やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「そんで」

 

「なんで」

 

「「あんたがここにいんのよ!」」

 

花火大会が終わって、静けさが支配する時計の針がゼロを指そうかという時間。椅子とテーブルが並べられた月の下のテラスには元気な二人の声が響き渡った。

 

「まあまあ、先輩たち落ち着いてください。夜も遅いですから」

 

「落ち着けるわけないでしょ!こいつの顔見たら、『ああ。普段は家だとスマホいじっちゃって寝るの遅いからまだまだ眠れないけど、合宿は流石に疲れるな。もうそろそろ寝れそう…』ってくらいの一番気持ちいい眠気も三十キロくらい先まで飛んでくわよ!」

 

「私は落ち着けるけどね。あんたがここにいなければ!」

 

「二人とも互いがいなければって言いますけど、同じ部屋じゃありませんでしたっけ?」

 

俺の声は睨み合う二人の耳には届かなかった。思わず呆れてため息が出たが、ここは目的達成のためだ。とりあえず落ち着いてもらわないと話が進まない。

 

「俺が呼んだんです。二人とも」

 

「えぇ…。昨日の夜の話の続きすんのに、こいつ呼んだ意味がわかんないんだけど」

 

「は?何よ。昨日の話って?」

 

「昨日の夜たまたま比企谷に会って話してただけ」

 

「はーん。部屋にいないと思ったら…」

 

「別に夜私が何しようが関係ないでしょ?」

 

「そりゃそうだけどさ。……私も……」

 

「ん?何?」

 

「何でもないですー。それで?」

 

「昨日は傘木先輩の話をしてました」

 

「…帰る」

 

「待ってください」

 

振り返って帰ろうとする優子先輩の腕を掴んだ。

今の優子先輩はリボンをつけてはいないが、その代わりにヘアバンドを巻いて髪を上げている。それがふわふわのかわいらしいパジャマとよく合っていて、俺を見つめるジトっとした視線はそこまで怖くはない。

でも、割と本気で怒っているというのは伝わってきた。

 

「なんでよ?私は花火大会の日に言った通り、希美の復帰に賛成できない。……もしかしてみぞれのこと言ってないでしょうね?もし言ったなら、私、本当にあんたでも絶交するわ」

 

「言ってないです。まだ何も」

 

「まだってどういうこと?」

 

「…俺は中川先輩には今からこの間の話をすべきだと思います」

 

「そんな簡単に話せる内容じゃないでしょ。…それに……」

 

そしたら夏紀はどうしたらいいのか分からなくなるじゃない。

その言葉はあまりにも小さな呟きで、夏の夜空に溶けていった。俺の耳には届いたが、さりげない優しさは中川先輩には届いていないだろう。

 

「確かに簡単に話せる内容ではありません。だから中川先輩から話を聞いた後、その判断を優子先輩にしてもらう為に来て貰いました」

 

「私に判断を求めるの?それなら嫌だ。言わないし、そもそも夏紀の話を聞くつもりもない」

 

「けれどそれが、鎧塚先輩のためであればどうします?」

 

「みぞれの、ため?本当に意味わかんないんですけど」

 

「だからとりあえず一回戻って下さい。それで中川先輩の話を聞くべきです」

 

「…わかったわよ」

 

優子先輩は月明かりに照らされた椅子に戻った。それに合わせて俺も隣に座る。

反対の椅子に座っている中川先輩はいつも通り髪をポニーテールに結わいていて、パジャマも練習着となんら変わらない。吊り目気味な視線は睨んでいるように見えることもあり、つまるところ一見話しにくい雰囲気をしている。

そんな中川先輩は俺たちの方は見ずに、顎に手を当てて考えるような仕草をしていた。数秒置いて、何やら答えが出たようだ。

 

「……なるほどね。なんとなくわかったよ。どうして昨日別れる前に、協力できないって言ってきたのか。要は優子に先に取られてたってことだね」

 

「…取られてるって言い方は違いますよ。だってそれだとまるで俺がモノみたいじゃないですか」

 

「先に取る?」

 

「昨日、比企谷に希美が部に復帰できるように、何か知ってることあるなら協力して欲しいって言ったらあっさり断られたの」

 

「え?」

 

「優子が声かけてたんでしょ?協力するように。しまったな。比企谷には先に話しといても良かった。機会は何回かあった訳だし」

 

「別に先に声かけられたから優子先輩側に回ろうとしたわけではないです」

 

「どうだか。じゃあ協力するように言ったのが優子だったからってわけ?」

 

「……」

 

「……比企谷…?」

 

優子先輩は何やら期待しているような目で見ているが、それは勘違いだろう。ただ俺を見てるだけ。

 

「いえいえ。ただ客観的に判断したまでですから」

 

「はあ。まあ希美の入部を認めないスタンスってなら、理由なんてどうでも良いんだけどさ。あんまそいつの言うこと聞かない方が良いよ?一応言っとくけど、そいつマジで性格悪いから」

 

「そういうのやめてくんない?そういうこと言うやつの方が性格悪いから」

 

「……まあ、性格悪いことくらい知ってますけどね」

 

「え、えええぇぇ!そこはフォローするところでしょ!?私の味方してくれてるんだって思って喜んじゃってたのがバカみたいじゃない!」

 

「いやだって、本当はちゃんと色々考えて空気とか読んでる癖に、いざ自分が納得いかなくなって限界超えた瞬間、言い方なんて気にせず思ったこと全部言ってりゃ、言われた相手もそれを見てる周りも性格悪いって思うのも仕方ないんじゃないっすか?」

 

「はは。ほら比企谷だって言ってるじゃん」

 

「仕方ないでしょ?こういう性格なんだから…」

 

でも本当は、性格が悪いっていう言い方は間違いだ。

自分がどうしても我慢できないものや守りたいものが明確で、それが叶わないとなれば自分が我慢できずに思ったことを全部言ってしまう人ではある。周りのことも言い方も後先も気にしない。

ただ逆に言えば相手に言うことができる、意思表示ができるということは裏表がない。つまり、ある意味真っ直ぐな女の子である。

その猪突猛進な性格は俺は勿論、多くの部員が真似できないことで、美徳であると思う。だからこそ、再オーディションの時は周りが周囲に流されて高坂か、香織先輩かどちらが吹くか手を上げられない中でも手を上げたし、香織先輩がソロに選ばれることはなくても、香織先輩の信頼を勝ち取ってみせた。

誉め言葉はふて腐れている先輩には言わないけれど。

そして、だからこそ俺は今ここに呼んだのだ。

 

「はぁ。本当に邪魔するやつばっかりでやんなっちゃうわー」

 

オーバーなリアクションで天を仰ぐ中川先輩は皮肉気に笑った。

 

「それでまずは優子に比企谷に昨日話したことを言えばいいわけ?」


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