やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「わー。みどり、カレー大好きー!」

 

わー。八幡も、川島大好きー!

心の中で隣に陣取っている低音メンバーの中に混じる川島に反応する。合宿中の飯は、各パートで食べることが義務づけられていた。何でも親睦を深めるためだとかでパトリ会議で決まったのだとか。

しかし、それを決めたはずのパトリは食事を一緒にとることはなく、今もトランペットパートの集まる輪の中には香織先輩の姿はない。この時間を使って今日の練習の反省と明日以降の練習の確認を行うそうだ。お勤めご苦労様です。

 

「初日から練習ハードだったねえ」

 

香織先輩がいないとき、トランペットパートのまとめ役はもう一人の三年生である笠野先輩になる。部長と副部長と仲が良いこともあり、練習の打ち合わせなどでパート練習に遅れてくることも少なくない香織先輩だが、そんな時はそつなく笠野先輩が練習を先導して行ってれるし、休憩中は皆に話し掛けている。香織先輩の影に隠れがちではあるが、うまくパートを纏める縁の下の力持ちだ。

 

「本当ですよね。滝先生、『ここには遊びに来ているわけではありません。皆さんのお父様とお母様がお金を払ってくれて参加していることに感謝して、一秒でも無駄にしてはいけません』っていつもより厳しいし。あーあー。私も新山先生に教わりたかったなー」

 

加部先輩は相当疲れているみたいで、あまりカレーを食すスプーンが進んでいなかった。

 

「でも新山先生もかなりスパルタらしいけどね」

 

「え?あんな優しそうなのに?」

 

「うん。厳しいこと言ったりはしないんだけど、合格の基準がめちゃくちゃ高くて、何回も同じフレーズ吹いてるんだって」

 

「それはそれで辛そうねえ」

 

「でも、半日の指導で凄い上達した気がするって、木管の皆言ってたけどね。滝先生は金管担当だったから、木管のことはあまり深く聞けなかったけど、その部分が新山先生なら聞けるし、教え方も上手だからって」

 

「確かに!でもどこのパートも大変なのは同じだねー。あはは」

 

「……どうせ同じなら新山先生の方が良かったけどな。……おっぱい大きいし」

 

女子が会話しながら楽しそうに笑っている中で、隣に座る滝野先輩が小声で恨みがましそうにぼそりと呟いた。

 

「……わかります」

 

「え?」

 

「どうして男のおっぱいは洗濯ばさみで挟んで引っ張るくらいしか需要ないのに、女の人のおっぱいってあんなに見てるだけで幸せな気持ちになれるんですかね……」

 

「…比企谷!」

 

「え!?二人とも急に何やってるの!?」

 

滝野先輩と手をぐっと握りあう。普段からろくに話しもしない先輩とも通じ合える…。やっぱりおっぱいの力は無限大だ!

 

「な、なんか今日のトランペットパートはおかしいよね?」

 

笠野先輩の視線は俺と滝野先輩から高坂に向けられた。一番端の席に座っているのは、何も虐められているからとかではない。自らその席に座ったのだ。

 

「あのー。高坂さーん」

 

スプーンでカレーを掬っては、どぼどぼとカレーを口に入れることなく皿の上に落としている。減らないカレーを掬っては落として、掬っては落として。

これは触らぬ神に祟りなしだろう。うん。

 

「あ。ねえ。秀一」

 

「ん?どうした?」

 

そんな高坂を見ていた時だった。隣の低音パートの輪の中にいる黄前が塚本を呼び止めた。

 

「新山先生とさ、知り合いだったの?」

 

「は、はあ!?」

 

「はあ、って……。秀一。もしかして、何か隠してる?」

 

「いや、隠してることなんてあるわけないだろ!」

 

「……」

 

「…お、俺行っていいかな?」

 

逃げようとした塚本の腕を、黄前はしっかりと掴んだ。

 

「く、久美子!?」

 

「じゃあさ、さっき新山先生と話してたとき、こないだはありがとうございましたって言ってたのは何なの?」

 

「き、聞いてたのかよ…」

 

おい、お前。こっち見るな。そんなどうしたら良いかなみたいな目でこっち見るなって!

 

「あ、あのー。俺食べ終わったし、ちょっとあれがこれなんで先行きますね?」

 

すっと席を立ってその場を立ち去ろうとした。だが、時すでに遅し。

 

「……そう言えば、比企谷も何か最初に新山先生が挨拶したとき、明らかに目が合ってアイコンタクト取ってたわよね?」

 

「ゆ、優子先輩?た、たたただ目が合っちゃっただけですよ?」

 

「ふーん。新山先生が意味深な感じで笑ってたし、誰かさんは鼻の下伸ばしてた気がしたんだけどなー。そっかあ。私の勘違いかあ。

まあ、でも。比企谷君は私に嘘なんて吐かないもんね?比企谷君、捻くれてるけど何だかんだで正直者だし、優しいもんね?」

 

こわいこわいこわい!俺のことを君付けで呼んでるのが怖い!

お陰様で寒気と汗が止まらない。だが、そんな時だった。

 

「お、おい。俺の大事な後輩の比企谷を責めるのはやめろよ。知らないって言ってるだろ?」

 

「た、滝野先輩……」

 

この状態の優子先輩と俺の間に入ってくれるなんて、滝野先輩…。最高の先輩だ!ナイスおっぱい!

 

「後輩を信じてやるって、そういう先輩としてのせ――」

 

「は?あんたと話してないんだけど?どっか行ってくんない?」

 

「ひっ…!」

 

た、滝野先輩、頑張って!優子先輩に負けちゃダメだ!

 

「だ、だから――」

 

「滝野先輩」

 

「えっ?あっ……」

 

滝野先輩の顔が一瞬で青ざめた。

 

「ちょっと比企谷に聞きたいことがあるんで、黙って貰って良いですか?」

 

「はい。すいません」

 

「謝った…。後輩に謝ったぞ、敬語で…」

 

滝野先輩は後に語った。

卒業するまで吹部で過ごした三年間。宿題を忘れて先生に怒られたこともあれば、無理して巨乳の女の子をナンパしたら、実はいたらしい怖い系の彼氏にド突かれて財布を出しそうになったこともあった。

それでも今日、この時の高坂が一番怖かった、と。

 

「ねえ、比企谷。話してくれるよね?」

 

「……おい、こうさ――」

 

「……話してくれるよね?」

 

「…はい、高坂さん。僕は何から話せばいいですか?」


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