太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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十日目

 

 週明けの月曜日。学校に行くようになってから、ちょうど一週間が経った。決して長い期間ではないがクラスに馴染むのは割りと早く、現状特に問題はないと言って良い。そしてそれと同時に、もう十一月の三分の一が終わろうとしていた。

 道行く人を眺めていると、厚手のコートを着ている人をちらほら見かけるようになった。いよいよ冬到来、といった感じだろうか。

 本格的な寒さが増してくる今日この頃。そんな日に、俺は……俺はどうして。

 

「はい、四等ポケットティッシュでーす」

「あちゃー、外れかぁ」

「ありがとうございましたぁ」

 

 こんなバイトをやっているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 事の始まりは、放課後唐突に起こった。

 

「あ、隼人っ。やっと見つけたわ!!」

「君はさ、とりあえずアポイントメントという言葉を覚えてほしいな」

 

 またいつかのように、校門付近で待ち伏せしていたらしい。弦巻さんは、俺を見かけるとタタタッとこちらへ駆け寄ってきた。

 全く、いつも神出鬼没なんだから。今日は何の用だろうね。

 

「アホインコメンドウ?」

「いや全然違うし……もういい」

 

 言うだけ無駄らしい。アホは君だ。

 

「それよりもっ!! 隼人、今日は忙しいかしら?」

「いや、別に。忙しくはないけど、すぐに帰りたい気分ではあるかな」

「じゃあ暇って事ね!! 今から、商店街に来てほしいの!!」

「ねぇ、俺の話聞いてた?」

「えぇ!! 忙しくないから、時間はあるのよね?」

 

 相変わらず、会話のキャッチボールが難しい人だ。きょとんと首を傾げる彼女に、溜め息しか出なかった。これが全て天然なんだから、恐ろしい人だよなぁ。

 何をさせられるのやら。

 

「もうそういう事でいいよ。で、どういう用件?」

「一緒にバイトしましょ!! 詳しいことは、行ったら分かるわっ」

 

 ……ホントに、何をさせられるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 商店街にはその名の通り、多くの街が立ち並んでいる。この町なら先日行った山吹ベーカリーを筆頭に、精肉店、青果店、魚屋……。休憩処として、珈琲店なんかもある。

 夕方の今の時間帯は人も多く、その波を掻き分けながら弦巻さんについていく。昨今は大型量販店の台頭が問題視されているが、ここに関しては大丈夫そうである。

 辿り着いたのは、小さな事務所のような場所だった。

 

「みーさき~!! 連れてきたわっ」

「こころ遅い。もう集合時間の二十分も過ぎてるよ」

 

 そこにいたのは建物の関係者らしき人物と、弦巻さんの知り合いらしき黒髪の女の子。制服が同じだし、きっと弦巻さんの同級生だろう。

 ……この声、どこか聞き覚えがあるような。いや、でも顔は見たことない。

 

「で、代役ってその人?」

「えぇ、そうよ!! 美咲は初めて会うわよね?」

「初めて……。うん、一応初めてといえば初めてだね」

 

 一応という言葉に引っ掛かりを覚える。ハロー、ハッピーワールドにはこんな子いなかったし、どこで見たのだろう。

 

「紹介するわ隼人。美咲よ!!」

「いや、それ全然紹介になってないから……。どうも、奥沢(おくさわ)美咲です。よろしくお願いします」

「うん、よろしく。陰山隼人です」

 

 ペコリと一礼。松原さん同様、マトモそうな人で良かった。

 

「仕事内容はこころから……聞いてないですよね?」

「何も知らされずに連れてこられました」

「だと思った。ホントこころは……」

 

 どこか遠い目をする奥沢さん。困っているようで、その実嫌がってはいないような。聞けば出るわ出るわの愚痴のオンパレード。

 当の本人は、まーったく俺たちの話を聞いていないが。暇だからと、たった今部屋を出て行った。

 

「結構苦労してる?」

「もう慣れたよ。陰山さんは?」

「同じく、かな」

 

 アハハと、俺たちに出てきたのは苦笑い。それぞれ、弦巻さんに振り回されている同士ってことで。互いに、考えることはおんなじなんだろう。

 俺はどこか、奥沢さんに親近感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 そして今に至る。バイト内容とは、商店街の福引きの係をすることであった。何の事はない、客の対応をして景品渡すだけの簡単な仕事である。本当はハロハピのメンバーが担当だったらしいのだが、諸用で来れなくなったらしく。人手がないところに、俺へ白羽の矢が立ったということだ。

 何をさせられるかとヒヤヒヤしたが、想像よりずっとマトモな仕事で本当に良かった。仕事内容も決して難しくなく、お金も貰えるんだから文句なしだ。使い道ないけど。

 しかし、まぁ……

 

「わーっ、ミッシェルだー!!」

「ハイハイ、押さないで押さないでー」

「ミッシェルー!!」

「ってぇ、なんでこころまで混ざってるの!?」

 

 ミッシェルの正体が奥沢さんだったとはねぇ。着ぐるみ着て目の前に現れたときは、何の冗談かと思ったよ。顔は初めて見るのに、声だけ聞き覚えがあるのはそういう事か。病院で一度会ってるもんね。

 そんなミッシェルは、商店街の人気者。ハロハピのメンバーとして生まれたのではなく、ここのマスコットとして生まれたらしい。今も、子ども達……と何故か弦巻さんから引っ張りだこ。何やってんのこの人。

 

「ほら、弦巻さん。仕事仕事」

「ミッシェルぅー!!」

「聞いてないし」

 

 弦巻さんは、完全に職務を放棄してミッシェルに抱き着くばかり。こんな大きな子どもを相手にしないといけないとは、奥沢さんも気の毒だ。第一、バンドの練習なんかでいつでも会えるだろうに。

 相方がもはや役に立たないので、俺は一人でお客さんの相手をする事に。やはり、自分の親世代の女性が多い印象。買い物ついでに福引券が貰えるからだろう。

 期待感に胸を膨らませて引いては、ポケットティッシュを手に肩を落としていく人たち。不謹慎ではあるが、その様は中々に面白い。

 まだ一等の大当たりを当てた人はいない。今もなお、福引きをする人たちを誘うかのようにその景品は展示されている。

 

「ハワイ旅行、ね」

「あら、行きたいの?」

「うわっ!? ……別に、そういうんじゃないよ」

 

 弦巻さんがいきなり、ニョキっと視界に現れる。ミッシェルは解放されたようだが、依然として子ども達に囲まれていた。大変そうだなぁ、南無阿弥陀仏。

 俺が行きたそうに見えたんだろうか。実際のところ、全くそんな気はないのだけど。ただ、奥様方が狙っている一等賞の景品が気になっただけだ。

 

「そう。隼人は、どこか行きたいところないの? お出かけって楽しいわよっ!!」

「特にないかな。どうせ……」

 

 どうせ覚えてられないから。もはや、常套句のように頭に浮かぶ。

 だけど、彼女は俺の病気を知らない。だから、この言い訳は使えなかった。

 

「どうせ?」

「……いや、何でもない。俺は君と違ってアウトドアじゃないんだ。静かに過ごしたいね」

「あら、それならアタシの家に来ない? 家ならいいわよね?」

「え、うーん……。まぁ、考えとく」

 

 特に何も考えずに安請け合い。もっとも、弦巻さんと一緒にいれば家だろうが外だろうが静かには過ごせないんだろうが。

 それでもいいか、とどこか楽観視している自分がいる。まったく、矛盾した話だ。俺は、可笑しそうに肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「二人とも、ちょっと来てくれない!?」

 

 二人で雑談をするぐらいには人が減ってきた頃。ミッシェルもとい奥沢さんが、慌てた様子で俺たちを呼ぶ。もちろん、ミッシェルの姿で。

 

「っぐ。えっぐ……」

 

 奥沢さんが寄り添っているのは、小さな女の子だった。年は四つか五つぐらいだろうか。小さな手で懸命に涙を拭いながら、嗚咽(おえつ)を漏らしている。

 

「おくさ―――じゃなかった、ミッシェル。これは……?」

「迷子だよ。お母さんとはぐれたらしくて」

「あら、それは大変ね」

 

 大変ね、って……。暢気な弦巻さんは置いといて、これは困った状況である。辺りはもう薄暗くなり始めているし、商店街にはデパートよろしく放送で迷子の呼び出しなんて出来ない。このままだと、親御さんを探すのが難しくなる。

 

「うわぁぁん!!」

「あー、泣かないでー。ほら、ミッシェルがそばにいるからねー」

 

 とうとう泣き出した女の子を、奥沢さんが必死にあやそうとする。が、商店街の顔ことミッシェルも、迷子の女の子には意味がなかったようで。悲しいかな、女の子は泣き止む気配を見せない。

 奥沢さんが、こちらに目配せをする。どうしようと困っている半分、手伝ってと頼んでいる半分だろうか。着ぐるみの目だから、そんな感情は伝わらないけど。

 第一、そんな事言われてもどうすれば良いのやら……。

 

「どうして泣くのかしら?」

 

 狼狽(うろた)えている俺に割り込んできたのは、弦巻さん。しゃがんで女の子の目線にまで合わせると、優しく語りかける。

 

「だ、だっで、ママが……。ママぁ!!!!」

「んー、困ったわねぇ」

 

 人差し指を唇に当て、思案する弦巻さん。彼女もまた、何とか女の子を泣き止まそうと考えているのかな。弦巻さんの考えは、俺には到底分からない。

 

「あっ、そうだわ!!」

 

 急に声を上げたかと思うと、弦巻さんは福引きを開いているテントの奥に急いで戻っていった。当の女の子を完全に放置して。今度は何を思い付いたんだろう。きっと、意味があるんだろうけど。

 弦巻さんがゴソゴソ何かをしている間にも、俺と奥沢さんで何とか女の子をなだめようとする。背中をさすってあげたり、声かけをしてみたりと色々。でも、そのどれもが効果を為さなかった。

 やっぱり、泣き止ませるには親御さんを探す他ないんじゃあ……。

 

「準備できたわ!! さぁっ、この指をよーく見るのよ」

 

 内心諦めかけてたその時、弦巻さんが戻ってきた。だが、何かが変わった様子は見られない。指を見ろと言われても、変哲のないただの人差し指だ。

 俺も奥沢さんも女の子も、言われた通りジッと人差し指を見る。疑問に思いながらも、指を見つめて数秒。不意に弦巻さんが動く。

 

「えいっ」

 

 掛け声と共に手を振ったかと思うと、次の瞬間彼女の手には一輪のバラが握られていた。

 これには、女の子も俺たちも驚く。

 

「お、お花……?」

「はい、これあなたにあげるわ!! まだ見たいかしら?」

「うっ、うん!!」

 

 女の子は、弦巻さんにもらったバラを大事そうに両手で握る。端から見ただけでも分かる、ただの作り物のバラだ。だが彼女は、そんなバラを見て嬉しそうに微笑んだ。

 女の子の要望通り、弦巻さんは次々と手の中からバラを生み出していく。何のことはない、簡単なマジック。だがそんな簡単なマジックは、女の子の笑顔をいとも容易く引き出した。

 

「すごいすごいっ!!」

「いい笑顔ねっ。その調子よ。寂しいのなんて、アタシが吹き飛ばしてあげるわ!!」

 

 さっきまでの泣き顔が嘘みたいに晴れやかになった。俺たちはあんなに苦労したというのに、弦巻さんはあっという間に女の子の不安を笑顔に変えてしまった。

 いや、そもそも考えが根本的に違ったんだ。俺は泣き止ませようとしただけ。弦巻さんのように、楽しさや笑顔を呼び起こすなんて発想がそもそも無かった。親御さんに会えないという寂しさを、笑顔で忘れさせる……理屈は分かるし単純だ。それが、年端もいかない子供なら尚更。

 単純だが、効果は絶大。かねてから弦巻さんが言っている、『世界を笑顔に』の片鱗が見えた気がした。この人は、こうやって人々を笑顔にさせるんだなって。

 

「どうしたの? ボーッとこころを見て」

「あ、いや。弦巻さん、スゴいなって」

「まぁ、ああいうのはこころの得意分野だからねぇ……」

「だろうねぇ」

 

 女の子と談笑する弦巻さんを、奥沢さんと眺める。

 

「いつも言ってるんだよ。人は誰もが笑顔になる事が出来る、そういうツボを持ってるって。綺麗事に聞こえるかもしれないけど……」

「弦巻さんが言うと、妙に納得出来ちゃう?」

 

 小さくこもった肯定の声が、着ぐるみの奥から聞こえて来た。気持ちは分かる。俺だってそうだ。何でかな、根拠は全くないのに。

 今月の頭から色々な人に出会って、この人だけは普通ではないと常々感じていた。……非常識な意味でも、超ポジティブな意味でも。もちろん、良い意味でも。

 そして今日、初めてこの人を『スゴい』と感じた。いや、ライブの時から薄々感じてはいたが、今日改めて思った。この人は、いつも他の人を自分のペースに巻き込む。この人が『楽しい』と思えば、周りも楽しむ。『笑顔に!!』と言えば笑顔になる。まるで、皆魔法にかかったかのように。

 

「さ、あの子のお母さんを探しに行こうか」

「そだね。弦巻さん、呼んでくるよ」

 

 女の子の親御さんは、すぐに見つかった。彼女はすっかり弦巻さんになついたようで、別れ際にも全力でブンブンと手を振っていた。その時の笑顔は印象的で、とても輝いて見えた。

 他人とこうしているのを眺める分には、何とも思わないんだけどなぁ。その矛先が自分に向けられると、やっぱり冷めた感情が生まれる。君はどうして、俺に付きまとうんだと。

 女の子とのやり取りを見て、どこか心が落ち着いた気がした。それは確かだ。

 弦巻さんをスゴいと思った。それも確かだ。

 そうやって弦巻さんや彼女の周りが輝けば輝くほど、自分が黒く浮き上がるのも確かだった。どうして、俺はあの中に入れないんだろう。

 そういう感情が芽生えてきたのもまた、確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月十日(月) 天気:晴れ

 初めてバイトをした。福引きの案内をやる、簡単なバイトだ。やりがいとかそういうのは感じなかったが、新鮮な体験だったんじゃないかと思う

 体調の方はというと、芳しいとは言えない。寝不足は未だに続いている状態。今日はバイトをしたから、よく眠れると良いが

 

 

 

 

 

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