やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「うわー。みどり、麻婆豆腐も大好きですよー!」

 

うわー。八幡も、川島大好きですよー!

この心の中の呟き、ここで飯を食べる度にしているけど、川島って好きじゃないものが何もないんじゃなかろうか。

 

「花火、楽しみだねー」

 

昨日の夜と違って、今日は香織先輩がいる。香織先輩に合わせてみんなで楽しく団欒の時間。しかしいつもなら香織先輩に食いつくはずの優子先輩がこの場にはいない。

本来であれば、パート毎に飯を食べるというルールだが、優子先輩は練習で集中砲火を受けた鎧塚先輩の元にいた。もちろん、香織先輩の許可を取っているので何も悪いことはない。むしろ難しすぎる指摘を受けて、俯きながら明らかに落ち込んでいた鎧塚先輩のフォローに回るべきである。

だが困った。優子先輩には話そうと思っていたことがあったのに。

 

「あ。ねえねえ皆、聞いて。今日比企谷君にとんでもない秘密を聞いちゃったんだ!」

 

「え?何それ?気になる」

 

パートの全員の視線が集まるが、俺は困惑を隠せない。香織先輩が何のことを言いたいのかはわかる。おそらく、千葉県のキャラクターの秘密のことだろう。今も着ているシャツの胸元にバッチリ付いているが、『このことだよ、比企谷君!』というように自分の胸元を指さして伝えようとしているから間違いない。

 

「それがね、本当にすごいんだよ?私、今年一番ビックリしたもん!」

 

困惑を隠せないのは、そんなに大した話でもないのに自信満々にハードルを上げまくる香織先輩に対してに他ならない。

 

「そこまででなんですか。早く教えて。比企谷ー」

 

「そうだよ。もったいぶらないで」

 

笠野先輩と加部先輩にも急かされた。ここは今にも崩れそうな崖だ。もはや逃げ場なんてどこにもない。

これは言わなくちゃいけないやつだ。そして、『は?お前、そんなくだらないことかよ…。やっぱり比企谷は比企谷だわ』みたいな反応されるやつだ。流石にこの時ばかりは香織先輩を恨んだ。

 

「あ、えーっと…大した話じゃないんですよ?」

 

「そんなことないよ!めっちゃ大した話だよ!」

 

「……」

 

わかった。香織先輩、本当は俺のこと嫌いなんだ。

 

「あ、あの…。このキャラクター知ってます?」

 

「うーん。なんかテレビで見たことある気がする…」

 

「知ってる。チーバくんでしょ?ふなっしーと何かの企画で戦ってた」

 

答えたのは意外にも高坂だった。

 

「そうそう。千葉県の有名なキャラクターなんですけど、皆さん、このキャラクター見て何かに気が付きません?」

 

「うーん…」

 

パートの皆が俺の胸元を見つめるという奇妙な構図。ドキドキしてるのは見られているからか、それとも失望へのカウントダウンか。正解は後者です。

 

「ダメだ。わかんねえ」

 

「実は真っ赤なのが、この犬の血とか?」

 

「そんな物騒な話じゃないですから」

 

「あはは。だよねー」

 

加部先輩の珍解答で場が少し温まった気がする。今だ。今しかない。

 

「じゃあ言いますね。この犬の輪郭です」

 

「…あ。千葉県の形してる」

 

「え、本当だ…」

 

「ほー。すげー…」

 

「……」

 

え、終わりかよ!

責めるようなその瞳を受けて、俺は心の中で謝った。悪くないけど。俺、何も悪くないけど!

 

「どう?すごいでしょ!?」

 

「あ、あはは。確かにー。香織先輩の言う通りすごーい」

 

こんな力ないすごーいを聞いたことがない。苦笑をしている笠野先輩と二年生の二人。無表情の高坂。

 

「………ごい」

 

「え?」

 

「本当だ!すっごい!」

 

「……まじかよ」

 

しかし、そんな中で同じ一年の吉沢だけが香織先輩と似たような反応をした。その反応に、逆に呆気に取られるメンバー達。

 

「だよねー!秋子ちゃんならわかってくれると思ってた!」

 

「ええ!これ世紀の大発見じゃないですか!?エジソンに並びます!」

 

「いや、並ばない。絶対に並ばないから……」

 

 

 

 

 

「葉月ちゃん!比企谷君!わーい、花火花火ー」

 

あー。癒される。花火を両手に持って楽しそうにしている川島。きっとこれが今年一番の夏の思い出だ。

 

「見て見てー。綺麗ですねー!」

 

川島はそのまま、花火を持ったままくるくると回りだした。綺麗というよりかはかわい…って!

 

「あっつ!あつっ!」

 

「うわっ!比企谷に火花が!こら。危ないでしょ、みどり!」

 

「あ。ごめんなさい。比企谷君…」

 

「だ、大丈夫だけど、振り回しちゃだめだからな」

 

「はーい…。でもこんなに綺麗なのにー…」

 

「だからみどり、回っちゃダメだってば!」

 

夏の思い出が十秒も経たないうちに花火がかかったことに更新された。

保護者の加藤と、被害者の俺。天真爛漫な川島の三人で花火を楽しむ。何でも新山先生が俺たちの思い出にと差し入れてくれたらしい。結構お金も掛かるだろうに。やっぱり優しい。

 

「ふう。…俺はやっぱり落ち着いて線香花火だなー」

 

「比企谷。はい」

 

「お、さんきゅー」

 

加藤がチャッカマンで俺の線香花火に火をつけてくれた。

 

「どういたしまして。私も線香花火やろう」

 

「みどりもみどりもー!三人の中で誰が最後まで、火を残していられるか勝負です!」

 

「お、いいねー。負けたらジュースくらいかける?」

 

「おいおいいいのかよ。言われるまで動かないことと、働かないこと。それから存在を認識されないことに関しては俺が最強だぜ?」

 

「どれも最低なことばっかりだよ。そんな最強ならいらない!」

 

線香花火を囲みながらパチパチと弾ける火花を見つめる。

 

「綺麗ですね」

 

「うん。夏って感じだよねー」

 

「合宿も明日で終わりか」

 

「何?比企谷は終わって欲しくないの?」

 

「まさか。同じ部屋に誰かいると落ち着かないし」

 

「みどりは楽しいですよ?みんなでトランプしたり、色んな話してお泊り会みたいです」

 

「私はどっちの言いたいこともわかるなー。男子の部屋は昨日寝る前とか何かしたりしてたの?」

 

「多分一緒だな。トランプしたりしてたみたいだった」

 

「してたみたいだったって。比企谷君。そういう時は一緒に遊んでコミュニケーションをとらないとダメです。次は絶対に混ぜてもらうこと!」

 

「はいはい。次があればな?」

 

「ありますよ。来年も、再来年も。その度にまた、こうして三人で一緒に花火するんです!」

 

「うん。そうだね!」

 

「……あぁ」

 

一人で心穏やかに見つめる花火も捨てたもんじゃないが、生まれて初めて家族以外の誰かと眺める花火も同じようでどこか異なる寂寥感を感じさせるものなんだなと知った。目から何かが零れ落ちそうなのをぐっと堪える。

もう並んでいる三つの線香花火は、丸いオレンジの火種に変わっていた。このオレンジが何とも趣深い。ああ、今ならここで一句読めるまである。

『並ぶ赤 線香はな――』。

 

「あ、部長が例の物真似大会始めるって!」

 

「まじか行かなくちゃじゃん!」

 

線香花火のことを忘れたように駆け出した川島と加藤。残された線香花火は俺が持っている一つだけ。隣には落ちて黒くなっていく火種が二つ。

ほら。俺が勝者だ。こうしてまた一人、今年もいつもの夏である。

 

「ほら。何してんの?一緒に行くよ比企谷!」

 

「え?うおっ!」

 

加藤に腕を掴まれて走り出す。最後に残った俺の線香花火もそっと消えた。

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