太陽の備忘録【完結】   作:8.8

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十三日目

 次の日。十一月に入ってから初めての雨で、今日は昼頃からずっと降り通しだった。雨の日は気温が上がるため、今の季節ならありがたいといえばありがたい。が、やっぱり晴れてくれた方がいい事には違いなかった。昨日の反省を生かして準備した防寒具達も、これでは用無しだ。

 下校時刻になると、通学路はいつも以上に混雑を見せる。道歩く人はみんな傘を差してるから道幅は狭いし、交通量も多いはず。この中を通って帰るのは、少々骨が折れそう。

 今日は雨だけど、彼女はどうしているかな。一昨日は彼女の家に誘われたけど、覚えているかな。そんな事を密かに考えながら、校門へ向かう。

 校門にはやはりというか何というか、彼女が既にいた。

 

「……弦巻さん」

「隼人、お疲れ様っ」

 

 弦巻さんが手を振るので、空いている方の手で小さく返す。いつも通りといえばいつも通りだが、普段と違うところが一つ。彼女は、びしょびしょだった。

 

「どうしたの? 傘は?」

「朝は降ってなかったじゃない? 忘れたわ!!」

 

 彼女は、校門近くの軒下で雨宿りをしていた。せっかく綺麗に揃えていた金色の髪も、雨のせいでしんなりしてしまっている。本人は気にしてないようだけど。

 あっけらかんに答えているが、寒くないのだろうか。第一、天気予報は午後から八十パーセントって報じてたんだけどね。見なかったんだろうなぁ……。

 

「わざわざ雨の中来なくても……」

「でも、隼人はアタシの家を知らないじゃない?」

「それは……そうだね」

 

 やっぱり覚えていたよね。自分から言い出したことだし、彼女が忘れるわけがない。

 それなら、電話でもしてくれれば待ったのに。後日にずらしても良かったのに。そんな考えが一瞬脳裏を過るが、口に出すのは留めておいた。なんだか、野暮な気がしたからだ。

 

「っクシュン」

「まったく……。ほら、入りなよ」

「いいの? 狭くて迷惑にならないかしら?」

「この傘大きいし。それに、早くしないと風邪引いちゃうでしょ。くしゃみまでしちゃってさ」

 

 ホントはそこらのコンビニにあるビニール傘だ。俺が嘘をついているなんて、傘のサイズ見たらすぐに分かる。

 こんな見栄、張る必要ないのに。

 

「そう。なら、お邪魔させてもらうわ!!」

「ちょっ、引っ付きすぎだって……。濡れる濡れる」

「ふっふーん♪」

 

 誰もそこまで引っ付いていいなんて言ってない。この傘のサイズ上、そうしないと濡れるから仕方ないんだけどさ。

 それでもやはり、彼女との距離は近い。 肩がぶつかり合ったり、手が触れ合ったりするぐらいの近さだ。その度に大袈裟にビクリと跳ねては、ほんの気持ち程度彼女と離れる。

 視線を落とすと、彼女と目があった。弦巻さんは、大して気にしてなさそう。ニパッと笑顔を見せるが、俺は慌てて目を逸らす。なんか、気恥ずかしかった。

 本当に楽しみにしてたんだろうなぁ。彼女の顔を見る度に、罪悪感で胸が締め付けられそうになる。俺は、ただ遊ぶために弦巻さんの家に行くわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

「ここよっ!!」

 

 歩くこと二十分。連れてこられた場所は、家というか屋敷と呼ぶに相応しい建物だった。

 これが弦巻さんの家? ある程度の大きさは予想していたけど、それよりもだいぶ斜め上を越していた。斜め上というか、もう曲線みたいに遥か上にいってしまっているレベル。

 

「……冗談でしょ?」

「ホントよ? ここがアタシの家」

「でっか……」

 

 俺が圧倒されている間にも、弦巻さんは門を開けてずんずんと進んでいく。自分の家だから慣れてるのは当然だけど、俺に驚く時間が欲しい。何この豪邸。

 明らかに庭師によって整えられている庭に、その中央で存在感を放っている噴水、奥の方に見えているのはテニスコート。ここ日本だよね? ハリウッド俳優の家に来たとかじゃないよね?

 

「さぁ、入って入って」

「お、お邪魔します……」

 

 家の中も外観に見劣りしない、それ以上の作りになっていた。スッゴく綺麗だし、お手伝いさんとかいるし、暖炉やらシャンデリアやらあるし。

 弦巻さんの自室に通されて、一人取り残される。彼女はとりあえず、濡れた服を着替えに出ていった。

 あまり物色するのは良くないと思うが、どうしても気になった。彼女の部屋には、色々な物が置いてある。

 お馴染みミッシェルのグッズ。天体望遠鏡。探偵が使うルーペやら帽子。ペンギンのぬいぐるみetc……。ミッシェルに似たウサギ(?)のフェルトも置いてある。眠そうで、覇気無さそうだなぁこの子。

 とまぁこのように色んな物が綺麗に整頓されている。でも取り分け多いのは写真だった。ハロハピの子達と撮った写真や、同じ高校の友達と撮っている写真。春から秋にかけて、これも綺麗に分けられていた。

 これらは全て、彼女が楽しいと感じた出来事を全て具現化したものなのだろう。部屋にいる度にこうして思い出に浸り、昔を回想出来るわけだ。

 ……楽しそうだな。

 

「お待たせ~!! お菓子も持ってきたわよっ」

「わわっ!?」

 

 不意に扉が開き、着替え終えた弦巻さんが入ってきた。手にしたお盆には、高そうな和菓子が乗っている。こないだケーキを持ってきてもらった時、反応が薄かったからかな。

 

「あら、これを見てたの?」

「ごめんね。勝手に見たらマズかった?」

「そんな事ないわ。隼人が興味を持ってくれて、嬉しいもの!! そうだわ、どんな事が起こったか隼人にも話してあげる!!」

「え、あの……」

 

 嫌な予感がする。そんなに長居する気はないんだけど。

 

「この写真は夏に宝探しに行った時ね!! あの時は―――」

「……ダメだこりゃ」

 

 やり出したら止まらない。それが弦巻こころという少女だ。俺の様子なんてお構い無しに、ベラベラと話し始める。南の島に別荘があったとか、もう驚かないからね。

 弦巻さんが持ってきたお菓子をつまみながら、話に耳を傾ける。お饅頭……かな。結構美味しいな、これ。好きかも。

 

 

 彼女の話は、不思議と聞いてて飽きなかった。内容そのものが予測不能過ぎて、興味深いというのもある。だが、一番は彼女が嬉しそうに話すからだ。

 顔を見れば分かる。その時どれだけ楽しくて、どれだけ夢中になれたかが。だからこそ、わざわざ写真を部屋に飾っているんだろう。

 彼女には、たくさんの思い出が記憶の引き出しに入っている。その引き出しはまるでビックリ箱みたいに奇想天外で、中身は何物にも変えがたい宝物で。彼女はそれをとても大切にしている。

 対して、俺の引き出しはすっからかん。中身を詰めても詰めても、時間が来れば全て無くなってしまう。分かっていることだ。

 ……でも羨ましい。楽しそうに話す君が羨ましい。

 

「他にも楽しいことあったのよ!! 春には……って隼人? 聞いてる?」

「え、うん。聞いてるよ」

「そう? ちょっと上の空だったわ」

 

 隠せないか。やっぱり変なところで鋭いな、この子は。

 

「楽しそうに話すねって、思っただけ」

「えぇ、もちろん!! 楽しかったんだもの!!」

「……そっか」

 

 お茶を一口(すす)って、口の中をリセット。餡の甘味はすっかり薄れ、代わりにお茶の苦味がやってくる。

 

「隼人の事も思い出に残したいわっ。やっぱり、今度二人で出掛けましょーよ!!」

 

 こういった話題になることは、何となく予想できていた。答えは、もちろんノーだった。

 行かない。行けない。俺の思い出には、何も残らない。それは、虚しくなるだけだから。

 

「昨日も言ったでしょ。行かないって」

「それは言ったけど……。どうして? やっぱり何か悩みがあるのね?」

 

 彼女が簡単に食い下がらない事は、充分に分かっている。俺の意思とは裏腹に、彼女の事をある程度は理解しているつもりだ。『あっ、そう』で済ますのではなく、悩みがあると分かれば共有しようとする。共に解決しようとする。それは彼女のフレンドリーな性格、加えて優しさから来る考えだ。

 だが……。いかな笑顔の天才でも、出来ることと出来ないことがある。いくら彼女個人が奮闘しても、いくらお金があったとしても、病気を治すのは無理だろう?

 ここに来たのは、遊びに来たのではない。

 彼女に、もう構わないでくれと……

 

 

 

 別れを直接言いに来たのだ。

 

「あるって言ったら?」

「話してほしいわ」

「それは出来ない。君には話せない」

「アタシには、話せない? どうして?」

「君の力ではどうしようもないから。話しても無駄なんだよ」

 

 なるべく表情を変えずに淡々と話し続ける。心の中では、弦巻さんに頭を下げながら。

 話しても無駄なんじゃない。余計な心配をかけさせたくないんだ。どうせ一ヶ月の縁。来月君が俺に話しかけてきても、俺は君の事を全く覚えてないのだから。そんな奴と一緒にいる必要はないだろう?

 

「そんなの分からないじゃない? 無駄なんて決めるのは早いと思うわ」

 

 君にはたくさんの素敵な友達がいるだろう。俺一人なんかに構う必要ないじゃないか。

 俺の事はもう忘れてくれ。その方が、こっちも楽だから。

 

「訂正する。話したくないから言わない」

「どんな悩みも、話したらスッキリするわよ? ほら、アタシでも力になれるかもしれないじゃない」

「無駄だって言ってるでしょ。無責任な事言わないでよ」

 

 段々と、口調が荒くなっていくのが分かる。それと同時に、胸のなかで嫌な感情がどんどんどんどん渦巻いていく。悲しさか怒りか、それとも両方か。どちらにせよ、気持ちの良いものではない。

 大人しく引き下がれ。『だから、これ以上構わないで』と一言添えるだけで終わるんだから。

 

「無責任じゃないわ。ちゃんと、あなたの悩みに向き合うつもりよ」

 

 黙ってくれ。話しても、何の解決にもならないんだ。

 

「そんな事頼んでない。いらない、もう放っておいて」

「そんな訳にはいかないわ。隼人……」

「放っておいてって言ってるでしょ!! しつこいんだよ!!」

 

 

 

 自分でも驚くくらいの声で叫んだ。

 とうとう耐えきれなかった。

 でもまだ、溢れた感情は収まりそうにない。

 

「何も悩みがない、全てに恵まれている君には分かんないよ!! 皆が皆、君が考えているように動く訳じゃない!! たかだか会って半月の癖に、何でもかんでも干渉して来ないで!!!!」

 

 ハァハァと息を切らし、我に返る。やってしまったと、後には引けない後悔の念が一つ。同時に、これが怒りって感情なんだなと無駄に冷静な自分がいる。

 弦巻さんは、呆然としていた。酷く驚いたその瞳は、ただ一点俺の目を捉え続けている。初めて弦巻さんが、俺に対して意見をしなくなった。

 ……ここまで、キツく言うつもりはなかったんだ。ただやんわりと、『そういう事情があるから』って断りを入れるだけだったのに。これでは、何のために病気の事をひた隠しにしたか分からないじゃないか。

 でも、一度口にした言葉は巻き戻せない。悔やんだところで、全て後の祭りだ。俺が弦巻さんを傷つけたことは、もう覆しようのない事実となった。

 

「……ごめん、俺もう帰るね」

 

 弦巻さんは、何も言わなかった。引き止めも、怒りも、悲しみも。睨まれているわけでもないのに、彼女の視線が鋭く突き刺さる。

 俺は、逃げるように部屋を飛び出す。彼女を、もう見ていられなかった。

 俺は最低だ。弦巻さんは結局何も知らされないまま、意味が分からないまま拒絶された事になる。こんな理不尽な事はない。ものの数分前まで、普通に会話していたというのに。

 謝罪の言葉一つも残さず、俺は彼女から逃げた。場の空気に耐えかねて、自分の過ちを受け入れられなくて。今日限りで綺麗さっぱり別れるつもりだったのに、悔いばかりが残ってしまう。もっと他に方法はなかったのか。ちゃんと彼女に、伝える事が出来たんじゃないかって。

 外に出ると、雨は一層激しさを増していた。厚く積み重なった雲には、さすがの太陽も陰ってしまう。重厚な雲はどこまでも、どこまでも続いている。

 沈んだ気持ちを煽るかのように、雨は降り続ける。もうしばらくは晴れないとでも、空が言いたげに。一人分の傘は、何故かいつもより大きく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月十三日(木) 天気:雨

人に対して、初めて怒った

なんであんなにイライラしていたのか、時間が経った今ではもう分からない。弦巻さんに謝ろうと思ったけど、もうどの面下げて会っていいのかも分からない。電話を掛ける勇気もなかった

悪いのは全部俺なのに

 

 

 

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