やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「でも、比企谷は知らないだろうけど、この学校の吹奏楽部、十年くらい前までは強豪校だったんだよ。凄く優秀な顧問の先生が指導してて」

 

 「へえ」

 

 「全国大会の常連校だった。金賞も取ったことある」

 

 吹奏楽部にとって、顧問は最重要であると言える。音楽に秀でた良い顧問がいれば途端に強豪校になるというのは、吹奏楽だけでなく運動部などでも言えることだろう。

 しっかりと音を聴ける。何人もが一斉に音を出す中で各楽器の、さらに言うなら個人の音を正確に。

 それができる顧問でなければ、そもそも指導が指導にならない。ただ闇雲にもっと音を大きく、なんて曖昧な指導では吹奏楽は成り立たない。綺麗な音や、豊かな音。フレームによっては控えめに。曲の中に込められた意味や感情によって、楽器毎に演奏を変えなくてはいけないのだ。

 

 「私はその頃の吹奏楽部みたいな実績を残したい」

 

 「…それは難しいと思うけど」

 

 「わかってる。生半可な努力じゃ叶わないって」

 

 「いや、そうじゃなくて。高坂だってもうわかってるだろ。この部活の空気。こういうのには巻かれといた方が良いぞ。そっちの方が面倒くさくないから」

 

 「それもわかってる。今の部活じゃ絶対に無理」

 

 高坂の目は真っ直ぐだった。嘘偽りのない、素直な言葉。高坂は本気で全国を目指しているのだ。この部活の練習風景を見ても、それでも目指してる。

 二つ疑問が残った。

 

 「どうしてそこまで?」

 

 「私、特別になりたいの」

 

 「特別?」

 

 「そう。だから、私は全国大会で金賞を取りたい」

 

 「いやいや。話が飛びすぎててよくわかんねえんだけど」

 

 「別に分からなくていいけど。私がそう思ってるだけだから」

 

 果たして、全国大会で金賞を取れば特別になれるのか。むしろ、俺なんかは特別だから全国大会に行けて結果を残せるのだと思えてしまう。世の中には才能というものは間違いなくあるわけだし。

 ただ、確かに才能があるから全国に行くにしろ、高坂の言うとおり全国で金賞を取ったから特別になるにしろ、結局どちらもその栄光ある実績を残さなくてはいけないと言うことは同じだ。だから高坂の言っていることも、決して間違っていることではない。

 高坂の瞳はいつの間にか、俺から窓の外の景色を映していた。外はまだ明るい。グラウンドには野球をしている部員達が列を作って走っていた。

 

 「たまにさ、無性に普段と違う、普通じゃないことしたくなるときってない?」

 

 「何だ、藪から棒に?」

 

 「あそこ。グラウンドの奥のちょっと高いところ。あそこで吹いたら気持ちよさそう」

 

 高坂の指さす場所は、確かに開けていて周りには草木以外何もない。あの場所からなら学校が一望できるだろう。

 それにしても高坂と面と向かって話したのは今が初めてだが、中々変わってるな。

 それを言おうか言うまいか悩んだが、俺は気になっていたもう一つの疑問を優先することにした。

 

 「高坂、一ついいか?どうしてお前、俺にそんなこと話したんだ?」

 

 「別に大した理由なんてないけど。ただ、一人であの教室でトランペット吹いてたから」

 

 それは果たして理由になっているのだろうか。

 

 「いつからトランペット始めたの?」

 

 「一応、小学生の時から」

 

 「そう。通りで上手いんだね」

 

 「嫌みか?お前の方がよっぽど上手いだろ」

 

 楽器選びの時のことを思い出す。あの時は高坂に圧倒されて、ぐうの音も出なかったが、今思えば俺、中々惨めだったんじゃ…。

 

 「まあね。私は物心ついたときから、トランペット吹いてたし」

 

 「少しも否定しないのな」

 

 「だって、本当のことでしょ?トランペットには自信あるから」

 

 ほんの少し口角を上げて、勝ち誇ったような顔。無表情な高坂ばかり見ていたから、その表情は少しだけ意外だ。

 正直、可愛い。美人というイメージが強かったが、年相応のこの表情。

 

 「だけど、本当はちょっと負けたくないって気持ちもあったの」

 

 「え、何に?」

 

 「比企谷」

 

 「え、俺?」

 

 「そう。吹いたとき、トランペットパートの先輩達、みんな注目してたから。私も負けてられないなって」

 

 「…あ、そう。ま、まあ何。その、あ、ありがとう……。…まあ、結果的には惨敗だったけど」

 

 「ふふ。そうね」

 

 「比企谷君。あ、高坂さんも。ちょうど良かった。全体で合奏するから、音楽室行こう」

 

 振り返ると中世古先輩が呼んでいた。だが、なぜだか少し困った顔をしている。長く整った眉は下を向いていた。

 その隣には吉川先輩もいて、こちらは不機嫌そうだ。

 

 「すいません。トランペット教室に置いたままなんで、先行って下さい」

 

 「私もトランペット取ってきてから向かいます」

 

 「うん。わかったよ」

 

 

 

 

 音楽室に入って、この間何となく決まった自分の席に着く。パート毎にまとまっていて、前方は木管、後方に金管。そしてその背後に打楽器と大きく分かれている。誰かに除け者にされることなく、ちゃんとトランペットパートの集まりの中に存在している自分の席は高坂の隣だが、高坂はトランペットを握って正面を見つめていた。まるでさっきまでの会話はなかったかのようだ。

 それにしても。俺は目線だけを動かして周りを見た。

 さっき俺を呼びに来た時に吉川先輩の機嫌が悪そうだったが、なぜだか全体的にこのパート全体の雰囲気が悪い。ぼっちは空気に敏感なのだ。いや、このレベルなら俺じゃなくてもわかるだろう。

 てっきり、吉川先輩は頭に巻いているデカリボンが重くいから疲れてしまったのではないかと思っていたのだが、俺が教室を出るまで普通に雑談をして和気藹々としていたあの教室で一体何があったのだろう。

 俺が来て、トランペットパートの全員が揃ったのを確認して、中世古先輩は壇上にいる部長の小笠原先輩の元に向かって行った。

 

 「晴香。トランペットパートもみんな揃ったよ」

 

 「うん。わかった。それじゃそろそろ始めようか」

 

 「あ、待って。あのね、トランペットパートのみんなが、毎日海兵隊の練習をしててもしょうがないって。サンフェスもコンクールもあるんだし…」

 

 「え、でも…」

 

 なるほど、それで中世古先輩は困った顔をしていたのね。そして吉川先輩はむすっとしてるわけか。

 トランペットパートは今年の一年の全員が経験者。海兵隊を吹けないと言うことはないが、一度も音を合わせていない。果たしてそれで大丈夫なのだろうか。大丈夫なわけがない。俺、仲良く息合わせるのとか超苦手だし。

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