楽器を持っているのにも関わらず激しく動いている。ステップを踏み、リズムに乗りながらも音を奏でている。ライブ……なんだよな?
ドラムの松原さんは……さすがに普通に叩いていた。それでも、ステージ上ではしゃいでいる人たちを見て楽しそうだ。ライブだな、うん。
「さぁっ、もっと盛り上がって行くわよー!!」
そしてステージ上を駆け回る弦巻さん。異様なほどの存在感を放つミッシェル。
さて、松原さん以外を見てもう一度問おう。果たして、これはライブなのだろうか。
「おぉ~!! 風船だ、風船だよ!! こころんスッゴいね~!!」
この会場で、そんな事を考えているのは俺だけだろう。隣に立っている戸山さん然り、みんなステージに夢中だ。とても楽しそうに、彼女達の演奏を見ている。
風船が大量に宙を舞い、また観客が沸き立つ。スゴい。先ほどから、会場の興奮が止む気配を見せない。
『世界を笑顔に』という謳い文句は伊達じゃない。ハロー、ハッピーワールドのステージは、とにかく観客を楽しませることに重点を置いていた。松原さんを覗くメンバーは動き回って、カラダ中で音楽を表現。
ボーカルという性質上、何も持たない弦巻さんは殊に走り回っていた。彼女の性格もあるんだろう。勢い余ってステージから落ちそうになるのを、何度もミッシェルに助けられていた。
曲調も、明るく前向きなものが多い。弦巻さんの意向がそのまま表れているような、でも音楽としてのクオリティーも高くて。やはり病室で感じたのはその通りだった。
―――俺は、彼女の歌『は』好きなようだ。
「ねぇ、隼人くん!! スゴいでしょ!?」
「そうだね。みんな楽しそう」
「隼人くんは楽しくない?」
「楽しんでるよ。これでも」
「そうなの?」
戸山さんが、コテッと首を傾げる。漠然と眺めているだけの俺が気になったんだろう。表情が変わってないのが、自分でもよく分かる。
楽しんでる、という言葉に偽りはない。でもやっぱり、この会場にいる人たちとの温度差は拭えなくて。盛り上がれないというのとは別に、どこか『盛り上がりたくない』という気持ちも含んでいる。
「楽しい時ってもっとワーッ!! てなったり、ウオー!! ってならない?」
「人それぞれだよ」
「そうかなぁ」
戸山さんは、あんまり納得してくれなかった。コテッと首を傾げて、頭に疑問符を浮かべる。
「そりゃ、君たちは楽しいよね」
また弦巻さんが派手なパフォーマンスを始めて、会場の注目が彼女たちに集まる。戸山さんの視線もそちらに写ったおかげで、俺の呟きは彼女の耳には届いてないようだった。
楽しいというのは、考えうる限り二つのものがある。その場で感じるものと、後に思い起こして共有し『楽しかった』と感じるもの。前者は俺でも感じるが、後者は無理だ。一ヶ月しか記憶が持たないのだから。
人間は楽しさに限らず、感情を共有したがる生き物だ。SNSの書き込みだってそう。自分と同じ感情を抱くものがいないか探し、それを共有することで自己の確立や安定を求める。そうして気の合う者達が出会い、人間関係というものは出来上がる。
そして、それを保つために新たに感情を共有し続ける。今日のライブだって、後に戸山さんと弦巻さんの間で話題になるかもしれない。そしてまた話をして盛り上がり、仲を深めるんだろう。
俺には、それが出来ない。感情を共有するための素材、ここでいう記憶がたった一ヶ月で抜けてしまうのだから。誰かと振り返られるものがない。だから、話を合わせられない。
今日クラスにいた時から、ずっと感じていた。みんな俺に良くしてくれている。クラスのみんなの仲も良い。クラスに馴染むのに、一週間もかからないだろう。
なのに。いや……だからこそか。みんなとは仲良くなりたくないと思った。楽しい思い出を共有すればするほど、月末を迎えるのが怖くなると思うから。新たな月が始まれば、きっとまた同じことの繰り返し。何も分からない状態で学校に行き、みんなに良くしてもらって、集団でいるのが楽しくなって、でも月末を迎えると全部忘れることに怯えて。
そんなの―――そんなのって、虚しいだけじゃないか。
「もっともっと!! みんなも歌ってー!!」
弦巻さんに続き、会場中にハロハピの歌が響き渡る。ボルテージは最高潮。ステージ上の彼女は、やっぱり笑顔だった。
あれだけの人に包まれて、自分の好きなことをやり通せて、周りには仲間がいっぱいいて。そりゃあ楽しいだろう。今の自分に満足しているだろう。
弦巻さんの歌は好きだ。透き通るような声で、上手く言えないがパワーのようなものを感じられて。初めて聴いたあの日以降、TVでプロの歌を聴いたりもしたが、彼女よりも魅力を感じたりはしなかった。
弦巻さんの笑顔もまた、好きだ。彼女が笑えばみんなが笑う。太陽と形容するに相応しいほどに、周りを笑顔で照らしている。俺には
だが、弦巻さんの事は嫌いだ。こちらの事情も知らずにズカズカと侵入してきて。友達になろう、あなたを笑顔にさせてあげると勝手な事を言って。
君は、いったい俺に何を期待しているんだ。俺のどこに惹かれたんだ。興味本位なら手を引いてくれ。本心で俺を笑顔にさせたいと言うのなら諦めてくれ。
俺と君では住んでいる世界が違うんだ。君は俺がいなくたって、問題なく生きていけるだろう?
ライブから得たのは虚無感、そして喪失感。周りが盛り上がれば盛り上がるほど、俺はその輪に溶け込みたくなくなる。周りが楽しめば楽しむほど、俺の気持ちは冷めたものへなっていく。
楽しい思いをするだけ、後で苦しさが増すだろうから。だから、脳内の片隅に留める程度でいい。最後に、『そういえばこんな事もあったな……』とふと思い出すぐらいの記憶でいいのだ。
「……帰ろ」
何も考えないで、頭空にして見ようと思ってた。だが、結果は真逆のものになってしまって。ダメだ、あの人が絡むとどうしてもアレコレ考えてしまう。
盛り上がるステージとは真逆、出入り口の方へと俺は歩き出す。戸山さんは、ステージに夢中で気づいていなかった。
ドアに手を掛ける前に、もう一度振り返る。弦巻さんはパフォーマンスの最中。俺の好きな……でも腹立たしい笑顔を振り撒いていた。
少し後ろ髪を引かれたが、それでもドアを開けてしまえばこちらのものだった。会場外の空気は、なぜかとても清々しく思えた。
深呼吸をしてたっぷりの空気を吸い込む。地下にいるだけあって、冷静になってみればやはり埃っぽかった。でもなぜか、会場内よりも居心地はよくて。思わず俺は、もう一度だけ深呼吸をしていた。
十一月四日(火) 天気:晴れ
記憶が戻ってから初の登校。クラスメイトはみんな気さくで、簡単に話しかけてくれた。クラスに馴染むのは、そう難しくなさそうだ。
夕方は、弦巻さんに強引に誘われてライブを見に行った。みんな楽しそうにしていたが、俺は心から楽しむことが出来ない。とうとう居た
俺は、弦巻さんが嫌いだ。