やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 ほとんどの時間をトランペットと過ごした夏休みが終わって、数日が経過した。

 『今年の夏休みはどうだったー』とか、そんな余韻に浸る間もなく夏休みが明ければ関西大会はすぐそこに迫っている。具体的には残すところ十日。『全国大会出場』。数ヶ月前に決めた目標に届くかどうか決まるまでは、もうたったそれだけの時間しかない。

 

 「はい。それでは文化祭の後に控えている球技大会の種目別のメンバーを決めます」

 

 各クラスに男女一人ずつ決められている球技大会の実行委員が進行を始めた。思わずため息が出てしまう。

 球技大会ははっきり言って、クソイベントだ。

 何が良くないって、行われる種目の部活の部員のドヤ顔を見るだけの時間だと言うこと。何故あいつらが目立つためだけの引き立て役としてその他大勢が犠牲にならなくてはならないのか。その癖、体育の授業の単位に組み込まれているため、欠席をすると後から放課後の時間を使って補講を受けなくてはいけない。つまり半ば強制と言うことである。

 球技大会は文化祭の翌週の平日に全学年共通で行われる。例年、文化祭が開催されて球技大会までの日が近すぎるとかで生徒達から苦情が多いのだと、パート練の時に先輩達が吉沢に話しているのを盗み聞きした。

 クラス単位でチームに別れて行われるこのイベントは、男女共にバスケとサッカー、バレーの三種目を行う。一人必ず一種目は出場しなければならず、また試合ごとに一度はチームの全員が出場しなくてはいけない。当然、やる気のある奴とか、この機会に運動神経良いことアピールしてやろうかみたいな妙に気合い入れてるキモい奴は、人数の調整が上手くいけば三種目のメンバーに選ばれることも出来るが、如何せん俺のいるクラスは進学クラスのため、他のクラスと比べるとイベント事にお熱な奴が少ないと思う。

 

 「じゃあまず、男子から。サッカーに参加したい人」

 

 球技大会で行われるサッカーはスターティングメンバーが八人と通常のルールの十一人よりも少ない。それでも他の種目と比べて、最低人数が八人で最も多いサッカーは自然と人が集まりやすい。クラスの中でも大所帯のグループが手を上げて、メンバーはすぐに決まった。

 

 「俺、ゴールパフォーマンスでグリーズマンのあれやるから」

 「こないだのメッシのフリーキック練習しとくわ」

 「俺たちのチームが目指すはアヤックスだよなー。大躍進したし」

 「我こそはアザールでゴザール」

 

 このメンバー決めにおいて、クラスに全く居場所のない俺が考えるべき事は如何にやる気のないクラスメイトが集まる競技に参加するのかである。故に、無駄に『海外サッカーの知識をひけらかしてる俺、かっこいいし博識』みたいな感じを揃いも揃って全員が出しているこの競技には、まず参加する訳にはいかない。

 大体、たかだか球技大会なんかで世界で戦っている選手とかチームのサッカーが出来る分けねえだろ。気取ってんじゃねえぞ、おら。

 そんな考えを俺はアトレティコ張りの忍耐力で言わないようにぐっとこらえた。

 

 「じゃあ次ー。バレーボールー」

 

 「バレーボールはうちのクラス、部活やってる奴多いから一番期待できるよな?」

 

 誰かの情報が入ってきて、俺は心の中でガッツポーズをする。ナイス。それなら、バレーはなしだ。

 バレーもささっと決まって残されたのはバスケのみ。

 

 「じゃあ最後はバスケットボールだけど…。まだ何の競技にも決まってない人はどのくらいいるかな?その人達はバスケは参加確定で、人数少なかったらサッカーかバレーやる人の中から決めますね」

 

 お、これは良い決まり方だ。これならバスケをやるにもちょうど良い言い訳にもなるし、比較的意識が低い奴もいることだろう。

 手を上げたのは俺を含めて四人。バスケ部員は二人らしい。これでは最低人数の五人にも満たないので、クラスメイト達はバスケに出場するかどうかを話し合っている。

 ま、ここまで決まれば何でもいいわ。やる気も興味もない。コートに足入れてすぐ交代。それで出場したことにすれば良いっしょ。

 俺は机に顔を伏せた。今日はこの後に球技大会のメンバーなんかよりもずっと大事な発表がある。

 関西大会の演奏の順番だ。

 

 

 

 

 

 「北宇治高校は十六番目の演奏になる」

 

 松本先生の発表に部員達からは安堵の声が漏れた。

 コンクールの演奏において順番は非常に大切だ。審査員次第ではあるものの、最初の方の演奏は後に続く演奏で印象が忘れられ易く、最後の方の演奏は特に決まった数曲の中から一曲を選択して演奏するため、他校との演奏がどうしたって被る課題曲の演奏に聞き飽きて疲れているのであまり良くない、と言われることが多い。

 だから真ん中の方の二十三校中十六番という順番はまずは良し。悪くない。

 

 「あの…他の高校は?」

 

 松本先生が少しだけ答えにくそうにした。質問した部員も、何となく聞いたことを後悔したように見えるが、誰しもが他校の順番を気にしている。

 質問に答えたのは滝先生だった。

 

 「主な強豪校ですが、大阪東照は前半の三番目。秀塔大付属は十二番目。そして明静工科は私たちの前、十五番目になります」

 

 「「「えぇー!」」」

 

 おいおいマジかよ…。

 関西大会への出場が決まった日の帰り道で優子先輩から聞いた圧倒的な実力を持つ大阪の三校。そのうちの一校が俺たちの前に演奏するというのは最悪である。圧倒的な演奏の前に存在感をアピールできないのではないか。この不安はサンフェスの時にも立華の後に吹かなくてはいけないという状況と同じだ。

 隣を見てみれば、高坂は順番なんて全く気にしていなさそうだ。いや、気にしてなさそうっていうか、してないんだろうな。

 

 「明静の次なんて……」

 

 「何ー?強豪校の次だからってビビってんのー?」

 

 「そりゃあ…まあ…」

 

 「関係ない関係ない。関西大会なんてどこを見たって強豪校ばかりなんだからー」

 

 「橋本先生の言う通りです。気にする必要なんてありません。私たちはただ、いつもと同じように演奏するだけです」

 

 「「「はい」」」

 

 返事こそきっちりとしたものの、未だ不安そうな部員達。それに引き替え、滝先生も橋本先生も新山先生も余裕綽々としていて、流石だななんて他人事のように感じた。


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