太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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七日目

 

 寝不足というのは、何も夜更かしをしたから起こるとは限らない。充分に眠ったはずなのにカラダが睡眠を欲する事もあるし、寝過ぎが(かえ)って良くないということもある。

 

「……もう、こんな時間か」

 

 俺の寝不足は、どちらかといえば前者だった。精神的にくたびれていたり、学校に行きたくないという気持ちの表れでもあるんだろう。弦巻さんのライブを見てから、その思いがより顕著になってしまった。

 だが、正当な理由でもないのに学校を休むわけにはいかないので、俺はモソモソと布団から抜け出す。……あぁ、布団が恋しい。

 部屋の鏡に写った自分は、酷い様相だった。ボサボサの髪の毛に、一切の覇気も見られない目。あまりの不細工さに、自嘲(じちょう)の笑みが溢れる。

 

「隼人ー。起きてるのー?」

「起きてるよー」

 

 いつもより五分遅かったせいか、ドア越しに母親が声を掛けてくる。早く着替えて出ていこう。

 

「早くしなさーい。あなたを待ってる人がいるんだから」

「……は?」

 

 服を脱いだ矢先、身に覚えのない言葉が母親から浴びせられた。俺を待ってる? 誰の事だ?

 誰かと登校する約束をしただろうかと、携帯を開いてトーク履歴を見る。だが、そんな約束を交わした友達がいるはずもなく。疑問は深まるばかり。

 ―――そして、嫌な予感は高まるばかり。

 

「はっやとー!!」

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 嫌な予感的中。

 ドアを開けて堂々と部屋に入ってきたのは、弦巻さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

「今日もいい天気ねっ!!」

「やかましいわ」

 

 思わず口が悪くなってしまうぐらいに、いまの俺は機嫌が悪かった。寝起きのそれも寝不足状態の時に、一番来てほしくない人が、着替え中の部屋に入ってきたのだ。そりゃあ機嫌も悪くなる。

 弦巻さんは悪びれる様子を見せず、いつも通りの調子。唯一救いがあるとすれば、ちゃんと母親の許可を経て家に上がり込んだ事だろうか。俺の部屋へは無許可で入ってきたのだが。

 

「で、なんだったの? この朝早くから」

「隼人と一緒に学校に行こうと思ったの。もっともっと、隼人の事を知る必要があるもの!!」

 

 頭が痛くなってきた。なんで俺の家知っているんだとか、もうこの際そんな細かい事はどうだっていい。なんで俺は、登校の時間までも彼女と顔を合わせないといけないのだろうか。問題はそこだ。

 隣を歩く弦巻さんは、鼻歌を交えつつご機嫌な様子。今日も素敵な笑顔を隠すことなく見せている。弦巻さん本人は嫌いなのに、やっぱりこの笑顔は嫌いになれない。

 

「もしそうだったら、ちゃんと連絡してよね。あんまり君が急かすせいで、朝ごはんも食べないで出てきたんだから」

「あら、それは謝るわ。でも、つい今朝思い付いたもの」

 

 そんなとこだろうと思った。弦巻さんらしくて、妙に納得してしまう自分がいる。

 

「もう……コンビニにでも寄るから、ちょっと待ってて」

「どうして?」

「言ったでしょ。朝ごはん食べてないの」

 

 怪我の功名で、幸い登校時間までにはだいぶ余裕がある。朝ごはんを買いに行くぐらいしても、罰は当たらないだろう。

 

「確かに、朝ごはんは大事ね!! 任せて隼人、それならオススメのいいところがあるわよっ」

「え? いや、別に朝ごはんなんてどこで買っても……」

「ほらっ。ここから近いし、せっかくなら美味しいものを食べた方が笑顔になれるわ!!」

 

 俺の言葉を遮って、弦巻さんはグイっと俺の手を引く。この人は、人の話を聞くって事を小さい頃に教わってこなかったんだろうか。こなかったんだろうなぁ。

 逆らうだけ無駄なのは分かりきっているので、諦めて弦巻さんについていくことに。訳の分からない、高い店にでも連れていくんじゃないだろうな。さすがにそんなわけないと思いつつ、心の隅で密かに疑っている自分がいる。

 

「ここよっ!!」

 

 いつのまにか、商店街に入っていた。弦巻さんは不意に立ち止まると、手を広げてお店に向ける。

 

「やま、ぶき……ベーカリー?」

 

 予想に反して普通のパン屋。何の変哲のない、普通のパン屋だ。

 

「そうっ。あたしの友達のお家なんだけど、ここのパンはとっても美味しいの!! 隼人もきっと気に入るわっ」

 

 ホントどこにでも友達いるんだな、この子。呆れ半分、感心半分だ。

 弦巻さんがここを推す理由は、存外普通。至って当然のものだった。それならば疑いすぎるのも失礼なので、大人しく店内にお邪魔することにする。

 自動ドアを通ると、焼きたてパンの良い香りが鼻腔(びこう)をくすぐった。それだけで、弦巻さんの『オススメ』という言葉が信用に値する。焼き立てというのは、やはりポイントが高い。

 

「どれにしようかな……」

 

 パンはアレンジしやすいだけに品揃えが豊富で、何を買えばいいのか目移りしてしまう。ガッツリいけるピザパンやソーセージパン、スイーツ感覚でも食べられるあんパンやクリームパン等々。

 あんまり悠長に選ぶ時間はないというのに、人間やっぱりこういうのは吟味したくなる。あれでもないこれでもないと、トング片手に店内をグルグル。弦巻さんは、そんな俺をジーっと眺めている。

 

「隼人って、パン好きよね」

「そう……かな? なんで?」

「だってそんなに悩むってことは、好きって事じゃない? 隼人楽しそうよ!!」

 

 楽しいかどうかはさておき、弦巻さんの言葉になるほどと思ってしまった。確かに、嫌いなものでここまで悩む必要はない。

 俺はパンが好きらしい。入院していた時も家でご飯を食べる時も、パンの方が嬉しかった気がする。というか、家の朝は三日前からずっとパンだ。母親も把握してるんだろう。

 

「そうかもね。弦巻さんのオススメ、ある?」

「うーん、そうねぇ。チョココロネが美味しいんだけど、隼人は嫌いだし……」

 

 チョコは確かに嫌いだ。病室でチョコレートケーキを食べた時、一口で分かった。上手く誤魔化したつもりだったけど、弦巻さんにもバレていたか。人の気持ちをガン無視してるようで、この人の観察眼は鋭い。

 人差し指を唇に当てながら考えるのはクセなのか。別にないならないでいいんだけど、一生懸命になってるところに水を差すのも何だか申し訳ない。

 

「これとこれと……あとこれもどうかしら!?」

「いや、多い多い多い。そんなに食べきれないから」

「んー、困ったわ」

「とりあえず、お盆にパンを山のように積むのは止めて。食べても二つだから」

「そう? 少ないのね」

 

 でも弦巻さんに任せると、収拾がつかなくなるのも事実。お盆を突き返して、パンを元のところに戻してもらう。こんだけ山のように取って、お金取られてもおかしくないからね。

 普通こんなに食べられないでしょと俺が聞けば、『あたしの友達はこれぐらい食べるわよ?』とのこと。どんな胃袋してるんだろうね、その子。やはり、類は友を呼ぶんだろうか。変な人って意味で。

 まるで、一つしかお菓子を買ってもらえない子供のように。弦巻さんはあれでもないこれでもないと唸っている。相変わらず、変なことに一生懸命になる人だなぁ。

 

「じゃあこれっ。これは!?」

「これって……コロッケパン?」

 

 弦巻さんが最終的に選んだのは、バンズにコロッケを挟みウスターソースで味付けした―――コロッケパンだった。案外普通というか、数あるパンの中でこれを選んだのは少々意外。

 

「はぐみのお家のコロッケを使ってるの!! すーっごく美味しいのよっ」

「ふーん。じゃあこれにしようかな。後は適当に……これでいいや」

 

 北沢(きたざわ)はぐみ。ハロー、ハッピーワールドのベース担当だ。運動能力が高いのか、ライブでも軽快に動いていた。実家は精肉店で、ご覧の通り山吹(やまぶき)ベーカリーにもコロッケを届けているようだ。……という説明を弦巻さんから受ける。

 そんな彼女イチオシのコロッケパンと、近くにたまたまあった焼きそばパンをとって精算。うん、思いの外ボリューミー。炭水化物ばっかだし。

 

「さ、一緒に食べましょっ!!」

「ちゃっかり自分の買ってるし……」

「見てたらあたしも食べたくなったもの。それに二人で食べた方が、もーっと美味しくなるわよ」

 

 そんなものかね。弦巻さんはすでにベンチに座っている。嫌だと言っても、きっと離してくれないんだろうな。観念して、彼女の隣に腰を下ろす。

 

「いただきまーす!! っむ、ん~!!」

「早いね、食べるの」

 

 座った瞬間に大きな口でパンをガブリ。お嬢様って聞いたんだけど、その辺は気にしないのかな……って今さらすぎるか。

 隣で美味しそうに食べられるとやっぱり気になるので、俺も一口。もちろんコロッケパンから。

 

「あ……美味しい」

 

 甘辛いソースがしっかり衣に染み込んでる。それがパンにも絡んでて……。肝心のコロッケもホクホクで病み付きになりそうだ。美味しい。今まで食べた何よりも。

 

「どう? 気に入ったかしら!?」

「うん、結構好きかもしれない」

 

 気に入った食べ物は数多かったが、それらを初めて食べた時とは比べ物にならない衝撃だった。これがいわゆる、好物なんだろうか。ものを食べてるだけなのに、何か変な感覚。

 

「……それが隼人の好物なのね」

 

 弦巻さんは目を細めて俺を見る。嬉しそうに、でもどこかしみじみとしていて。

 

「分かるの?」

「もちろんよ!! 顔が少しだけ、優しくなってるわ」

「え、う、うそでしょ?」

「ホントよ。もう少しだと思うのよねー」

 

 なんかその指摘が恥ずかしくて、慌てて自分の顔をベタベタと触る。……が、当然そんなの分かるわけない。なんだ、これじゃ恥ずかしいだけじゃないか。

 弦巻さんは、『ほら』と言いながら電源のついていないスマホを俺に向けた。鏡代わりに画面を見る。そこに写っていたのは、相変わらず据わった目をしている不細工な男だった。何がもう少しなんだろう。

 

「何も変わってないと思うんだけど」

「むぅー……」

 

 ズイッと弦巻さんの顔が近づいた。顔立ちだけは整ってるから、俺は少しギョッとして距離を置く。柔らかなフワリとした香りが襲った。それにビックリして、俺はさらに距離を置く。

 が、俺が引くと弦巻さんはさらに距離を詰める。

 

「な、なに……?」

「えいっ!!」

 

 弦巻さんはジーっとこちらを見たかと思うと、両手で俺の頬を挟んだ。いきなり何するんだ。抗議の声を上げたかったが、それも口を動かせないから叶わない。

 頬をつままれてグニグニ~っと引っ張られる。そしてそのまま、上にグイーッと持ち上げられて。結構痛い。

 

「んー、やっぱり分からないわ。もう少しで笑ってくれると思うのに、頬がひきつってるもの」

「そりゃ無理やり引っ張られたりしたら、誰でも(こわ)張っちゃうって」

「そうかしら? 頬を触ると、結構リラックス出来るのよ?」

 

 知らないよ。別に緊張とか何かで表情筋固まってるわけじゃないから。ビックリして損したじゃないか。

『全く……』と溢しながら、またコロッケパンを一口。……やっぱり美味しいな、コレ。毎日食べても飽きないかも。

 

「あっ、また優しくなったわ!!」

「ッ……!?」

 

 弦巻さんに顔を指差されて、慌てて口を覆う。完全に無意識だった。恥ずかしいから、いちいち嬉しそうに反応しないでほしいな。だから、君の要望には答えられないんだってば。

 

「また、隼人の新しい表情が見れたわねっ」

「……大袈裟だよ」

「どうやったら笑ってくれるかしら。コロッケパンをいっぱい食べさせたら……」

「却下。絶対にそれは止めて」

 

 なんか恐ろしいことを言い出すし。この子だと冗談じゃ済まないから怖いんだよ。どう考えても、苦しくなって笑顔とは程遠くなるってば。

 

「冗談よっ。もっともっと、隼人の好きなものはあるはずだもの!!」

「……だといいね」

 

 弦巻さんが目を輝かせるから、俺はなるべく聞く耳を持たないようにする。こうなった彼女は面倒だ。また、おかしな事に俺を巻き込むに違いない。

 彼女は何も言ってこず。足をブラブラとさせて、また鼻唄を歌っている。先日のライブでも歌っていた曲だ。こうして見ても、この人は何を考えているのか読めない。

 強引すぎるところさえなければ、彼女は良き話し相手ぐらいにはなったと思うんだけどなぁ。ズカズカとこちらに介入するから、どうしても彼女を好きになれない。人の話は一切聞かないし。

 でも、不思議な事に彼女の友達は多い。変人扱いされてもおかしくないはずなのに、何故か人が集まる。魅力的な人には自然と人が集まるというが、彼女もその一人なのだろうか。

 

「きっと見つかるわっ!! 今日だって、自分の好きなパンを見つけられたじゃない?」

「それは……そうだね」

 

 弦巻さんには、大口を実現させるだけの不思議な力があるんだと思う。自分の世界にグイグイ引っ張って、様々な景色を見せてくれる。それをきっと平然と行えるから、彼女の強引さに皆がついていくんだろう。

 だからか。俺にとっては、彼女は怖い。嫌いだし、怖い。自分が変わってしまいそうで怖い。努めて他人と深い関係を築かないようにしてるのに、それすら崩れそうで。

 拒絶したくても出来ないのは、既に彼女に魅せられているからだろうか。それとも、単純に俺が彼女に甘いからか。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「そうねっ」

 

 一緒に朝ごはんを食べただけ。こうして一緒に登校してるだけ。時間でいえばたった十数分の出来事なのに、君は俺にあれこれ考えさせるんだね。

 弦巻さんと早く別れたくて、俺は歩調を速める。また、彼女がおかしな事を言い出さないうちに。俺にあれこれ考えさせないうちに。

 また、原因のタネが増えた気がした。今日も、ぐっすり快眠とはいかなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月七日(金) 天気:晴れ

最近寝不足だ。布団に潜ると、やっぱり病気の事とかアレコレ考えてしまう。一生このままなのか……とか、将来職についたらどうなるのか……とか。でもやっぱり、そんな先の事よりも今をどうにかしたいという気持ちが強かった。何でだろうね

あ、今朝食べたコロッケパンが美味しかった。これは本当に

 

……今日は早く布団に潜ろう

 

 

 

 

 

 

 

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