やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
進行役の小笠原先輩はノリノリだ。
パチンと地面を転がる鼠花火が開催の音を告げると、部長は指揮台に立つ時とは比べ物にならないくらい大きな声で、高らかに開催を宣言した。
「では、物真似対決を始めます!」
わー、という歓声と拍手が上がる。観客数三十名くらい。
隣にいる加藤と川島も大きく手を上げて楽しそうにしている。
「なあ。俺身内ネタとか一番嫌いなんだけど」
「え?なんで面白いじゃん?」
「どこがだよ。こういうの寒くね?」
「比企谷ー。こういうのは見てから言ってくれないと!ささ、座った座った」
「えー……」
半ば強制的に加藤に並んで座る。
「ではまずは三年生!クラリネットの大口弓菜です!」
「はい。中学二年生の時の数学の山下先生の真似しまーす。……ええか、大口。大口に今必要なのはー、応用力じゃなくて計算力!」
知らねーよ。誰だよ、山下。
「いいねー。じゃあ次は一年生。ホルンの森本さん!」
「うー。恥ずかしい…。えっと美術の田中先生の真似です。……パレットに色が出てなぁい…」
「あはは。似てます似てます」
え?似てるの?パレットに色がないってどういう状況?
進学クラスの俺は美術を取っていないからその先生のことを知らないのだが、川島の反応を見て気になってしまった。
「さて次は大本命!トロンボーンパートリーダーの野口君!」
大本命、いかがなものか。野口先輩はポケットからすっと眼鏡を取り出した。
「何ですか、これ?」
「…くく」
「あ、比企谷今笑ってた!」
「笑ってない」
「いや笑ったでしょ?」
「だから笑ってない。面白かったし似ていたけど、笑ってないぞ」
滝先生の真似には今日一番の笑いが起こっていた。クオリティの高さ然り、選んだネタ然り。流石、野口先輩。野口ヒデリという本名のせいで、『千円先輩』なんてユニークなあだ名を付けられているだけある。
「あはははは。これはもう優勝は野口君かなー。あはは」
「いやいや。まだ終わらないでしょ?」
「え?」
「我らが部長!ラスト一発お願いします!」
「えー。そんな、急にそんなこと言われても困るよー」
困ったと言っている小笠原先輩を見て、加藤が笑った。
「うわー。小笠原先輩、この後にやらされて可哀想だなー」
「いや、違うな」
「え?」
「あれは絶対振られると思って練習していたパターンだ。
この手のやつで本当にヤバいと思ったら、もっと真剣な顔をして『いや私本当に無理だから。やめて』ってなる。今の小笠原先輩みたいに、困ったと言いながら笑っているのは余裕の表れなんだよ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。周りの目は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せないぞ。
さあ、見せて貰おうか。その練習の成果を!」
「……比企谷、めっちゃ楽しそうじゃん…」
「おほん。急に言われたからあんまり似てないかもだけどやるね?」
「よっ。部長!」
「待ってました!」
「いきます。某鑑定番組の値段を計るときの真似。……では、鑑定お願いします。…トゥルトゥル、イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン、ジュウマン、ヒャクマン。ててれてーん」
「…お、おう。似てる、のかな?」
「あ、あはは流石部長…」
周りの微妙な反応と同じように加藤も呟いた。
「なんて言うか、地味だね…」
「う…。みんな酷いよ…。そうだよ。どうせ私はみんなを盛り上げようとしても、楽しんでもらおうとしても。そんなこともできない部長だよ…。…ぐすん。もう部長辞める……」
「え?ちょ、ちょっと小笠原先輩!?」
心が折れた小笠原先輩に、サックスパートの後輩たちが慌てて駆け寄ってフォローする。
めちゃくちゃ似てたけどな。俺感動しちゃったもん。
「比企谷君」
物真似大会を終えて、花火をバケツに捨てに行くと新山先生に声を掛けられた。
「お疲れ様です」
「ううん。比企谷君こそお疲れ。楽しそうにしてたわね?」
そんなことないですとか、周りに合わせただけですと強がるのは違う気がした。
「新山先生が花火持ってきてくれたお陰です」
「そう。それなら良かったわ」
にこりと微笑んだ新山先生から目を離す。両親の前でもここまで素直になれない。むしろ両親だからなのかもしれないけれど。素直な自分というのは、話していてどこか居心地が悪い。
視線をそらした先では高坂と滝先生が話していた。高坂が嬉しそうにしているのがよく見える。
あいつ、本当に滝先生のこと好きだよな。主人公の女が別の男と表向きは付き合ってるけど、本当は担任の先生が好き、みたいなすげえドロドロした内容のアニメ見たことあるけど、まさか滝先生のこと好きなんてことないよな?なんか声がその主人公と高坂似てる気もするし……。いや、そんな訳ないか!先生のこと好きなんて、アニメの世界か女子高だけだよね!
「みんなが楽しんでいるのを見ると、自分が学生だった頃のことを思い出しちゃうわね」
「新山先生が学生だった頃か。何となく想像できます」
とにかくモテてそう。モテまくってそう。そんで笑顔で軽くあしらっていそう。
「うーん。比企谷君がどんな私をイメージしてるのかはわからないけど、きっと違うかな。私、比企谷君くらいの時はいつもスカートの下にジャージ着てたのよ?」
「え、本当ですか?」
新山先生のお淑やかな格好を見れば、ジャージ姿なんて想像できない。
「ふふ。意外でしょ?これでも音大に通ってた頃までは、Tシャツにジーンズとかばっかりでいつもラフな格好をしてたわ。綺麗に見せたいと思うような相手だったら気合いを入れるし、それ以外の人間にはどう思われようと気にならなかったの」
「じゃ、じゃあ変わろうと思ったきっかけとか何だったんですか?もしかして、結婚?」
「私の旦那との出会いとか結婚はあんまり関係ないわね。私ね、この人のためだったら何でもできるって思える女性がいたの。憧れてやまなかったわ。その人に少しでも近づきたかったとか、認められたかったのが理由なのかしら」
「そうなんですか。その人はやっぱり今も音楽の世界に?」
新山先生の寂しそうな笑顔を見た瞬間に、その質問をしたことを後悔した。けれど、止めることはできず、新山先生は言葉を紡いだ。
「いいえ。もう亡くなったわ」
「そう…なんですね。すみません」
「いいの。それに、きっと今の光景を見たら幸せだと思う。比企谷君たちのお陰でもあるのよ?」
「え?」
「とにかく私は、何かのきっかけを与えてくれるような存在の人ってどういう形であれ、特別で替えなんて絶対にきかない存在だと思うの。どうかしら?」
「……さあ」
「ふふ。年増のお節介だと思って頭の片隅に入れておいてね」
年増なんて年齢じゃないでしょう。本当の年増がかわいそうです。