やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「二人とも好きなものを頼んで下さいね?」

 

「は、はい」

 

クラシックな雰囲気のオシャレなカフェで四人掛けの席に腰掛ける。メニューに書かれているのはカタカナばかり。パスタは訳がわからない呪文が並べられていて、馴染みがあるのはカルボナーラとペペロンチーノくらいのものである。

こういう店、最近の女子達はスマホで投稿したがるんだろうな。インスタ映えとかいって。何のために飾られてるのか分からない蛙の置物とか、レトロな雰囲気も相まって普通なら間抜けに見えるはずなのに超オシャレだし。その横に飾るように置かれてる絵本とか、そんな置き方してたら子どもも手に取れないだろって思うけど、夢のような空間の演出に一役買っている気がしてくるから不思議。

目の前に座る美男美女の二人はもうメニューを決めたのか、俺たちを見て微笑んでいた。それがどうにも落ち着かず、すでに席について店員さんが持ってきた水は半分くらいなくなっている。塚本も何とも居づらそうにそわそわとしていた。

 

「二人ともやっぱり外は暑かったですよね?」

 

「いえ、俺たちもそんなに長くいたわけじゃないので」

 

「偉いわね。待たせちゃったのに、そう言ってくれて」

 

ふふ、と頬を綻ばせる新山先生はやっぱりどれだけ見ても優しげな印象を受ける。可愛らしく淑やかな容姿の美人だ。

緩くウェーブがかかったブラウンのロングヘアーと、清潔感のあるメイク。CM出演をした暁には、きっとキラキラキラという音を入れて爽やかな青空の下で微笑んでいそうだ。洗剤とか水の飲料とかの宣伝に合いそう。

もし全国のインスタグラマーがこのカフェをインスタに投稿するときは、是非この二人も並べて載せた方が良い。多分ハートの数が倍以上になると思う。その後自撮りしたらあまりのルックスの差にどこで間違えたんだろうか、と死にたくなりそうだけど。

 

「滝先生達も時間に遅れたわけではないですし、本当に俺たちそんな早くに着いてたわけじゃないですから」

 

「わかりました。そろそろ二人とも何を頼むか決まりましたか?」

 

「はい」

 

「それでは店員さんを呼びましょうか。すみません」

 

こういう店は店員の態度も落ち着いている。大きくはない声で控えめに手を上げた滝先生に気が付くと、一礼をしてポケットから伝票をすっと取り出しながら近付いてくる。かっけえ。俺も部活引退したら、カフェでアルバイトしてこれやりたい。

 

「ご注文をどうぞ」

 

「はい。私はペスカトーレのセットで。ドリンクはアイスコーヒーでお願いします」

 

「はい。かしこまりました」

 

ペスカトーレ。……名前がかっこいいけどいまいちなんなのかよくわからん。ペスカを取るの?ペスカ?

そんなことを考えていると、滝先生がどうぞと言って俺に促した。

 

「えっと、ランチセットのハンバーグでお願いします」

 

「あ、すいません。俺も同じので」

 

滝先生のペスカトーレを前にハンバーグを頼む俺と塚本。これが大人との差なのかと思うと、頼みながら肩を落とす。

 

「ドリンクは?」

 

「コーラ一つ」

 

「俺はメロン……アイスコーヒーお願いします」

 

あ、こいつ今絶対強がった。今絶対メロンソーダ頼もうとしたもん。なぜここで俺と差をつけようとするんだ。この裏切り者ッ!

 

「私は――」

 

新山先生も滝先生みたいによくわからないパスタとかくるくるオシャレに巻いて食べそうだな。すっごいしっくりくるもん。

 

「こだわり卵とたっぷり苺のフレンチトーストでお願いします。あと、トッピングでアイスもつけて下さい」

 

何だろう。年上の人に思う感情じゃないかも知れないけど…。

塚本と目が合う。多分、考えていることはきっと同じだ。

 

可愛い。

 

 

 

 

 

「へえ。じゃあ滝先生と新山先生は音大の時に知り合ったんですね」

 

「うん。そうなの。滝先輩、久しぶりに会ったら昔とちっとも変わってなくてビックリしちゃった」

 

「新山さん。恥ずかしいので、あまり昔の話をしないで下さい。あと、呼び方が以前に戻っていますよ?」

 

「あら。ごめんなさい。今は滝先生でしたね」

 

初めは緊張していた俺たちだったが、新山先生は優しくてわかりやすく話題を振ってくれた。そのお陰もあって、こうして話すことができている。

香織先輩然り、新山先生然り。美人でありつつ優しい。この人達の前では心が洗い流されて、俺の腐った目でさえも浄化していく気がする。

 

「あの、俺気になってることあるんですけど。滝先生も新山先生も凄く仲良いじゃないですか?もしかして昔…」

 

「ううん。塚本君が言ってるようなことはなーんにもなかったわ」

 

「あ、そうなんですか」

 

塚本。がっかりしつつも心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「塚本君。言っておきますけど、新山先生は既婚者ですよ」

 

「そ、そうなんですね!」

 

そりゃ新山先生みたいな美人、ほっとかれねえよな。ちくしょう!

ふと思ったのだが、そう言えば滝先生って結婚してるのかな?滝先生は常日頃から指輪とかしてないし、こういう事って何となく個人的なことだから聞きにくいんだよな。

 

「それよりも私は二人のそういう話の方が気になるわ。高校生でしかも吹部で男女揃ってるんだから、やっぱり二人ともそういう話はあるでしょう?」

 

「いや…」

 

「俺たちは特に…」

 

「それは私も気になります」

 

意外だ。滝先生はこういう話には興味がないとばかり思っていた。

そう思っていたことが俺の顔に出ていたからか、滝先生が補足を加えた。

 

「私だって普段から皆さんの事を指導していますが、何も音楽のことだけを考えて生きている訳ではありませんよ。特に先ほど、外で二人が待っているときに面白そうな話がちらっと聞こえてきたとあっては尚更です」

 

あのやり取り、聞いていたのか。一体どこから聞いていたのだろう…。

滝先生の隣で新山先生が口元に手を当てながら微笑んだ。なんだろう。大人達の掌の上で、上手く話を誘導された気がする。気になった滝先生の結婚の事とか、新山先生の結婚相手の事とか聞けなかったし。なんか悔しい。

 

「…盗み聞きは良くないですよ?」

 

「比企谷君。あれは盗み聞きとは言いません。白昼堂々と聞こえるような声で話していた二人が悪いんですよ」

 

「くっ。仕方ない。ここは塚本の加藤の話で切り抜けるしかないか…」

 

「おいおいおい!おま!何、人のこと売ろうとしてるんだ!?」

 

「加藤さん。なるほど……」

 

「滝先生もなるほどじゃないですから!こういう比企谷だって、最近吉川先輩となんか色々あるらしいんですよ!本人、隠してるみたいですけど放課後よく二人で帰ってるって噂もあります!」

 

「な、なんで!酷いぞ、塚本!」

 

「言っとくけどお前が先だからな。情報を売ったの」

 

「吉川さんですか。それは意外ですけど、同じトランペットパートですしね。そういうこともあるのでしょう」

 

「やっぱり比企谷君も塚本君も色々あるのね。楽しそうで、何だか羨ましい」


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