やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「おや。すみません。電話がかかってきました。少し外します」

 

滝先生と新山先生の追求を二人で免れてしばらくして、滝先生が席を立った。カフェの入り口のガラスからは携帯を耳に当てる滝先生の姿が見える。

 

「比企谷君、問題なく部活で過ごせているのね。あ、勿論塚本君もね?」

 

「は、はあ?」

 

新山先生の唐突な言葉に首を傾げる。今日初対面の俺にかける心配なんてないはずなのだが。同じように塚本も訝しげな顔をしているが、そんな俺たちを余所に新山先生は変わらずにこりと笑っていた。

 

「これなら私が今日来た意味も、比企谷君の事呼んだ意味もあんまりなかったかしら?塚本君もとってもいい子だしね」

 

「あの、どういうことなんですか?」

 

「滝先生に言われていたの。きっともう指導をしている橋本先生も同じ事を言われたと思うんだけど、音楽の指導は勿論、できれば生徒達の話を聞いたり相談に乗ってあげたりして欲しいって」

 

「え?」

 

塚本は目を見開いて驚いた。確かにイケメン悪魔だとかイケメン鬼畜だとか言われて、演奏においてはかなりスパルタ指導だが、それ故に音楽面意外の指導は松本先生が請け負って滝先生はほとんど気にしていないのではないか。そう思う部員も多かったと思う。

俺はたまたま以前、滝先生に職員室に呼ばれ話をしてまだ顧問としての経験があまりなく、どう接してたらいいのか距離感を測りあぐねていたり、どこまで手を出したら良いのかわからないと悩み、気にしていることを知っていた。

 

「ほら。滝先生、音楽の指導は凄腕で的確だけど、人間関係とかの方はハッキリなんでも言っちゃう人だから難しい部分もたくさんあるでしょう?そのことをね、本人も意外と気にしているのよ。やっぱり歳の離れた生徒達は難しい、どうしても上手くいかないってね。わかるかしら」

 

「そ、それは…」

 

「はは。正直そうですね」

 

「塚本君は素直ね。いいのよ。滝先生には内緒にしておくから」

 

「でも部員達から信頼されていますけどね。現に今年は関西に行けたわけですし」

 

「そう。それは良かった」

 

口元に人差し指を当てて内緒話を続けた。

 

「あまり詳しくは聞いてないけど、比企谷君の事を本当に気にしていたわ。もしかしたら自分が指導者として至らなかったことも原因で、これからうまく部活をやっていけなかったら、ってね」

 

「……」

 

思い当たる節はやはり、再オーディションの時のこと。別にそんなこと気にしなくてもいいのに。先生は音楽の指導に集中するべきである。本当にそう思う。

だが、思い返してみて背筋がひやっとした。

もし、香織先輩が俺を許してくれなかったら。もし、川島や塚本、加藤が俺を信じてくれていなかったら。もし優子先輩が俺を理解してくれていなければ。

吹ければそれでいいと思っていただけの頃は、府大会を通じて変わった。コンクールに出場して結果も残したいと。けれど、今の自分はもはやそれだけでもないのかもしれない。

それは少しだけ、いやかなり怖かった。

 

「気にしてたって、府大会前のソロのことですよね?比企谷含めてトランペットは色々大変そうでしたけど、滝先生は本当にあまり気にしていないと思ってました…」

 

「さっきも言ったけど、だからこそ私たちが呼ばれたって面もあったのよ。直接何かすることが出来るかは置いておいて、話だけは比企谷君に聞いてみたいと思っていたわ。結構難しい子って聞いてたしね。でも全然問題なさそうで安心した」

 

「む、難しい子……?」

 

「それは否定できない……」

 

「頭が切れるって褒めていたけどね」

 

「あぶねえ。滝先生のこと嫌いになるところでした」

 

「ふふっ。人のこと言えないわよね、滝先生。私も音大時代は色々あって滝先生のこと認めていなかったんだから。言ったらダメよ?」

 

「そ、そうなんですか。なんか、今の二人のことを見てるとそうは思えないです」

 

「本当はどこかで認めていたのかもしれないけれどね。でも今は違うわ。滝先生が音楽に触れていて、それも顧問として生徒達の指導をしていることが堪らなく嬉しいの」

 

俺たちは滝先生のことを知らなすぎる。あまり自分のことを話したがらないというのもあるのだろうし、そんなことよりも自分たちの演奏のことで精一杯ということもあるのだろうけど。

 

「音楽に真摯だからこそ難しい人だとは思うけど、滝先生のことどうかよろしくね」

 

だからこそ何と答えたら良いのか分からなくて、塚本も俺も頷くことしかできなかった。

 

「すいません。お待たせしました」

 

戻ってきた滝先生は外が暑かったからだろう。額に汗をかいていた。

 

「いえいえ。もっとゆっくりで良かったのに」

 

「別に急いだつもりはありません。何の話をしていたのですか?」

 

「音大の紹介をしていました」

 

おお。新山先生、さらっと嘘ついたな。

今日は元々音大の紹介を受けるということで来ていたのだが、全く音大の紹介をされずに終わってしまっても良いのだろうか。だが、滝先生は新山先生が指導してくれるお礼に音大の紹介を部員にするのが条件と言っていたが、さっきの新山先生の話を聞く限り純粋に滝先生に協力したいと思っていて、音大の紹介は適当な理由だったのかもしれない。

 

「そういう訳で二人とも。もし木管で、この子すっごい上手って思った部員がいたら紹介して欲しいの。勿論私も、明後日からの合宿に行くからその時に話したいし」

 

新山先生のウインクの意味は、滝先生にそれとなく音大の話をしていたことを匂わせようというサインだ。新山先生の話題に合わせて俺は口を開いた。

 

「わかりました。俺なんかより、先生の耳が一番信用できるとは思いますけど、最近朝練に行ったときに練習を聞いて凄いなって思うのはやっぱり鎧塚先輩ですね」

 

「ああ。あの静かな先輩か。確かに上手いよな」

 

「鎧塚さん、ね」

 

「私は顧問なのであまりそう言った話はできませんが、確かに鎧塚さんの技術は強豪校にも劣らないと思います」

 

あ、そうだ。鎧塚先輩の話をして、この間の田中先輩との放課後を思い出す。

後で滝先生に聞くべき事があったんだった。


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