やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「本当に良いの?」

 

 「うん。だから、今日で最後。後は大会終わるまで来ないようにする」

 

 「そっか。それが…良いかもね」

 

 傘木先輩と中川先輩が階段の踊り場で話している声が聞こえてきて俺は足を止めた。

 合宿が終わって、中川先輩は滝先生の所に直談判に行くつもりだと話していたが、三人で話した夜のこともあって傘木先輩が滝先生の元へ入部を希望する旨を伝えに行くことはなかった。あの夜の話と、二人が滝先生の所に行かなかったという事実は、傘木先輩に取っても、そして中川先輩に取っても酷いことだったのだと思う。そんな罪の意識もあってか、思わず階段を下って遠回りしていこうと決めた。

 

 「お、比企谷ー。どこ行くの?」

 

 「……お、お疲れ様です」

 

 何故だ。何故見つかった…。

 中川先輩に声をかけられてその場で足を止める。傘木先輩は俺と中川先輩に手をひらひらと振って、そのまま一人で階段を上がっていった。

 

 「音楽室行くんじゃないの?」

 

 「いや、まあそうなんですけど…」

 

 「あ。もしかして私と顔合わせるの気まずかったりした?」

 

 「それはまあ、違くはないと言いますか。でも思えば俺、基本的には誰とでも会えば気まずいと言うか…」

 

 「結局どっちなのかよくわかんないけど、あんま気にしなくて良いよ。こないだの合宿の時のことは。むしろ、あそこで聞けてて良かったなって、私思ってるから」

 

 「…そうなんすか?」

 

 「うん。だって私、あすか先輩とは同じパートだけどさ、何回もお願いに行ってずっと理由教えてくれなくて、流石に何かあるのは分かってたけど正直不信感は募ってた。でも言わないでいた理由が私も納得できる理由だったから、仕方なかったのかなって。

 最後まで理由も教えてもらえないで、二年間同じ楽器を一緒にやってきた先輩と大喧嘩にならなくて良かったよ。わかんなかったことがわかってすっきりもしたしね」

 

 「…そうですか。ちなみに、そのことを傘木先輩は…?」

 

 「…言ってない。考えたんだけど、伝えるべきか伝えずにいるべきか自分ではわかんなくて、結局言い出せなかった」

 

 「そうですか…」

 

 「今の話聞いてたなら分かる思うけど、コンクールが終わったらまた復帰のお願い行こうと思ってるからさ。そしたらその時は流石に希美にも伝えるけどね」

 

 やっぱりきっと中川先輩は困っていた。俯いている中川先輩に何か声をかけるべきか悩んでいるところで、その声は音楽室のある上の階から聞こえてきた。

 

 「みぞれ!?待って!みぞれ!」

 

 ガシャンと何かが倒れる音と、叫ぶ傘木先輩の声。

 もしかしたら今、最悪の展開になったかもしれない。背中に冷たい汗が流れた。

 

 「今の声、希美だよね!?行こう!」

 

 中川先輩と急いで、階段を駆け上る。登っていく度に、上履きが床を擦る音と部員達のざわざわと騒ぐ声が大きくなっていった。

 右にある音楽室の反対側。階段を上って左の廊下の奥には、走ってどこかに向かう鎧塚先輩がいた。白い足が上下するのに合わせて、スカートも波のように大きく揺れている。 そして、その先輩を追いかけようとした傘木先輩の手を掴んでいたのは優子先輩だった。

 予感が的中した。鎧塚先輩と傘木先輩が会ってしまったのか!

 

 「…やめて…!」

 

 「…優子?」

 

 「とにかく早く探さなくちゃ…」

 

 キョロキョロと周りを見て、優子先輩は一人の女子部員を呼んだ。

 

 「黄前さん」

 

 「は、はい?」

 

 「あの子の事情知ってるよね?あの子のこと、探してくれない?あの子今、慣れていない子と会うのヤバいから…!」

 

 黄前と優子先輩は合宿の日の夜に二人で話していた。もしかしたら、その時に優子先輩が話したか、あるいは黄前は低音でしかもユーフォニアムの奏者である。田中先輩と同じパートのため事情を一通り聞いていたのかもしれない。

 それにそうだ。合宿の一日目の夜に、黄前と鎧塚先輩が二人で話しているのも見かけた。

 

 「お願い…」

 

 「は、はい…」

 

 何が起こっているのか分からなそうにしている黄前に優子先輩は指示を出していく。

 

 「私は一階と二階を探すから、黄前さんは三階と四階をお願い!」

 

 「ま、待ってよ…。どういうこと!?」

 

 「希美」

 

 困惑している傘木先輩に声をかけたのは中川先輩だった。

 落ち着いて聞いて欲しいんだけど、そう切り出した中川先輩を見て俺は事情の説明は中川先輩に任せることにする。

 状況の整理をしよう。鎧塚先輩の行き先を考える。

 鎧塚先輩は走ってどこかへと向かって行った。それもかなりのパニック状態で。きっとできるだけ人がいない場所で落ち着きたいと思ったに違いない。そして、優子先輩の話を聞く限りだと、慣れていない人と会うのは良くないらしい。であれば、鎧塚先輩が無意識に向かう先は、人がいない場所であるということ。

 

 もし行き先が人のいない場所であるというのなら。イコール、それは俺の専門分野だ。

 数ある学校のボッチスポット。誰もいない、ゆとりある空間は北宇治高校においていくつか存在するが、その中から今の鎧塚先輩が最も行きそうな場所を考える。

 

 「…優子先輩。待って下さい」

 

 「何よ!?今急いでるんだけど!」

 

 「一階と二階の捜索は必要ありません。多分反対の校舎の三階か四階にいます」

 

 「え?」

 

 「人がいない場所を通って、かつ人がいない場所。とりあえず四階の廃部になった部活の空き教室辺りに行って下さい。あ、あと女子トイレも確認した方が良いです。隠れるのには最適ですから」

 

 「ど、どうして…」

 

 「外には下校の生徒と運動部がいる。教室が集まるこの校舎にも今は文化祭の準備で残る生徒も多いと考えると、可能性は自ずと反対の部室棟の可能性が高いと思います。走って行った方も渡り廊下の方ですし。

 反対の校舎は一二階は部室として今も使われている教室が多いですが、三階と四階は使われていない空き教室が多いです。

 何かから逃げるようにして走っていましたから、できるだけ遠くまで進んだ可能性が高い。そうなると四階かなって」

 

 「……」

 

 「優子先輩。念のために俺が一階と二階は見て回りますから。優子先輩は可能性ができるだけ高そうな方に行って、鎧塚先輩の所に行ってフォローしてあげるべきです」

 

 「…うん。わかった。ありがとう!」

 

 走って行く優子先輩を見て、俺も急いで階段を下っていく。すぐに香織先輩と小笠原先輩にすれ違った。

 

 「あれ、比企谷君?」

 

 「香織先輩!」

 

 「え!?そんなに慌ててどうしたの!?」

 

 「今、階段登ってくる途中に鎧塚先輩を見ませんでしたか?」

 

 「いや、見てないけど…」

 

 香織先輩は小笠原先輩と顔を見合わせたが、小笠原先輩も首を横に振った。

 であるならば良かった。やっぱり鎧塚先輩は階段を降りていない可能性が高い。

 

 「分かりました。ありがとうございます!」

 

 「あ。待ってよ!」

 

 香織先輩の制止を聞かずに走る。可能性の虱潰しは自分の推論への保険でもある。もし黄前と優子先輩が探しに行った先で見つからずに、一階や校庭にいたら大目玉なんてものではない。

 一階や二階は生徒が多いから、必死こいて走っている姿を生徒達に見られるのが恥ずかしくて本当は嫌なんだけどなあ。

 けれど、今の俺は普段なら絶対に考えるそんな思考は一切なかった。むしろ、いつもより早く、誰の目も気にせずに。


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