やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「偵察って、何の?」

 

 「他のパートの練習です。どこのパートもあんまりちゃんと練習していなくて」

 

 「あー。うちのパートも話してばかりだ」

 

 「低音パートは比較的真面目に練習してますよ。来ない先輩もいますけど…」

 

 「そうなのか」

 

 「それにトランペットパートだけじゃないですよ。パーカスなんて、スティックをマイクの変わりにして歌ってました。ちょっと楽しそうでした」

 

 楽しそうだったのかよ。

 どこのパートも練習をしていないことなんて何一つ責任があるわけではないのに、川島は困ったような顔をしていたが、すぐにころりと明るい顔になった。

 

 「でもでも!比企谷君は一人で真面目に練習してて、みどり、偉いなって思いました!」

 

 「見てたのかよ…」

 

 「はい!それに高坂さんも一人で練習していました!凄く集中していたので、話しかけられなかったです。トランペットパートの一年生は真面目なんですね」

 

 「いや、真面目ではないんだが…」

 

 周りと距離を置いたのか、もしくは置かれたのか。その結果が今なんだけど。

 川島の目が純粋すぎて、そう伝えるのが憚られる。だって、ほら。なんかお目々キラキラしてて、眩しい…。そのキラキラ、俺の目にも分けて。

 

 「でも、休憩してるときくらいは他の人と話した方が良いですよ。さっきだって、近くに中世古先輩と吉川先輩いたじゃないですか」

 

 「すげえ見てるじゃん。何、俺の母ちゃんなの?」

 

 「みどりはみどりです。ママじゃありません。でも今日中に、中世古先輩と吉川先輩と話すこと。約束です」

 

 「え、マジ?強制的に契約するのは約束って言わないんじゃ…」

 

 中世古先輩はともかく、吉川先輩は楽器選びの時から何となく話しかけにくい。

 ここ数日間見ていて分かったが、あの人、良くも悪くも素直すぎる。初対面の俺に目が腐ってるって言ってきたし。これまでの人生で、初対面で腐った目が引かれたことはあっても、素直に言われたことはなかったかもしれん。

 

 「いいえ、約束です。これからコンクールに向けて付き合っていく仲間なんですから」

 

 「お、おう。わ、わかった」

 

 「それでは、みどりはお先にパート練習戻りますねー」

 

 川島って結構強引というか、頑固っぽいと言うか、そういう一面があるよな。そしてなぜか逆らえない。これは俺が弱いからなのか。

 

 「あ、川島」

 

 「はい、何ですか?」

 

 「高坂ってどこで練習してんの?」

 

 「高坂さんならこの階段登って、外に出る扉の先にいますよ。行ってあげるんですか?」

 

 「いや、そう言うんじゃないけど。ただ、音が聞こえてくるのがどこからなのかと思って」

 

 「そうなんですね。でも、高坂さんと比企谷君って同じクラスですよね?」

 

 「何で俺のクラスまで知ってるんだよ。何、俺のこと好きなの?」

 

 ………ってちょっと待て、俺!

 何恥ずかしいことサラッと聞いてんだ!何自分から黒歴史増やしてんだ!そんなの絶対に引かれるに決まってんだろうが!

 クラスメイトにさえ把握されない俺のステータスを、川島が知っていることにあんまりにも驚きすぎて、とんでもなく恥ずかしいことを言ってしまった。俺のこと好きなの、とか嫌われてる芸能人ランキング一位の井上さんじゃないと言えないよ。

 

 「え?みどりは吹奏楽部のみんなのことが好きですよ?」

 

 だが、一人悶々としている俺を余所に、何がおかしいのかと言いたげな様子で首をかしげながら川島は何のためらいもなく言った。

 

 「………。あ、そうね…」

 

 「それより、それならさっきの今日話す人リストの中に高坂さんも追加します。一年生でそれも同じパートで同じクラス。絶対仲良くしないとダメです!」

 

 「あ、はい…」

 

 「それじゃ、今度こそみどり戻りますから」

 

 去って行く川島に心ここにあらずの状態で手を振る。

 休憩のはずなのに、何だか疲れてしまった。

 

 「……だが、黒歴史が増えなくて良かった。川島以外の人だったら、多分明日は俺の名前が学校中に知れ渡るぞ」

 

 「それで、私に何か用?」

 

 「ふぇ!」

 

 教室に足を向けていたが、急いで振り返る。そこには先ほどまで話していたばかりの高坂がいた。

 

 「驚きすぎじゃない?」

 

 「い、いや。あの、いつからそこに?」

 

 「合奏練に向かおうと思って階段降りてたら、私の話をしてたみたいだったから聞いてたの」

 

 「えっと、つまり…」

 

 「残念だったね。脈なしみたいで」

 

 高坂は何事もないように淡々と告げた。確かに高坂からしたら何事もない話だけども、俺にとっては大事なのだ。

 黙っていて貰うためには、もう土下座しかないか。しかし、今度は土下座した噂が広まるかも知れない。最も酷いのは好きなのか聞いて天然で躱された挙げ句、土下座をしたという今水道の前で起きたことの全てが広まっていることだ。つまりここは何もしないのが最良の選択…!

 高坂は眉一つ動かさず俺のことを見ていたが、これ以上俺が何も言わないと判断したのか小さな口から言葉を発した。

 

 「そんなことよりさ、この部活、どう思う?」

 

 「いや、そんなことじゃ済まないんだが…」

 

 「……」

 

 高坂の無言は怖い。真顔で感情が読み取れないから尚怖い。

 

 「…はあ。まあある意味期待は裏切られなかったな」

 

 「どういうこと?」

 

 「俺は中学まで千葉にいたから、こっちの高校の噂とか何も知らなかったんだよ。だから、入学するまで吹奏楽部の実力を判断する基準は学校の実績しかなかったわけだ。この学校のここ最近の吹奏楽部の実績はせいぜい、京都府大会銀賞。そりゃこの練習なら、納得ってわけ」

 

 「そう。私も同じ」

 

 正直、興味がないと言えば嘘になる。

 まだほとんど聞いたことはないけれど、高坂のトランペットの実力が高いのは間違いない。にも関わらず、高坂はなぜこの学校を選んだのだろうか。吹奏楽はあくまで趣味で、学校から家が近いから。あるいは制服。もしくは学校の進学実績。そんな理由しか思い浮かばない。


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